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第九章「海神編」
祭りの夕べ
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「俺、義父さんの子で良かった~。」
朝食を食べながらしみじみ言うと、皆がきょとんと俺を見た。
特に義父さんはちょっと困ったように苦笑した。
「あ、うん。ありがとう、サク。お前は本当に大根葉の油炒めが好きなんだね……。」
そう言われハッとする。
俺はもりもりと大根葉の油炒めでご飯を頬張った直後だったのだ。
向かいに座ってるウィルと子どもたちがぷっと吹き出す。
「え?!いや!違うよ?!大根葉が美味しいから義父さんの子で良かったって言ったんじゃないよ?!」
慌てて訂正するが、時すでに遅し。
この状況でどんなに言っても説得力がない。
あ~、もっと状況を見て言うべきだった……。
俺はがっくりと項垂れた。
俺がそう言ったのは、色々考えていてだった。
マダムの千里眼によれば、俺が東の国に来たのは計画的な事だったようなのだが、俺を預かってくれたのが義父さんである必要があったのかどうかまではわからない。
おそらく俺が普通に育つには、義父さんみたいに封を施す必要はあったのだと思う。
だから東の国の神仕えに渡らなければならなかったのは確かなのだろう。
でも東の国の神仕えは別に義父さん一人じゃない。
教会の数、神仕えはいる。
その中でも封とかできる人は多分半分ぐらいなんだろうけれど、それでも別に少ない訳じゃない。
その中で、俺は義父さんの子になった。
だからそれが他の誰かじゃなくて、義父さんで良かったなと思ったから言ったのだ。
「違うのに~。大根葉が美味しいから言ったんじゃないのに~。」
「なら!残りの大根葉!俺が食っていい?!」
「それはダメ。俺は義父さんの大根葉はしばらく食べれないからダメ。」
「ケチ~!兄ちゃんのケチ~っ!!」
俺の皿に取り分けていた大根葉を、横に座っていた子が欲しがる。
見れば大皿にあった大根葉の油炒めは空になっていた。
なんだ、俺だけじゃなくて皆、大根葉の油炒めが好きなんじゃないか。
横取りしようとする小さい弟分から小皿を死守しながら、そんな事を思った。
「それなんだけどね、サク。」
「うん??」
「ウィル君と話していてね、ちょっとお前たちの新居を見に行かせてもらおうかと思っているんだけど、どうかな??」
「え?!義父さんが王国に?!」
「一度来てもらえば、今後、いつでも好きな時に寄ってもらえるだろ?だからどうかと思って。」
ウィルがそう言って笑う。
いつの間にそんな話をしていたんだろう??
きょとんとした俺から、小皿が奪われて食べられてしまった。
「あ!俺の大根葉がっ!!」
「サーク!大人気ないぞ!!」
大根葉は食べられ、ウィルに叱られ、俺はショボンとする。
それを子どもたちがけらけら笑った。
義父さんも釣られて笑っていた。
「また作ってやるから、そんな顔をするんじゃないよ、サク。」
「うぅ、わかった……。」
「お兄ちゃん……どんだけ大根葉が好きなんだよ??」
大葉と塩もみした即席付けの大根の薄切りを食べながら、他の子が唖然としていた。
良いだろ?!
美味しいんだから!!
