ノーブランドお嬢様、友達係を任される

青野ハマナツ

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面倒ごと

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 そのまま居間へと向かっていくと、かしこまった雰囲気の父と、中年程度の男がひとりいた。ライリーはその男を全く知らなかったが、この人が依頼主なのだろうと悟った。

 実は、ライリーは合格の通知が来てからすぐに城へ入居したため、手紙をよこした依頼主の顔を知らなかったのだ。

「こちらが、うちの娘のライリーです」

 母がライリーを紹介すると、男が興味を示すように笑った。

「これはこれは、初めまして。この度ご依頼させていただきました、イーグレットと申します」

「ら、ライリー・ブレイバーです……よろしくお願いします」

 ライリーは男の挨拶に、反射的に答えた。母は、ライリーに着席を促し、その通りに座らせた。

「それで、単刀直入にはなりますが、ライリーさん。エレット王女様について、なにか情報はありますか?」

 情報、と言われても、あまりにも抽象的すぎる。もう少し具体的に表現してくれないものだろうか。

「あの~、わたしまだ一日しか過ごせていないので、これといったものは――」

「ありますよね?」

 強い圧を感じた。男は、やんわりと逃げようとするライリーの退路をしっかりと塞ぎにかかっている。ライリーは、なんとか頭の中をフル回転させ、ひとつの情報を提示した。

「昨日は……二人でお茶菓子を食べました……」

「ほう」

 先程まであんなに圧があった顔が、急にすぅーっと緩くなる。ライリーは、その姿に言いようのない恐怖を覚える。

「何を飲みました?」

「――紅茶です」

「銘柄は?」

「そこまではちょっと……」

「では、何を食べました?」

「た、高そうなケーキです」

「どんな?」

「クリームが乗った――」

 あまりにも圧迫される。他人のことを説明しているのに、まるで自らが面接を受けているかのような感覚。汗で首筋に線を描き、服の上部を湿らせる。恐怖の大きさは計り知れなかった。

◇ ◇ ◇

「はい。ありがとうございました」

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。ライリーは、知ってることも知らないこともなんでも話をさせられた。実家にいるはずなのに、城にいた時よりも苦痛が大きい。

「それでは、ここで私はおいとまさせていただきます」

 男は家を出ていこうとした、しかし、突然クルッと回って言葉を発した。

「ライリーさん、あなたは王女に深く関わらないでください。好みがあなたのようになって困るのはこちらなのですから」

 男はそれだけ言い残し、家から出ていってしまった。

 ライリーは苦しそうな表情をしながら、終わったあともこういうことを言われるのかと絶望した。

 実家に帰ったのに帰った感じがしない。ただ嫌なことをやりに来ているようなものだ。

◇ ◇ ◇

 帰りは行きよりも意識が薄かった。これは、比喩的な表現だけで構成されているわけではない。疲れからか、本当に意識が薄れぎみだったのだ。

 船に揺られ、あと少しで眠ってしまいそうというところで、最初に乗った船着き場に到着してしまった。ライリーはゆっくりと船から降り、裏門へと向かっていく。そして、外から鍵を開け、関係者口から園内へ入る。なるべく急いで進もう、そう思っていると――

「――そこのあなた」

 後ろから声をかけられた。知らない女の声だ。

「入園料を払わずに関係者口から入ったでしょう?不正よ。不正入場者には、三倍の値段を頂戴することになっているの」

 ――まずい。ライリーはそう感じた。もちろん、彼女はこの城に住んでいるので不正などではない。しかし、顔を知られていない。つまり、ある程度の説明が必要なのだ。それが面倒くさい。

「わ、わたくしはエレット王女様のお友達係のライリー・ブレイバーと申しますわ」

 ライリーはお嬢様口調で説明するが、当然女は怪しんだままだ。

「証拠がないですよね。名乗るだけならタダなのですから」

 ライリーはそれなら仕方ないと王女の名前を出す。

「そ、それでしたらエレットさんを――」

「王女は呼び出せませんっっ!!」

 ライリーがエレットの名前を口にすると、女は食い気味に否定した。気圧されたライリーは仕方なくセカンドプランを提示する。

「あ、あぁ……そ、それなら、エイドという男性の世話係を呼んでくださる?」

「苗字は?」

「――えっ?」

 ライリーはしまった、という表情をした。ここまで聞かなかった自らの怠慢であるが、彼女はエイドの苗字を覚えていなかった。――どうしよう。彼女はなんとか思考する。

「え、エイドはエイドですわ!!エイドなんて名前の世話係など、そんなにたくさんいるわけがないでしょう!」

 ライリーは苦し紛れに言葉を並べるが、女はそれを見てなおのこと怪しむ。

「それでは、一応声だけはかけさせていただきます。城には入らないでください」

 ライリーはしめた、と思った。流石に声さえかかればすぐに迎えがくるだろうと思ったからだ。

 女を見送り、ライリーは待った。きれいな花を見て回ったり、触ってみたりしながら待った。

 ――日が沈みかけるまで。

 これは、なにもライリーが花に夢中になりすぎた、というわけではない。むしろ、時間が経つにつれ単調な花の流れなど飽きてきてしまい、何も生まない虚無な時間が生まれてしまっていた。

 ライリーの心の中には、とてつもない不安が蓄積されていった。このまま日が沈んでしまえば、野犬に襲われる可能性だってある。その事実に、肩を震わせていると、城のほうから「おーい!」という男の声が聞こえてくる。

「ライリーさーん!」

 エイドがライリーの前に到着すると、ライリーはホッと胸を撫で下ろす。少なくとも、明日を迎えることはできそうだからだ。

「遅いです」

「いやぁ、申し訳ございません。遅くまでお帰りにならないので、エレット王女様とお遊びになっていると思ったのですが」

「むしろ一人でした」

「そうでございましたか……先程、私にライリーさんの確認に来た方がいらっしゃいまして、私は『恐らく合っていると言って間違いないと思われます』と伝えたんです。すると、『そうですか。では私が呼びに行きます』と言っていたので、流石にお城の中には入っていると思っておりましたが」

 実際は、入っていなかった。つまり、あの女は意図的に伝えないようにしたのだ。ライリーは、『もしかしたらここの使用人たちは性格が悪いのかもしれない』、と考えた。

「そんなこと真に受けずに時間がかなり空いていたなら探しに来なさいよ」

 ライリーはそんなことを口走ったが、自分自身もあの女の『城には入らないでください』という一言を間に受けてしまっていたな、と反省した。

◇ ◇ ◇

 城の中の階段を登りながら、ライリーはエイドに一言つぶやく。

「いろいろ、心配かけてごめんなさいね」

 エイドは彼女の方向を見ずに答える。

「世話される側がお世話係に謝ってどうするんですか」

「――謝ったっていいじゃない」

 その一言を言い終わると同時に、最後の一段を登りきった。
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