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第九章「海神編」
家のぬくもり
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アパートに帰ると、ウィルが引っ越しの為の荷造りをしていた。
段々片付いて来てしまって広々としてきた部屋を見て、何だか寂しくなる。
いつでもそこにあった見えないぬくもりが次第に薄れているのを感じた。
東の国から飛び出してきた俺をずっと守ってくれた部屋。
はじめはここだけが俺の居場所だった。
とりあえず仕事をして、後はここに閉じこもった。
誰とも関わりたくなかったのだ。
人の強欲さと醜悪さを見てしまって、軽く人間不信だったのだ。
そんな俺をいい感じに放置しながらも、必要に応じてげんこつをくれたのが班長。
あの頃はまだ班長になったばかりで、その座を譲った片足のダヴィーさんと定年前のジャッドさんがいて、怒る班長と新人を甘やかして猫っ可愛がりする初老の先人二人と言う感じだった。
ダヴィーさんとジャッドさんは二人で一人分の勤務みたいな感じで半日ずつとか1日交代とかなのに、家にいても暇だからと二人ともたいてい毎日テントにいてのんびりしていた。
だから鬱気味で俺が遅刻したり無断欠勤しても、何となく仕事を肩代わりしてくれた。
班長はそれを怒ったりしたが、げんこつをガツンとするだけでしつこくネチネチ言ってきたりしなかった。
一度だけ俺が体調を崩して2日連続で無断欠勤した時、連絡しようにも全身痛くて動けないし何も食べてないのでさらにキツくなって、このまま死ぬのかな何て思った。
そしたら班長が大家のバケット夫妻に頼んで鍵を開けてもらって部屋に来た。
怒られると思ったら何も言わないであれこれしてくれて、とりあえず回復をかけてくれた。
自分の魔力はほぼ使い切ってたし、熱で朦朧としてて頭が回ってなかったんだよな~。
それから一度外に出ると何か買ってきて食わせてくれた。
何かのスープだったんだけど、あれって何のスープだったんだろう?
とにかく旨かった。
それから俺の様子から一人で置いておくのはマズイと思ったのか、担がれてダヴィーさんの家に連れて行かれた。
ダヴィーさんとジャッドさんは外壁警備基地近くの貧乏長屋の隣同士で半ば一緒に住んでる感じで、交代で俺の面倒を見てくれたんだ。
班長はその頃、奥さんが身重で何かあるとまずいので俺を連れて帰れなかったと後から聞いた。
そんな中、警備部隊の救護隊のおじいちゃん(医療兵)が足を運んで俺を見てくれて、一言「こりゃりんご病だ」と言った。
そりゃもう、三人に滅茶苦茶笑われた。
子供の頃軽くかかった筈なのに、どうやら上手く免疫が完成してなかったらしい。
軽く一度かかっているので病状はそこまでひどくなかったのだが、とにかくその頃の俺は引き篭もって適当な食生活をしていたものだから体が対抗できないし治す体力もなく動けなくなったようだった。
それから数日、ダヴィーさんとジャッドさんにお世話になって、質素だが暖かくて栄養のあるご飯を食べさせてもらって何とか回復した。
回復してから班長にこっ酷く怒られたんたよなぁ~。
それでお前は遅刻も無断欠勤もするから鍵を一つ渡せと言われて、渡したんだった。
今はその鍵をウィルが持っている。
あれからしばらくは班長の生活指導が入ったんだよなぁ。