俺はちょっと大人気なく拗ねながら、大根の味噌汁を飲んだ。
「ここはどうするの??」
「ああ、ちょうどカザミ達が来るんでね。お願いしようと思うんだ。」
「え?!ナギ兄ちゃんとユキ姉ちゃん来るの?!会える?!」
「ああ、夕方の禄川原の祭祀を任されたみたいでね、今日の昼には来るよ。」
カザミ達と言うのはナギとユキ夫婦の事で、同じようにここで育った、俺にとっては兄と姉の様な存在だ。
ナギの家はここと同じく教会なのだが、兄ちゃんが幼い時にご両親が病で亡くなられ、兄ちゃんが継げる歳になるまで父さんが預かっていたのだ。
今は山の方にある実家の教会を継いで神仕えをしている。
ユキ姉ちゃんはどこかの教会の前に捨てられて赤ん坊の頃からここで育ったのだが、十くらいから来たナギ兄ちゃんとそのうち恋仲になってそのまま結婚した。
だから二人ともここの事もよくわかっているし、神仕えでもあるから任せて安心なのだ。
「そっか~。禄川原の源流にあるもんな、兄ちゃんとこの教会。」
「そう言えばお前、ミクロとマイクロに会った事はあったっけ??」
「ミクロとマイクロ??」
「カザミ達の息子たちだよ。そうか、会った事はなかったか。」
「ええっ?!兄ちゃん達、子供いるの?!二人も?!」
「可愛くてやんちゃな兄弟だよ。山を駆け回ってる様な子だからね。名前の割に体が大きいんだ、これが。」
「何それ。面白すぎる。」
子どもたちは会った事があるらしく、二人が来ると聞いてまた大騒ぎを始めた。
それをウィルが窘め、ちゃんとごちそうさまをさせている。
うん、俺の奥さんは良くできた奥さんだ。
美人だし、兄ちゃんに自慢してやろう。
まぁそんな事をしたら、兄ちゃんのユキ姉ちゃん惚気が始まるんだろうけど、俺だって惚気なら負けないからな。
とは言え、とりあえず義父さんの事だ。
「まだ俺達の引っ越しも終わってないから、殆ど何もないと思うけど大丈夫??」
「寝る場所さえあれば大丈夫だよ。」
「うん、ならぜひ来てよ。いい家なんだ。」
「それは楽しみだ。」
義父さんが穏やかに笑った。
いい時間になったのか、教会で朝食を取らないお手伝いさんや神保さん達がお勤めに出てきて、食卓に顔を出して挨拶をする。
子供たちは学校に行く食器洗い組を残し、雑巾がけなどの自分の当番をしに向かっていく。
午前中は学校のない子供は皆、自分の任された仕事をするのがここのルールだ。
仕事と言っても、まだ何もできない子達の面倒を見ていたり、お手伝いさん達の簡単な手伝いをしたり、年齢に合わせた事だがとても大事な事だ。
当然、ここにいる以上、俺達だってそれをする。
「サクとウィル君は、カザミ達用の布団を干したり部屋の掃除をしてもらってもいいかい?」
「うん、わかった。離れ??」
「いや、今回は留守を任せるから楓の部屋を頼むよ。」
「了解。ウィル、行こう。」
「はい。ごちそうさまでした、お義父さん。今度サークの好きな大根料理の作り方を教えて下さいね。」
「うん。もちろんだよ。ありがとう、ウィル君。」
ウィルが俺の好きな料理を覚えようとしてくれてて、ちょっと照れる。
それを聞いていたお手伝いさんや神保さんがにこにこと笑っていた。
「ウィル、支度できた??」
そう言って襖を開けると、俺は硬直してしまった。
だって本当に凄い綺麗だったのだ。
「え??変かな?サーク??」
「むしろ逆!!凄い綺麗でびっくりした!!」
夕方、俺達は着物に着替えていた。
ナギ兄ちゃんの祭祀の小さい祭りに行く為だ。
昼間に来たユキ姉ちゃんは、ウィルを一目見るなりキャーキャー騒いで、ナギ兄ちゃんが不機嫌になった。
お手伝いさんのおばさん達も、本当はキャーキャー言いたかったらしくて一緒になって盛り上がて、祭りに着物を着ていくと知ったら攫われてしまったのだ。
まぁ、ウィル、王子様タイプだもんな~。
でもその人は俺の嫁さんなので、本来はお触り禁止ですから。
そして攫われたウィルは姉ちゃんとお手伝いさん達の渾身の着付けにより、物凄い着物美人に仕上げられていた。
何でかはわからないが、俺が着せた時より綺麗になっている。
髪のセットの具合なのか、はたまた小物使いの差なのかよくわからないけど、とにかく凄く綺麗なのだ。
