欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

宿命のバトン

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「ギル!」

俺が警備兵に馬を預けて早足で王宮を歩いていると、別の角から真っ黒な男が小走りに飛び出してきた。
すぐさまその背に声をかける。

「サークか?!」

「あぁ。お前、領地から帰ってたのか?!」

俺は走ってその横に並んだ。
お互い早足でライオネル殿下の自室に向かう。

ギルはまだ休暇中で、領地替えになった実家に帰ってその処理を家族としていたはずだ。
領地の入れ替えとなれば人の移動、引き継ぎに打ち合わせと書類の数も半端ではない。
いくら普段は父親と弟が領地管理をしているとはいえ、人手はいくらあっても足りないだろう。

それなのにここにいると言う事は、それだけの大事だと言う事だ。
だとしても以前より王宮都市に近くなったとはいえ、そこから向かってきたにしては早すぎる。

「昨日の内にじい……執事から内々で兆候が見られると連絡を受け、今朝こちらについた。実際倒れたのを知ったのはついさっきだ。医務局とマイクが家に知らせに来たんでな。」

どうやら今朝領地から帰って来て、あまり息をつく暇なくここに来たようだ。
慌てていたのか、いつもの軍服みたいな格好ではなく比較的ラフなワイシャツとジャケットなんかだった。
ただ、普段着らしいのに葬式みたいに全体的に真っ黒系なのは何なんだろう……。
こいつって、黒っぽい服しか持ってないのだろうか??

「俺は義父さんと買い物してたら、カーターが探しに来て知った。お前もそんな様子じゃ、倒れられてからそう時間はたってないな……。」

時間からしてギルが連絡を受けたのと俺がカーターと会ったのはほぼ同時ぐらいと思われる。
俺はともかく、ギルは幼少期からライオネル殿下についていて秘密も知っている男だ、すぐさま知らせが行っただろう。
現に隊員だけでなく医務局からも連絡が行っているようだし。
そこから考えても、殿下が倒れられてすぐ俺とギルには伝達が出たと考えていいだろう。

「……て言うか、兆候って何だよ??」

俺はギルの話で気になった事を聞いた。

殿下はこれまでも体調を崩される事は度々あった。
だが、3日間寝込んだって、倒れたと早馬が出るなんて事は一度もなかった。
しかも事前にギルがこちらに帰ってきていたと言うのはよほど特別な状況のはずだ。

何だか胸騒ぎがする。
俺の問いにギルは早足で歩きながら、チラリとこちらを見た。

「今回倒れられたのは、体調不良が大きな原因ではないと見ていいだろう……。」

「……アッチ絡みなのか?」

「おそらく。」

公には話せない内容に、俺は曖昧な言葉で返しながら顔を顰めるしかなかった。

アッチ絡み、つまりライオネル殿下の中に海神がいる事による影響だ。

もちろん、体調的な事も影響しているのは間違いない。
そこからの綻びで、ライオネル殿下の精神が海神の精神に影響を強く受けすぎたのだ。

俺は王様と飲んだ時に全てを聞いた。
酔っ払ってぐだぐだの王様が話したから全部が全部信じていいのかよくわからんが、問題となる場所は理解しているつもりだ。

少し前にギルの家で食事会をした時、皆にシルクとウィルの秘密を明かした時に王様から聞いた事も軽くしたので、ギルは俺がライオネル殿下の秘密を理解している事を知っている。
ただ、申し合わせた訳じゃないから、お互い同じ情報を同じように持っているかどうかはよくわからない。
いつもと変わらぬ無表情の中で複雑な色をした双眸が、深いため息とともに一度伏せられた。

「……件の兆候が見られたと聞いた。その後のこの連絡だ。覚悟を固めておけ、サーク。」

「……ああ。」

何でこんな時にと思わずにはいられなかった。
ウィルは今朝、ここを離れたというのに。

「あの話……、マジなのか??」

「ああ。」

俺は横のギルに視線を向けた。
ギルはいつもの何を考えているのかわからない顔で淡々と俺に答える。
ため息をつくしかなかった。

「……何もウィルがいない時にこんな事にならなくても……。」

「まだ状況はわからん。そうなのかそうでないのか……。それに兆候が現れて倒れたと言う話は聞いた事がない。前例のない事に専属医務官も慌てている。」

「え?そうなのか?!」

「ああ。だが、もしも兆候通りだったとして、お前が慌てる事は何もないだろう?たとえそうだとして、お前の心に影響は出ないだろうからな……。」

ちょっと皮肉っぽくそう言われ、俺は軽くギルを睨んだ。
まぁな、たとえそうであっても俺の気持ちは変わらない。
そしてそうしたくてもそうならない特殊な人間でもある。

「……ある意味、お前が選ばれたのは必然だったのかもしれんな……。」

「それ、返答に困るんだが??」

「体の事はともかく、お前の心変わりはありえないだろう。そういう意味だ。」

「そういう事にしといてやる。」

フンッと俺は不機嫌に鼻を鳴らした。
ギルの言い分はわかるが、俺だって好きでこうなってんじゃねぇんだよ、全く。

そんな話をしているうちに、ライオネル殿下の寝室の前についた。
警備当番の隊員と臨時責任者に祭り上げられた可哀想なイヴァンが立っている。

「隊長!サークさん!伝達が届いたんですね?!」

どうやらすぐさま俺達に伝達を走らせたのはイヴァンの判断だったようだ。
体裁上、朗らかにしようとしているが顔が強ばっている。

「……容態は?」

「今は鎮静魔法で眠られています。」

「そうか……。」

ギルは複雑な顔をした。

俺はイヴァンの返答が少し引っかかった。
俺達は殿下が倒れられたと聞いて駆けつけたのだ。
なのに鎮静魔法で眠っているというのはどういう事だろう?

