「婚約破棄? 承諾いたしますわ。要点を三行でまとめてくださる?」

ハチワレ

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「……朝の九時ちょうどですわ。一秒の狂いもなく、業務を開始しますわよ」


王立銀行の本店正面。
私は、補佐官の印章を掲げ、重厚な扉を蹴破らんばかりの勢いで踏み込みました。


「な、なにごとだ! ここは神聖なる国庫の番人が集う場所だぞ!」


慌てて駆け寄ってきた頭取を、私はバインダーの角で制止しました。


「頭取。神聖なのは貴方の信仰心だけで結構です。……私は特別補佐官として、直近十カ年の『使途不明金』および『ゼノス侯爵名義の迂回融資』の全記録を差し押さえに来ました。……三分以内に地下書庫の鍵を出しなさい」


「そんな無茶な! 手続きというものがあるでしょう!」


「手続き? ……あぁ、これのことかしら?」


私は国王直筆の『全権委任状』を、彼の鼻先に突きつけました。


「……ジークフルト様。この頭取が鍵を出すのをためらっている間に、銀行の信頼性が一分につき三パーセント低下していますわ。……物理的な『デバッグ』をお願いできます?」


「承知した。……頭取、俺の拳が扉と貴殿の顔のどちらを先に砕くか、賭けてみるか?」


ジークフルト様が拳を鳴らすと、頭取は悲鳴を上げて鍵の束を差し出しました。


地下書庫。
埃とカビの匂いが漂う中、私とクロエ様は猛スピードで書類の山をスキャンしていきました。


「……ありましたわ! 師匠、これです! ライオネル殿下のカード利用明細……いえ、借用書の束ですわ! すべての保証人がゼノス侯爵のダミー会社になっています!」


「……ふふ、見事ですわね。……殿下が贅沢をすればするほど、侯爵への負債が膨らみ、王位を継承した瞬間に国が侯爵に買い取られる仕組み……。……合理的ですが、悪趣味ですわ」


「そこまでだ、ベルベット!」


冷たい声と共に、書庫の入り口にゼノス侯爵が現れました。
背後には武装した私兵が十数名。
……あぁ、やはりこのパターンですか。


「……侯爵。老体が地下まで降りてくるのは、心肺機能への負荷が大きすぎるのではありませんか?」


「小癪な小娘が……。……その資料を渡してもらおうか。……この国の秩序を保つためには、時に汚れた手も必要なのだ。……ライオネル様のような御しやすい王を立てることこそ、安定への近道なのだよ」


私は手に持った書類をパラパラとめくり、ため息をつきました。


「……『安定』? ……侯爵、貴方の言う安定とは、変化を拒み、既得権益という名の澱みの中で腐敗し続けることを指すのですか?……そんなものは安定ではなく、ただの『機能停止』ですわ」


私は一歩前に出ました。


「……貴方の動機を解析しました。……貴方は、かつての『古き良き王国』を取り戻したいだけ。……王が君臨し、貴族が民を支配する、あの非効率で階級的な過去を。……違いますか?」


「……それが何だ! 伝統こそが国の背骨だ!」


「……伝統とは、過去の成功体験の出し殻に過ぎません。……今の時代、物流が加速し、情報の価値が上がっている中で、そんな旧態依然としたシステムを維持しようとすれば、国の生産性は $\Delta P$ だけ減少し、最終的には国家破綻を招きますわ」


私は空中に指で数式を描きました。
$$ \Delta P = \int_{t_1}^{t_2} (\text{汚職による損失} + \text{非効率な意思決定}) dt $$
「……侯爵、貴方の行いは、この積分値を無限大に発散させるだけの、単なる『算数ミス』ですのよ」


「……黙れ! 理屈などどうでもいい! ……やれ! その資料を奪い、女たちは消せ!」


侯爵の号令と共に私兵たちが襲いかかってきましたが、私の前には鋼の壁が立ちはだかりました。


「……言ったはずだ、侯爵。……彼女の安全は、俺が保証すると」


ジークフルト様の剣が閃き、一瞬で先頭の三人が無力化されました。
彼の動きは、どの戦術計算よりも正確で、無駄がありません。


「クロエ様、その資料を抱えて私の後ろへ。……ジークフルト様、残り七名。……一人につき三秒で片付けていただけますか? ……次の会議まで時間がありませんの」


「……無茶を言うな。……だが、期待には応えよう!」


騎士団長の猛攻。
私はその背中で、淡々と侯爵の『資産没収計画』を練り始めました。


「……侯爵。……貴方の野望は、ここで終了です。……動機が情愛的で非論理的である以上、私のシステム(正論)に勝てる見込みは…… ✕✕✕ですわ」


ゼノス侯爵が絶望に顔を歪める中、書庫に響くのは、理性の勝利を告げるジークフルト様の剣鳴りだけでした。
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