「どうしよう!!こんな美人!外に出せないよ!攫われちゃう!!」
「そこはサークがちゃんと守ってくれないと!!いやでも!本当に綺麗だわ!ウィル君!!」
悶えまくる俺に、姉ちゃんは自信満々に言った。
俺はガシっとユキ姉ちゃんの手を握った。
「姉ちゃん!おばさんたち!ありがとう!!ウィルをこんなに綺麗に着付けしてくれてありがとう!!」
「やだね、おばちゃんたちの力じゃないよ。ウィルちゃんの元が良いから綺麗になったんだよ。」
「王国の人なのにウィル君、なかなかの着物体型なのよね、不思議と。」
「そうそう。王国の人って肩幅とか筋肉の付き方が違って、あんまり着物が似合わないんだけど、ウィル君はいい体型なのよね~。」
「でしょう?白無垢、似合うと思わない??」
口々に皆がウィルを褒めてくれるので、俺は自慢げに言った。
恥ずかしくなったウィルが赤くなってバンっと俺の背中を叩いてくる。
それを聞いた皆の目がキラリと光った。
「白無垢着るの?!ウィルちゃん?!」
「ヤダ!!似合う!!」
「式はここでやるの?!」
「う、うん、そのつもり。」
俺の返事を聞いて、姉ちゃんとお手伝いさん達がさらに大盛り上がりし始める。
どうしよう?!予想打にしない展開だ。
ウィルはただただ真っ赤になって、恥ずかしそうに俺の影に隠れた。
「その時はおばちゃん達が渾身の白無垢姿にしてあげるからね!ウィル君!!」
「そうなると完全な女性用の白無垢より、手直しされたものの方が良いわね?!いくら着物が似合うって言っても、ウィルちゃん、男型だから。」
「ソメヨシさんに頼めば大丈夫よ!!あそこ、男性用の女性着物も扱ってるから!!」
「サーク!命令よ!!今日、ソメヨシさんとこによって来なさい!!ウィル君の寸法、測ってもらっておいて!!」
「いや姉ちゃん、俺達、今は仕事が落ち着いてなくて、まだ式の日取りは決まってないから……。」
「寸法は早めに測ったっていいでしょ?!次、いつ東の国に来れるかわかんないんだから!!」
ウィルの白無垢に萌え上がる女性陣に、俺ですらタジタジになる。
そこに最愛の妻にほっぽらかされて、義父さんに着付けを手伝ってもらった司祭姿のナギ兄ちゃんが不機嫌そうに顔を出した。
「何か騒がし……っ?!」
ムッとしていた兄ちゃんがウィルを見て目を見開いて固まった。
まぁ、固まるよな、美しすぎて。
だがこれは俺の嫁さんだから!!
そう思ってさっと背後にウィルを隠すと、無意識に見惚れていた兄ちゃんが視線を反らせて誤魔化すように咳払いをした。
「ナギ兄ちゃん、ウィルは俺の奥さんだからね。」
「知ってるって……。こりゃ、あの恋愛に鈍感なサークが撃ち抜かれる訳だ……。」
ちょっと赤くなりながら兄ちゃんが言った。
それを聞いたウィルが俺の顔を覗き込む。
「サークって、そんなに昔から恋愛に鈍感だったのか??」
ちょっとウィル、その言い方は酷くないか?!
確かに恋愛には疎いけどさ~。
しかしそれを聞いた兄ちゃんは、ウィルに熱く語りだした。
「凄いんだよ、ウィル君!サークの愚鈍さは伝説級だよ!!こいつ、大好き~って毎日ほっぺたにチュッチュされてても、その子が恋愛的な意味で自分を好きな事に気づかないんだぞ?!いくら十に満たない年頃って言ったって!ありえないだろう?!鈍感を通り越して、そう言う感覚がないのかと思ってたよ!!」
「そうよねぇ。手紙で義父さんに、今回、サークが奥さんを連れてくるって教えられてても、正直、信じてなかったわ、私。」
何か酷い言われようだ。
でも確かに学校で毎日、ほっぺたにチュッチュしてくる子がいて、朝食の時にふと、何であんなにチュッチュするんだろう、ほっぺが腫れるからやめて欲しいのにって言ったのは確かだよ……。
その場で全員に白い目で見られて、年下の子にまで「何でチュッチュしてくるかわかんないの?!毎日、大好きって言われてるのに?!」って言われたけどさ……。
「……さすがはサーク……。鈍感なのは筋金入りだったんだな……。」
「いやでも!ウィルの事までわかんなかった事はないじゃん!!」
