婚約破棄?望むところですわ!悪役令嬢の爆走?

ハチワレ

文字の大きさ
14 / 28

14

しおりを挟む
「……冷たい。……耳が、耳がもげる……! 誰か、僕の耳を温めろ!」

北の辺境、クロムウェル領の城門前。
そこには、王都での輝きをどこへ捨ててきたのかと疑いたくなるほど、無惨な姿を晒したジュリアン王子の姿がありました。

自慢の金髪は雪と泥でべたつき、最高級の毛皮のコートは、途中の雪道で馬車が横転した際に盛大に破れています。
引き連れてきた騎士団も、あまりの寒さに全員が「死ぬ一歩手前」の顔で震えていました。

「で、殿下……。もう、これ以上は……。城門も閉まったままですし、一度退却しては……」

「黙れ! ダリアはすぐそこにいるんだ! 僕が来たことを知れば、彼女は今すぐ裸足で駆け寄ってきて、この僕の足を温めるはずなんだ!」

ガタガタと歯の根が合わない音を響かせながら、ジュリアンは閉ざされた鋼鉄の門を拳で叩きました。

その時です。
門の上にある小さな窓が開き、冷ややかな視線が彼を見下ろしました。

「……あら。門の外で騒いでいるのは、どこの浮浪者かしら? ボリス、うちの領地は炊き出しの予定はなかったはずですけれど」

「ははっ。どうやら王都から迷い込んだ、非常に質の悪い野犬の群れのようでございますな、お嬢様」

聞き慣れた、そして今、世界で一番聞きたかった声。
ジュリアンは顔を上げ、目に涙を浮かべて叫びました。

「ダリア! 僕だ、ジュリアンだ! 君を救いに来たんだぞ!」

窓から顔を出した私は、わざとらしく目を細めて彼を眺めました。

「まあ、ジュリアン様。その薄汚れた格好、新手のファッションですの? 王都では今、泥パックを全身に塗るのが流行りまして?」

「違う! 道中で災難に遭ったんだ! いいから早くこの門を開けろ! 暖かい部屋と、温かいスープと、君の謝罪を用意するんだ!」

「謝罪? 何に対する謝罪ですの?」

「決まっているだろう! 僕を差し置いてこんな僻地で遊び呆けていた罪だ! だが安心しろ、君が今すぐ僕の元へ戻り、再び僕のために書類仕事をこなすと言うなら、特別に婚約破棄を取り消してやってもいい!」

(……この期に及んで、まだ『権利をやる』系の上から目線……。本当に脳みそまで凍りついているのかしら)

私は溜息をつき、扇を広げて口元を隠しました。

「お断りいたしますわ。私は今、この領地で『事務総長兼、辺境伯様の専属翻訳官』として、非常に充実した日々を送っておりますの。無能な主君の尻拭いに追われていた頃とは、雲泥の差ですわ」