考えてみれば、別に給料が出る訳でもないのに終業後に俺んちに来てなんやかんや怒って帰るなんて、人が良すぎるよな班長。
それからダヴィーさんとジャッドさんは「サークはりんご病になるような子だからなぁ」と言って俺への猫っ可愛がりが加速した。
全然知らない土地でそんな風に厳しくも優しく受け入れてもらって、俺の気持ちは回復した。
家だけじゃなくて「5区外壁警備魔術班」と言う居場所が出来た。
気持ちが回復してくると、班長は生活指導の一環と言って、警備隊の朝練に俺を参加させるようになった。
魔術班は朝練は自由参加だったけど、無理やり参加させられてそこで鍛えられた。
生活リズムも食生活も改善され、体力もついてくるとそれまで億劫だった事もできるようになって、朝練に参加する事で他の部隊班の人とも話せるようになった。
そんな俺を見て、ダヴィーさんとジャッドさんが笑ったんだ。
これで安心して引退できそうだって。
人手不足もあったが、二人は俺が心配で引退を先延ばしにしてくれていた事をその時知った。
それからしばらくは班長と基本、二人体制だった。
臨時でダヴィーさんとジャッドさんが来てくれる時もあったが、前みたいに暇だからとテントにいつもいてくれる訳じゃない。
忙しかったが、充実していたと思う。
人付き合いも必要最低限だが難なくできるようになって、気持ちも収入も安定した事で俺は趣味で研究を始めた。
はじめは何でこの歳でも性欲がないんだろうと本を読む程度だったが、段々、自分で試してみたり本でここはどういう事でそうなるんだ?とか考えて、そういうお店に行って話を聞いたり試したりしているうちに、自分でやってもわからないから人で試すようになって、それをきちんとデータとして取るようになって、と言った感じだった。
その頃には医学書なんかにも手を出して、変にのめり込んで行った。
そんな感じでまたもや俺が不健康な生活に変わり始めた頃、やっと新人が入ってきたのだ。
リグだ。
リグは素直で人懐っこくて甘え上手な大型犬子犬っぽかったが、何しろ性に関しては頭のネジが吹っ飛んでいた。
街で商売をしているそれなりの家庭で育った末っ子で、魔力があったので魔術学校に行ってうちに来たらしいのだが、何をどうしたらそんな自由な発想になるのかと言いたいくらい自由奔放だった。
性の事は秘め事でちょっと後ろ暗いイメージだったのが、奴のあまりにも明るく自然なネジの吹っ飛び具合に影響され、俺もコソコソしないでもっと堂々と研究しても良いのだと無意識に思って、書き溜めていた研究内容をまとめて論文を出してみたりするようになった。
まぁ、そうすると学会への登録料やら何やらお金もかかるし、データを取るにも論文として信用性を持たせるにはそれなりのN数がいるもんでお金がかかる。
それで研究成果から得たもので性具を作って販売したり、特許を売ったり貸出賃をとるようになった。
その頃から研究装置なども自作するようになって、研究も他にそう言った研究で数値化された信頼できそうなデータを取っているのが俺だけと言う事で、不妊治療をする医師や性具開発者など一部から論文が評価される様になった。
だから俺も学会なんかに行って話を聞いてみたりするようになった。
そんな感じでそれなりに充実していたし、自分の生活に不満はなかった。
このままずっとこうやって生活して行くんだと思っていた。
あの日までは。
あの日。
金色に輝くたんぽぽみたいなライオネル殿下が唐突に外壁に来て、俺の運命は一変した。
突然の襲撃。
