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「……終わらん。何だ、この紙の山は。新種の嫌がらせか!?」
王立アカデミーの卒業パーティーから数日。
王宮の一室で、レオナルド王子は絶望的な叫びを上げていました。
彼の目の前にある机の上には、もはや壁と呼ぶにふさわしい高さの書類が積み上がっています。
「小麦の関税に関する覚書」「隣国との国境警備に関する予算案」「下水道整備の進捗報告」。
どれも、これまでのレオナルドが「あー、適当にやっておいて」とナナシーに丸投げしていた案件ばかりです。
「殿下。そちらの書類、本日中に国王陛下へ提出せねばならないものです。……早くしていただかないと、明日の予算会議が流れますよ」
文官が死んだような魚の目で、淡々とレオナルドを急かします。
「分かっている! だが、この『かんぜい』という文字は何だ!? 漢字が難しすぎて読めないし、内容が支離滅裂だ!」
「いえ、殿下。それはナナシー様がこれまで、殿下の知能レベルに合わせて三行以内の要約を作ってくださっていただけです。本来、公文書とはこういうものです」
「三行以内……。ナナシーは、あれを全て一人でやっていたというのか?」
「ええ。それもティータイムの片手間に。彼女がいなくなってから、我々文官も徹夜続きですよ。……正直に申し上げて、なぜあんな優秀な方を追い出したのですか? 我々を殺す気ですか?」
文官の言葉が、レオナルドの胸にグサリと突き刺さります。
ですが、そこへ追い打ちをかけるように、ピンク色のフリルをこれでもかと揺らしたシャロンが部屋に入ってきました。
「レオ様ぁ! 見てください、この新作のカタログ! 次の夜会では、このエメラルドを散りばめたドレスを着たいんですの!」
「シャロン……。今、私はそれどころでは……」
「ええっ、ひどいですわ! ナナシー様がいなくなって、ようやく私たちが幸せになれると思ったのに! レオ様、私のこと、もう愛していないんですか……? ううっ、悲しい……」
シャロンが目薬でも使ったかのような速さで涙を浮かべます。
これまでなら「ああ、可愛い、すぐ買おう!」となっていたレオナルドでしたが、今の彼の脳内は「関税」と「予算」と「文官の恨み言」で飽和状態でした。
「愛しているが、今それどころではないと言っているだろう! 大体、そのドレスはいくらするんだ!?」
「たったの金貨500枚ですわ! レオ様なら、ぽんと出せますわよね?」
「金貨500枚だと!? バカを言うな! 昨日のアルスター公爵との『相談』で、私の個人資産はすべて差し押さえられたんだ! 今の私は、王宮の便所掃除のバイト代で食い繋いでいるようなものなんだぞ!」
「えええっ!? じゃあ、私の新作ドレスは? 毎日食べていた最高級のマカロンは?」
「知るか! ……というか、お前。少しは私の仕事を手伝ったらどうだ? この書類、代わりに読んで要約しろ!」
レオナルドが藁にもすがる思いで、書類の一枚をシャロンに押し付けました。
シャロンはそれを数秒眺め、そしてにっこりと微笑みました。
「……レオ様。私、ひらがなしか読めないんですの」
「………………」
「ナナシー様は、難しい本をたくさん読んでいらしたけれど。私、可愛ければいいって、パパに言われて育ちましたの。うふふ!」
レオナルドは、その瞬間。
自分が何を失ったのかを、本当の意味で理解しました。
ナナシー・ド・ブランドンという、最強の盾であり、最高の事務処理マシンを。
「……ナナシー。ナナシー、戻ってきてくれ! 宿題をやってくれ! 書類を三行にしてくれ!」
「殿下。騒いでいないで、ペンを動かしてください。……あ、その書類、上下が逆ですよ」
「うあああああああああああ!」
王子の悲鳴が王宮に虚しく響き渡ります。
一方、その頃。
ナナシーは優雅に自宅で「死神公爵による、愛の罵倒受け入れトレーニング」という名の嫌がらせに対処して、充実した(?)日々を送っているのでした。
「……お嬢様。王宮の方から、何か『断末魔』のようなものが風に乗って聞こえてきますが」
「気のせいよ、侍女。きっと、自業自得という名の種が、見事に芽吹いた音ですわ」
ナナシーは、新しい紅茶の香りを楽しみながら、不敵な笑みを浮かべるのでした。
