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足取り軽やか
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なにかしなきゃ、その思いが錯綜するが、ふとその瞬間、実家での貴族の言葉を思い出す。
「王女に深く関わらないでください」
――そんな言葉、全く気にする必要はない。関わるかどうかを決めるのはライリー自身であり、王家とはなんの関わりもない人間に決定権はない。行動を変える必要性はないのだ。
ただ、年端もいかない少女が感じたあの圧は、強い恐怖心として心の奥底に溜まってしまう。ライリーは、飲みかけのティーカップを見つめ、少し考える。
――ほかの記事もみてみよう。きっと、こんな酷い記事ばかりではないはずだ。ライリーは残りの新聞を一気に確認し、王家関連のニュースだけを読んだ。……だが、そこに王女のニュースはない。あるのは国王や女王の情報ばかりだ。
つまり王女のニュースはあれだけ。世間のイメージはあの文章に左右されてしまうのだ。いや、むしろこのニュースの少なさに乗じて、王家を嫌う新聞社がイメージダウンを狙っているのかもしれない。
どちらにせよ、このままでは王宮内の仕打ちは変わらないし、世間のイメージも上がらない。かといって直談判が成功するかはわからないし、もし成功したとしても仕事を依頼した貴族がなにか攻撃をしてくるのはわかりきっている。
ライリーは完全な板挟みにあっていた。なにか、なにか打開策はないのだろうか。
「――リーさん、ライリーさん!」
ふと、死角から声がした。
「ライリーさん、大丈夫ですか?」
エイドの声に、ライリーはようやく意識を戻した。
「ブレスレットの件は残念ですが、ああいうことも無くはないので……」
違う。本質はそこじゃない。いやしかし、わざわざエレットの境遇を説明するのもなにか違うように思える。
「――そうね」
ライリーは素っ気なく答えた。これがエレットに対する迷いの結論だった。エレットになにか言いたいが、そんな勇気は彼女に無い。
「――お茶、お入れしますか?」
「……お願い」
窓の外に広がる緑の景色を見ながら、ライリーは手のひらをギュッと握った。
◆ ◆ ◆
部屋に戻されたエレットはベッドに腰掛けていた。ふぅ、と溜息をつき、何も着いていない素の右腕を見てから、床へと視線を落とす。
なぜ自分はこんなにもダメなのか。ただ嫌われている事実に対する責任を、全て自分の行動に押し付ける。どうすればこの仕打ちは改善されるのだろう。このまま放置していてはライリーにも迷惑がかかる……そんな負の感情だけが膨らむ。
使用人たちに強く言えば改善されるだろうか。いや、今までの経験からして、実行どころか考える余裕すら与えられないのは明白。では、親に相談してみてはどうだろう。無理だ。両親に心配はかけたくないし、なにか勘違いをされるかもしれない。
大体、両親も察しが悪いものだ。同じ施設で過ごしているのだから、なにも言わなくたって小耳に挟んで制裁するなんてことをしてもいいのではないか。
と、怒りと悲しみだけを産む連想ゲームを続け、いつの間にか目から大粒の涙がこぼれ落ちる。彼女は思い切り寝転がり、枕に顔を押し付ける。
実際のところ、両親に相談すればトントン拍子で話が進むかもしれない。しかし、エレットはまだ幼く、しかも強い抑圧を受けている。それゆえ、なにかひとつ強い行動を起こそうとしても、「こわい」という感情だけで踏み出そうとした一歩に刃が入る。
声は出ない。嗚咽は起こらない。ただ、目から水分が抜けていくだけ。それは、感情やストレスを含まない、ただ純粋な雫であった。
エレットはゆっくりと体を起こし、右腕で涙を強く拭った。このまま悩んでいても仕方がない。彼女はベッドからゆっくりと降り、窓辺へと歩みを進める。そして、窓のすぐ側に置かれた椅子に座り、外の様子を眺める。
――鳥が飛んでいる。それも、一匹じゃない。二匹の小鳥が、大型の鳥に追いかけられているのだ。そして、じきに一匹が捕まり、どこかへと連れ去られていった。
エレットは、捕まった鳥に自らを重ねる。自分もあのように食い物にされてしまうのだろうか。そして、その様子をただ見ている自分は一体何なのだろうか。考えても仕方がないことはわかる。でも、考えずにはいられないのだ。
連れ去られていいのか。たとえ連れ去られる運命だったとしても、もう一匹になにか言葉を伝えられるのではないだろうか。
――謝ろう。作ってくれたブレスレットを守れなかったことを。作ってもらったのに目の前で壊してしまったことを。
エレットは震える足を抑え、小さな歩幅で部屋の外へ向かう。謝ろう、謝らなければ、わたくしがまた迷惑を――。
部屋の外へ出ると同時に、不思議と足の震えは収まっていった。むしろ足取りはどんどんと軽くなり、小走りすらできるようになっていった。
しかし、進んでいくにつれ、足の震えが生まれたのも収まったのも、「恐怖」が原因であると理解する。目の潤みが引かないのだ。むしろ、目に水が溜まるという点では悪化しているともいえる。足の震えが収まったのは、震えている時よりも恐怖が先行し、自分を追うなにかから逃げ出したいという本能が働いたからなのだ。
以前見た扉の前に立つと、また負の感情が生まれ、強い躊躇いに変わる。呼んで迷惑ではないか、謝ったところで許してくれないのではないか。エレットは追い込まれた。
