ダークエース 国籍なき英雄

千田 陽斗(せんだ はると)

文字の大きさ
7 / 20
愛国心の骸

図書館を制圧して交渉に持ち込む 2

しおりを挟む
 「帝国構想」なる任を帯びたニュマール・トンファーがハムンタウンの図書館に到着したのは午前11時24分のことだった。
 相変わらず照り付ける南国の日差しを手で遮りながらニュマールは車を降りた。そして、すぐさま異変を感じ取ったのだった。
 グレーの迷彩の戦闘服は市街戦において"見えていても印象に残りにくくする"効果があると言う。
 そのグレーの迷彩の戦闘服を着た兵たちが図書館の建物の周囲を武装して陣取っていた。
 その光景をニュマールは幻覚ではないかと目を疑った。
 しかし、それは幻覚ではなかった。しかもそれは、思い思いの作業服の類いを戦闘服として着ている革命政府の私兵隊とも明らかに違う、正式の軍服と装備で統一されたギース兵たちだった。
 ニュマールの護衛に付く私兵隊の一人が拳銃を構え駆けつける。
「これは、一体…?」
ニュマールたちはギース兵に存在を察知されぬように車の陰に隠れる。 
「見たまえ。図書館が、やつらに占拠されてしまっているようだ」
「なんということだ」
 鬼の居ぬ間に自分の国の図書館に居座るギース兵たち。怒りが沸騰した護衛の兵が飛び出して銃を向けようとした。
「ま、待て。奴等の構えるアサルトライフルが見えんか。私たちが今持っている拳銃より威力、命中率、射程において上だぞ。しかも何丁も。敵いっこない」
 怒りの火を沈め気配を消し、様子を見ることにしたニュマールだったが…。
「ニュマール・トンファー氏ですね。是非貴方とお話しがしたいと思っておりました」
 実は二階から監視していたため、ギース側はニュマールの来訪を既に確認していた。
 客人をもてなすようにニュマールを迎えたのはジギー・ヨシダ伍長であった。 
 呆気に取られた私兵隊たちは銃を構えることすら忘れ戦意喪失させられた。
「こちらへ」
何度も訪れているこの場所で他人行儀に案内されるとはニュマールも想像しなかった。途中の廊下にはところどころ、紙袋が置かれていたのをニュマールたちは認めた。
 応接間ではイカ・メーシン中佐とその部下数名が敬礼で出迎えた。こちらにいる兵は武器の類いは持っていないよう。
「あい、お前らは下がってよい。私ひとりで十分なようだ」
 相手に攻撃の意志がないことを悟ったニュマールは護衛に付いた二人を廊下で待たせ一人で入室した。応接間にはジャスミンティーの香りが漂う。
 イカ・メーシン中佐はジギー・ヨシダ伍長を交渉人ネゴシエーターに指命し、当作戦における相当な権限を彼に与えた。
 下士官である彼の階級から考えれば、やや特例の措置だったが、この場合は作戦立案者本人がイニシアチブを取ったほうが良いと判断したのであった。
「これは人間力の勝負になる」
 イカ中佐はそう語ったと言う。

