「婚約破棄? 承諾いたしますわ。要点を三行でまとめてくださる?」

ハチワレ

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「……往年の権力者が最後に見せる足掻きとしては、あまりに古典的で退屈ですわね」


地下書庫の奥。
追い詰められたゼノス侯爵が、震える手で壁に埋め込まれた不自然なレバーを引きました。


直後、重厚な地響きと共に、天井から巨大な石の格子が滑り落ちてきます。
それは、私たちが今いる空間を完全に隔離し、さらには書庫全体の支柱を破壊して「心中」を図るための装置でした。


「ははは! ベルベット! 私を破滅させるなら、貴様らも道連れだ! この歴史ある銀行ごと、瓦礫の山に埋もれるがいい!」


「師匠! 天井の強度がみるみる低下していますわ! このままだと三二〇秒後には自重で崩落します!」


クロエ様が、手元の魔導計算機を叩きながら悲鳴を上げました。
しかし、私は乱れた髪一本すら直すことなく、冷徹に頭上の構造物を見上げます。


「三二〇秒? ……クロエ様、再計算なさい。北東の支柱に亀裂が入っているのを考慮すれば、猶予は二四五秒です。……ジークフルト様、あそこの第三接合部が見えますか?」


私は、崩れかけた天井の一点を指差しました。


「……ああ、見える。あそこを叩けばいいのか?」


「ええ。そこは構造上の『急所』です。貴方の膂力をもってすれば、あの一点を破壊することで、崩落のエネルギーを逆に侯爵側の脱出口へと転向させることが可能ですわ。……いわゆる、物理的なベクトル変換です」


「……。相変わらず、無茶苦茶な注文をさらりと言うな」


ジークフルト様は苦笑しつつも、大剣を正眼に構えました。
彼の全身から、これまでの戦いでは見せなかったほどの濃密な闘気が溢れ出します。


「待て! 何をしようとしている! そんなことをすれば、この部屋全体が……!」


「侯爵。……貴方は『心中』というロマンチックな言葉に酔いしれているようですが、私にとってそれは単なる『非効率なリソースの廃棄』に過ぎません。……貴方の薄汚い罪の隠蔽に、私の有能な脳と、ジークフルト様の貴重な筋肉を付き合わせるなど、国家的な損失ですわ」


私は一歩、侯爵の方へ踏み出しました。
崩れ落ちる土砂が私の靴を汚しますが、そんなことは些事です。


「貴方の計画には、致命的な欠陥が三つあります。一つ、この書庫の設計図を私が昨夜のうちに暗記していたこと。二つ、私の隣にいる騎士が、貴方の想像を絶する『規格外の出力』を持っていること」


「そして、三つ目は?」


ゼノス侯爵が、恐怖に顔を歪ませて問い返しました。


「……私が、死ぬ予定を自分のスケジュール帳に入れていないことですわ」


「……っ! ジークフルト、やれ!」


「おおおおおおおっ!」


ジークフルト様の咆哮と共に、大剣が空を切り裂きました。
狙い違わず、彼の一撃は天井の接合部を粉砕。
次の瞬間、物理法則に従って崩落が始まりますが……その方向は、私の計算通り、侯爵が立っていた場所へと集中しました。


「な、な……馬鹿な! ぐわあああああっ!」


侯爵は、自らが用意した罠によって瓦礫の下敷きになり……といっても、致命傷を避けるようにジークフルト様が瓦礫の量を調整したため、生き埋めという名の「捕縛」が完成しました。


「……ふぅ。一五秒の誤差が出ましたが、許容範囲ですわね」


私は舞い上がる埃を扇子で払いながら、整然と歩き出しました。
隣ではジークフルト様が、肩で息をしながら剣を鞘に収めています。


「……ベルベット様。……次は、もう少し安全な方法で事件を解決してくれないか。……私の心臓が、戦闘の負荷ではなく、君の無茶な指示で止まりそうだ」


「ジークフルト様。貴方の心筋は、これしきの負荷で不全を起こすほど脆弱ではないはずですわ。……それよりも、見てください。侯爵の隠し金庫が、崩落の衝撃で露わになりましたわよ」


私は瓦礫の中から覗く、金色の輝きを指差しました。
そこには、ライオネル殿下が売却したはずの王室の宝物や、近隣諸国との不当な取引記録が山積みになっていました。


「……師匠! これです! これさえあれば、侯爵だけでなく、彼に加担していた汚職官僚を一網打尽にできますわ!」


クロエ様が、埃まみれになりながらも歓喜の声を上げました。


「……ええ。これで、この国のバグはほぼ一掃されましたわ。……あとは、この瓦礫の下で喚いている老人を、適切な更生施設……いえ、強制労働所へ送るだけです」


私は、足元で呻くゼノス侯爵を冷たく見下ろしました。
権力、伝統、そして執着。
彼が守ろうとした「重荷」は、文字通り彼を押し潰す岩塊へと変わったのです。


「……さて。……ジークフルト様、クロエ様。……地上に戻りましょう。……美味しい紅茶と、最高に合理的な戦後処理が待っていますわ」


「……ああ。……だがその前に、ベルベット様。……顔に少し、煤がついているぞ」


ジークフルト様が、大きな指で私の頬をそっと拭いました。
その指先から伝わる熱に、私の演算回路が再び微かなエラーを吐き出しました。


「……っ。……汚れの除去、感謝いたします。……ですが、次からは清潔な布を使用することを推奨しますわ」


私は早口で言い、赤くなる顔を隠すように背を向けました。
物理的な危機は去りましたが、私の胸の中で暴走する「心拍数」という名の難解なバグは、ますます修正が困難になっているようでした。


王国の闇を暴く地下の戦い。
それは、悪役令嬢による完璧な勝利と、騎士団長による計算外の「エスコート」で幕を閉じたのでした。
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