――でも、わたくしを助けてくれるのは……。
「王女に深く関わらないでください」
――そんな言葉、全く気にする必要はない。関わるかどうかを決めるのはライリー自身であり、王家とはなんの関わりもない人間に決定権はない。行動を変える必要性はないのだ。
ただ、年端もいかない少女が感じたあの圧は、強い恐怖心として心の奥底に溜まってしまう。ライリーは、飲みかけのティーカップを見つめ、少し考える。
――ほかの記事もみてみよう。きっと、こんな酷い記事ばかりではないはずだ。ライリーは残りの新聞を一気に確認し、王家関連のニュースだけを読んだ。……だが、そこに王女のニュースはない。あるのは国王や女王の情報ばかりだ。
つまり王女のニュースはあれだけ。世間のイメージはあの文章に左右されてしまうのだ。いや、むしろこのニュースの少なさに乗じて、王家を嫌う新聞社がイメージダウンを狙っているのかもしれない。
どちらにせよ、このままでは王宮内の仕打ちは変わらないし、世間のイメージも上がらない。かといって直談判が成功するかはわからないし、もし成功したとしても仕事を依頼した貴族がなにか攻撃をしてくるのはわかりきっている。
ライリーは完全な板挟みにあっていた。なにか、なにか打開策はないのだろうか。
「――リーさん、ライリーさん!」
ふと、死角から声がした。
「ライリーさん、大丈夫ですか?」
エイドの声に、ライリーはようやく意識を戻した。
「ブレスレットの件は残念ですが、ああいうことも無くはないので……」
違う。本質はそこじゃない。いやしかし、わざわざエレットの境遇を説明するのもなにか違うように思える。
「――そうね」
ライリーは素っ気なく答えた。これがエレットに対する迷いの結論だった。エレットになにか言いたいが、そんな勇気は彼女に無い。
「――お茶、お入れしますか?」
「……お願い」
窓の外に広がる緑の景色を見ながら、ライリーは手のひらをギュッと握った。
◆ ◆ ◆
部屋に戻されたエレットはベッドに腰掛けていた。ふぅ、と溜息をつき、何も着いていない素の右腕を見てから、床へと視線を落とす。
なぜ自分はこんなにもダメなのか。ただ嫌われている事実に対する責任を、全て自分の行動に押し付ける。どうすればこの仕打ちは改善されるのだろう。このまま放置していてはライリーにも迷惑がかかる……そんな負の感情だけが膨らむ。
使用人たちに強く言えば改善されるだろうか。いや、今までの経験からして、実行どころか考える余裕すら与えられないのは明白。では、親に相談してみてはどうだろう。無理だ。両親に心配はかけたくないし、なにか勘違いをされるかもしれない。
大体、両親も察しが悪いものだ。同じ施設で過ごしているのだから、なにも言わなくたって小耳に挟んで制裁するなんてことをしてもいいのではないか。
と、怒りと悲しみだけを産む連想ゲームを続け、いつの間にか目から大粒の涙がこぼれ落ちる。彼女は思い切り寝転がり、枕に顔を押し付ける。
実際のところ、両親に相談すればトントン拍子で話が進むかもしれない。しかし、エレットはまだ幼く、しかも強い抑圧を受けている。それゆえ、なにかひとつ強い行動を起こそうとしても、「こわい」という感情だけで踏み出そうとした一歩に刃が入る。
声は出ない。嗚咽は起こらない。ただ、目から水分が抜けていくだけ。それは、感情やストレスを含まない、ただ純粋な雫であった。
エレットはゆっくりと体を起こし、右腕で涙を強く拭った。このまま悩んでいても仕方がない。彼女はベッドからゆっくりと降り、窓辺へと歩みを進める。そして、窓のすぐ側に置かれた椅子に座り、外の様子を眺める。
――鳥が飛んでいる。それも、一匹じゃない。二匹の小鳥が、大型の鳥に追いかけられているのだ。そして、じきに一匹が捕まり、どこかへと連れ去られていった。
エレットは、捕まった鳥に自らを重ねる。自分もあのように食い物にされてしまうのだろうか。そして、その様子をただ見ている自分は一体何なのだろうか。考えても仕方がないことはわかる。でも、考えずにはいられないのだ。
連れ去られていいのか。たとえ連れ去られる運命だったとしても、もう一匹になにか言葉を伝えられるのではないだろうか。
――謝ろう。作ってくれたブレスレットを守れなかったことを。作ってもらったのに目の前で壊してしまったことを。
エレットは震える足を抑え、小さな歩幅で部屋の外へ向かう。謝ろう、謝らなければ、わたくしがまた迷惑を――。
部屋の外へ出ると同時に、不思議と足の震えは収まっていった。むしろ足取りはどんどんと軽くなり、小走りすらできるようになっていった。
しかし、進んでいくにつれ、足の震えが生まれたのも収まったのも、「恐怖」が原因であると理解する。目の潤みが引かないのだ。むしろ、目に水が溜まるという点では悪化しているともいえる。足の震えが収まったのは、震えている時よりも恐怖が先行し、自分を追うなにかから逃げ出したいという本能が働いたからなのだ。
以前見た扉の前に立つと、また負の感情が生まれ、強い躊躇いに変わる。呼んで迷惑ではないか、謝ったところで許してくれないのではないか。エレットは追い込まれた。
――でも、わたくしを助けてくれるのは……。
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