「うん。そうだね。それにサークが鈍感なのは俺としては助かってるから、このまま鈍感でいてくれて良いからな?でももう少し、危機感は持って欲しいけど……。」
「危機感??」
「そ。サーク、鈍感で気づいてないだけで、結構、モテるんだからな??それっぽい誘いとか、狙われてる時は、ホイホイついて行かないでくれよ?!」
「いや、俺もそこまで間抜けじゃないから。むしろウィルが気をつけてよ!!ウィルは美人で格好良くて!モテモテなんだから!!こんなに綺麗だから、俺、不安で死にそうなんだからね?!」
そんな言い合いをする俺とウィルを皆が微笑ましそうに見ている。
そこに子どもたちを引き連れた義父さんと神保さんが顔を出した。
「支度は皆、済んだかい?おや、ウィル君、凄く綺麗だね。とても似合ってるよ。」
「ありがとうございます。お義父さんの着物の見立てが良かったのだと思います。」
「そんな事はないさ。サークも中々似合うね、その色。お前には洒落っ気が強いかなと思ったけど、着てしまうと思ったより落ち着いて見えるよ。」
そう言われ、ちょっと照れる。
俺は前にもらった芥子色の着物を着ていたのだ。
俺も着る前は派手だなと思ったのだが、着てみたら案外、落ち着いた雰囲気になってびっくりしたのだ。
そんな俺の手をウィルが握って、くっついてくる。
「凄く素敵だよ、サーク。」
「うん……ありがとう。ウィルも綺麗だよ。」
「あ~はいはい、いちゃいちゃは子供らの見てないところでな?!」
兄ちゃんがちょっと当てられて赤くなって言った。
その言葉に、どっと笑いが起きる。
それから俺達は、留守番の神保さんとお手伝いさんを残し、神事が行われる河原に向かって歩き出した。
女の子たちがウィルを囲んで、綺麗、綺麗と騒いでいる。
小さくてもやっぱり、王子には弱いのだなぁと思う。
皆、ジンベエなんかを着ていて、子供らもとても可愛らしい。
河原に近づくと、祭りの雰囲気が強くなってきた。
それとなくウィルの手を引いて、皆からちょっと離れて歩く。
「足、痛くない??」
「うん、大丈夫。俺は足袋型の靴下で雪駄だから。サークこそ、下駄で痛くないのか?」
「義父さんが履き型のついたのを貸してくれたからね、大丈夫だよ。痛くなったら言ってね?回復かけるから。」
「うん、ありがとう。サーク。」
夕暮れの川辺の道をゆっくり二人で歩く。
何もないけど、幸せな時間。
小さな祭祀だからこれと言って派手に出店が並んでいたりはしないが、商店街などが道に机を出して飲み物や焼き鳥なんかを売ってる。
「食べる?」
「いいよ、着物が汚れたら嫌だし。」
「大丈夫だよ、もしついても直ぐに綺麗にするから。」
「ん~、なら、あれが食べてみたい。出汁が凄くいい匂い。あれは何??」
「ああ、おでんだね。」
「おでん??」
「食べてみればわかるよ。多分、ウィル、好きだと思う。ウィルは味噌汁やお吸い物を美味しいって言うからね。」
そんな感じでウィルにおでんを買って、俺は焼き鳥を買った。
設けられていた休憩所にウィルを座らせて、配られているお茶と甘酒を取りに行く。
「あ、始まったみたいだ。」
開始の合図の太鼓がなっている。
休憩所から舞台は見えないが、雅楽器の演奏が響き始めた。
舞台に上がる前のナギ兄さんが河原にいるのがちょうど休憩所から見える。
それにユキ姉さんが寄り添って襟元を整えていた。
何気に二人もまだまだラブラブじゃないか。
そんな事を微笑ましく思う。
やがて兄さんは見えなくなって、祝詞が聞こえ始めた。
「これ、ナギさんが??」
「うん。祝詞って言うんだ。東の国の教会のお祈りの言葉だね。」
「……何か、谷の歌に似てる……。」
「歌??」
「うん。谷は神様と歌で繋がるから。」
神様と言うのはおそらく竜の事だろう。
言われてみれば、祝詞とリアナとラニが竜をも呼ぶのに歌っていた不思議な音の歌は、どことなく似ている気もする。
日もだいぶ傾き、辺りは少し暗くなって来た。
そこに淡い光が川に瞬き始める。
「……え??」
「川に灯籠を流すんだ。綺麗でしょ?」
「うん……。」
「どうしたの??ウィル??」
ウィルはとても驚いた顔をして、灯篭流しを見ている。
そんなに驚くような祭だったのかな??
