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「……アルスター様、もう少し右ですわ。そう、そこをぐいっと」
「…………こう、か?」
「ええ、完璧ですわ。……ふふ、意外とお上手ですのね」
城の裏庭。私とアルスター様は、領民からお裾分けしてもらった大きなカボチャの収穫を手伝っていました。
泥にまみれたアルスター様の顔は、相変わらず「獲物を屠る直前の戦士」のようですが、その手つきは驚くほど繊細です。
(このギャップ、王都の令嬢たちに見せたら卒倒するかしら。……いえ、もったいないから私だけの秘密にしておきましょう)
「…………だりあ」
「なんですの?」
「…………つちが、ついている」
アルスター様が、おずおずと指を伸ばしました。
私の頬についた泥を拭おうとしてくれたようですが、あまりの緊張に指先がプルプルと震えています。
もはや、頬を突くのか目潰しを仕掛けるのかわからない状態です。
「……じっとしていてくださいな。自分で拭きますから」
「…………あ、ああ。……すまない」
彼がシュンと肩を落とした、その時でした。
「お、お嬢様ぁぁ! 旦那様ぁぁ! 大変ですぞぉ!」
ボリスが、一枚の封筒をひらつかせながら、転ばんばかりの勢いで走ってきました。
その封筒には、見覚えのある……そして見たくもない、金色の王家紋章が刻印されていました。
「……ボリス。その忌々しいゴミを、今すぐ暖炉に投げ込んできてくださる?」
「そ、そうしたいのは山々ですが! なんと、第一王子ジュリアン殿下からの直筆の親書でございます!」
私はカボチャを放り出し、泥を払ってその手紙をひったくりました。
アルスター様が心配そうに、背後から私を覗き込んできます。
『親愛なるダリアへ。
君が辺境の厳しい寒さの中で、己の過ちを悔いて泣いている姿を想像し、僕の心は痛んでいる。
メアリも「お姉様が可哀想ですぅ」と毎日涙を流しているよ。
そこでだ。特別に君を王都へ招いてあげよう。
君が作成していた「戴冠式典の予算案」と「隣国との通商条約」の続きを完成させれば、罪を許して側近……あるいは侍女として雇ってあげてもいい。
感謝して、三日以内に王都へ戻るように。 ――ジュリアン・ド・ラ・ヴァリエール』
「……………………」
読み終えた瞬間、私の周囲の空気が、アルスター様の殺気を上回る速度で氷点下に達しました。
「……ダリア? ……なんて、かいてあるんだ」
「ええ、とっても面白いことが書いてありますわ。要約すると、『自分では何もできない無能な王子が、事務作業がパンクしたので、捨てた元婚約者に泣きついてきた』……ですわね」
私は手紙をクシャクシャに丸め、全力で地面に叩きつけました。
「なんですの、この『上から目線』は! 罪を許す? 侍女として雇う? 笑わせないでいただきたいわ。あんなカビの生えた王宮に戻るくらいなら、私はここで一生カボチャを担いでいた方が一万倍マシですわよ!」
「…………おうと、に……かえるのか?」
アルスター様の声が、いつも以上に低く響きました。
見ると、彼の瞳には深い不安の色が混じっています。
その大きな手が、私のドレスの袖を、まるで迷子になった子供のようにギュッと掴んでいました。
「…………いかないで、くれ」
「……アルスター様?」
「…………おれには、おまえが……ひつよう、だ。……だりあがいないと、おれは……また、ただの、しにがみに……」
アルスター様は必死に言葉を絞り出していました。
顔は相変わらず怖いのですが、その必死な様子に、私の胸の奥がチクリと疼きました。
(この人、本当に……ずるいですわね)
私はふぅ、と溜息をつき、彼の大きな手に自分の手を重ねました。
「安心なさいな。あんなナルシストのところへ戻るわけがありませんわ。私は今、この領地の『女帝』として、やり残した仕事が山ほどあるのですから」
「…………ほんとう、か?」
「ええ。……ボリス! 返信の用意をなさい。最高級の『嫌がらせ』を込めた手紙を書いて差し上げますわ!」
私は執務室へと足早に向かいました。
背後で、アルスター様がホッとしたように、深く、長いため息を吐くのが聞こえました。
執務室に籠もった私は、淀みない筆致で返信を書き上げました。
『拝啓、元婚約者殿。
お手紙拝読いたしました。あいにくですが、こちらでのカボチャ収穫は、王都での不毛な書類仕事よりも一億倍の価値がございます。
事務作業が滞っているとのこと、心よりお祝い申し上げます。
メアリさんの「はーと」マークで、ぜひ国庫を潤してくださいませ。
追伸。私の労働賃金の請求書、第二弾も近日中に届くと思いますので、お楽しみに。』
「よし、これで完璧ですわ」
私はシーリングワックスをこれでもかと厚く塗り込み、王家の紋章を隠すように公爵家の印章を叩きつけました。
「さあ、アルスター様。王都からのゴミ掃除が終わりましたら、午後は予定通り、騎士団の兵舎の抜き打ち監査に行きますわよ。……あ、その前に、お顔の泥を拭きなさいな。怖い顔がさらに怖くなっておりますわよ」
「…………うむ。……お嬢様」
アルスター様が、ほんの少しだけ、穏やかな顔で微笑みました。
それは、王都のどんな宝石よりも眩しく、私の心に深く刻まれたのでした。