俺がチラリと見やると、ギルも一瞬俺を見て微かに頷く。
どうやら考えは同じのようだ。

これは本格的に俺は覚悟を決めなければならないようだと思う。

重苦しく言葉を発しなくなった俺達にイヴァン達は困惑した顔をしていた。
そう言えばイヴァンは例の件を知らないはずだ。
ライオネル殿下に何かしらの秘密がある事は知っているが、王家の秘密の一つだとギルに言われて内容までは聞いていない。

だが、こいつは勘がいい男だ。
その中で何かいつもと違う事から、俺達を呼び寄せるべきだと判断したのだろう。
警備当番の奴らも何が起きたのかわからず複雑な顔をしている。

「中は誰が?」

「今は現執事長のパスカルさんと専属メイドが数人。それから医務官長とアレック君。後、少し前に見かけない方が入られました。おそらく医療系のビショップの方だと思います。」

「医療系のビショップ……ファーガス・メディク・アイビス子爵か……。」

またも出てきた知らない名前。
俺、人の名前覚えんの苦手なんだよなぁ。
ギルはよくつらつら出てくるよ。

とは言え、医療系のビショップとなれば多少の知識はある。

「それって、無涙のヴァーダーの事か??」

「……そうだ。」

ビショップ、つまり大魔法師には各国政府が認めた者とギルドが認めた国籍の関係ない4人がいる。
ボーンさん以外の三人は各国からも大魔法師の称号が出ているビショップで、医療魔法の頂点に立つビショップと言えば、ギルド的に言えば無涙のヴァーダーなのだ。
ヴァーダーは水を表す言葉なのに無涙ってついてるのが凄く変だと思って覚えていた。

「隊長……殿下は大丈夫なのですか?」

今日の警備担当の1人、アイクが不安そうに聞いてきた。
それにギルは普段通りの無表情で答える。

「大丈夫だ。幼い頃よりお持ちの持病が出たにすぎん。ここの所大きな発作は治まっていたんで皆、気を抜いていた。その為、騒ぎが大きくなったに過ぎん。だが王族である殿下に持病がある事は、あまり表立って話していいことではない。わかるな?」

ギルの無言の圧力とさもありそうな話にイヴァン以外は納得したのか、表情は強ばりながらも無言で頷いた。

チラリと見やったイヴァンは、ただ、爽やかな笑みを浮かべている。
う~ん、これはちょっと怒ってるな、こいつ。

やっつけとはいえ、臨時警備担当責任者になんかされてるんだ、こいつには話した方がいいだろうなぁ。
ただ、今、ここでって訳には行かないけど。

「そうだ、イヴァン。この前の宮廷魔術師の人の件で話があるから、状況が落ち着いたらちょっといいか??」

俺はそう、話を振った。
イヴァンは一瞬、今その話?と言う顔をしたが、俺の顔を見て察しがついたようだ。
今度は機嫌が良さそうに爽やかに笑った。

「それは嬉しいですね。早く聞きたいです。」

「お前な、いい話とは限らねぇだろ。」

ギルも何となくわかったらしく、素知らぬフリをしている。
アイク達は顔を見合わせて不思議そうにしているが、妙に機嫌が良さそうな筋肉男が何となく怖くてツッコめずにいるようだった。
まぁ下手に聞いて「よくぞ聞いてくれた!」ってヘッドロックかけられたら嫌だもんな、わかる。

「ギルバートですか?」

そんな話をしていると、ドアが少し開いて執事のパスカルさんが声をかけてきた。
それに俺達は姿勢を正す。
ギルだけが何の躊躇もなく歩み寄った。

「知らせは聞きました。アズマ・サークもここに居ます。」

チラリと視線を向けられ、軽く会釈する。
パスカルさんは険しい表情のまま頷いた。

「お二人はひとまず中にお入りください。」

「わかりました。……サーク。」

「ああ。わかってる……。」

俺は大きく深呼吸をした。
いつか向かい合わなければならないと言われたそれが、おそらく目の前にある。

俺は……大丈夫。
むしろ別の意味でライオネル殿下を傷つけないか気がかりだ。
気が重いが避けては通れない道なのだから。

本当、ギルはよくこれをやる覚悟を決めてたよ。
ただの憧れ、恋に恋をするような、本当の意味でライオネル殿下を愛していたんじゃなかったとお前は言ったが、これをする覚悟があったならお前の恋は本物だったと俺は思うよ。
それがたとえ恋に恋をしたものだったとしても、お前は本気だったよ。
俺はそう思う。

だが何の因果か、その役は俺に回ってきた。

それが吉と出るのか凶と出るのか俺にはわからない。
俺にわかるのは、ただ、やるしかないって事だけだ。
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