太陽の猫と戦いの神

中安子

文字の大きさ
31 / 62

夕日

しおりを挟む
「なんでこんなに暑いの」
 アマネは乱れたため息と共にこぼした。
 船を下りて三日が経っていた。徒歩で進むのは全く違うと、今更ながら痛感する。船は日差しを避けて座っていても進むことができた。景色の通り過ぎる遅さと、足に溜まっていく疲れ、きつい太陽が、アマネの心を折ろうとしていた。岩場の道はでこぼこで、余計に歩きづらく体力を消耗させる。レイが気を遣ってこまめに休憩を取っていたのだが、旅に慣れない姫には辛いものがあった。アンリも口には出さないが、余裕さを失いつつあった。足でまといになるまいと、ただ必死に歩いている。
 男たちも例外ではなかった。決して楽な道のりではない。ましてや歩調を姫たちに合わせているため、目的地が遥か遠く感じられた。六人は自分自身と静かに向き合い歩いていたのだが、アマネが重い沈黙を破ったのだった。 突然の妹姫の言葉に一同は目をみはったが、ハルカが快く言葉を返した。
「真夏になれば、もっと比べ物にならないくらい暑いよ。一瞬で真っ黒になる」
 ハルカは愉快そうに笑った。アマネは怪訝な目を彼の焼けた肌に向けてから、自分の手を眺めた。身体の大部分を上着ですっぽり覆ってはいるものの、多少は白さを失っている。
「嫌だわ」
 アマネは訴えるようにハルカを見た。
「大丈夫。俺みたいにはならないよ」
「レイは全然焼けてないのに」
 同じ時間旅を続けているはずなのに、彼は恐ろしいくらい白かった。ハルカとユウは似たようなもので、シュウトはもともとくすんだ肌の色をしているため、あまり気にならない。
「確かにそうだな。不思議なもんだ」
 ハルカは感心したように、前を歩くレイを眺めた。
「神官は聖なる存在ですから。焼けたら台無しでしょう」
 レイは冗談なのか本気なのか分からない笑顔を浮かべた。
「さすがレイだな」
 ハルカが面白そうに受け合った。レイは気を取り直して妹姫を慰めた。
「慣れないうちは辛いでしょうが、じきに体も暑さに適応してくるはずです。無理をさせたくないのは山々なのですが、メリアメ王救出に間に合わなければ、それこそ無駄足になってしまいますので」
 アマネは静かに彼の言葉を聞いた。追い討ちをかけるように、ユウが隣でぼそっと言う。
「アマネ様。この間アンリ様と約束したばかりじゃないですか」
 負けず嫌いの性分も持ち合わせている妹姫は、頬を膨らませて大げさに歩くのだった。ハルカとはまた違った空気の和ませ方、可愛らしさがあった。思わず頬を緩めてしまう、そんな存在だった。
 空と大地が真っ赤に染まり、熟れた果実のような太陽が、姿をぼかしながら地に溶けていく。何度見ても美しいと思える瞬間だった。一日の終わりを告げ、ゆっくり休みなさいと言う。疲れた体にじんわりと染み込む夕日は、少し熱を持ちながら優しく包んでくれた。
 やっと休めるとほっとした姫たちは残りわずかな気力を振り絞ってはいたが、立っているのが精一杯だった。先にハルカとシュウトが、良さそうな寝床を探しに行ったのだった。彼らが戻るまで、しばらく四人は待機していた。道のりが険しくなってきたため、歩きながら探す事が難しかったのだ。基本的に一人で動くのは危険なため二人で行くのだが、顔ぶれはその時の気分だった。ユウとシュウトが並ぶ事がないだけだ。今日は、赤い夕日を浴びるシュウトがどこか物悲しそうに見えたため、ハルカが誘ったのだった。
「よく見てるよな、太陽」
 しばらく歩いてから、ハルカが声を掛けた。二人だけになるのはかなり久しぶりだったため、お互いが嬉しく思っていた。ただ、シュウトには思いも寄らない内容だったので、ぽかんとしてしまった。自分では全く意識していなかったため、首を傾げるしかなかった。
「…そうだろうか」
「いつも昼は寝てたもんな。綺麗なもんだろ」
 ハルカが沈みかけた太陽を見たので、シュウトも釣られてそちらを眺めた。半分以上隠れていたが、まだ空を鮮やかに染めている。あれが一体何者なのか、それが知りたかった。この世の何よりも力強いエネルギーを持ったもの。言葉は持たないが、見上げればいつも居てくれるもの。
 “寂しくなったら、上を見るといい。昼はまばゆい光でそなたの道しるべとなろう”
 白猫の言葉がたまに蘇る事がある。真昼の厳しい太陽は、白かった。その奥に白猫が見えそうで、見極めようと目を細めるのだが、光の激しさに負けてしまう。結局敵わないもの、遠いものだった。
「旅においては、どちらかと言えば厄介な敵だけどな。暑さと渇きで、簡単に人の命を絶つんだから」
 シュウトは隣で何度か頷いた。「確かに、夜の方が動きやすい」
「だけど、命を与えるのも、恵みを与えるのも、同じ太陽だ。俺たちは毎日、太陽を神様だと思って祈ってきたんだぜ。つまらない儀式だとも思うけど、納得はできるよ」
 きょとんとしたシュウトと目があったハルカは、ふっと微笑んだ。
「お前はそんなの関係ないよな。すでに神様みたいなもんだしな」
「祈ったら何かしてくれるのか?」
 シュウトは不思議そうな顔ばかりしていた。毎日神官たちが死んだ王たちに捧げ物をする様を眺めてきた。その供物の行く先は、シュウトの腹の中か鳥たちの餌、そして神官自らの手で最後川に捨てられるのを知っている。
「返ってくるものなんか、何もないよ。レイなら否定するだろうけど。どちらかといえば、俺たち自身のためだ。人間は、安心して暮らせるっていう支えが欲しいだけなんだ。目に見えないものに、希望を求める。もし何か不幸があっても、神様のせいにできる。そんな卑怯な生き物なんだ」
 ハルカが珍しく自らを罵ったため、シュウトは気遣って彼を見た。シュウトよりもたくさんの事を経験してきた人生の先輩のような言葉だった。人と関わっていくという事は、人間の嫌な部分を知るという事なのだろうか。
「ハルカはそんな…」
 言いかけて機敏に振り返った。「誰か来る」
 細い岩場と岩場の間の道を歩いていた二人だった。早足で前へ進んだが、残念ながら道は塞がり高い岩壁がそびえた。
「思っていたより多いな」
 ハルカを背にし、振り返って道を見据えた。まだ何の姿も、足音さえもハルカには感じられなかった。岩場の道は曲がりくねっており、遠くまでは見渡せない。迎え撃ってもよかったのだが、ハルカを壁側にしていた方が後ろを気にしなくていいため戦いやすかった。
 揃った足音が壁にこだまして余計に大群に思わせる。さすがのハルカもシュウトがいると分かってはいても、剣の柄をしっかりと握って離せなかった。シュウトはそんな彼を見て真顔で言った。
「俺がやるよ。後ろを頼む」
 全く動じていない彼が、この上なく頼もしく感じられた。
 情けないと思いつつも、任せるしかなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

処理中です...