「…………こう、か?」
「ええ、完璧ですわ。……ふふ、意外とお上手ですのね」
城の裏庭。私とアルスター様は、領民からお裾分けしてもらった大きなカボチャの収穫を手伝っていました。
泥にまみれたアルスター様の顔は、相変わらず「獲物を屠る直前の戦士」のようですが、その手つきは驚くほど繊細です。
(このギャップ、王都の令嬢たちに見せたら卒倒するかしら。……いえ、もったいないから私だけの秘密にしておきましょう)
「…………だりあ」
「なんですの?」
「…………つちが、ついている」
アルスター様が、おずおずと指を伸ばしました。
私の頬についた泥を拭おうとしてくれたようですが、あまりの緊張に指先がプルプルと震えています。
もはや、頬を突くのか目潰しを仕掛けるのかわからない状態です。
「……じっとしていてくださいな。自分で拭きますから」
「…………あ、ああ。……すまない」
彼がシュンと肩を落とした、その時でした。
「お、お嬢様ぁぁ! 旦那様ぁぁ! 大変ですぞぉ!」
ボリスが、一枚の封筒をひらつかせながら、転ばんばかりの勢いで走ってきました。
その封筒には、見覚えのある……そして見たくもない、金色の王家紋章が刻印されていました。
「……ボリス。その忌々しいゴミを、今すぐ暖炉に投げ込んできてくださる?」
「そ、そうしたいのは山々ですが! なんと、第一王子ジュリアン殿下からの直筆の親書でございます!」
私はカボチャを放り出し、泥を払ってその手紙をひったくりました。
アルスター様が心配そうに、背後から私を覗き込んできます。
『親愛なるダリアへ。
君が辺境の厳しい寒さの中で、己の過ちを悔いて泣いている姿を想像し、僕の心は痛んでいる。
メアリも「お姉様が可哀想ですぅ」と毎日涙を流しているよ。
そこでだ。特別に君を王都へ招いてあげよう。
君が作成していた「戴冠式典の予算案」と「隣国との通商条約」の続きを完成させれば、罪を許して側近……あるいは侍女として雇ってあげてもいい。
感謝して、三日以内に王都へ戻るように。 ――ジュリアン・ド・ラ・ヴァリエール』
「……………………」
読み終えた瞬間、私の周囲の空気が、アルスター様の殺気を上回る速度で氷点下に達しました。
「……ダリア? ……なんて、かいてあるんだ」
「ええ、とっても面白いことが書いてありますわ。要約すると、『自分では何もできない無能な王子が、事務作業がパンクしたので、捨てた元婚約者に泣きついてきた』……ですわね」
私は手紙をクシャクシャに丸め、全力で地面に叩きつけました。
「なんですの、この『上から目線』は! 罪を許す? 侍女として雇う? 笑わせないでいただきたいわ。あんなカビの生えた王宮に戻るくらいなら、私はここで一生カボチャを担いでいた方が一万倍マシですわよ!」
「…………おうと、に……かえるのか?」
アルスター様の声が、いつも以上に低く響きました。
見ると、彼の瞳には深い不安の色が混じっています。
その大きな手が、私のドレスの袖を、まるで迷子になった子供のようにギュッと掴んでいました。
「…………いかないで、くれ」
「……アルスター様?」
「…………おれには、おまえが……ひつよう、だ。……だりあがいないと、おれは……また、ただの、しにがみに……」
アルスター様は必死に言葉を絞り出していました。
顔は相変わらず怖いのですが、その必死な様子に、私の胸の奥がチクリと疼きました。
(この人、本当に……ずるいですわね)
私はふぅ、と溜息をつき、彼の大きな手に自分の手を重ねました。
「安心なさいな。あんなナルシストのところへ戻るわけがありませんわ。私は今、この領地の『女帝』として、やり残した仕事が山ほどあるのですから」
「…………ほんとう、か?」
「ええ。……ボリス! 返信の用意をなさい。最高級の『嫌がらせ』を込めた手紙を書いて差し上げますわ!」
私は執務室へと足早に向かいました。
背後で、アルスター様がホッとしたように、深く、長いため息を吐くのが聞こえました。
執務室に籠もった私は、淀みない筆致で返信を書き上げました。
『拝啓、元婚約者殿。
お手紙拝読いたしました。あいにくですが、こちらでのカボチャ収穫は、王都での不毛な書類仕事よりも一億倍の価値がございます。
事務作業が滞っているとのこと、心よりお祝い申し上げます。
メアリさんの「はーと」マークで、ぜひ国庫を潤してくださいませ。
追伸。私の労働賃金の請求書、第二弾も近日中に届くと思いますので、お楽しみに。』
「よし、これで完璧ですわ」
私はシーリングワックスをこれでもかと厚く塗り込み、王家の紋章を隠すように公爵家の印章を叩きつけました。
「さあ、アルスター様。王都からのゴミ掃除が終わりましたら、午後は予定通り、騎士団の兵舎の抜き打ち監査に行きますわよ。……あ、その前に、お顔の泥を拭きなさいな。怖い顔がさらに怖くなっておりますわよ」
「…………うむ。……お嬢様」
アルスター様が、ほんの少しだけ、穏やかな顔で微笑みました。
それは、王都のどんな宝石よりも眩しく、私の心に深く刻まれたのでした。
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