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第4章 「エイリアスくん、胃が痛い」
第二十七話 「円卓」
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「この度は…………本当に、ありがとう、ございます……」
数日後。俺はあの家に招かれ、助けることが出来たあの少女に礼を受けていた。
そういえば、彼女の名前はフィニカというらしい。
「父は、死刑だと……でも、私が助かったと聞いて晴れやかでした。本当は、あんなことをした人が救われて逝くなんて間違っているのでしょうが……」
「そんなことは、ないですよ。……救いは、誰にでもあって当然のものなんですから」
「そうでしょうか? ……いえ。そう、かもしれませんね」
何を想ったのだろう、それは僕には想像もできなかったが、フィニカさんは小さく頷いた。
「父が、エイリアスさんに言伝を残しています。聞いていただけますか?」
「それは、勿論」
「では……『サリア……いや、サリア・ヴェンデシレアに気を付けろ』、とだけ」
「気をつけ……? どういうことですか?」
僕がその言葉の真意について言及すると、フィニカさんは小さく頭を振った。
「私には……ですが、父は何かをわかっているようでした。二年間、サリアさんのことばかり気にかけていたようですし……」
「ヴェンデシレア……? 聞いたこともない家名ですが……一応、片隅にとどめておきます」
「ありがとうございます」
確かに、僕はサリアさんのことは何も知らない。
姓も知らなかった。本人がそんなものはないと言ったからだ。
僕が、後ろめたさから極力サリアさんと深くかかわろうとしてこなかったのもある。
サリアさんはいい人だ。それは判っている。知っている。
だがなんだろう。気を付けろと言われたときに感じた、どきりとした感触は。
◇◆◇◆◇◆◇◆
王城の一角。其処には、広い部屋を覆い尽くす勢いの巨大な円卓があった。
それは、《日陽騎士団》の中でも隊長クラスの者たちと、団長副団長だけが座ることを許されたもの。
部屋の最も奥に座るのは年若き男。部屋の奥ほど偉く、手前になればなるほどその地位は低いことを考えれば、その男はこの場で最も高位な人物……《日陽騎士団》騎士団長に違いなかった。
この円卓に座っているだけで王国の中でも有数の実力者たちなのだが、しかし手前に座っている男は不服そうにそこに腰かけていた。その表情からは大いなる野心が読み取れる。
円卓に備えられた十の席は、騎士団長の隣の一つが空席になっていた。
「では、これより円卓会議を始めます。その前に……何故このようにして本日、皆様にお集まりいただいたかという理由を話させていただきます」
騎士団長の隣に座っていた男が立ち上がり、原稿でも読むかのようにすらすらと言葉を紡ぐ。
話が始まった瞬間、その部屋の空気は一段と引き締まった。
「ガルムエントの次期当主……エイリアス・シーダン・ナインハイトが《日陽騎士団》を脱団したというのは皆さまの記憶に新しいところだと思いますが……そのエイリアスが、冒険者を始められたことがすべての原因です」
部屋がにわかにざわついた。
当然だ。エイリアス・シーダン・ナインハイトの名は騎士団の中でも口に出すのもタブーという扱いになっているのだから。
「…………ゴルドルフ。俺は貴様のことを高く買ってやっているが──よりにもよって俺の前でその名を出すとはな。そして、まさかそんな下らぬ話で俺の眠りを妨げたのか」
騎士団長が重く口を開く。
殺意すら込められた、冷たい刃のような言葉が空気を震わせ、その場にいた猛者共、すべてを委縮させた。
話をしていたゴルドルフただ一人を除いて。
「もちろん、話はこれで終わりではありません。エイリアスは冒険者を始めて以来、二つの不可解なことに直面することになりました」
「…………続けろ」
「言われずとも。まず一つは、正体不明のケモノに襲われたこと。このケモノは後々わかったのですが、死体だったそうです。もう一つは、ある少女の病。その病を検診した神官に聞いたところ、見たことも聞いたこともない病だったそうです」
「…………つまり、貴様はこう言いたいのか。接触が始まった──と」