そして死にかけた。
死から舞い戻ると、世界が物凄い勢いで動き出したんだ。
そして生まれて初めて恋をした。
恋と呼ぶには幼すぎた、恋に恋をしたような恋だったけれど、あれがあったから俺は人を愛する気持ちを持つ事ができるようになって、人を愛せるようになった。
初恋はやはり実らなかったけど、俺にとって色褪せる事のない大切な記憶だ。
そうやって人を愛する事を知ったから、今、俺にはウィルと言う婚約者がいる。
仕事も何だかんだ抵抗もしたが、騎士になってあれよあれよと言う間にライオネル殿下の警護部隊に配属され、皆に会った。
ギルとひと悶着あって西の国に行って、シルクと出逢った。
とにかく沢山の事があった。
その中で沢山の人と出会ったし、頑なに阻んでいた故郷にも帰り、義父さんとも再開できた。
そして今や、騎士どころか男爵にまでなってしまって、領土まである。
こんな事になるなんて夢にも思っていなかった。
それでも、全てが今に繋がっているんだ。
そしてこの国での出来事の全てが始まったのがここだ。
バケット夫妻の雑貨屋の上にある賃貸アパート。
城下町の繁華街を離れた、片隅の小さな下町商店街の一角。
ここで谷から連れ戻したウィルと初めて一緒に暮らした。
俺は独身寮があるからここに住んでと言ったのに、結局入り浸って半同棲生活をしていたら、ウィルが心臓に悪いからと独身寮に入ってしまって。
あれはちょっとショックだった。
心の準備ができてないだけで嫌だった訳じゃなかったから、俺が家を買ったら一緒に住んでくれる事になったけど、こんなに早くこんな形でここを離れるとは思わなかった。
内玄関のドアに取り付けていた、森の街からの固定出口の魔術ももう解いてしまった。
それが何だか寂しくて、俺は内玄関のドアを撫でる。
「……寂しいか?」
ウィルがそう言って後ろから抱きしめてくれた。
俺はそれに甘えながら答えた。
「寂しい。東の国を飛び出してきた俺をずっと迎え入れてくれた家だから。寂しい。」
部屋が広いのは、研究機器などはもう研究所という名の小さくて古い建物に運び終わってしまったからだ。
だから部屋の3分の1程がガランとしている。
ウィルは何も言わず寄り添ってくれた。
俺は向きを変えてウィルを抱きしめて額にキスをする。
「また額にする。」
「だって、口にしちゃったら止まらないもん、俺。」
「止まらなくていいんじゃないか?」
「うん。でももう少し待って?」
「いいよ。」
俺はそのまましばらくウィルを抱きしめていた。
風が強いのか窓がカタカタなった。
目を向けると、窓辺にいちごの鉢植えがある。
俺が贈った時とは違い、大きめの鉢に植え替えてあり、葉っぱももさもさいっぱい増えている気がする。
「いちご、実るかな??」
「実るさ。俺が世話をやいてるんだからね。」
「ふふふ、そっか。」
「今年はあまり実らせないで株分けをするからな。」
「え?!実らせないの?!」
「だって、ひと株じゃ何も作れないだろ。株分けして増やすんだよ。」
ウィルは結構、本気だ。
俺はびっくりしてマジマジとその顔を見つめる。
「当然だろ?サークが言ったんじゃないか?ずっと二人で育てようって。」
「うん、そうなんだけど??」
ウィルはあの日俺が置いていったいちごの鉢植えをちゃんと世話してくれていた。
バタバタしていてきちんとその意味について話していなかったと今更思う。
花言葉を意識して渡したつもりだったんだけど、上手く伝わってないのだろうか??
