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「……ふぅ。ようやく、耳障りな雑音が完全に消え去りましたわね」
狂乱の夜会も終盤。
私はアルスター公爵に連れられ、会場から続く静かなバルコニーへと逃げ出していました。
遠くで聞こえる楽団の演奏と、冷たい夜風。
高揚した肌を冷やすには、絶好の場所です。
「ナナシー。……最高の夜だった。君が全貴族の前であの無能をなぎ倒した瞬間、私は君という名の毒に、完全に心臓を射抜かれたよ」
「……まだそんなことをおっしゃるのですか。あなたの心臓は、毒を浴びるたびに若返る特殊な臓器でもお持ちなのかしら? 医学的な解明が必要なレベルですわね」
私は手すりに背を預け、呆れたように彼を見上げました。
ですが、今日のアルスターは、いつもの「変態的な微笑み」を浮かべてはいませんでした。
月光に照らされた銀髪が揺れ、その青い瞳は、かつてないほど真剣に私を捉えています。
「ナナシー。ふざけているわけではない。……私はこれまで、戦場という名の殺伐とした世界にしか居場所がなかった。私の力に怯えるか、あるいはその権力を利用しようとする者ばかりを見てきた」
「…………」
「だが、君は違った。君は私を『死神』とも『英雄』とも思わず、ただの『不法占拠物』として、真正面から叩き斬った。……あの瞬間、私は初めて、自分を一人の男として見てくれる女性に出会ったんだ」
アルスターが一歩、私に近づきました。
逃げる隙を与えない、圧倒的な存在感。
でも、不思議と恐怖は感じませんでした。
「君のその鋭い言葉は、私にとってはどんな賛辞よりも清らかだ。君の知性、君の誇り、そして誰にも屈しないその強さ……。私は、君のすべてを愛している」
「……急に真面目な顔をして、何を。シャンパンに含まれていたアルコールが、ようやく脳の奥底まで回ったのかしら? 酔っ払いの告白ほど、資源の無駄遣いなものはありませんわよ」
私はわざと冷たく言い放ち、視線を逸らしました。
そうでもしないと、トクンと跳ねた自分の心臓の音が、彼に聞こえてしまいそうだったからです。
「酔ってはいない。……いや、君という毒に酔っているのは事実だが。……ナナシー、頼む。私の妻になってくれ」
アルスターが私の前で、騎士の礼装のまま、片膝をつきました。
ガイスト公爵家の当主が、一人の女性の前で膝を折る。
それがどれほど異常で、どれほど重い意味を持つか、私に分からないはずがありません。
「私は、君を箱入り娘にするつもりはない。君は自由だ。私の領地を君の好きに改革し、気に入らない役人がいれば好きなだけ煽り倒し、私に対しても一生、その毒舌を浴びせてほしい。……君の隣にいることが許されるなら、私は君の最強の盾にも、君に踏まれる絨毯にでもなろう」
「……絨毯になりたいなんて、やはり救いようのない変態ですわね」
私は震える声を隠すように、扇子を強く握りしめました。
自由。私が最も欲しかったもの。
でも、この男が提示する「自由」は、私が一人で手に入れようとしていたものよりも、ずっと広くて、ずっと楽しそうな気がしたのです。
「……アルスター。一つ、お聞きしてもよろしくて?」
「なんだい、私の女神」
「もし、私が明日から一日中、あなたのことを無視し続けても……。それでも、あなたは私の隣にいたいとおっしゃるの?」
「ああ。無視された理由を論理的に分析し、君が再び私を罵ってくれるまで、三日三晩君のドアの前で案山子になろう」
「…………。本当に、手のかかる男。……いいでしょう」
私は扇子を閉じ、彼の鼻先を優しく、でも力強く叩きました。
「あなたのその、絶望的なまでにズレた価値観を矯正して差し上げるのは、世界で私一人にしかできない偉業のようですわ。……せいぜい、飽きさせないでくださいな。旦那様(予定)」
アルスターの瞳が、一気に輝きました。
彼は立ち上がり、私の腰を強引に引き寄せると、信じられないほど幸せそうな笑みを浮かべたのです。
「……今の言葉、契約成立だ。逃がさないぞ、ナナシー。君のこれからの人生、一分一秒たりとも退屈はさせない」
「あら、楽しみですわね。まずは、その暑苦しい抱擁の時間を三秒以内に終わらせるという、高度な知性訓練から始めましょうか?」
「ふっ……。三秒では足りないな。……まずは、この夜の美しさを君の毒舌で汚してもらうことから始めよう」
私たちは、月光の下で、今日までで一番激しい……いえ、熱烈な視線を交わしました。
婚約破棄から始まった私の新しい人生。