「ええ。ですから、エイリアスに【神装・極聖神殿】をもう一度持たせ、【傀儡王】の襲来に対抗させる必要性があるかと。同時に、奴の尻尾を掴むためにエイリアスに監視も付けなければならぬ、と──」
「馬鹿な!!」
円卓の最も下に座る一人の男が話を遮って勢いよく立ち上がった。
瞬間。誰にも反応を許すことなく……背後からその男の首筋に剣が突きつけられた。
剣の持ち主は、当然騎士団長だ。
「……アゴラ。貴様の働きも、俺は十分に買っている。だが、貴様にゴルドルフの言葉を遮る権限を、俺は貴様に許したか?」
「ひっ……い、いえ……許されておりません」
「ならば問おう。何故声を上げた? 今貴様の為に俺の時間が何秒失われているかわかるか? まさかそれにも匹敵せぬ下らぬことではないだろうな」
首筋に当てられた剣。それ以上に背後に立つ団長の怒りが恐ろしく、アゴラは滝のように冷や汗を流した。
だが、意を決して口を開ける。
「【神装・極聖神殿】──アレはもう、俺のものになった筈だ──です! だというのに、騎士団からも逃げたあの男にもう一度渡すなど、冗談じゃねえ!!」
「ふむ……貴様は【神装・極聖神殿】を使いこなせてはいなかった筈だ。あの男のことがなくとも、俺はエルエム辺りに与えるつもりだった。【神装・極聖神殿】は俺の【神装・漆黒冥闇】と対を為す神器。持て余す余裕はないのでな」
「あんな奴にできたんだ! 俺にだって出来ます!!」
「…………だ、そうだ。ゴルドルフ」
「ふむ……確かにアゴラに一度は瑕疵されたのも事実。では騎士らしく、エイリアスと決闘し、勝った方が
【神装・極聖神殿】を持つというのは?」
「ん……面白そうだ。俺は構わないぞ、アゴラ? ただし、やるというなら敗北は許さん。《日陽騎士団》は最強の騎士団。最強は、無敗であるがゆえに最強なのだ」
「…………わかりました。あんなペテン師に俺がまけるわきゃねえ!!」
「そうか。ならば身支度を済ませ疾く行くがいい。退席を許す」
「はっ!!」
王国式敬礼をし、アゴラは部屋を出る。
「……貴方も意地悪な人ですね。団長」
「ふん……では、俺達も急ぐとしよう。久々に退屈を紛らわせることが出来そうな見ものだ」
「仰せのままに、ダーリェン騎士団長」
数日後。俺はあの家に招かれ、助けることが出来たあの少女に礼を受けていた。
そういえば、彼女の名前はフィニカというらしい。
「父は、死刑だと……でも、私が助かったと聞いて晴れやかでした。本当は、あんなことをした人が救われて逝くなんて間違っているのでしょうが……」
「そんなことは、ないですよ。……救いは、誰にでもあって当然のものなんですから」
「そうでしょうか? ……いえ。そう、かもしれませんね」
何を想ったのだろう、それは僕には想像もできなかったが、フィニカさんは小さく頷いた。
「父が、エイリアスさんに言伝を残しています。聞いていただけますか?」
「それは、勿論」
「では……『サリア……いや、サリア・ヴェンデシレアに気を付けろ』、とだけ」
「気をつけ……? どういうことですか?」
僕がその言葉の真意について言及すると、フィニカさんは小さく頭を振った。
「私には……ですが、父は何かをわかっているようでした。二年間、サリアさんのことばかり気にかけていたようですし……」
「ヴェンデシレア……? 聞いたこともない家名ですが……一応、片隅にとどめておきます」
「ありがとうございます」
確かに、僕はサリアさんのことは何も知らない。
姓も知らなかった。本人がそんなものはないと言ったからだ。
僕が、後ろめたさから極力サリアさんと深くかかわろうとしてこなかったのもある。
サリアさんはいい人だ。それは判っている。知っている。
だがなんだろう。気を付けろと言われたときに感じた、どきりとした感触は。
◇◆◇◆◇◆◇◆
王城の一角。其処には、広い部屋を覆い尽くす勢いの巨大な円卓があった。
それは、《日陽騎士団》の中でも隊長クラスの者たちと、団長副団長だけが座ることを許されたもの。
部屋の最も奥に座るのは年若き男。部屋の奥ほど偉く、手前になればなるほどその地位は低いことを考えれば、その男はこの場で最も高位な人物……《日陽騎士団》騎士団長に違いなかった。