ちょっと複雑な顔をした俺に、ウィルがくすっと笑った。
「"幸せな家庭"の象徴だからね。俺はジャムが作れるくらい増やすつもりだけど、嫌なのか??」
「……嫌じゃないです。」
ウィルの口からいちごの花言葉の1つである「幸せな家庭」と言う言葉が出て、俺の気持ちは伝わっていたんだとわかった。
そしてそれを「増やす」と言ったウィルの気持ちを俺は受け取った。
俺は新しく住む事になるあの隠れ家のような家の庭にいちごが沢山実っているのを想像した。
ウィルの気持ちが嬉しくて口づけようとしたら、手でそれを防がれる。
「他に言う事は?」
「……俺と結婚して幸せな家庭を一緒に築いてくれますか?」
「うん。合格。もちろん返事はOKだ。」
ウィルはそう言って満足気に笑うと俺に口づけた。
軽く啄むような口づけは、やがて体に絡ませ合う腕のように深くもつれ合っていく。
「サーク……焦らさないでくれ……。」
「焦らしてない……俺も余裕ないから…かえって手間取ってるだけ……。」
片付けられた中にポツンと置かれているベッドに、俺達は余裕なく倒れ込んだ。
段々片付いて来てしまって広々としてきた部屋を見て、何だか寂しくなる。
いつでもそこにあった見えないぬくもりが次第に薄れているのを感じた。
東の国から飛び出してきた俺をずっと守ってくれた部屋。
はじめはここだけが俺の居場所だった。
とりあえず仕事をして、後はここに閉じこもった。
誰とも関わりたくなかったのだ。
人の強欲さと醜悪さを見てしまって、軽く人間不信だったのだ。
そんな俺をいい感じに放置しながらも、必要に応じてげんこつをくれたのが班長。
あの頃はまだ班長になったばかりで、その座を譲った片足のダヴィーさんと定年前のジャッドさんがいて、怒る班長と新人を甘やかして猫っ可愛がりする初老の先人二人と言う感じだった。
ダヴィーさんとジャッドさんは二人で一人分の勤務みたいな感じで半日ずつとか1日交代とかなのに、家にいても暇だからと二人ともたいてい毎日テントにいてのんびりしていた。
だから鬱気味で俺が遅刻したり無断欠勤しても、何となく仕事を肩代わりしてくれた。
班長はそれを怒ったりしたが、げんこつをガツンとするだけでしつこくネチネチ言ってきたりしなかった。
一度だけ俺が体調を崩して2日連続で無断欠勤した時、連絡しようにも全身痛くて動けないし何も食べてないのでさらにキツくなって、このまま死ぬのかな何て思った。
そしたら班長が大家のバケット夫妻に頼んで鍵を開けてもらって部屋に来た。
怒られると思ったら何も言わないであれこれしてくれて、とりあえず回復をかけてくれた。
自分の魔力はほぼ使い切ってたし、熱で朦朧としてて頭が回ってなかったんだよな~。
それから一度外に出ると何か買ってきて食わせてくれた。
何かのスープだったんだけど、あれって何のスープだったんだろう?
とにかく旨かった。
それから俺の様子から一人で置いておくのはマズイと思ったのか、担がれてダヴィーさんの家に連れて行かれた。
ダヴィーさんとジャッドさんは外壁警備基地近くの貧乏長屋の隣同士で半ば一緒に住んでる感じで、交代で俺の面倒を見てくれたんだ。
班長はその頃、奥さんが身重で何かあるとまずいので俺を連れて帰れなかったと後から聞いた。
そんな中、警備部隊の救護隊のおじいちゃん(医療兵)が足を運んで俺を見てくれて、一言「こりゃりんご病だ」と言った。
そりゃもう、三人に滅茶苦茶笑われた。
子供の頃軽くかかった筈なのに、どうやら上手く免疫が完成してなかったらしい。
軽く一度かかっているので病状はそこまでひどくなかったのだが、とにかくその頃の俺は引き篭もって適当な食生活をしていたものだから体が対抗できないし治す体力もなく動けなくなったようだった。
それから数日、ダヴィーさんとジャッドさんにお世話になって、質素だが暖かくて栄養のあるご飯を食べさせてもらって何とか回復した。
回復してから班長にこっ酷く怒られたんたよなぁ~。
それでお前は遅刻も無断欠勤もするから鍵を一つ渡せと言われて、渡したんだった。
今はその鍵をウィルが持っている。