王立アカデミーの卒業パーティーから数日。
王宮の一室で、レオナルド王子は絶望的な叫びを上げていました。
彼の目の前にある机の上には、もはや壁と呼ぶにふさわしい高さの書類が積み上がっています。
「小麦の関税に関する覚書」「隣国との国境警備に関する予算案」「下水道整備の進捗報告」。
どれも、これまでのレオナルドが「あー、適当にやっておいて」とナナシーに丸投げしていた案件ばかりです。
「殿下。そちらの書類、本日中に国王陛下へ提出せねばならないものです。……早くしていただかないと、明日の予算会議が流れますよ」
文官が死んだような魚の目で、淡々とレオナルドを急かします。
「分かっている! だが、この『かんぜい』という文字は何だ!? 漢字が難しすぎて読めないし、内容が支離滅裂だ!」
「いえ、殿下。それはナナシー様がこれまで、殿下の知能レベルに合わせて三行以内の要約を作ってくださっていただけです。本来、公文書とはこういうものです」
「三行以内……。ナナシーは、あれを全て一人でやっていたというのか?」
「ええ。それもティータイムの片手間に。彼女がいなくなってから、我々文官も徹夜続きですよ。……正直に申し上げて、なぜあんな優秀な方を追い出したのですか? 我々を殺す気ですか?」
文官の言葉が、レオナルドの胸にグサリと突き刺さります。
ですが、そこへ追い打ちをかけるように、ピンク色のフリルをこれでもかと揺らしたシャロンが部屋に入ってきました。
「レオ様ぁ! 見てください、この新作のカタログ! 次の夜会では、このエメラルドを散りばめたドレスを着たいんですの!」
「シャロン……。今、私はそれどころでは……」
「ええっ、ひどいですわ! ナナシー様がいなくなって、ようやく私たちが幸せになれると思ったのに! レオ様、私のこと、もう愛していないんですか……? ううっ、悲しい……」
シャロンが目薬でも使ったかのような速さで涙を浮かべます。
これまでなら「ああ、可愛い、すぐ買おう!」となっていたレオナルドでしたが、今の彼の脳内は「関税」と「予算」と「文官の恨み言」で飽和状態でした。
「愛しているが、今それどころではないと言っているだろう! 大体、そのドレスはいくらするんだ!?」
「たったの金貨500枚ですわ! レオ様なら、ぽんと出せますわよね?」
「金貨500枚だと!? バカを言うな! 昨日のアルスター公爵との『相談』で、私の個人資産はすべて差し押さえられたんだ! 今の私は、王宮の便所掃除のバイト代で食い繋いでいるようなものなんだぞ!」
「えええっ!? じゃあ、私の新作ドレスは? 毎日食べていた最高級のマカロンは?」
「知るか! ……というか、お前。少しは私の仕事を手伝ったらどうだ? この書類、代わりに読んで要約しろ!」
レオナルドが藁にもすがる思いで、書類の一枚をシャロンに押し付けました。
シャロンはそれを数秒眺め、そしてにっこりと微笑みました。
「……レオ様。私、ひらがなしか読めないんですの」
「………………」
「ナナシー様は、難しい本をたくさん読んでいらしたけれど。私、可愛ければいいって、パパに言われて育ちましたの。うふふ!」
レオナルドは、その瞬間。
自分が何を失ったのかを、本当の意味で理解しました。
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「……ナナシー。ナナシー、戻ってきてくれ! 宿題をやってくれ! 書類を三行にしてくれ!」
「殿下。騒いでいないで、ペンを動かしてください。……あ、その書類、上下が逆ですよ」
「うあああああああああああ!」
王子の悲鳴が王宮に虚しく響き渡ります。
一方、その頃。
ナナシーは優雅に自宅で「死神公爵による、愛の罵倒受け入れトレーニング」という名の嫌がらせに対処して、充実した(?)日々を送っているのでした。
「……お嬢様。王宮の方から、何か『断末魔』のようなものが風に乗って聞こえてきますが」
「気のせいよ、侍女。きっと、自業自得という名の種が、見事に芽吹いた音ですわ」
ナナシーは、新しい紅茶の香りを楽しみながら、不敵な笑みを浮かべるのでした。
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