「これ……これに似た祭りが……谷にある……。」
「え??」
「神様に歌って……灯籠を空に上げるんだ……。」
「え?!本当に?!」
「うん……。」
俺も驚いてウィルを見つめた。
考えてみれば、東の国は水神様の国、だから川に灯籠を流す。
竜の谷は風神様の国、だから空に灯籠を上げる。
物凄く似ているかもしれない。
「東の国と谷に似た祭りがあるなんて、何か凄くびっくりした……。」
「うん、俺も驚いてる。川に流すのは多分、水神様の国だからで、谷は風神様の国だから空に上げるんじゃないかと思う。」
「あ、なるほど、そういう事か……。だとしたら、起源が同じなのかな??」
「可能性はあるね。」
俺とウィルは顔を見合わせる。
意外な所で東の国と竜の谷の共通点のようなものが垣間見えた。
もしかしたら遠い昔、竜の谷と東の国は何らかの繋がりがあったのかもしれない。
そう考えるとちょっとドキドキして、俺は笑ってウィルの手を握った。
朝食を食べながらしみじみ言うと、皆がきょとんと俺を見た。
特に義父さんはちょっと困ったように苦笑した。
「あ、うん。ありがとう、サク。お前は本当に大根葉の油炒めが好きなんだね……。」
そう言われハッとする。
俺はもりもりと大根葉の油炒めでご飯を頬張った直後だったのだ。
向かいに座ってるウィルと子どもたちがぷっと吹き出す。
「え?!いや!違うよ?!大根葉が美味しいから義父さんの子で良かったって言ったんじゃないよ?!」
慌てて訂正するが、時すでに遅し。
この状況でどんなに言っても説得力がない。
あ~、もっと状況を見て言うべきだった……。
俺はがっくりと項垂れた。
俺がそう言ったのは、色々考えていてだった。
マダムの千里眼によれば、俺が東の国に来たのは計画的な事だったようなのだが、俺を預かってくれたのが義父さんである必要があったのかどうかまではわからない。
おそらく俺が普通に育つには、義父さんみたいに封を施す必要はあったのだと思う。
だから東の国の神仕えに渡らなければならなかったのは確かなのだろう。
でも東の国の神仕えは別に義父さん一人じゃない。
教会の数、神仕えはいる。
その中でも封とかできる人は多分半分ぐらいなんだろうけれど、それでも別に少ない訳じゃない。
その中で、俺は義父さんの子になった。
だからそれが他の誰かじゃなくて、義父さんで良かったなと思ったから言ったのだ。
「違うのに~。大根葉が美味しいから言ったんじゃないのに~。」
「なら!残りの大根葉!俺が食っていい?!」
「それはダメ。俺は義父さんの大根葉はしばらく食べれないからダメ。」
「ケチ~!兄ちゃんのケチ~っ!!」
俺の皿に取り分けていた大根葉を、横に座っていた子が欲しがる。
見れば大皿にあった大根葉の油炒めは空になっていた。
なんだ、俺だけじゃなくて皆、大根葉の油炒めが好きなんじゃないか。
横取りしようとする小さい弟分から小皿を死守しながら、そんな事を思った。
「それなんだけどね、サク。」
「うん??」
「ウィル君と話していてね、ちょっとお前たちの新居を見に行かせてもらおうかと思っているんだけど、どうかな??」
「え?!義父さんが王国に?!」
「一度来てもらえば、今後、いつでも好きな時に寄ってもらえるだろ?だからどうかと思って。」
ウィルがそう言って笑う。
いつの間にそんな話をしていたんだろう??
きょとんとした俺から、小皿が奪われて食べられてしまった。
「あ!俺の大根葉がっ!!」
「サーク!大人気ないぞ!!」
大根葉は食べられ、ウィルに叱られ、俺はショボンとする。
それを子どもたちがけらけら笑った。
義父さんも釣られて笑っていた。
「また作ってやるから、そんな顔をするんじゃないよ、サク。」
「うぅ、わかった……。」
「お兄ちゃん……どんだけ大根葉が好きなんだよ??」
大葉と塩もみした即席付けの大根の薄切りを食べながら、他の子が唖然としていた。
良いだろ?!
美味しいんだから!!
