ノーブランドお嬢様、友達係を任される

青野ハマナツ

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友達同士の小さな話

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 裁判は、その混迷の中に終わった。ライリーは、裁判所から城までの記憶がなかった。誰かから何を言われたのか、なぜ自分が城にいるのか、全く分からなかった。

 自室のソファに腰掛けていると、扉を勢いよく開けて誰かが入ってきた。

「ら、ライリーさん!」

 『誰か』、はエイドとルサークだった。二人は涙を流しながら、ライリーの前に来て彼女の両手を掴む。

「本当に良かったです……!」

 ライリーは、その姿に強い罪悪感を覚えた。

「わたしが悪いのに……みんなにこんな思いをさせて……心配かけて……裁判も無罪になって……」

 過呼吸になりかけるライリーに、エイドは優しく声をかける。

「大丈夫です。ライリーさんはまだ子供ですから。この程度のおイタは許されていいんです」

 エイドと言葉に続いて、ルサークも声をかける。

「そうですよ。そんなに思い詰めなくても大丈夫です。王女さまを救うために行動した訳ですから、胸を張ればいいんです」

 ライリーは、二人の使用人に思い切り抱きつき、大きな声で嗚咽した。

◇ ◇ ◇

「本当に、お帰りになられるんですか?」

「うん。よっぽどのことがなければ、わたしの部屋はエイドのものだよ」

 あの裁判以降、王家はライリーに変わらない待遇を与え続けることに決まった。しかし、ライリーは自らの意思で、実家に帰ることを決めた。これは、一時的なものではなく、永続的なものとしての決定だった。

「それでは、エレット王女さまとの友達関係は……?」

「それは変えるつもりないよ。わたしはもう友達『係』じゃないの。係でなくなれば、このお城に住む権利も無くなるんじゃないかな」

「そ、それは違いますよ!国王さま直々に、この城への永住権が付与されたんですよ!」

 国王は、謝罪の意味も込めてライリーに部屋をプレゼントした。しかし、ライリーにも同じような罪悪感があるゆえ、その権利を半分放棄することにした。

「別にそれは良いの」

「――そうですか」

 ……一瞬の間が流れる。そして、ライリーは心を決め、エイドにひとつ声をかける。

「じゃあ、また来るから。その時まで」

 ライリーは、そう言って城を後にした。エイドは、彼女の背中を追いかけられなかった。

◆ ◆ ◆

「なんなのよ!なんであの状況から無罪になるのよ!」

 時は遡り、ライリーの判決が決まった翌日。エレットの中年使用人たちは憤怒していた。

「あぁもうせっかくあの愚かな小娘王女サマを追い込む材料が出来ると思ったのに!!」

 一人の使用人がそんなことを口走ると、周りの者も「そうよそうよ」と賛同する。すると、彼女たちの後ろから、ドスの効いた低い声が飛んできた。

「なんだと?」

 使用人たちがその声の方向に目をやると、そこには国王と執事長がいた。国王は、使用人たちに怒りを燃やしていた。

「――キミたちに事情聴取をしようと思っていたが、その必要は無いらしいな」

 国王は、エレットたちに何があったのかを尋ねに来ていた。場合によっては再審もありえるのではないか、と考えて。しかし、その気ももう失せてしまったようだ。使用人たちは震え上がっているが、国王は話を続ける。

「大体、貴様らは昇格予定らしいじゃないか!それにしては意識が低すぎる!!」

 執事長は、頭を抱えながら俯く。最低なタイミングで会いに来てしまったな、と。

「貴様らではダメだ。解雇だ、解雇。若い血を入れる」

「い、いえ、国王さま。急に解雇と言われましても、入ってくる新人が使えるかどうかも不透明ではないでしょうか」

 執事長が国王に質問すると、国王は睨みを利かせながら答えた。

「過去に採用した中年層などたくさんおる。それらを使えばある程度は新人をカバーできる。それに、そいつらが邪魔をして若年層の採用が大きく減ってきていたのだろう。ならむしろ、この騒動は血の入れ替えの好機ではないか」

「ま、待ってください!!」

 国王の淡々とした説明に対し、使用人たちは口々に自らをアピールする。

「エレット王女さまの世話を行ってきたのは我々です!ここで解雇してしまっては、王女さまを見守る者がいなくなります!!」

 王はその姿を見てから、「浅い」、と呟いた。

「なあ、エレット専属の使用人に若いのはおるか」

「――ええ、まあ、二年目の仕立て役がひとり……」

 王からの質問に、執事長が答える。すると、王は一呼吸を置き、執事長にひとつの決断を伝える。

「なら、その若い者をエレット担当の長にしなさい。まずは半年だけ様子見しよう。そして、これまでのエレット担当の者を徹底的に調査し、娘にひどい仕打ちをした者は解雇、そうでない者は雑務にでも回しなさい」