「なんだと……!? 僕を、この王子である僕を無能と言ったか!」

「ええ、言いましたわ。ついでに申し上げますと、その壊れた馬車の修理代と、我が領地の街道を泥で汚した清掃代、後ほど請求書を王宮へ送らせていただきますわね」

私が冷たく言い放つと、ジュリアンは顔を真っ赤にして地団駄を踏みました。

「ええい、門を開けろ! これは王命だ! 開けないなら武力を行使してでも……!」

その時でした。
私の背後から、一陣の冬嵐よりも冷たい殺気が溢れ出しました。

「…………だれを、つれもどす……だと?」

重厚な扉がゆっくりと開き、そこから現れたのは、大剣を肩に担いだ「氷の死神」アルスター様でした。
彼の瞳は、暗い炎を宿したようにジュリアンを射抜いています。

「…………おうじ。……だりあは、おれの……ものだ」

「な……ななな、なんだ貴様は! その不遜な態度は……ひっ、ひぃぃ!」

アルスター様が一歩踏み出しただけで、ジュリアンは情けなく尻もちをつきました。
死神の放つ「本物の殺気」は、温室育ちの王子には刺激が強すぎたようです。

「…………かえれ。……二度と、この地を踏むな。……さもなくば、首をはねる」

アルスター様が、ゆっくりと大剣を鞘から引き抜きました。
その切っ先が雪を切り裂く音に、ジュリアンの騎士団は一斉に武器を捨てて降参のポーズを取りました。

「わ、わかった! わかったからそれを引け! ダリア、君は後悔するぞ! 僕という最高の男を失って、そんな化け物と一緒に暮らすなんて……!」

「化け物? 失礼ね。アルスター様は、あなたよりも一億倍、言葉の重みを理解していらっしゃる紳士ですわ」

私はアルスター様の隣に立ち、彼の逞しい腕に自分の手を添えました。

「さあ、お帰りなさいませ。王都のバラ園で、枯れ果てた理想と一緒に心中なさるのがお似合いですわよ」

ジュリアンは呪いの言葉を吐き捨てながら、ボロボロの部下たちを引き連れて、吹雪の中へと逃げ帰っていきました。

「……ふぅ。これで少しは静かになりますわね。お疲れ様でした、アルスター様」

「…………だりあ。……おれ、ちゃんといえたか?」

先ほどまでの威圧感はどこへやら。
アルスター様は、私の顔を伺うようにして、おどおどとした目で問いかけてきました。

「ええ、満点ですわ。……特に『おれのもの』という部分は、少々独占欲が強すぎて、私の教育方針に反しますけれど……今回だけは特別に合格点を差し上げますわ」

「………………うむ。……よかった」

アルスター様は、安心したように大きく肩を落としました。

こうして、王子の襲来という名の「コメディ」は幕を閉じました。
ですが、これで諦めるような王子ではないことを、私は知っています。
……まあ、次に来る時は、さらに強力な「毒」を用意してお迎えするだけですけれど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

婚約者が最凶すぎて困っています

白雲八鈴
恋愛
今日は婚約者のところに連行されていました。そう、二か月は不在だと言っていましたのに、一ヶ月しか無かった私の平穏。 そして現在進行系で私は誘拐されています。嫌な予感しかしませんわ。 最凶すぎる第一皇子の婚約者と、その婚約者に振り回される子爵令嬢の私の話。 *幼少期の主人公の言葉はキツイところがあります。 *不快におもわれましたら、そのまま閉じてください。 *作者の目は節穴ですので、誤字脱字があります。 *カクヨム。小説家になろうにも投稿。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

没落令嬢は僻地で王子の従者と出会う

ねーさん
恋愛
 運命が狂った瞬間は…あの舞踏会での王太子殿下の婚約破棄宣言。  罪を犯し、家を取り潰され、王都から追放された元侯爵令嬢オリビアは、辺境の親類の子爵家の養女となった。  嫌々参加した辺境伯主催の夜会で大商家の息子に絡まれてしまったオリビアを助けてくれたダグラスは言った。 「お会いしたかった。元侯爵令嬢殿」  ダグラスは、オリビアの犯した罪を知っていて、更に頼みたい事があると言うが…

旦那様は、転生後は王子様でした

編端みどり
恋愛
近所でも有名なおしどり夫婦だった私達は、死ぬ時まで一緒でした。生まれ変わっても一緒になろうなんて言ったけど、今世は貴族ですって。しかも、タチの悪い両親に王子の婚約者になれと言われました。なれなかったら替え玉と交換して捨てるって言われましたわ。 まだ12歳ですから、捨てられると生きていけません。泣く泣くお茶会に行ったら、王子様は元夫でした。 時折チートな行動をして暴走する元夫を嗜めながら、自身もチートな事に気が付かない公爵令嬢のドタバタした日常は、周りを巻き込んで大事になっていき……。 え?! わたくし破滅するの?! しばらく不定期更新です。時間できたら毎日更新しますのでよろしくお願いします。

【完結】恋の終焉~愛しさあまって憎さ1000倍~

つくも茄子
恋愛
五大侯爵家、ミネルヴァ・リゼ・ウォーカー侯爵令嬢は第二王子の婚約者候補。それと同時に、義兄とも婚約者候補の仲という複雑な環境に身を置いていた。 それも第二王子が恋に狂い「伯爵令嬢(恋人)を妻(正妃)に迎えたい」と言い出したせいで。 第二王子が恋を諦めるのが早いか。それとも臣籍降下するのが早いか。とにかく、選ばれた王子の婚約者候補の令嬢達にすれば迷惑極まりないものだった。 ミネルヴァは初恋の相手である義兄と結婚する事を夢見ていたというに、突然の王家からの横やりに怒り心頭。それでも臣下としてグッと堪えた。 そんな中での義兄の裏切り。 愛する女性がいる? その相手と結婚したい? 何を仰っているのでしょうか? 混乱するミネルヴァを置き去りに義兄はどんどん話を続ける。 「お義兄様、あなたは婿入りのための養子縁組ですよ」と言いたいのをグッと堪えたミネルヴァであった。義兄を許す?許さない?答えは一つ。

【完結】メルティは諦めない~立派なレディになったなら

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 レドゼンツ伯爵家の次女メルティは、水面に映る未来を見る(予言)事ができた。ある日、父親が事故に遭う事を知りそれを止めた事によって、聖女となり第二王子と婚約する事になるが、なぜか姉であるクラリサがそれらを手にする事に――。51話で完結です。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

処理中です...