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「……ふざけるな! なんだこの手紙は! あいつ、僕を馬鹿にしているのか!?」
王都の執務室。ジュリアン王子の咆哮が、壁に飾られた高価な絵画を震わせていました。
その手には、ダリアから送り返された「カボチャ推し」の返信が握りしめられています。
「殿下、落ち着いてください。……それよりも、公爵家から届いた第二弾の請求書をご確認ください。……ダリア様が過去に肩代わりしていた『王子の交際費』および『深夜残業手当』が、利息付きで計上されております」
「残業手当だと!? 婚約者というものは、二十四時間僕のために尽くすのが喜びではないのか!」
ジュリアンが絶叫する傍らで、メアリが「あぅ、王子様、お顔が怖いですぅ」と潤んだ瞳で彼に抱きつきました。
普段なら「よしよし、可愛いメアリ」と鼻の下を伸ばすところですが、今のジュリアンにはその余裕すらありません。
「メアリ、今は黙っていてくれ! ……おい、宰相! この『労働賃金』を支払わないとどうなる!」
「……アルトハイム公爵が、全貴族を集めて『王家の不払い』を告発すると脅してきております。そうなれば、次の予算審議は通りませんな。……それと、ダリア様がいなくなったせいで、来賓用のワインの在庫管理すら誰も把握できておらず、地下倉庫は現在、謎の腐臭が漂っているそうですぞ」
「ひ、ひぃぃ……! ダリア! あの悪魔のような女め、僕をここまで追い詰めるとは!」
王都がそんな地獄絵図と化していることなど、北の地の住人たちは知る由もありません。
「……アルスター様。先ほどから何をソワソワしていらっしゃいますの?」
辺境伯城の回廊。私は、柱の陰に隠れては消え、また現れては隠れるという、怪しい挙動を繰り返す巨大な影を呼び止めました。
アルスター様は、私の声にビクッと肩を跳ね上げ、ガバッと壁に張り付きました。
「…………な、なにも」
「何も、ではありませんわ。その手に持っている、背後に隠そうとしているそれは何ですの? ……爆弾? それとも、私を暗殺するための鈍器かしら?」
「…………ちがう。……そんな、ぶっそうな……」
アルスター様は、相変わらず「処刑執行人」のような険しい表情をしていますが、その耳はリンゴのように真っ赤です。
彼はしばらくモジモジと視線を彷徨わせていましたが、やがて覚悟を決めたように、背後に隠していたものを差し出しました。
「…………これ」
「……あら?」
彼の手のひらに乗っていたのは、小さな、透き通った青い石のついた髪飾りでした。
それは王都で売っているような洗練されたデザインではありませんでしたが、土台の金属部分は驚くほど丁寧に磨き上げられ、温かみを感じさせる一品でした。
「…………ひろった。……うしろの、やまの……なきがらに」
「亡骸!? 死体から剥ぎ取ってきたというのですか!?」
「…………ちがう! ……なきが、ら……ではなく……なだれ……なだれのあとに、でてきた……れいすいせき、だ」
アルスター様は必死に否定しました。
どうやら、雪崩の後に見つかるというこの地特有の希少な原石を、彼自らが拾い上げ、削って加工したようです。
よく見ると、彼の大きな指先には小さな傷がいくつもありました。
「…………おまえに、にあうと……おもって」
「……私のために、これを?」
「…………おうとの、ごみに……まけない、ものを……」
彼は俯き、消え入りそうな声で付け加えました。
あの王子の手紙を「ゴミ」と呼び、私に最高の「本物」を贈ろうとしてくれた彼の心遣い。
……正直、不意打ちすぎて、私の鉄壁の心臓が少しばかり大きな音を立てました。
「……ありがとうございます。さっそく、着けていただけますかしら?」
「…………おれが、か?」
「ええ。贈ったからには、その責任を果たしていただかないと」
私は背を向け、銀髪を少しかき上げました。
背後で、アルスター様の激しい動悸が聞こえてきそうなほど、彼の緊張が伝わってきます。
震える大きな手が、おそるおそる私の髪に触れました。
「…………こわ、さないか……しんぱいだ」
「私がそんなにヤワに見えますの? ……あら、冷たくて気持ちいいですわね」
髪飾りが固定されると、私は振り返り、彼に微笑んで見せました。
「いかがかしら? 似合っております?」
「………………」
アルスター様は、言葉を失ったように目を見開きました。
そして、今までに見たこともないほど、耳の先まで真っ赤になって顔を覆いました。
「…………きれいだ。……いままでで、いちばん……」
「……。……そう。……ありがとうございます」
いつもなら「当然ですわ!」と高笑いするところですが、今の私にできたのは、短くお礼を言うことだけでした。
冷たいはずの「零水石」が、私の頭の横で、なんだか熱を持っているような気がして。
「……さて! 感動のシーンはこれくらいにして、次は昨日の騎士団の食費報告書のチェックですわよ! さあ、仕事ですわ、アルスター様!」
「…………う、うむ……。はい、おじょうさま」
私は照れ隠しに早歩きで執務室へと向かいました。
背後をついてくる彼の足取りが、心なしかいつもより軽やかだったことを、私は気づかないふりをしました。
不器用な死神と、不遜な悪役令嬢。
