婚約破棄?望むところですわ!悪役令嬢の爆走?

ハチワレ

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「……ゴミの処理が終わると、空気が一段と美味しく感じられますわね、ボリス」

吹雪が去り、澄み渡った冬の朝。私はテラスで温かいハーブティーを楽しみながら、遠ざかる王子の馬車の轍を眺めていました。

「左様でございますな、お嬢様。……ただ、殿下が捨てていかれた『金箔入りの高級毛布』ですが、汚れが酷いので雑巾に格下げしておきましたぞ」

「あら、名案ですわ。王家の誇りで床を磨くなんて、これ以上の贅沢はございませんわね」

私は優雅に微笑み、視線を隣の巨躯へと移しました。
そこには、今にも魂が口から抜け出しそうな顔で固まっているアルスター様が座っていました。

「…………だりあ。……おねがいだ、それだけは……」

「あら、アルスター様。先ほどから何をそんなに怯えていらっしゃるの? 私が提案したのは、ただの『親睦舞踏会』ですわよ?」

「…………それが、いちばん……しぬ……」

アルスター様は、大剣を握るよりも強く、自分の膝を握りしめて震えています。
無理もありません。彼はこれまで、その強面と寡黙さゆえに、王都の社交界からは「野蛮な死神」と遠ざけられ、本人も極力人との接触を避けてきたのです。

「いいですか、アルスター様。王子がああして無様に逃げ帰った今、王都では『辺境伯領は無法地帯だ』というデマが流れるに決まっていますわ。だからこそ、私たちが健全で、豊かで、そして何より『私が幸せであること』を誇示する必要があるのです」

「…………しあわせ、か?」

「ええ。……まさか、私を不幸にするおつもり?」

「…………め、めっそうもない! ……だりあが、わらっているなら……おれは……」

アルスター様は顔を真っ赤にして、視線を泳がせました。

「でしたら決定ですわ。近隣の領主たちや、この領地の有力者たちを招いて、華やかな夜会を開催します。……ご安心なさい。ダンスの練習から挨拶の『翻訳』まで、私がすべて叩き込んで差し上げますわ」

「………………はい、おじょうさま」

こうして、死神の「淑士教育(地獄)」が幕を開けました。

「背筋を伸ばして! あなたは獲物を狩る熊ではなく、誇り高き辺境の守護者ですわよ!」

「…………う、うむ……。こう、か?」

「足が逆ですわ! 私の足をそんな鋼鉄のブーツで踏んだら、私の足指が王宮のバラ園より先に全滅してしまいますわよ!」

「…………ご、ごめん……!」

数日間に及ぶ特訓の末。
ついに、クロムウェル城の広間には、何十年ぶりかの灯火が輝きました。

招かれた領主たちは、当初「生きて帰れるのか」という顔で震えながら入場してきましたが、会場を彩るダリア監修の装飾と、辺境の特産品を活かした極上の料理に、次第に緊張を解いていきました。

そして、音楽が始まります。

「さあ、アルスター様。出番ですわよ」

私が差し出した手を、彼は震える大きな手で、壊れ物を扱うようにそっと取りました。
今日のアルスター様は、私が新調させた濃紺の礼装に身を包んでいます。銀の刺繍が施されたその姿は、まさに北国の夜空を擬人化したような、息を呑むほどの格好良さでした。

(……ふふ。私の目は間違っていませんでしたわ。この男(ひと)、磨けば王都のどの宝石よりも輝きますわね)

「…………だりあ。……おまえ、きれいだ」

「あら、練習したセリフを言うのが早すぎましてよ?」

「…………ちがう。……いま、ほんとうに……そう、おもったんだ」

アルスター様は、私の耳元でそう囁きました。
先ほどの練習とは違い、その声には一切の震えがありません。
私たちは、広場の中央でゆっくりとステップを踏み始めました。

周囲の貴族たちから、驚嘆の溜息が漏れます。
「死神」と「悪役令嬢」が、これほどまでに優雅に、美しく舞う姿を誰が予想したでしょう。

「…………だりあ」

「なんですの?」

「…………おれ。……おまえに、あえて……よかった」

アルスター様の瞳が、私の目を真っ直ぐに見つめました。
その瞳には、かつての孤独な冷たさは微塵もなく、私への真っ直ぐな信頼と、温かな熱だけが宿っていました。

「……当然ですわ。私を見つけたことが、あなたの人生最大の功績ですもの」

私は照れ隠しに不敵な笑みを浮かべ、彼の肩にそっと手を添えました。

舞踏会は大成功に終わりました。
王都のゴミ掃除、領地の改革、そしてアルスター様の「教育」。
私の復讐劇は、いつの間にか、私自身の新しい居場所を作る物語へと変わっていたようです。

しかし。
そんな多幸感に浸る私たちの元へ、再び不穏な影が忍び寄ります。

「……お嬢様! 王都のメアリ様から、なにやら……『呪いのような香り』のする手紙が届いておりますぞ!」

ボリスが掲げた手紙には、これでもかと香水が振りかけられ、湿り気を帯びていました。

「……あの方、まだ懲りていらっしゃらないのね。よろしい、次は根こそぎ絶望させて差し上げますわ」

私の「悪役」としての血が、再び静かに騒ぎ始めるのでした。
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