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愛国心の骸
さよなら祖国 2
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現在、ジギーが借りている部屋は、狭い狭い路地の片隅にあった。
「教えてもらった住所が合ってるなら、この部屋で間違いないはずだ」
ピューレが大声で呼び掛けた。
「ジギー、分かるか?さすがに心配して来てやったぞ」
2分は待っただろうか。沈黙の扉がやっと開いた。
ひどくやつれた男が姿を現した。男は訪問者のなつかしい顔を認めると、その張りつめた表情筋を少し緩めた。
少し前まで平和の英雄と持て囃された男が今はこの有り様だ。
2人は決してお見舞いのためだけにジギーの部屋を訪れたわけではなかった。
「込み入った話になるかもな」
イカ・メーシンはチーズとクラッカーをテーブルに並べながら、呟いた。
3人の元軍人がテーブルを囲む。この中でいちばんの酒飲みのが人数分の安いワインを、適当に食器棚から選んだガラスのコップに注ぐ。
「裏切りの国家に乾杯」
ワインをいちばん先に飲み干したのは酒飲みのピューレではなかった。
まったく、やっておれんですよ。酒気混じりのため息を早々についたのはジギー・ヨシダだった。
「ついこの間までは英雄、しかし国籍がないと分かるや否や手のひらを返してスパイ扱い。この国の民は戦争が嫌いなのか?それとも好きなのか?」
イカ・メーシンがジギーの愚痴を受けて、更に皮肉を口にする。
「この国は、純血主義の国だからな。外人は壁の向こうに押し込んで、純粋なギース人だけでよろしくやってきた。それだけにヨソ者が怖いんだ」
ピューレがそう言うようにこの国は、自分たちを単一民族と信じ込み、他民族との融和を頑なに拒んだ。その排他性がキャットテールタウンやトゥワイオ共和国からの搾取のような構造的差別を生んできたが、自分たちの尊大な立ち振舞いが誰の権利を踏みつけているのかと言うことについては、多数のギース人にとって盲点となっていた。
「純粋なギース人」などと言う幻想を行き長らえさせるためには多数の生贄が必要であるようだ。
「このバッシング騒動の発端はタロット・ウィッガーですね。保守党の上院議員で大統領選にも出る気でいます。なぜ彼が私へのバッシングを扇動する必要があるのか?理解に苦しみます」
ジギーの示した疑問にインテリ肌のイカ・メーシンが答える。ちなみに彼は大学時代には哲学科を専攻していた。
「そうさな。じつは最近の話だがキャットテールタウンのことが一部のインターネットのサイトでは話題になっていたらしいんだよ。戦争が始まるより1年ほど前の話だな。
さて、これが何を意味するか?これはギースの純血主義に水をさすものだな。純粋なはずのギース人が差別を隠蔽していた。あるいはギース人しかいないはずの国に外国人がいると、気づき始める者がいる」
「そう、猫の尻尾運動ってのがあったな。さして話題にはならなかったがな」
猫の尻尾運動とは、キャットテールタウンの名前に因んで「猫に尻尾がついていることを忘れるな」をスローガンにした人権運動で、今まで国から存在を無視され、国籍や人権を持たぬ人たちをギース国民と同等に扱おう呼び掛けたものだった。
この運動には反保守党イデオロギーを持った活動家たちも肩入れした。ギース王国は、いちおう保守党とリベラル党による2大政党制、と言えなくもない体制であったが、じっさいは通算で98年もの期間において保守党が与党であり、リベラル党が与党として政権を担当したのは3回、通算で12年であった。
そのため、保守党を絶対に敵視しリベラル党に変革を期待する声もあった。
「猫の尻尾運動や、それに肩入れした人々に対して保守党は警戒心を持っているんだ。キャットテールタウンのような構造的差別を蒸し返されたら困る。純血主義を信じる人の票に支えられた彼らはそう考えている。
国籍のない疑惑の英雄は格好の標的と言うことなんだろう」
ピューレが苦い顔をする。
「敵を作って団結すると言うことか、冷血だ」