 ジギー・ヨシダの右隣にイカ・メーシン中佐が座り向かい合わせに革命政府、ニュマール・トンファーが座る。 上品なクロスをかけたテーブルにはティー、クーデター勢力を降伏せしめるための交渉がはじまる。
 「ニュマール・トンファー殿、貴殿がこの図書館に出入りしていたのは噂に聞いておりました。つきましては、詳しくお話を伺いたいと思いまして…」
「ふん、そこまで調べておったか。お主らの目的は単なる談話ではあるまい。なにを企んでおる?」
「貴殿は革命政府の頭脳であると聞き及んでおりましたが、流石です。要求はあなた方、革命政府の降伏です。そのためにギース軍は派遣されましたので」
「それで、私たちが簡単に頷くわけなどなかろう…」
 ニュマールの声が怪しくなって行く。
「このクーデターは単発的な暴動ではない。150年前に帝国主義者エイム・トンファーがなし得なかったトゥワイオ帝国の実現こそが真の望みなのだ。
おっと、しゃべり過ぎたかな」
 ティーを口にして、ジギーが語る。
「150年前と言えば確か、この国トゥワイオが民主主義の指導者ギン・ナンの率いた独立運動の結果、共和国として独立したころの話ですね。同時期にエイム・トンファーなる人物がいたとは初耳です」
 読書家としての好奇心からジギーの口振りが少し弾む。しかし弾んだ好奇心のピンポン玉は却って対話者の堪忍袋の尾に触れてしまった。
 「し、知った口を叩くな!元はと言えばお前らギースの連中が我が国トゥワイオを植民地にしていたのが悪いんだ!
我が先祖であるエイム・トンファーもまたこの国の独立を真剣に考えた。そして当時、帝国だったギースと対等になるために、この国も帝国にする構想を打ち立てたのだぞ!」
 残念ながら、エイム・トンファーの帝国構想は同時期に独立運動をもり立てたギン・ナンの民主化案ほど支持を得られなかった。独立してから35年間、トゥワイオ共和国の正統性を疑うような言論は規制され、エイム・トンファーの帝国構想も歴史の闇に消えた。
 エイム・トンファーの曾孫にあたるニュマール・トンファーはトンファー家の唯一で最後の後継者として先祖の遺したこの帝国構想を形にすべく、クーデターを企てたのだった。
 かつて祖国を植民地とし、今も権益をこの地に温存するギースの民への憤り、救国の志を貫徹できなかった先祖の無念、ニュマール・トンファーの意識の古層に積もったどす黒いものが噴出しそうになったときだった。
 紳士的な読書家の脳天がニュマールの視界に映る。
私たちギースの先祖たちが大変ご迷惑をかけました」
 そこには、すっと立ち上がり、屈む水鳥のように端正な形で頭を下げるジギーの姿があった。
 同席したイカ・メーシン中佐も思わず立ち上がり頭を下げた。
 
「わ、分かった。頭を上げてくれ…」
 ニュマール・トンファーの心を狭隘にせしめた何かが少しだけ融解していくような気がした。
 イカ中佐が口を開く。
「当初、私たちはあなた方をも脅迫するつもりでいました。廊下の隅に紙袋があったでしょう?あれは爆薬の用意をしようとしたためです。ジギー伍長に考え直してくれと言われましたが…」
「この図書館を破壊するつもりでいたと言う訳か…」
「けっきょく、この図書館を破壊する案は放棄しました。私たちは自分たちに降りかかるかもしれない危機を除去する"と言う名目"でここに来ました。革命政府が降伏してくださればそれで良いのですよ、ニュマール殿…」
 ジギーが念を押す。
「ひとつ聞いてよいか?たとえ革命政府が降伏したとて、私たちは帝国構想を諦めない"かもしれない"ぞ?その芽を摘まなくてよいのか?」
「クーデターと言う手法は民主主義国家では許容されないものです。しかし、帝国構想と言う思想は民主主義国家における言論、表現の自由により許容されます」
「言論、表現の自由だと?笑止。
もし帝国構想と言う思想が民主主義をも喰らう怪物に育ったら?
じっさい帝国と言うのは国家のために個人の自由を制限しうるものだ。
民主主義そのものが食い尽くされる自由を民主主義によって保証できると言うのか?」
「あくまで私個人の考えですが、そのようなことは起こりません。
民主主義と言う思想は人類が長い年月をかけて蓄えてきた最大の深度を持つ思想と考えます
まるで幾つもの河が水を運び海を形成するように…
大海を飲み干せる生物など地上に存在できません」
「これは、これは。相当な理想主義者だね…」

 降伏の条件については交渉前から、かなり「譲歩」された。降伏さえ受け入れたらそれで良い、本来ならばこれはトゥワイオ共和国における内乱であるため、クーデター関係者の処遇等についてはトゥワイオ政府に一存する、そのように方向性が決まっていた。
 交渉の内容について前向きに考えると言い残しニュマール・トンファーはこの場をあとにした。
 もし交渉が決裂したら、ギース本土をも危険にさらす本格的な戦争状態に入る。
 そんな外野の心配を他所に、最も望ましい結論が出た。 
 図書館交渉の翌日、革命政府が降伏を受け入れると宣言し、ニュマール・トンファーが降伏文を読み上げる様子を映した動画がインターネット上にアップロードされたのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...