二人の距離は、王都の混乱とは裏腹に、確実に縮まっていたのでした。
王都の執務室。ジュリアン王子の咆哮が、壁に飾られた高価な絵画を震わせていました。
その手には、ダリアから送り返された「カボチャ推し」の返信が握りしめられています。
「殿下、落ち着いてください。……それよりも、公爵家から届いた第二弾の請求書をご確認ください。……ダリア様が過去に肩代わりしていた『王子の交際費』および『深夜残業手当』が、利息付きで計上されております」
「残業手当だと!? 婚約者というものは、二十四時間僕のために尽くすのが喜びではないのか!」
ジュリアンが絶叫する傍らで、メアリが「あぅ、王子様、お顔が怖いですぅ」と潤んだ瞳で彼に抱きつきました。
普段なら「よしよし、可愛いメアリ」と鼻の下を伸ばすところですが、今のジュリアンにはその余裕すらありません。
「メアリ、今は黙っていてくれ! ……おい、宰相! この『労働賃金』を支払わないとどうなる!」
「……アルトハイム公爵が、全貴族を集めて『王家の不払い』を告発すると脅してきております。そうなれば、次の予算審議は通りませんな。……それと、ダリア様がいなくなったせいで、来賓用のワインの在庫管理すら誰も把握できておらず、地下倉庫は現在、謎の腐臭が漂っているそうですぞ」
「ひ、ひぃぃ……! ダリア! あの悪魔のような女め、僕をここまで追い詰めるとは!」
王都がそんな地獄絵図と化していることなど、北の地の住人たちは知る由もありません。
「……アルスター様。先ほどから何をソワソワしていらっしゃいますの?」
辺境伯城の回廊。私は、柱の陰に隠れては消え、また現れては隠れるという、怪しい挙動を繰り返す巨大な影を呼び止めました。
アルスター様は、私の声にビクッと肩を跳ね上げ、ガバッと壁に張り付きました。
「…………な、なにも」
「何も、ではありませんわ。その手に持っている、背後に隠そうとしているそれは何ですの? ……爆弾? それとも、私を暗殺するための鈍器かしら?」
「…………ちがう。……そんな、ぶっそうな……」
アルスター様は、相変わらず「処刑執行人」のような険しい表情をしていますが、その耳はリンゴのように真っ赤です。
彼はしばらくモジモジと視線を彷徨わせていましたが、やがて覚悟を決めたように、背後に隠していたものを差し出しました。
「…………これ」
「……あら?」
彼の手のひらに乗っていたのは、小さな、透き通った青い石のついた髪飾りでした。
それは王都で売っているような洗練されたデザインではありませんでしたが、土台の金属部分は驚くほど丁寧に磨き上げられ、温かみを感じさせる一品でした。
「…………ひろった。……うしろの、やまの……なきがらに」
「亡骸!? 死体から剥ぎ取ってきたというのですか!?」
「…………ちがう! ……なきが、ら……ではなく……なだれ……なだれのあとに、でてきた……れいすいせき、だ」
アルスター様は必死に否定しました。
どうやら、雪崩の後に見つかるというこの地特有の希少な原石を、彼自らが拾い上げ、削って加工したようです。
よく見ると、彼の大きな指先には小さな傷がいくつもありました。
「…………おまえに、にあうと……おもって」
「……私のために、これを?」
「…………おうとの、ごみに……まけない、ものを……」
彼は俯き、消え入りそうな声で付け加えました。
あの王子の手紙を「ゴミ」と呼び、私に最高の「本物」を贈ろうとしてくれた彼の心遣い。
……正直、不意打ちすぎて、私の鉄壁の心臓が少しばかり大きな音を立てました。
「……ありがとうございます。さっそく、着けていただけますかしら?」
「…………おれが、か?」
「ええ。贈ったからには、その責任を果たしていただかないと」
私は背を向け、銀髪を少しかき上げました。
背後で、アルスター様の激しい動悸が聞こえてきそうなほど、彼の緊張が伝わってきます。
震える大きな手が、おそるおそる私の髪に触れました。
「…………こわ、さないか……しんぱいだ」
「私がそんなにヤワに見えますの? ……あら、冷たくて気持ちいいですわね」
髪飾りが固定されると、私は振り返り、彼に微笑んで見せました。
「いかがかしら? 似合っております?」
「………………」
アルスター様は、言葉を失ったように目を見開きました。
そして、今までに見たこともないほど、耳の先まで真っ赤になって顔を覆いました。
「…………きれいだ。……いままでで、いちばん……」
「……。……そう。……ありがとうございます」
いつもなら「当然ですわ!」と高笑いするところですが、今の私にできたのは、短くお礼を言うことだけでした。
冷たいはずの「零水石」が、私の頭の横で、なんだか熱を持っているような気がして。
「……さて! 感動のシーンはこれくらいにして、次は昨日の騎士団の食費報告書のチェックですわよ! さあ、仕事ですわ、アルスター様!」
「…………う、うむ……。はい、おじょうさま」
私は照れ隠しに早歩きで執務室へと向かいました。
背後をついてくる彼の足取りが、心なしかいつもより軽やかだったことを、私は気づかないふりをしました。
不器用な死神と、不遜な悪役令嬢。
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