イカ・メーシンのコップはまだ空にはなっていない。
「まるで、カール・シュミットの友・敵理論だな。保守を名乗るくせにエドマンド・バークは知らないらしい」
「私は、彼らの信じる空想上の国を守るために、あらゆる人権侵害を甘受せねばならぬのですか」
「ジギーよ、馬鹿馬鹿しいだろう。あの図体のデカい扇動屋はお前の忠誠心を疑っていたな。国籍もないお前さんがこの国の先祖がしたことを謝罪したから、戦禍を免れたと言うのにな!」
そう、あの南国で、かつての植民地で、世代を越えたギースへの憎みを持つニュマール・トンファーに頭を下げたのが、この男である。派手な戦果を上げたわけではないが、その小さな誠意がギース王国の建前=平和主義を守ったはずだ。
イカ・メーシンの話す声が大きくなる。
「ジギーよ!亡命しろ!理由は十二分にある!君は差別されて、この国ではとてもじゃないが生きていけない。その差別を扇動しているのが、政治家ときたもんだ。政治的亡命だ。それしかない」
数日後、ジギー・ヨシダはイカ・メーシンとピューレとともに幾つかの国の大使館をめぐった。
エベス国政府、シモンズ共和国政府、ナマステ連邦政府がジギーの身柄を受け入れることに前向きな姿勢を示したが、ジギーは南国のシモンズ共和国への渡航を強く希望した。
それは任務で訪れたトゥワイオ共和国のようなゆったりとした雰囲気をシモンズ共和国にも期待したからである。
ジギーは数週間ほどシモンズ共和国大使館で保護されたのち、シモンズ共和国から訪れた使者に案内され飛行機に乗った。
イカ・メーシン、ピューレらと改めて別れを惜しむ間はなかった。
シモンズ共和国はギース王国との国交がなく、ギース王国政府にはジギー・ヨシダの亡命に干渉する余地がなかった。リベラル党のフラット・マロンは予備選挙の演説のなかで、このことに一部言及した。
「私たちは国全体で、この国の功労者を追い出すような真似をしてしまいました。残念です。差別はいけません」
しかし、彼女の義務的な語りぶりのせいか、骨まで染み付いた純血主義のせいか、このコメントへの反応は薄かった。
この件において口火を切った張本人は「逃げた。やはりスパイだ」などと、この国にはいない人間を罵り続けた。
「教えてもらった住所が合ってるなら、この部屋で間違いないはずだ」
ピューレが大声で呼び掛けた。
「ジギー、分かるか?さすがに心配して来てやったぞ」
2分は待っただろうか。沈黙の扉がやっと開いた。
ひどくやつれた男が姿を現した。男は訪問者のなつかしい顔を認めると、その張りつめた表情筋を少し緩めた。
少し前まで平和の英雄と持て囃された男が今はこの有り様だ。
2人は決してお見舞いのためだけにジギーの部屋を訪れたわけではなかった。
「込み入った話になるかもな」
イカ・メーシンはチーズとクラッカーをテーブルに並べながら、呟いた。
3人の元軍人がテーブルを囲む。この中でいちばんの酒飲みのが人数分の安いワインを、適当に食器棚から選んだガラスのコップに注ぐ。
「裏切りの国家に乾杯」
ワインをいちばん先に飲み干したのは酒飲みのピューレではなかった。
まったく、やっておれんですよ。酒気混じりのため息を早々についたのはジギー・ヨシダだった。
「ついこの間までは英雄、しかし国籍がないと分かるや否や手のひらを返してスパイ扱い。この国の民は戦争が嫌いなのか?それとも好きなのか?」
イカ・メーシンがジギーの愚痴を受けて、更に皮肉を口にする。
「この国は、純血主義の国だからな。外人は壁の向こうに押し込んで、純粋なギース人だけでよろしくやってきた。それだけにヨソ者が怖いんだ」
ピューレがそう言うようにこの国は、自分たちを単一民族と信じ込み、他民族との融和を頑なに拒んだ。その排他性がキャットテールタウンやトゥワイオ共和国からの搾取のような構造的差別を生んできたが、自分たちの尊大な立ち振舞いが誰の権利を踏みつけているのかと言うことについては、多数のギース人にとって盲点となっていた。
「純粋なギース人」などと言う幻想を行き長らえさせるためには多数の生贄が必要であるようだ。