俺はちょっと大人気なく拗ねながら、大根の味噌汁を飲んだ。
「ここはどうするの??」
「ああ、ちょうどカザミ達が来るんでね。お願いしようと思うんだ。」
「え?!ナギ兄ちゃんとユキ姉ちゃん来るの?!会える?!」
「ああ、夕方の禄川原の祭祀を任されたみたいでね、今日の昼には来るよ。」
カザミ達と言うのはナギとユキ夫婦の事で、同じようにここで育った、俺にとっては兄と姉の様な存在だ。
ナギの家はここと同じく教会なのだが、兄ちゃんが幼い時にご両親が病で亡くなられ、兄ちゃんが継げる歳になるまで父さんが預かっていたのだ。
今は山の方にある実家の教会を継いで神仕えをしている。
ユキ姉ちゃんはどこかの教会の前に捨てられて赤ん坊の頃からここで育ったのだが、十くらいから来たナギ兄ちゃんとそのうち恋仲になってそのまま結婚した。
だから二人ともここの事もよくわかっているし、神仕えでもあるから任せて安心なのだ。
「そっか~。禄川原の源流にあるもんな、兄ちゃんとこの教会。」
「そう言えばお前、ミクロとマイクロに会った事はあったっけ??」
「ミクロとマイクロ??」
「カザミ達の息子たちだよ。そうか、会った事はなかったか。」
「ええっ?!兄ちゃん達、子供いるの?!二人も?!」
「可愛くてやんちゃな兄弟だよ。山を駆け回ってる様な子だからね。名前の割に体が大きいんだ、これが。」
「何それ。面白すぎる。」
子どもたちは会った事があるらしく、二人が来ると聞いてまた大騒ぎを始めた。
それをウィルが窘め、ちゃんとごちそうさまをさせている。
うん、俺の奥さんは良くできた奥さんだ。
美人だし、兄ちゃんに自慢してやろう。
まぁそんな事をしたら、兄ちゃんのユキ姉ちゃん惚気が始まるんだろうけど、俺だって惚気なら負けないからな。
とは言え、とりあえず義父さんの事だ。
「まだ俺達の引っ越しも終わってないから、殆ど何もないと思うけど大丈夫??」
「寝る場所さえあれば大丈夫だよ。」
「うん、ならぜひ来てよ。いい家なんだ。」
「それは楽しみだ。」
義父さんが穏やかに笑った。
いい時間になったのか、教会で朝食を取らないお手伝いさんや神保さん達がお勤めに出てきて、食卓に顔を出して挨拶をする。
子供たちは学校に行く食器洗い組を残し、雑巾がけなどの自分の当番をしに向かっていく。
午前中は学校のない子供は皆、自分の任された仕事をするのがここのルールだ。
仕事と言っても、まだ何もできない子達の面倒を見ていたり、お手伝いさん達の簡単な手伝いをしたり、年齢に合わせた事だがとても大事な事だ。
当然、ここにいる以上、俺達だってそれをする。
「サクとウィル君は、カザミ達用の布団を干したり部屋の掃除をしてもらってもいいかい?」
「うん、わかった。離れ??」
「いや、今回は留守を任せるから楓の部屋を頼むよ。」
「了解。ウィル、行こう。」
「はい。ごちそうさまでした、お義父さん。今度サークの好きな大根料理の作り方を教えて下さいね。」
「うん。もちろんだよ。ありがとう、ウィル君。」
ウィルが俺の好きな料理を覚えようとしてくれてて、ちょっと照れる。
それを聞いていたお手伝いさんや神保さんがにこにこと笑っていた。
「ウィル、支度できた??」
そう言って襖を開けると、俺は硬直してしまった。
だって本当に凄い綺麗だったのだ。
「え??変かな?サーク??」
「むしろ逆!!凄い綺麗でびっくりした!!」
夕方、俺達は着物に着替えていた。
ナギ兄ちゃんの祭祀の小さい祭りに行く為だ。
昼間に来たユキ姉ちゃんは、ウィルを一目見るなりキャーキャー騒いで、ナギ兄ちゃんが不機嫌になった。
お手伝いさんのおばさん達も、本当はキャーキャー言いたかったらしくて一緒になって盛り上がて、祭りに着物を着ていくと知ったら攫われてしまったのだ。
まぁ、ウィル、王子様タイプだもんな~。
でもその人は俺の嫁さんなので、本来はお触り禁止ですから。
そして攫われたウィルは姉ちゃんとお手伝いさん達の渾身の着付けにより、物凄い着物美人に仕上げられていた。
何でかはわからないが、俺が着せた時より綺麗になっている。
髪のセットの具合なのか、はたまた小物使いの差なのかよくわからないけど、とにかく凄く綺麗なのだ。
「どうしよう!!こんな美人!外に出せないよ!攫われちゃう!!」
「そこはサークがちゃんと守ってくれないと!!いやでも!本当に綺麗だわ!ウィル君!!」
悶えまくる俺に、姉ちゃんは自信満々に言った。
俺はガシっとユキ姉ちゃんの手を握った。
