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帰れないってどういうことですか?

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(どうしましょう。言われた言葉の意味がわかりません・・・!)

茜は激しく混乱した。敵陣に拐われたか何かだと思っていたが、事態は想定の遥か斜め上を行っていたのだ。内心焦りながらも動揺を表に出さないよう全力で気合いを入れる。先程うっかり「へ?」等と言ってしまったのは茜にとって大失態であった。

「聖女様、勝手に召喚してしまいましたこと、お詫び申し上げます。詳しくお話し致しますので、まずは部屋を移りましょう。」
「ここで良い。話せ。」
「ですがここではお座り頂くこともできませんので・・・」
「構わないと言っている。」

あちらの都合の良い場所になんて移動するわけにいかない。何より主導権をとらなければ、と茜は強気な言い方を敢えて選んだ。

「承知致しました。それではこのままに致しましょう。聖女様、何でもご質問下さい。」

(私が聞いたことしか答えないつもりでしょうか?これは色々隠されそうですね。さてどう問いましょうか。)

茜は思考を巡らせる。やはりこのステファンというか男がこの場を仕切っているようだ。しかし時間をかけると思考が遅いと思われ侮られてしまう。白賀の里で問答や駆け引きも修行の一環であった。・・・が、茜は実にこれが苦手だった。茜は実直な・・・というか単純な思考回路の持ち主なのだ。裏表がないから慕われていたが、くノ一としては致命的な程。茜が一人前と認められたのは、茜が主君に望んだ浅野直忠が、「(面白いから)良い。」とお認めになられたからだった。


(質問しながら考えるしかないですね。これ程わからないことばかりな事は初めてですが、落ち着いていきましょう。)

「聖女とはなんだ。」
「聖女様は、世界を浄化する存在でございます。」
「世界を浄化?」
「はい。この世界は今、魔物の邪気が強くなっております。これは三百年周期で起こると伝わっており、このままだと魔界との境界が弱まり魔物が現れるようになってしまうのです。そうなると世界に甚大な被害が出ます。それを阻止できるのが、『聖女による世界の浄化』なのです。」
「私が聖女だという根拠は?」
「聖女召喚の儀式を行い、貴女様がいらっしゃいました。ここは貴女様にとっては異世界。過去の伝承によれば、聖女様と偶然共に召喚されてしまった異世界人は、言葉が通じなかったそうです。貴女様は言葉が通じております。それが証になるかと。それから・・・あれを。」

そう言われて白髪の老夫が盆に木箱と水差しを持って茜とステファンに寄った。木箱の中には凝ったデザインの薄い器が入っていた。

「これは水鏡。鑑定能力を持つ魔術師が使う魔導具ございます。これで貴女のステータスを読み取ります。まだお聞きしておりません貴女様の御名もこれで知ることができますし、聖女様かどうかも確認できます。」
「・・・やってみろ。」(ステータスって何ですか!?)
「承知致しました。」

ステファンは木箱の中の器を取り出し左の手のひらに乗せると、右手で水差しをとり、器に水を注いだ。ステファンは水差しを置くと、右手を器にかざした。

(光ってます・・・!何ですか妖術ですか!?)


「名前:茜(あかね)
職業:忍(くノ一)・聖女
年齢:十七歳
レベル:忍(くノ一) 読取不能
レベル:聖女 読取不能 
種族:異世界人
装備:苦無・忍刀・撒菱・縄・忍鎌・手裏剣・縄・角指
所持アイテム:薬・毒
能力:読取不能
加護:読取不能
備考:読取不能」

ステファンが読み上げると、周囲にいた者たちがざわついた。「やはり聖女様だ!」「くノ一?」「クナイとはどんな装備だ?」等々、思い思い口にする。そう、茜にとって訳がわからない状況なのは確かだが、異世界のことを知らぬ彼らにとっても色々戸惑う点はある。だが、茜は動揺してそれに気付かない。

(・・・名前、年齢、武器、全て合っていますね。職も聖女はともかく、くノ一は読み取られています。動揺を顔に出さなかったつもりですが、上手くいってるか自信がないです。何でしょうこれは。妖術?読心術?というか『ステータス』『レベル』『加護』『魔導具』どれもわかりません。冷汗出そうです。困りました。困りました我が君ー!早く帰りたいのに・・・!)