その隣には、これ以上ないほど厄介で、これ以上ないほど頼もしい「相棒」が居座ることになったようです。
狂乱の夜会も終盤。
私はアルスター公爵に連れられ、会場から続く静かなバルコニーへと逃げ出していました。
遠くで聞こえる楽団の演奏と、冷たい夜風。
高揚した肌を冷やすには、絶好の場所です。
「ナナシー。……最高の夜だった。君が全貴族の前であの無能をなぎ倒した瞬間、私は君という名の毒に、完全に心臓を射抜かれたよ」
「……まだそんなことをおっしゃるのですか。あなたの心臓は、毒を浴びるたびに若返る特殊な臓器でもお持ちなのかしら? 医学的な解明が必要なレベルですわね」
私は手すりに背を預け、呆れたように彼を見上げました。
ですが、今日のアルスターは、いつもの「変態的な微笑み」を浮かべてはいませんでした。
月光に照らされた銀髪が揺れ、その青い瞳は、かつてないほど真剣に私を捉えています。
「ナナシー。ふざけているわけではない。……私はこれまで、戦場という名の殺伐とした世界にしか居場所がなかった。私の力に怯えるか、あるいはその権力を利用しようとする者ばかりを見てきた」
「…………」
「だが、君は違った。君は私を『死神』とも『英雄』とも思わず、ただの『不法占拠物』として、真正面から叩き斬った。……あの瞬間、私は初めて、自分を一人の男として見てくれる女性に出会ったんだ」
アルスターが一歩、私に近づきました。
逃げる隙を与えない、圧倒的な存在感。
でも、不思議と恐怖は感じませんでした。
「君のその鋭い言葉は、私にとってはどんな賛辞よりも清らかだ。君の知性、君の誇り、そして誰にも屈しないその強さ……。私は、君のすべてを愛している」
「……急に真面目な顔をして、何を。シャンパンに含まれていたアルコールが、ようやく脳の奥底まで回ったのかしら? 酔っ払いの告白ほど、資源の無駄遣いなものはありませんわよ」
私はわざと冷たく言い放ち、視線を逸らしました。
そうでもしないと、トクンと跳ねた自分の心臓の音が、彼に聞こえてしまいそうだったからです。
「酔ってはいない。……いや、君という毒に酔っているのは事実だが。……ナナシー、頼む。私の妻になってくれ」
アルスターが私の前で、騎士の礼装のまま、片膝をつきました。
ガイスト公爵家の当主が、一人の女性の前で膝を折る。
それがどれほど異常で、どれほど重い意味を持つか、私に分からないはずがありません。
「私は、君を箱入り娘にするつもりはない。君は自由だ。私の領地を君の好きに改革し、気に入らない役人がいれば好きなだけ煽り倒し、私に対しても一生、その毒舌を浴びせてほしい。……君の隣にいることが許されるなら、私は君の最強の盾にも、君に踏まれる絨毯にでもなろう」
「……絨毯になりたいなんて、やはり救いようのない変態ですわね」
私は震える声を隠すように、扇子を強く握りしめました。
自由。私が最も欲しかったもの。
でも、この男が提示する「自由」は、私が一人で手に入れようとしていたものよりも、ずっと広くて、ずっと楽しそうな気がしたのです。
「……アルスター。一つ、お聞きしてもよろしくて?」
「なんだい、私の女神」
「もし、私が明日から一日中、あなたのことを無視し続けても……。それでも、あなたは私の隣にいたいとおっしゃるの?」
「ああ。無視された理由を論理的に分析し、君が再び私を罵ってくれるまで、三日三晩君のドアの前で案山子になろう」
「…………。本当に、手のかかる男。……いいでしょう」
私は扇子を閉じ、彼の鼻先を優しく、でも力強く叩きました。
「あなたのその、絶望的なまでにズレた価値観を矯正して差し上げるのは、世界で私一人にしかできない偉業のようですわ。……せいぜい、飽きさせないでくださいな。旦那様(予定)」
アルスターの瞳が、一気に輝きました。
彼は立ち上がり、私の腰を強引に引き寄せると、信じられないほど幸せそうな笑みを浮かべたのです。
「……今の言葉、契約成立だ。逃がさないぞ、ナナシー。君のこれからの人生、一分一秒たりとも退屈はさせない」
「あら、楽しみですわね。まずは、その暑苦しい抱擁の時間を三秒以内に終わらせるという、高度な知性訓練から始めましょうか?」
「ふっ……。三秒では足りないな。……まずは、この夜の美しさを君の毒舌で汚してもらうことから始めよう」
私たちは、月光の下で、今日までで一番激しい……いえ、熱烈な視線を交わしました。
婚約破棄から始まった私の新しい人生。
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