この円卓に座っているだけで王国の中でも有数の実力者たちなのだが、しかし手前に座っている男は不服そうにそこに腰かけていた。その表情からは大いなる野心が読み取れる。
円卓に備えられた十の席は、騎士団長の隣の一つが空席になっていた。
「では、これより円卓会議を始めます。その前に……何故このようにして本日、皆様にお集まりいただいたかという理由を話させていただきます」
騎士団長の隣に座っていた男が立ち上がり、原稿でも読むかのようにすらすらと言葉を紡ぐ。
話が始まった瞬間、その部屋の空気は一段と引き締まった。
「ガルムエントの次期当主……エイリアス・シーダン・ナインハイトが《日陽騎士団》を脱団したというのは皆さまの記憶に新しいところだと思いますが……そのエイリアスが、冒険者を始められたことがすべての原因です」
部屋がにわかにざわついた。
当然だ。エイリアス・シーダン・ナインハイトの名は騎士団の中でも口に出すのもタブーという扱いになっているのだから。
「…………ゴルドルフ。俺は貴様のことを高く買ってやっているが──よりにもよって俺の前でその名を出すとはな。そして、まさかそんな下らぬ話で俺の眠りを妨げたのか」
騎士団長が重く口を開く。
殺意すら込められた、冷たい刃のような言葉が空気を震わせ、その場にいた猛者共、すべてを委縮させた。
話をしていたゴルドルフただ一人を除いて。
「もちろん、話はこれで終わりではありません。エイリアスは冒険者を始めて以来、二つの不可解なことに直面することになりました」
「…………続けろ」
「言われずとも。まず一つは、正体不明のケモノに襲われたこと。このケモノは後々わかったのですが、死体だったそうです。もう一つは、ある少女の病。その病を検診した神官に聞いたところ、見たことも聞いたこともない病だったそうです」
「…………つまり、貴様はこう言いたいのか。接触が始まった──と」
「ええ。ですから、エイリアスに【神装・極聖神殿】をもう一度持たせ、【傀儡王】の襲来に対抗させる必要性があるかと。同時に、奴の尻尾を掴むためにエイリアスに監視も付けなければならぬ、と──」
「馬鹿な!!」
円卓の最も下に座る一人の男が話を遮って勢いよく立ち上がった。
瞬間。誰にも反応を許すことなく……背後からその男の首筋に剣が突きつけられた。
剣の持ち主は、当然騎士団長だ。
「……アゴラ。貴様の働きも、俺は十分に買っている。だが、貴様にゴルドルフの言葉を遮る権限を、俺は貴様に許したか?」
「ひっ……い、いえ……許されておりません」
「ならば問おう。何故声を上げた? 今貴様の為に俺の時間が何秒失われているかわかるか? まさかそれにも匹敵せぬ下らぬことではないだろうな」
首筋に当てられた剣。それ以上に背後に立つ団長の怒りが恐ろしく、アゴラは滝のように冷や汗を流した。
だが、意を決して口を開ける。
「【神装・極聖神殿】──アレはもう、俺のものになった筈だ──です! だというのに、騎士団からも逃げたあの男にもう一度渡すなど、冗談じゃねえ!!」
「ふむ……貴様は【神装・極聖神殿】を使いこなせてはいなかった筈だ。あの男のことがなくとも、俺はエルエム辺りに与えるつもりだった。【神装・極聖神殿】は俺の【神装・漆黒冥闇】と対を為す神器。持て余す余裕はないのでな」
「あんな奴にできたんだ! 俺にだって出来ます!!」
「…………だ、そうだ。ゴルドルフ」
「ふむ……確かにアゴラに一度は瑕疵されたのも事実。では騎士らしく、エイリアスと決闘し、勝った方が
【神装・極聖神殿】を持つというのは?」
「ん……面白そうだ。俺は構わないぞ、アゴラ? ただし、やるというなら敗北は許さん。《日陽騎士団》は最強の騎士団。最強は、無敗であるがゆえに最強なのだ」
「…………わかりました。あんなペテン師に俺がまけるわきゃねえ!!」
「そうか。ならば身支度を済ませ疾く行くがいい。退席を許す」
「はっ!!」
王国式敬礼をし、アゴラは部屋を出る。
「……貴方も意地悪な人ですね。団長」
「ふん……では、俺達も急ぐとしよう。久々に退屈を紛らわせることが出来そうな見ものだ」
「仰せのままに、ダーリェン騎士団長」
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