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「完璧ですわ。これならどこからどう見ても、ただの『少しばかり気品が溢れすぎて隠しきれない一般市民』にしか見えませんわね」
私は鏡の前で、自らの変装ぶりを自賛しました。
高級なシルクのドレスを脱ぎ捨て、動きやすい麻のワンピースに身を包み、広いつばの帽子を深く被る。
さらに、顔を隠すための眼鏡(伊達ですが、かけると知能が3割増しに見える気がします)を装着。
「お嬢様。その隠しきれないオーラと、歩くたびに漂う高級香水の香りで、開始5秒で身バレする自信があります」
「黙りなさい、侍女。今日は誰が何と言おうと、私はナナシー・ド・ブランドンではなく、ただの『名もなき読書好きの町娘』ですわ」
「はいはい。お気をつけて、名もなき公爵令嬢様」
私は侍女の呆れ顔を背に、屋敷の裏口から颯爽と脱出しました。
目的地は下町の古本屋、そして評判のスイーツ店です。
あのおバカな王子のために、甘いものまで我慢していた日々とは今日でおさらばですわ!
下町の活気は、王宮の淀んだ空気とは大違いでした。
美味しそうなパンの焼ける匂い、威勢の良い商人たちの声。
「あら、あちらのパイ、とても美味しそうですわね。……すみません、そこの店主。その『焦げすぎた炭のような物体』を、まさか食べ物として売るつもりではありませんわよね?」
「なんだと!? これはわざとしっかり焼いて香ばしくして……」
「香ばしいのと炭化しているのとの区別もつかないのかしら。火力を調節する知恵がないのなら、太陽の光でじっくり干した方がマシな出来になりますわよ。あ、でもその隣のベリーパイは、視覚的には及第点ですわ。一ついただきましょうか」
「な、なんなんだこの娘……。口は悪いが、指摘はもっともだ……。ほらよ、おまけだ!」
「あら、ありがとうございます。サービス精神だけは一流のようですわね」
毒舌でまけてもらうという、新しい経済活動を楽しみながら歩いていた時でした。
突如、地響きのような足音が響き渡り、街の人々が慌てて道の端に寄りました。
「どいたどいた! アルスター公爵領・特別精鋭部隊の行軍演習である! 道を空けろ!」
見れば、漆黒の甲冑に身を包んだ屈強な騎士たちが、整然と……というか、威圧感全開で進軍してくるではありませんか。
そして、その先頭に立つのは。
「…………やはり、あのアホンダラ(死神)ですわね」
銀髪を風になびかせ、黒王号という名の巨大な馬に跨ったアルスター公爵。
彼は街中の女性たちの悲鳴にも似た歓声を無視し、鋭い眼光で周囲を警戒していました。
……いえ、警戒というよりは、何かを「探して」いるような。
(まずいわ。あんな変態に見つかったら、私の自由な休日が『公開処刑の刑』に処されてしまいますわ)
私は帽子のつばをさらに下げ、露店の陰に隠れようとしました。
しかし、運命の女神は私に微笑むよりも、私を煽る方がお好きなようです。
「……止まれッ!」
アルスターの地を這うような声が響き、軍隊が一糸乱れぬ動きで停止しました。
彼はゆっくりと馬を下り、迷いのない足取りで、なぜか私が隠れている露店へと向かってきます。
「…………」
私は息を殺し、ただの「ジャガイモの袋」になりきりました。
ですが、目の前に磨き上げられた黒い軍靴が止まったのです。
「……名もなき町娘にしては、ジャガイモの袋から実に気高い毒の香りが漂ってくるな」
「…………。気のせいですわよ、死神様。私はただのジャガイモですわ。あ、芽が出て毒があるタイプですので、触ると危険ですわよ」
私は顔を上げずに答えました。
「ふっ。その『触ると危険』という言葉、私の心には『もっと触れて』と聞こえるのだが、どうすればいい?」
「今すぐ耳鼻咽喉科を受診して、脳の精密検査も受けることをお勧めしますわ」
私は顔を上げ、伊達眼鏡を中指でクイッと押し上げました。
アルスターは、私の姿を見た瞬間、まるで雷に打たれたような顔をしてから、それはもう嬉しそうに口角を吊り上げたのです。
「ナナシー! やはり君か! その変装、完璧すぎて一瞬……いや、0.1秒ほど迷ったぞ!」
「嘘をおっしゃい。最初から私をストーキングしていたのでしょう? 軍隊を演習と称して街に繰り出すなんて、職権乱用の極みですわ。国の税金があなたの趣味のストーカー活動に消えていると思うと、国民に代わって私があなたの脳天に説教を叩き込んで差し上げたくなりますわ」
「ああ……いい。大衆の前で軍司令官を『職権乱用』と罵るその度胸。やはり君こそ、私の軍旗に相応しい」
「軍旗にされるのは御免ですわ。布切れとして扱われるよりは、あなたの軍服のボタンを一つ残らず引きちぎって、全裸で演習させる方が建設的ですわね」
「全裸で演習……! それは新しい。君の命令なら検討しよう」
「検討しなくていいですわよ! 騎士たちが困惑しているのが見えませんの!?」
見れば、後ろで控えていた精鋭騎士たちが、「また公爵様の病気が始まった……」という諦めの表情で遠くを見つめていました。
「ナナシー、せっかくの休日だ。私の馬に乗れ。街を一望できる最高の場所へ連れて行ってやろう」
「お断りします。馬に乗るくらいなら、その辺のロバに跨って泥道を歩いた方が、精神的な衛生状態を保てますもの。さあ、そこをどいてください。私のベリーパイが乾燥してしまいますわ」
私はアルスターの横をすり抜けようとしましたが、彼は楽しそうに私の行く手を塞ぎます。
自由を求めたはずの休日は、開始早々、最も自由を奪いそうな男に占拠されてしまったのでした。
私は鏡の前で、自らの変装ぶりを自賛しました。
高級なシルクのドレスを脱ぎ捨て、動きやすい麻のワンピースに身を包み、広いつばの帽子を深く被る。
さらに、顔を隠すための眼鏡(伊達ですが、かけると知能が3割増しに見える気がします)を装着。
「お嬢様。その隠しきれないオーラと、歩くたびに漂う高級香水の香りで、開始5秒で身バレする自信があります」
「黙りなさい、侍女。今日は誰が何と言おうと、私はナナシー・ド・ブランドンではなく、ただの『名もなき読書好きの町娘』ですわ」
「はいはい。お気をつけて、名もなき公爵令嬢様」
私は侍女の呆れ顔を背に、屋敷の裏口から颯爽と脱出しました。
目的地は下町の古本屋、そして評判のスイーツ店です。
あのおバカな王子のために、甘いものまで我慢していた日々とは今日でおさらばですわ!