 王がそう口にすると、使用人たちはチャンスとばかりに潔白を主張する。

「わ、私たちは王女さまとは丁寧な対話を心がけておりました……!ですから――」

「はぁ?あの裁判を、『王女サマを追い込む材料』に出来そうだと語ったお前らが『丁寧な対話』ぁ?その言葉は見苦しい言い訳でしかない。ハッキリ言って解雇確定ノーチャンスだよ」

 執事長は、その言葉に再度頭を抱えた。そして、使用人たちはヤケクソと言わんばかりに、互いの悪事をバラしていった。

◆ ◆ ◆

「ただいま」

 ライリーが扉を開けながらそう言うと、彼女の母がすっ飛んできた。

「ライリー……!おかえりと言いたいところなんだけど、ね」

「えっ、なに?」

「一回中に入って……!」

 ライリーは、帰宅早々に客間に押し込められた。すると、そこには例の貴族がとてつもない剣幕で座っていた。

「――裁判、したらしいですね」

 貴族が低い声でそう言うと、ライリーの背筋が少しひんやりと冷えた。

「は、はい」

「――誘拐、したらしいですね」

「それは誤解で無罪です!新聞にも出ていたんですから、それは理解しているでしょう!」

 ライリーがブーイングと言わんばかりに反論すると、貴族は大きなため息をついてからライリーを睨んだ。

「ええ、理解出来ましたとも」

 貴族はそう言って、一枚の紙を取り出した。

「あなたがどういう人、なのかがね」

 そこには新聞などなかった。その紙に書かれていたのは、「契約破棄届」という文字であった。

「ここにサインをしてください」

 ライリーは、何を言っているのだろうかという面持ちでペンを握る。そして、自分の名前を書き、ペンを机に叩きつけるように置いた。

「――はい、これでもう手切れですね。それではさようなら、一生仕事を依頼することはないでしょうから!」

そんなのこっちだってお断りだ!とライリーは心の中で叫んだ。

「大体、深く関わるなと言ったのですよ!?それをなぜ守れないのですかあなたは!!」

「知りませんよ!!そもそもなんなんですか『深く関わるな』って!!友達係なんですから、関わるのは当然でしょう!?」

「当然ではありません!!もう帰ります!!覚えておきなさい!!」

 貴族はそう言って、そそくさと家を出て行った。ライリーは、変な人だな、と呟いてその姿を見送った。

◇ ◇ ◇

 裁判の日から、ちょうど一ヶ月が経った。ライリーは、エイドの部屋の前に立っていた。

 ふぅ、と息をつき、気持ちを落ち着かせる。そして、戸を三回叩き、ガチャリと開けた。

「――!おかえりなさい」

 紅茶を飲みながらくつろいでいたエイドは、ライリーの姿を見るなり急いで仕事モードに入る。

「くつろいでるんならそのままでいいのに」

「い、いえ、お嬢様のご帰還なんですから」

「――そっか、まだそういうことになってるんだ」

「いえいえ、『まだ』、ではなく『これからも』ですよ。ここは、未来永劫ライリーさんのお部屋です」

 ライリーは、無言でその場に立ちつくした。エイドは、そんなお嬢様の姿に、一種の意思確認を行う。

「――王女さまのお部屋、行かれますか?」

「うん」

「……行ってらっしゃませ」

 ライリーは、その言葉に押されて自分の部屋を後にした。そして、三階の一番奥――エレットの部屋に向かっていった。

 ライリーが扉の前に到着し、気持ちを整えようとすると、ひとりでに扉がキィーッと開いてしまった。

「――!」

「あら」

 エレットが、来客の気配を感じて扉を開けたのだ。

「……お入りください」

 エレットは、ライリーを部屋の中に招き入れると、あの日と同じようにベッドに腰をかけた。

「お久しぶりです」

 エレットがそう言った。ライリーも同じように返す。ひとつ間を置いてから、ライリーが会話を切り出した。

「ルサークさん、エレットさんと一番近いポジションになったんだって?」

「ええ。親しみやすくて、素晴らしいお方ですわ」

「――そっか……!よかった」

 ライリーは、その言葉がすぐに出てきたことに安堵した。やはり、あの人は変わっていないようだ。

 ――また間が生まれる。ライリーが何か話は無いかと考え込んでいると、エレットの方から言葉をかけてきた。

「あの、ライリーさん」

 エレットは、気持ちを落ち着かせるようにライリーの顔を見た。

「申し訳ございませんでした……」

 エレットは、自らのいざこざに巻き込んでしまったと考え、ライリーに向かってぺこりと頭を下げた。

「謝るのはわたしの方だよ」

 ライリーは、あまりの強硬策に出てしまったことを、深々と頭を下げながら謝罪した。

「本当にごめんね」

 ライリーが顔をあげると、二人は静かにニコリと笑った。そして、力強く、ひとつの共同宣言をする。

「これからは、『ただの友達』だから」

「ええ、なんのしがらみもない、『ただの友達』、ですよね」

 一見冷たさを感じる会話ながら、そこには確かに、強い温かさがあった。

 二人は手を繋ぎ、シロツメクサの生える庭園へ向かっていった。
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