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「ちょっと、降ろしなさい! この歩く国家機密! 公爵の地位を笠に着て、か弱い令嬢(※毒舌家)を拐うなんて、騎士道精神はどこへ捨ててきたのですか? もしかして、戦場の土の下にでも埋めて忘れてきたのかしら?」
私はアルスター公爵の逞しい腕の中に閉じ込められたまま、絶え間なく罵声を浴びせ続けました。
馬の背の揺れは思いのほか安定していましたが、密着しているせいで彼の鎧の冷たさと、それ以上に熱い体温が伝わってきて、非常に不愉快……いえ、不気味ですわ。
「ははは! 『歩く国家機密』か、気に入ったぞ。これほど密に君の毒を浴びられるのなら、片道10時間の強行軍でも安いものだ」
「10時間もこんなところに乗っていたら、私の腰が再起不能になりますわ。そうなったら、あなたの給与から一生分のマッサージ代を差し押さえますからね。……というか、どこへ向かっているのですか? まさか、私を公開処刑場へでも連れて行くつもりかしら?」
「まさか。君にそんな寂しい場所は似合わない。……着いたぞ、ナナシー」
馬が止まったのは、王都を一望できる断崖絶壁の上でした。
そこは、王都の華やかな街並みの裏側——凶暴な魔物が生息すると噂される「黄昏の谷」の入り口でもあります。
「……なるほど。デートの場所としてここを選ぶなんて、あなたの美的センスは、ドブ川に落ちた雑巾よりも救いようがないようですね。普通は花畑とか、夜景の見えるレストランでしょう?」
「普通、か。君がそんな平凡な場所で満足するとは思えなかったものでな。それに見てくれ、このテーブルを」
アルスターが私をひょいと地面に降ろしました。
見れば、岩場の上に場違いなほど真っ白で高級なテーブルクロスが広げられ、そこには宝石箱のようなバスケットが置かれていました。
「…………。まさかとは思いますが、ここで『ピクニック』を始めようというのですか? 今にもあそこの谷底から、大型のワイバーンが飛んできそうなこの場所で?」
「ああ。魔物が現れたら、私がすべて叩き斬る。君は安心して、その鋭い口先でサンドイッチを堪能してくれればいい。……君の罵倒を聞きながら魔物を狩る。これ以上の贅沢があるか?」
「狂っていますわ。あなたの脳は、筋肉という名の腫瘍に完全に侵食されているに違いありませんわね。……ふん、まあいいわ。ここまで来て食べないのは、ブランドン公爵家の教育方針に反しますもの」
私はあきれ果てながらも、差し出された椅子(なぜか持ち込みの高級家具)に座りました。
バスケットの中から現れたのは、トリュフをふんだんに使った卵サンドと、最高級の鴨肉のロースト。
「……悔しいけれど、味だけは一流ですわね。あなたが作ったのではないのでしょう?」
「ああ、軍の専属シェフを叩き起こして作らせた。君が一口食べるごとに『無能』と罵ってくれるなら、彼に特別ボーナスを出してもいいと言ってある」
「シェフが可哀想ですわよ! ……はぁ、本当に。あなたと話していると、論理という概念がゲシュタルト崩壊を起こしそうですわ」
私はサンドイッチを頬張りながら、遠くの王都を眺めました。
そこには、昨夜私を捨てたはずの王子が住む王宮が、小さく見えています。
「ナナシー。君は今、自由か?」
アルスターが、不意に真面目な声で尋ねてきました。
いつもの狂気じみた熱量は鳴りを潜め、ただ静かに私を見つめています。
「……見ての通りですわ。おバカな婚約者に時間を奪われることもなく、好きなものを食べ、好きなだけ他人の欠点を指摘できる。これ以上の幸せがあるかしら?」
「なら、その自由の中に、私を加えてみる気はないか? 君を縛るつもりはない。むしろ、君が自由に毒を吐き、世界を煽り倒すための『盾』になりたいんだ」
「…………。盾、ですか。随分と頑丈そうで、暑苦しい盾ですわね」
私は少しだけ視線を逸らし、残りの紅茶を飲み干しました。
胸の奥が少しだけ騒がしいのは、おそらくこの場所の標高が高くて、気圧が低いせいでしょう。
「考えおきなさい、死神様。今のところ、あなたは盾というよりは、私の自由を阻害する『巨大な不法占拠物』にしか見えませんから」
「不法占拠物か! くっ……最高だ! なら、合法的な占拠物になれるよう、明日も君の屋敷の前に立ちはだかるとしよう」
「……一生、地平線の彼方まで立ちはだかっていてくださいな」
