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「……冷たい。……耳が、耳がもげる……! 誰か、僕の耳を温めろ!」
北の辺境、クロムウェル領の城門前。
そこには、王都での輝きをどこへ捨ててきたのかと疑いたくなるほど、無惨な姿を晒したジュリアン王子の姿がありました。
自慢の金髪は雪と泥でべたつき、最高級の毛皮のコートは、途中の雪道で馬車が横転した際に盛大に破れています。
引き連れてきた騎士団も、あまりの寒さに全員が「死ぬ一歩手前」の顔で震えていました。
「で、殿下……。もう、これ以上は……。城門も閉まったままですし、一度退却しては……」
「黙れ! ダリアはすぐそこにいるんだ! 僕が来たことを知れば、彼女は今すぐ裸足で駆け寄ってきて、この僕の足を温めるはずなんだ!」
ガタガタと歯の根が合わない音を響かせながら、ジュリアンは閉ざされた鋼鉄の門を拳で叩きました。
その時です。
門の上にある小さな窓が開き、冷ややかな視線が彼を見下ろしました。
「……あら。門の外で騒いでいるのは、どこの浮浪者かしら? ボリス、うちの領地は炊き出しの予定はなかったはずですけれど」
「ははっ。どうやら王都から迷い込んだ、非常に質の悪い野犬の群れのようでございますな、お嬢様」
聞き慣れた、そして今、世界で一番聞きたかった声。
ジュリアンは顔を上げ、目に涙を浮かべて叫びました。
「ダリア! 僕だ、ジュリアンだ! 君を救いに来たんだぞ!」
窓から顔を出した私は、わざとらしく目を細めて彼を眺めました。
「まあ、ジュリアン様。その薄汚れた格好、新手のファッションですの? 王都では今、泥パックを全身に塗るのが流行りまして?」
「違う! 道中で災難に遭ったんだ! いいから早くこの門を開けろ! 暖かい部屋と、温かいスープと、君の謝罪を用意するんだ!」
「謝罪? 何に対する謝罪ですの?」
「決まっているだろう! 僕を差し置いてこんな僻地で遊び呆けていた罪だ! だが安心しろ、君が今すぐ僕の元へ戻り、再び僕のために書類仕事をこなすと言うなら、特別に婚約破棄を取り消してやってもいい!」
(……この期に及んで、まだ『権利をやる』系の上から目線……。本当に脳みそまで凍りついているのかしら)
私は溜息をつき、扇を広げて口元を隠しました。
「お断りいたしますわ。私は今、この領地で『事務総長兼、辺境伯様の専属翻訳官』として、非常に充実した日々を送っておりますの。無能な主君の尻拭いに追われていた頃とは、雲泥の差ですわ」
「なんだと……!? 僕を、この王子である僕を無能と言ったか!」
「ええ、言いましたわ。ついでに申し上げますと、その壊れた馬車の修理代と、我が領地の街道を泥で汚した清掃代、後ほど請求書を王宮へ送らせていただきますわね」
私が冷たく言い放つと、ジュリアンは顔を真っ赤にして地団駄を踏みました。
「ええい、門を開けろ! これは王命だ! 開けないなら武力を行使してでも……!」
その時でした。
私の背後から、一陣の冬嵐よりも冷たい殺気が溢れ出しました。
「…………だれを、つれもどす……だと?」
重厚な扉がゆっくりと開き、そこから現れたのは、大剣を肩に担いだ「氷の死神」アルスター様でした。
彼の瞳は、暗い炎を宿したようにジュリアンを射抜いています。
「…………おうじ。……だりあは、おれの……ものだ」
「な……ななな、なんだ貴様は! その不遜な態度は……ひっ、ひぃぃ!」
アルスター様が一歩踏み出しただけで、ジュリアンは情けなく尻もちをつきました。
死神の放つ「本物の殺気」は、温室育ちの王子には刺激が強すぎたようです。
「…………かえれ。……二度と、この地を踏むな。……さもなくば、首をはねる」
アルスター様が、ゆっくりと大剣を鞘から引き抜きました。
その切っ先が雪を切り裂く音に、ジュリアンの騎士団は一斉に武器を捨てて降参のポーズを取りました。
「わ、わかった! わかったからそれを引け! ダリア、君は後悔するぞ! 僕という最高の男を失って、そんな化け物と一緒に暮らすなんて……!」
「化け物? 失礼ね。アルスター様は、あなたよりも一億倍、言葉の重みを理解していらっしゃる紳士ですわ」
私はアルスター様の隣に立ち、彼の逞しい腕に自分の手を添えました。
「さあ、お帰りなさいませ。王都のバラ園で、枯れ果てた理想と一緒に心中なさるのがお似合いですわよ」
ジュリアンは呪いの言葉を吐き捨てながら、ボロボロの部下たちを引き連れて、吹雪の中へと逃げ帰っていきました。
「……ふぅ。これで少しは静かになりますわね。お疲れ様でした、アルスター様」
「…………だりあ。……おれ、ちゃんといえたか?」
先ほどまでの威圧感はどこへやら。
アルスター様は、私の顔を伺うようにして、おどおどとした目で問いかけてきました。
「ええ、満点ですわ。……特に『おれのもの』という部分は、少々独占欲が強すぎて、私の教育方針に反しますけれど……今回だけは特別に合格点を差し上げますわ」
「………………うむ。……よかった」
アルスター様は、安心したように大きく肩を落としました。
こうして、王子の襲来という名の「コメディ」は幕を閉じました。
ですが、これで諦めるような王子ではないことを、私は知っています。
……まあ、次に来る時は、さらに強力な「毒」を用意してお迎えするだけですけれど。