あれからしばらくは班長の生活指導が入ったんだよなぁ。
考えてみれば、別に給料が出る訳でもないのに終業後に俺んちに来てなんやかんや怒って帰るなんて、人が良すぎるよな班長。
それからダヴィーさんとジャッドさんは「サークはりんご病になるような子だからなぁ」と言って俺への猫っ可愛がりが加速した。
全然知らない土地でそんな風に厳しくも優しく受け入れてもらって、俺の気持ちは回復した。
家だけじゃなくて「5区外壁警備魔術班」と言う居場所が出来た。
気持ちが回復してくると、班長は生活指導の一環と言って、警備隊の朝練に俺を参加させるようになった。
魔術班は朝練は自由参加だったけど、無理やり参加させられてそこで鍛えられた。
生活リズムも食生活も改善され、体力もついてくるとそれまで億劫だった事もできるようになって、朝練に参加する事で他の部隊班の人とも話せるようになった。
そんな俺を見て、ダヴィーさんとジャッドさんが笑ったんだ。
これで安心して引退できそうだって。
人手不足もあったが、二人は俺が心配で引退を先延ばしにしてくれていた事をその時知った。
それからしばらくは班長と基本、二人体制だった。
臨時でダヴィーさんとジャッドさんが来てくれる時もあったが、前みたいに暇だからとテントにいつもいてくれる訳じゃない。
忙しかったが、充実していたと思う。
人付き合いも必要最低限だが難なくできるようになって、気持ちも収入も安定した事で俺は趣味で研究を始めた。
はじめは何でこの歳でも性欲がないんだろうと本を読む程度だったが、段々、自分で試してみたり本でここはどういう事でそうなるんだ?とか考えて、そういうお店に行って話を聞いたり試したりしているうちに、自分でやってもわからないから人で試すようになって、それをきちんとデータとして取るようになって、と言った感じだった。
その頃には医学書なんかにも手を出して、変にのめり込んで行った。
そんな感じでまたもや俺が不健康な生活に変わり始めた頃、やっと新人が入ってきたのだ。
リグだ。
リグは素直で人懐っこくて甘え上手な大型犬子犬っぽかったが、何しろ性に関しては頭のネジが吹っ飛んでいた。
街で商売をしているそれなりの家庭で育った末っ子で、魔力があったので魔術学校に行ってうちに来たらしいのだが、何をどうしたらそんな自由な発想になるのかと言いたいくらい自由奔放だった。
性の事は秘め事でちょっと後ろ暗いイメージだったのが、奴のあまりにも明るく自然なネジの吹っ飛び具合に影響され、俺もコソコソしないでもっと堂々と研究しても良いのだと無意識に思って、書き溜めていた研究内容をまとめて論文を出してみたりするようになった。
まぁ、そうすると学会への登録料やら何やらお金もかかるし、データを取るにも論文として信用性を持たせるにはそれなりのN数がいるもんでお金がかかる。
それで研究成果から得たもので性具を作って販売したり、特許を売ったり貸出賃をとるようになった。
その頃から研究装置なども自作するようになって、研究も他にそう言った研究で数値化された信頼できそうなデータを取っているのが俺だけと言う事で、不妊治療をする医師や性具開発者など一部から論文が評価される様になった。
だから俺も学会なんかに行って話を聞いてみたりするようになった。
そんな感じでそれなりに充実していたし、自分の生活に不満はなかった。
このままずっとこうやって生活して行くんだと思っていた。
あの日までは。
あの日。
金色に輝くたんぽぽみたいなライオネル殿下が唐突に外壁に来て、俺の運命は一変した。
突然の襲撃。
そして死にかけた。
死から舞い戻ると、世界が物凄い勢いで動き出したんだ。
そして生まれて初めて恋をした。
恋と呼ぶには幼すぎた、恋に恋をしたような恋だったけれど、あれがあったから俺は人を愛する気持ちを持つ事ができるようになって、人を愛せるようになった。
初恋はやはり実らなかったけど、俺にとって色褪せる事のない大切な記憶だ。
そうやって人を愛する事を知ったから、今、俺にはウィルと言う婚約者がいる。