「姉ちゃん!おばさんたち!ありがとう!!ウィルをこんなに綺麗に着付けしてくれてありがとう!!」
「やだね、おばちゃんたちの力じゃないよ。ウィルちゃんの元が良いから綺麗になったんだよ。」
「王国の人なのにウィル君、なかなかの着物体型なのよね、不思議と。」
「そうそう。王国の人って肩幅とか筋肉の付き方が違って、あんまり着物が似合わないんだけど、ウィル君はいい体型なのよね~。」
「でしょう?白無垢、似合うと思わない??」
口々に皆がウィルを褒めてくれるので、俺は自慢げに言った。
恥ずかしくなったウィルが赤くなってバンっと俺の背中を叩いてくる。
それを聞いた皆の目がキラリと光った。
「白無垢着るの?!ウィルちゃん?!」
「ヤダ!!似合う!!」
「式はここでやるの?!」
「う、うん、そのつもり。」
俺の返事を聞いて、姉ちゃんとお手伝いさん達がさらに大盛り上がりし始める。
どうしよう?!予想打にしない展開だ。
ウィルはただただ真っ赤になって、恥ずかしそうに俺の影に隠れた。
「その時はおばちゃん達が渾身の白無垢姿にしてあげるからね!ウィル君!!」
「そうなると完全な女性用の白無垢より、手直しされたものの方が良いわね?!いくら着物が似合うって言っても、ウィルちゃん、男型だから。」
「ソメヨシさんに頼めば大丈夫よ!!あそこ、男性用の女性着物も扱ってるから!!」
「サーク!命令よ!!今日、ソメヨシさんとこによって来なさい!!ウィル君の寸法、測ってもらっておいて!!」
「いや姉ちゃん、俺達、今は仕事が落ち着いてなくて、まだ式の日取りは決まってないから……。」
「寸法は早めに測ったっていいでしょ?!次、いつ東の国に来れるかわかんないんだから!!」
ウィルの白無垢に萌え上がる女性陣に、俺ですらタジタジになる。
そこに最愛の妻にほっぽらかされて、義父さんに着付けを手伝ってもらった司祭姿のナギ兄ちゃんが不機嫌そうに顔を出した。
「何か騒がし……っ?!」
ムッとしていた兄ちゃんがウィルを見て目を見開いて固まった。
まぁ、固まるよな、美しすぎて。
だがこれは俺の嫁さんだから!!
そう思ってさっと背後にウィルを隠すと、無意識に見惚れていた兄ちゃんが視線を反らせて誤魔化すように咳払いをした。
「ナギ兄ちゃん、ウィルは俺の奥さんだからね。」
「知ってるって……。こりゃ、あの恋愛に鈍感なサークが撃ち抜かれる訳だ……。」
ちょっと赤くなりながら兄ちゃんが言った。
それを聞いたウィルが俺の顔を覗き込む。
「サークって、そんなに昔から恋愛に鈍感だったのか??」
ちょっとウィル、その言い方は酷くないか?!
確かに恋愛には疎いけどさ~。
しかしそれを聞いた兄ちゃんは、ウィルに熱く語りだした。
「凄いんだよ、ウィル君!サークの愚鈍さは伝説級だよ!!こいつ、大好き~って毎日ほっぺたにチュッチュされてても、その子が恋愛的な意味で自分を好きな事に気づかないんだぞ?!いくら十に満たない年頃って言ったって!ありえないだろう?!鈍感を通り越して、そう言う感覚がないのかと思ってたよ!!」
「そうよねぇ。手紙で義父さんに、今回、サークが奥さんを連れてくるって教えられてても、正直、信じてなかったわ、私。」
何か酷い言われようだ。
でも確かに学校で毎日、ほっぺたにチュッチュしてくる子がいて、朝食の時にふと、何であんなにチュッチュするんだろう、ほっぺが腫れるからやめて欲しいのにって言ったのは確かだよ……。
その場で全員に白い目で見られて、年下の子にまで「何でチュッチュしてくるかわかんないの?!毎日、大好きって言われてるのに?!」って言われたけどさ……。
「……さすがはサーク……。鈍感なのは筋金入りだったんだな……。」
「いやでも!ウィルの事までわかんなかった事はないじゃん!!」
「うん。そうだね。それにサークが鈍感なのは俺としては助かってるから、このまま鈍感でいてくれて良いからな?でももう少し、危機感は持って欲しいけど……。」
「危機感??」
「そ。サーク、鈍感で気づいてないだけで、結構、モテるんだからな??それっぽい誘いとか、狙われてる時は、ホイホイついて行かないでくれよ?!」
「いや、俺もそこまで間抜けじゃないから。むしろウィルが気をつけてよ!!ウィルは美人で格好良くて!モテモテなんだから!!こんなに綺麗だから、俺、不安で死にそうなんだからね?!」
そんな言い合いをする俺とウィルを皆が微笑ましそうに見ている。
そこに子どもたちを引き連れた義父さんと神保さんが顔を出した。
「支度は皆、済んだかい?おや、ウィル君、凄く綺麗だね。とても似合ってるよ。」