「このバッシング騒動の発端はタロット・ウィッガーですね。保守党の上院議員で大統領選にも出る気でいます。なぜ彼が私へのバッシングを扇動する必要があるのか?理解に苦しみます」
ジギーの示した疑問にインテリ肌のイカ・メーシンが答える。ちなみに彼は大学時代には哲学科を専攻していた。
「そうさな。じつは最近の話だがキャットテールタウンのことが一部のインターネットのサイトでは話題になっていたらしいんだよ。戦争が始まるより1年ほど前の話だな。
さて、これが何を意味するか?これはギースの純血主義に水をさすものだな。純粋なはずのギース人が差別を隠蔽していた。あるいはギース人しかいないはずの国に外国人がいると、気づき始める者がいる」
「そう、猫の尻尾運動ってのがあったな。さして話題にはならなかったがな」
猫の尻尾運動とは、キャットテールタウンの名前に因んで「猫に尻尾がついていることを忘れるな」をスローガンにした人権運動で、今まで国から存在を無視され、国籍や人権を持たぬ人たちをギース国民と同等に扱おう呼び掛けたものだった。
この運動には反保守党イデオロギーを持った活動家たちも肩入れした。ギース王国は、いちおう保守党とリベラル党による2大政党制、と言えなくもない体制であったが、じっさいは通算で98年もの期間において保守党が与党であり、リベラル党が与党として政権を担当したのは3回、通算で12年であった。
そのため、保守党を絶対に敵視しリベラル党に変革を期待する声もあった。
「猫の尻尾運動や、それに肩入れした人々に対して保守党は警戒心を持っているんだ。キャットテールタウンのような構造的差別を蒸し返されたら困る。純血主義を信じる人の票に支えられた彼らはそう考えている。
国籍のない疑惑の英雄は格好の標的と言うことなんだろう」
ピューレが苦い顔をする。
「敵を作って団結すると言うことか、冷血だ」
イカ・メーシンのコップはまだ空にはなっていない。
「まるで、カール・シュミットの友・敵理論だな。保守を名乗るくせにエドマンド・バークは知らないらしい」
「私は、彼らの信じる空想上の国を守るために、あらゆる人権侵害を甘受せねばならぬのですか」
「ジギーよ、馬鹿馬鹿しいだろう。あの図体のデカい扇動屋はお前の忠誠心を疑っていたな。国籍もないお前さんがこの国の先祖がしたことを謝罪したから、戦禍を免れたと言うのにな!」
そう、あの南国で、かつての植民地で、世代を越えたギースへの憎みを持つニュマール・トンファーに頭を下げたのが、この男である。派手な戦果を上げたわけではないが、その小さな誠意がギース王国の建前=平和主義を守ったはずだ。
イカ・メーシンの話す声が大きくなる。
「ジギーよ!亡命しろ!理由は十二分にある!君は差別されて、この国ではとてもじゃないが生きていけない。その差別を扇動しているのが、政治家ときたもんだ。政治的亡命だ。それしかない」
数日後、ジギー・ヨシダはイカ・メーシンとピューレとともに幾つかの国の大使館をめぐった。
エベス国政府、シモンズ共和国政府、ナマステ連邦政府がジギーの身柄を受け入れることに前向きな姿勢を示したが、ジギーは南国のシモンズ共和国への渡航を強く希望した。
それは任務で訪れたトゥワイオ共和国のようなゆったりとした雰囲気をシモンズ共和国にも期待したからである。
ジギーは数週間ほどシモンズ共和国大使館で保護されたのち、シモンズ共和国から訪れた使者に案内され飛行機に乗った。
イカ・メーシン、ピューレらと改めて別れを惜しむ間はなかった。
シモンズ共和国はギース王国との国交がなく、ギース王国政府にはジギー・ヨシダの亡命に干渉する余地がなかった。リベラル党のフラット・マロンは予備選挙の演説のなかで、このことに一部言及した。
「私たちは国全体で、この国の功労者を追い出すような真似をしてしまいました。残念です。差別はいけません」
しかし、彼女の義務的な語りぶりのせいか、骨まで染み付いた純血主義のせいか、このコメントへの反応は薄かった。
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