仕事も何だかんだ抵抗もしたが、騎士になってあれよあれよと言う間にライオネル殿下の警護部隊に配属され、皆に会った。
ギルとひと悶着あって西の国に行って、シルクと出逢った。
とにかく沢山の事があった。
その中で沢山の人と出会ったし、頑なに阻んでいた故郷にも帰り、義父さんとも再開できた。
そして今や、騎士どころか男爵にまでなってしまって、領土まである。
こんな事になるなんて夢にも思っていなかった。
それでも、全てが今に繋がっているんだ。
そしてこの国での出来事の全てが始まったのがここだ。
バケット夫妻の雑貨屋の上にある賃貸アパート。
城下町の繁華街を離れた、片隅の小さな下町商店街の一角。
ここで谷から連れ戻したウィルと初めて一緒に暮らした。
俺は独身寮があるからここに住んでと言ったのに、結局入り浸って半同棲生活をしていたら、ウィルが心臓に悪いからと独身寮に入ってしまって。
あれはちょっとショックだった。
心の準備ができてないだけで嫌だった訳じゃなかったから、俺が家を買ったら一緒に住んでくれる事になったけど、こんなに早くこんな形でここを離れるとは思わなかった。
内玄関のドアに取り付けていた、森の街からの固定出口の魔術ももう解いてしまった。
それが何だか寂しくて、俺は内玄関のドアを撫でる。
「……寂しいか?」
ウィルがそう言って後ろから抱きしめてくれた。
俺はそれに甘えながら答えた。
「寂しい。東の国を飛び出してきた俺をずっと迎え入れてくれた家だから。寂しい。」
部屋が広いのは、研究機器などはもう研究所という名の小さくて古い建物に運び終わってしまったからだ。
だから部屋の3分の1程がガランとしている。
ウィルは何も言わず寄り添ってくれた。
俺は向きを変えてウィルを抱きしめて額にキスをする。
「また額にする。」
「だって、口にしちゃったら止まらないもん、俺。」
「止まらなくていいんじゃないか?」
「うん。でももう少し待って?」
「いいよ。」
俺はそのまましばらくウィルを抱きしめていた。
風が強いのか窓がカタカタなった。
目を向けると、窓辺にいちごの鉢植えがある。
俺が贈った時とは違い、大きめの鉢に植え替えてあり、葉っぱももさもさいっぱい増えている気がする。
「いちご、実るかな??」
「実るさ。俺が世話をやいてるんだからね。」
「ふふふ、そっか。」
「今年はあまり実らせないで株分けをするからな。」
「え?!実らせないの?!」
「だって、ひと株じゃ何も作れないだろ。株分けして増やすんだよ。」
ウィルは結構、本気だ。
俺はびっくりしてマジマジとその顔を見つめる。
「当然だろ?サークが言ったんじゃないか?ずっと二人で育てようって。」
「うん、そうなんだけど??」
ウィルはあの日俺が置いていったいちごの鉢植えをちゃんと世話してくれていた。
バタバタしていてきちんとその意味について話していなかったと今更思う。
花言葉を意識して渡したつもりだったんだけど、上手く伝わってないのだろうか??
ちょっと複雑な顔をした俺に、ウィルがくすっと笑った。
「"幸せな家庭"の象徴だからね。俺はジャムが作れるくらい増やすつもりだけど、嫌なのか??」
「……嫌じゃないです。」
ウィルの口からいちごの花言葉の1つである「幸せな家庭」と言う言葉が出て、俺の気持ちは伝わっていたんだとわかった。
そしてそれを「増やす」と言ったウィルの気持ちを俺は受け取った。
俺は新しく住む事になるあの隠れ家のような家の庭にいちごが沢山実っているのを想像した。
ウィルの気持ちが嬉しくて口づけようとしたら、手でそれを防がれる。
「他に言う事は?」
「……俺と結婚して幸せな家庭を一緒に築いてくれますか?」
「うん。合格。もちろん返事はOKだ。」
ウィルはそう言って満足気に笑うと俺に口づけた。
軽く啄むような口づけは、やがて体に絡ませ合う腕のように深くもつれ合っていく。
「サーク……焦らさないでくれ……。」
「焦らしてない……俺も余裕ないから…かえって手間取ってるだけ……。」
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