私は毒づきながらも、二個目のサンドイッチに手を伸ばしました。
ピクニック(魔物付き)という最悪なシチュエーションのはずなのに、不思議と喉を通る食事は、昨日よりもずっと美味しく感じられたのでした。
私はアルスター公爵の逞しい腕の中に閉じ込められたまま、絶え間なく罵声を浴びせ続けました。
馬の背の揺れは思いのほか安定していましたが、密着しているせいで彼の鎧の冷たさと、それ以上に熱い体温が伝わってきて、非常に不愉快……いえ、不気味ですわ。
「ははは! 『歩く国家機密』か、気に入ったぞ。これほど密に君の毒を浴びられるのなら、片道10時間の強行軍でも安いものだ」
「10時間もこんなところに乗っていたら、私の腰が再起不能になりますわ。そうなったら、あなたの給与から一生分のマッサージ代を差し押さえますからね。……というか、どこへ向かっているのですか? まさか、私を公開処刑場へでも連れて行くつもりかしら?」
「まさか。君にそんな寂しい場所は似合わない。……着いたぞ、ナナシー」
馬が止まったのは、王都を一望できる断崖絶壁の上でした。
そこは、王都の華やかな街並みの裏側——凶暴な魔物が生息すると噂される「黄昏の谷」の入り口でもあります。
「……なるほど。デートの場所としてここを選ぶなんて、あなたの美的センスは、ドブ川に落ちた雑巾よりも救いようがないようですね。普通は花畑とか、夜景の見えるレストランでしょう?」
「普通、か。君がそんな平凡な場所で満足するとは思えなかったものでな。それに見てくれ、このテーブルを」
アルスターが私をひょいと地面に降ろしました。
見れば、岩場の上に場違いなほど真っ白で高級なテーブルクロスが広げられ、そこには宝石箱のようなバスケットが置かれていました。
「…………。まさかとは思いますが、ここで『ピクニック』を始めようというのですか? 今にもあそこの谷底から、大型のワイバーンが飛んできそうなこの場所で?」
「ああ。魔物が現れたら、私がすべて叩き斬る。君は安心して、その鋭い口先でサンドイッチを堪能してくれればいい。……君の罵倒を聞きながら魔物を狩る。これ以上の贅沢があるか?」
「狂っていますわ。あなたの脳は、筋肉という名の腫瘍に完全に侵食されているに違いありませんわね。……ふん、まあいいわ。ここまで来て食べないのは、ブランドン公爵家の教育方針に反しますもの」
私はあきれ果てながらも、差し出された椅子(なぜか持ち込みの高級家具)に座りました。
バスケットの中から現れたのは、トリュフをふんだんに使った卵サンドと、最高級の鴨肉のロースト。
「……悔しいけれど、味だけは一流ですわね。あなたが作ったのではないのでしょう?」
「ああ、軍の専属シェフを叩き起こして作らせた。君が一口食べるごとに『無能』と罵ってくれるなら、彼に特別ボーナスを出してもいいと言ってある」
「シェフが可哀想ですわよ! ……はぁ、本当に。あなたと話していると、論理という概念がゲシュタルト崩壊を起こしそうですわ」
私はサンドイッチを頬張りながら、遠くの王都を眺めました。
そこには、昨夜私を捨てたはずの王子が住む王宮が、小さく見えています。
「ナナシー。君は今、自由か?」
アルスターが、不意に真面目な声で尋ねてきました。
いつもの狂気じみた熱量は鳴りを潜め、ただ静かに私を見つめています。
「……見ての通りですわ。おバカな婚約者に時間を奪われることもなく、好きなものを食べ、好きなだけ他人の欠点を指摘できる。これ以上の幸せがあるかしら?」
「なら、その自由の中に、私を加えてみる気はないか? 君を縛るつもりはない。むしろ、君が自由に毒を吐き、世界を煽り倒すための『盾』になりたいんだ」
「…………。盾、ですか。随分と頑丈そうで、暑苦しい盾ですわね」
私は少しだけ視線を逸らし、残りの紅茶を飲み干しました。
胸の奥が少しだけ騒がしいのは、おそらくこの場所の標高が高くて、気圧が低いせいでしょう。
「考えおきなさい、死神様。今のところ、あなたは盾というよりは、私の自由を阻害する『巨大な不法占拠物』にしか見えませんから」
「不法占拠物か! くっ……最高だ! なら、合法的な占拠物になれるよう、明日も君の屋敷の前に立ちはだかるとしよう」
「……一生、地平線の彼方まで立ちはだかっていてくださいな」
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