「ありがとうございます。お義父さんの着物の見立てが良かったのだと思います。」
「そんな事はないさ。サークも中々似合うね、その色。お前には洒落っ気が強いかなと思ったけど、着てしまうと思ったより落ち着いて見えるよ。」
そう言われ、ちょっと照れる。
俺は前にもらった芥子色の着物を着ていたのだ。
俺も着る前は派手だなと思ったのだが、着てみたら案外、落ち着いた雰囲気になってびっくりしたのだ。
そんな俺の手をウィルが握って、くっついてくる。
「凄く素敵だよ、サーク。」
「うん……ありがとう。ウィルも綺麗だよ。」
「あ~はいはい、いちゃいちゃは子供らの見てないところでな?!」
兄ちゃんがちょっと当てられて赤くなって言った。
その言葉に、どっと笑いが起きる。
それから俺達は、留守番の神保さんとお手伝いさんを残し、神事が行われる河原に向かって歩き出した。
女の子たちがウィルを囲んで、綺麗、綺麗と騒いでいる。
小さくてもやっぱり、王子には弱いのだなぁと思う。
皆、ジンベエなんかを着ていて、子供らもとても可愛らしい。
河原に近づくと、祭りの雰囲気が強くなってきた。
それとなくウィルの手を引いて、皆からちょっと離れて歩く。
「足、痛くない??」
「うん、大丈夫。俺は足袋型の靴下で雪駄だから。サークこそ、下駄で痛くないのか?」
「義父さんが履き型のついたのを貸してくれたからね、大丈夫だよ。痛くなったら言ってね?回復かけるから。」
「うん、ありがとう。サーク。」
夕暮れの川辺の道をゆっくり二人で歩く。
何もないけど、幸せな時間。
小さな祭祀だからこれと言って派手に出店が並んでいたりはしないが、商店街などが道に机を出して飲み物や焼き鳥なんかを売ってる。
「食べる?」
「いいよ、着物が汚れたら嫌だし。」
「大丈夫だよ、もしついても直ぐに綺麗にするから。」
「ん~、なら、あれが食べてみたい。出汁が凄くいい匂い。あれは何??」
「ああ、おでんだね。」
「おでん??」
「食べてみればわかるよ。多分、ウィル、好きだと思う。ウィルは味噌汁やお吸い物を美味しいって言うからね。」
そんな感じでウィルにおでんを買って、俺は焼き鳥を買った。
設けられていた休憩所にウィルを座らせて、配られているお茶と甘酒を取りに行く。
「あ、始まったみたいだ。」
開始の合図の太鼓がなっている。
休憩所から舞台は見えないが、雅楽器の演奏が響き始めた。
舞台に上がる前のナギ兄さんが河原にいるのがちょうど休憩所から見える。
それにユキ姉さんが寄り添って襟元を整えていた。
何気に二人もまだまだラブラブじゃないか。
そんな事を微笑ましく思う。
やがて兄さんは見えなくなって、祝詞が聞こえ始めた。
「これ、ナギさんが??」
「うん。祝詞って言うんだ。東の国の教会のお祈りの言葉だね。」
「……何か、谷の歌に似てる……。」
「歌??」
「うん。谷は神様と歌で繋がるから。」
神様と言うのはおそらく竜の事だろう。
言われてみれば、祝詞とリアナとラニが竜をも呼ぶのに歌っていた不思議な音の歌は、どことなく似ている気もする。
日もだいぶ傾き、辺りは少し暗くなって来た。
そこに淡い光が川に瞬き始める。
「……え??」
「川に灯籠を流すんだ。綺麗でしょ?」
「うん……。」
「どうしたの??ウィル??」
ウィルはとても驚いた顔をして、灯篭流しを見ている。
そんなに驚くような祭だったのかな??
「これ……これに似た祭りが……谷にある……。」
「え??」
「神様に歌って……灯籠を空に上げるんだ……。」
「え?!本当に?!」
「うん……。」
俺も驚いてウィルを見つめた。
考えてみれば、東の国は水神様の国、だから川に灯籠を流す。
竜の谷は風神様の国、だから空に灯籠を上げる。
物凄く似ているかもしれない。
「東の国と谷に似た祭りがあるなんて、何か凄くびっくりした……。」
「うん、俺も驚いてる。川に流すのは多分、水神様の国だからで、谷は風神様の国だから空に上げるんじゃないかと思う。」
「あ、なるほど、そういう事か……。だとしたら、起源が同じなのかな??」
「可能性はあるね。」
俺とウィルは顔を見合わせる。
意外な所で東の国と竜の谷の共通点のようなものが垣間見えた。
もしかしたら遠い昔、竜の谷と東の国は何らかの繋がりがあったのかもしれない。
そう考えるとちょっとドキドキして、俺は笑ってウィルの手を握った。
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