北の辺境、クロムウェル領の城門前。
そこには、王都での輝きをどこへ捨ててきたのかと疑いたくなるほど、無惨な姿を晒したジュリアン王子の姿がありました。
自慢の金髪は雪と泥でべたつき、最高級の毛皮のコートは、途中の雪道で馬車が横転した際に盛大に破れています。
引き連れてきた騎士団も、あまりの寒さに全員が「死ぬ一歩手前」の顔で震えていました。
「で、殿下……。もう、これ以上は……。城門も閉まったままですし、一度退却しては……」
「黙れ! ダリアはすぐそこにいるんだ! 僕が来たことを知れば、彼女は今すぐ裸足で駆け寄ってきて、この僕の足を温めるはずなんだ!」
ガタガタと歯の根が合わない音を響かせながら、ジュリアンは閉ざされた鋼鉄の門を拳で叩きました。
その時です。
門の上にある小さな窓が開き、冷ややかな視線が彼を見下ろしました。
「……あら。門の外で騒いでいるのは、どこの浮浪者かしら? ボリス、うちの領地は炊き出しの予定はなかったはずですけれど」
「ははっ。どうやら王都から迷い込んだ、非常に質の悪い野犬の群れのようでございますな、お嬢様」
聞き慣れた、そして今、世界で一番聞きたかった声。
ジュリアンは顔を上げ、目に涙を浮かべて叫びました。
「ダリア! 僕だ、ジュリアンだ! 君を救いに来たんだぞ!」
窓から顔を出した私は、わざとらしく目を細めて彼を眺めました。
「まあ、ジュリアン様。その薄汚れた格好、新手のファッションですの? 王都では今、泥パックを全身に塗るのが流行りまして?」
「違う! 道中で災難に遭ったんだ! いいから早くこの門を開けろ! 暖かい部屋と、温かいスープと、君の謝罪を用意するんだ!」
「謝罪? 何に対する謝罪ですの?」
「決まっているだろう! 僕を差し置いてこんな僻地で遊び呆けていた罪だ! だが安心しろ、君が今すぐ僕の元へ戻り、再び僕のために書類仕事をこなすと言うなら、特別に婚約破棄を取り消してやってもいい!」
(……この期に及んで、まだ『権利をやる』系の上から目線……。本当に脳みそまで凍りついているのかしら)
私は溜息をつき、扇を広げて口元を隠しました。
「お断りいたしますわ。私は今、この領地で『事務総長兼、辺境伯様の専属翻訳官』として、非常に充実した日々を送っておりますの。無能な主君の尻拭いに追われていた頃とは、雲泥の差ですわ」
「なんだと……!? 僕を、この王子である僕を無能と言ったか!」
「ええ、言いましたわ。ついでに申し上げますと、その壊れた馬車の修理代と、我が領地の街道を泥で汚した清掃代、後ほど請求書を王宮へ送らせていただきますわね」
私が冷たく言い放つと、ジュリアンは顔を真っ赤にして地団駄を踏みました。
「ええい、門を開けろ! これは王命だ! 開けないなら武力を行使してでも……!」
その時でした。
私の背後から、一陣の冬嵐よりも冷たい殺気が溢れ出しました。
「…………だれを、つれもどす……だと?」
重厚な扉がゆっくりと開き、そこから現れたのは、大剣を肩に担いだ「氷の死神」アルスター様でした。
彼の瞳は、暗い炎を宿したようにジュリアンを射抜いています。
「…………おうじ。……だりあは、おれの……ものだ」
「な……ななな、なんだ貴様は! その不遜な態度は……ひっ、ひぃぃ!」
アルスター様が一歩踏み出しただけで、ジュリアンは情けなく尻もちをつきました。
死神の放つ「本物の殺気」は、温室育ちの王子には刺激が強すぎたようです。
「…………かえれ。……二度と、この地を踏むな。……さもなくば、首をはねる」
アルスター様が、ゆっくりと大剣を鞘から引き抜きました。
その切っ先が雪を切り裂く音に、ジュリアンの騎士団は一斉に武器を捨てて降参のポーズを取りました。
「わ、わかった! わかったからそれを引け! ダリア、君は後悔するぞ! 僕という最高の男を失って、そんな化け物と一緒に暮らすなんて……!」
「化け物? 失礼ね。アルスター様は、あなたよりも一億倍、言葉の重みを理解していらっしゃる紳士ですわ」
私はアルスター様の隣に立ち、彼の逞しい腕に自分の手を添えました。
「さあ、お帰りなさいませ。王都のバラ園で、枯れ果てた理想と一緒に心中なさるのがお似合いですわよ」
ジュリアンは呪いの言葉を吐き捨てながら、ボロボロの部下たちを引き連れて、吹雪の中へと逃げ帰っていきました。
「……ふぅ。これで少しは静かになりますわね。お疲れ様でした、アルスター様」
「…………だりあ。……おれ、ちゃんといえたか?」
先ほどまでの威圧感はどこへやら。
アルスター様は、私の顔を伺うようにして、おどおどとした目で問いかけてきました。
「ええ、満点ですわ。……特に『おれのもの』という部分は、少々独占欲が強すぎて、私の教育方針に反しますけれど……今回だけは特別に合格点を差し上げますわ」
「………………うむ。……よかった」
アルスター様は、安心したように大きく肩を落としました。
こうして、王子の襲来という名の「コメディ」は幕を閉じました。
ですが、これで諦めるような王子ではないことを、私は知っています。
……まあ、次に来る時は、さらに強力な「毒」を用意してお迎えするだけですけれど。
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