下町の活気は、王宮の淀んだ空気とは大違いでした。
美味しそうなパンの焼ける匂い、威勢の良い商人たちの声。
「あら、あちらのパイ、とても美味しそうですわね。……すみません、そこの店主。その『焦げすぎた炭のような物体』を、まさか食べ物として売るつもりではありませんわよね?」
「なんだと!? これはわざとしっかり焼いて香ばしくして……」
「香ばしいのと炭化しているのとの区別もつかないのかしら。火力を調節する知恵がないのなら、太陽の光でじっくり干した方がマシな出来になりますわよ。あ、でもその隣のベリーパイは、視覚的には及第点ですわ。一ついただきましょうか」
「な、なんなんだこの娘……。口は悪いが、指摘はもっともだ……。ほらよ、おまけだ!」
「あら、ありがとうございます。サービス精神だけは一流のようですわね」
毒舌でまけてもらうという、新しい経済活動を楽しみながら歩いていた時でした。
突如、地響きのような足音が響き渡り、街の人々が慌てて道の端に寄りました。
「どいたどいた! アルスター公爵領・特別精鋭部隊の行軍演習である! 道を空けろ!」
見れば、漆黒の甲冑に身を包んだ屈強な騎士たちが、整然と……というか、威圧感全開で進軍してくるではありませんか。
そして、その先頭に立つのは。
「…………やはり、あのアホンダラ(死神)ですわね」
銀髪を風になびかせ、黒王号という名の巨大な馬に跨ったアルスター公爵。
彼は街中の女性たちの悲鳴にも似た歓声を無視し、鋭い眼光で周囲を警戒していました。
……いえ、警戒というよりは、何かを「探して」いるような。
(まずいわ。あんな変態に見つかったら、私の自由な休日が『公開処刑の刑』に処されてしまいますわ)
私は帽子のつばをさらに下げ、露店の陰に隠れようとしました。
しかし、運命の女神は私に微笑むよりも、私を煽る方がお好きなようです。
「……止まれッ!」
アルスターの地を這うような声が響き、軍隊が一糸乱れぬ動きで停止しました。
彼はゆっくりと馬を下り、迷いのない足取りで、なぜか私が隠れている露店へと向かってきます。
「…………」
私は息を殺し、ただの「ジャガイモの袋」になりきりました。
ですが、目の前に磨き上げられた黒い軍靴が止まったのです。
「……名もなき町娘にしては、ジャガイモの袋から実に気高い毒の香りが漂ってくるな」
「…………。気のせいですわよ、死神様。私はただのジャガイモですわ。あ、芽が出て毒があるタイプですので、触ると危険ですわよ」
私は顔を上げずに答えました。
「ふっ。その『触ると危険』という言葉、私の心には『もっと触れて』と聞こえるのだが、どうすればいい?」
「今すぐ耳鼻咽喉科を受診して、脳の精密検査も受けることをお勧めしますわ」
私は顔を上げ、伊達眼鏡を中指でクイッと押し上げました。
アルスターは、私の姿を見た瞬間、まるで雷に打たれたような顔をしてから、それはもう嬉しそうに口角を吊り上げたのです。
「ナナシー! やはり君か! その変装、完璧すぎて一瞬……いや、0.1秒ほど迷ったぞ!」
「嘘をおっしゃい。最初から私をストーキングしていたのでしょう? 軍隊を演習と称して街に繰り出すなんて、職権乱用の極みですわ。国の税金があなたの趣味のストーカー活動に消えていると思うと、国民に代わって私があなたの脳天に説教を叩き込んで差し上げたくなりますわ」
「ああ……いい。大衆の前で軍司令官を『職権乱用』と罵るその度胸。やはり君こそ、私の軍旗に相応しい」
「軍旗にされるのは御免ですわ。布切れとして扱われるよりは、あなたの軍服のボタンを一つ残らず引きちぎって、全裸で演習させる方が建設的ですわね」
「全裸で演習……! それは新しい。君の命令なら検討しよう」
「検討しなくていいですわよ! 騎士たちが困惑しているのが見えませんの!?」
見れば、後ろで控えていた精鋭騎士たちが、「また公爵様の病気が始まった……」という諦めの表情で遠くを見つめていました。
「ナナシー、せっかくの休日だ。私の馬に乗れ。街を一望できる最高の場所へ連れて行ってやろう」
「お断りします。馬に乗るくらいなら、その辺のロバに跨って泥道を歩いた方が、精神的な衛生状態を保てますもの。さあ、そこをどいてください。私のベリーパイが乾燥してしまいますわ」
私はアルスターの横をすり抜けようとしましたが、彼は楽しそうに私の行く手を塞ぎます。
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