「アカネ様と仰るのですね。読取不能が多い・・・これは私では読み取る力が及ばないということでしょう。流石は聖女様でございます。職や装備に見たことのないものが多いですが、『くノ一』とはどのような職業なのですか?」
「それを答える義務はないだろう。」
「そうですか・・・残念ですが、いつかお聞かせ頂けると願いましょう。」
「いつかなどない。私をもとの場所に帰せ。」
「それは出来かねます。」
「勝手に呼びつけて帰せないとはどういうことだ。『聖女様』とはそのような理不尽な扱いを受けるものなのか?」

(出来ないなんて困るー!!)

茜は渾身の力で睨み付けた。こういうときに参考にするのは、白賀の里で教鞭を振るう先生の一人。冷ややかな目、からの零度の笑顔。何度震え上がったことかわからない。だが哀しいかな、茜はどちらかといえば童顔なので睨んでも恐くない。というか可愛らしい感じになってしまうのだ。しかも参考にしたのはドS教官。Sっ気皆無な茜が真似るには無理があった。茜が『睨めてない』という自覚がないのは、その教官や浅野直忠が面白がって放置したからである。


「先程申し上げた通り、世界に邪気が少しずつ広がっております。これでは聖女様を御返しするのに必要な神聖な力を集められません。聖女様召喚の儀式に必要な力は、前回の儀式以降の三百年掛けて、少しずつ溜めたものなのです。」

「では、三百年帰れないと言うのか?随分笑わせてくれる。」
(嫌です嫌です!我が君をお守り出来なくなってしまいます!)
「聖女様が世界を浄化して下されば、世界に邪気はなくなります。聖女様ご自身の聖なる力を溜めれば、それほど長くはかからず御帰還の儀式を行えるかと。」

勝手な言い分である。突然拐われたも同然な茜には、従う義理など勿論ない。だが、従わなければ帰る手段がないと。

「アカネ様。何卒私たちの世界をお救い下さい。そのためならば、我らはどのような助力も厭いません。」

そう言って、ステファン始めその場にいた者たちが一斉に頭を下げた。その場が静寂に包まれる。その声が、空気が、偽りなく本心からの言葉だと伝えてくる。
茜はようやく本当に冷静になって彼らを見た。

「・・・顔を上げなさい。」

茜は全員に顔を上げさせると、それぞれの眼を見た。迷いのない、真摯な瞳。皆強い眼をしていた。茜は、その眼を知っている。覚悟を決めた者の眼だ。そういう者は、説得では折れない。そしてステファン。この場にいる者の中で一番強い者。言葉でも武力でも折れない者の眼だと、茜は思った。

「私は、私の力の全てを我が君に捧げると誓っています。それが叶わないなら、いつでも命を絶つ覚悟です。その私に、我が君以外のために力を使えと言うのですか?」

茜は、ステファンの眼を真っ直ぐ見てそう言った。駆け引きではなく、自分の言葉で。

「勝手な願いだとわかっております。ですが私も、これが叶わないなら命を絶つ覚悟。アカネ様。この世界と、この世界に生きる者たちのためにどうかお力をお貸しください。それが叶った暁には、全力で貴女様をもとの世界に御返しするよう努めます。ですからどうかお願い致します。」

再びステファンは深く頭を下げた。
茜は心の中で溜め息をつく。どうせやらないと帰れないのだ。いや、帰る方法はあるのかもしれないが、異世界で単独行動をして、その方法を見つけて実行するのは難しいだろう。それなら早く『世界の浄化』とやらをしてしまった方が効率が良さそうだ。我が君のところに戻るのに、時間を無駄にできないのだから。



「・・・必ず私を帰すこと。それが条件です。違えれば滅ぼします。それで良いですね?」

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