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第九章「海神編」
嵐の前夜
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俺とギルは冷厳な空気の漂う部屋に通された。
ライオネル殿下が眠っているせいか、部屋は控えめな明かりで照らされているのみだった。
なのだけれども……。
「触んなっ!!糞オヤジ!!あっちに行けよっ!!」
「耳を触った事は謝ろう。本物だとは思わなくてな。それはそうと、エアーデは今どこにいるのだ?!」
「教えるか!!ボケェっ!!」
俺とギル、固まる。
メチャクチャ深刻な状況なのかと思ったら、中では何故か、白衣の学者みたいな背の高い男とアレックが言い争っている。
アレックは完全に毛を逆立てていて、シャーシャー言ってる。
眼付きも獣化していて爪も伸び、メチャクチャ不機嫌な猫そのものだ。
尻尾なんて、いつもの倍以上に膨れ上がっている。
ほ~ん??
アレックは魔法師とは言え、やはり生物的には獣人なんだなぁ。
そして獣人ってやっぱり、戦闘モードに入ると獣化するんだなぁとちょっと上の空に考えていた。
「………これは??」
ギルは相変わらずの無表情でパスカルさんに訪ねた。
パスカルさんも半ば頭を抱えて、苦しげに答える。
「状況が状況だけに、アイビス子爵に見て頂こうとお呼びしたのは良かったのだが……その……ボーン・マディソンと旧知の仲だった様で……アレクセイ・マディソンがその養子であり愛弟子で、先の裁判で美しい忘却魔法を使った事もあって、来るなりあの調子で……。」
獣化するほどアレックに拒絶されているにも関わらず、アイビス子爵はそれを意図も返さず目を爛々と輝かせ詰め寄っている。
口調や態度は物静かで威厳を持っているが、とにかく圧が怖い……。
よくわからないが、ボーンさんに対する熱意が凄いみたいだ。
何だろう……。
グレイさんといい、ボーンさんて変人に好かれやすいのかなぁ……。
俺は初めて会った無涙のヴァーダーこと、アイビス子爵をげんなりと見つめた。
感覚でわかる。
この人、変人だ。
学者肌の人の多くは変人気質だが、この人は絵に描いたようにそれに当てはまる。
そして学者肌の変人の多くがそうであるように、自分が変人である事に無自覚だ。
グレイさんは変人だが、自覚のある変人だ。
だから世間的には上手く自分を偽っていて、パッと見、変人だとは気づけない。
向こうがそれを見せても良いと思わない限り、変人の片理を見る事すらないだろう。
しかし、学者肌タイプの変人は違う。
自分を変人だとは思っていない。
自分はまともだと、むしろ自分は人より優れていると思っている。
だから変人である事に無自覚だし、それを隠そうともしない。
優れた天才だから、凡人達とは話が合わないのだとさえ思っている。
ある意味それは正しいのだが、そうでない部分もある。
人とは違う領域にいるから、他の人が思いもつかないような発想をいとも容易く生み出すのだが、正直、それが専門分野以外で発揮されるのは端から見ていてただの変人でしかない。
カオスだ……。
俺は部屋の隅でその様子を見守りそう思った。
この場は皆、ライオネル殿下の為に集まっている筈なのに、アイビス子爵の変態ワールドに飲み込まれ、全員どうしていいのかわからなくなっている状態だった。
ふと、獣化して見開いたアレックの猫目が俺を見た。
次の瞬間、本当に猫のように俊敏にシュッとアレックが動いて俺の所に来た。
散々シルクを猫みたいだと思っていたが、実際の猫はその上を行っている。
「お前ぇ~っ!!いるなら助けろよっ!!」
そう言われ、何故か俺までシャーッと威嚇された。
そんな事、言われてもなぁ??
仕方ないのでぽんぽんと頭を撫でる。
「撫でるなっ!!」
「あいたっ!!」
撫でた手がパシリと弾かれ、その拍子に爪で引っ切れる。
しかしアレックは謝るどころか、するりと俺の後ろに回り込みシャーシャー言い始めた。
前を向くと、アイビス子爵が気持ち悪いくらい真面目な顔でずんずんとこちらに歩いてきていた。
「……何だ、貴様は??」
威圧的に見下されながらそう聞かれた。
アレックが俺を頼ったのが気に食わないんだろうけど、初対面でそれはないだろう……。
正直この人に関わりたくないなぁと思ったが、俺は仕方なく口を開いた。
「初めまして、無涙のヴァーダーこと、アイビス子爵。」
「フンッ。ヴァーダーを口にするという事は、ギルドの息がかかった奴だな?!」
「申し遅れました。私はアズマ・サーク。フライハイトのギルドに所属する者です。」
「マダムの……は?!アズマ・サーク?!貴様がアズマ・サークか?!破壊すると言う常識を逸脱した呪い解除を行う異端者とは?!」
「ええと……異端者と言われるのは心外ですし、何も好きで行っている訳ではないのですが……呪いを壊して解き放ったのは私です、アイビス子爵。」
「貴様が……口止めの魔法のせいで魔力の減ったエアーデが……解除しきれなかった呪いを託した男と言うのは……。」
アイビス子爵は不機嫌そうに顔を顰めながら、俺を上から下まで値踏みするように見てきた。
ノルもそうなんだけど学者肌の人は駆け引きが下手というか裏表がなくて、思ったままを行動で示す人が多い。
だがここまであからさまに敵意を持って値踏みされると、正直こちらもイラッとする。
俺の後ろに張り付いたアレックもフーッフーッってお怒りモードなのもちょっと伝染してたんだと思う。
何か言い返してやろうかと口を開きかけたその時、黒い影が俺の前にそびえ立った。
「……うちの有能な副隊長代理を値踏みするような真似は控えて頂きたい。アイビス子爵。」
いつもの無表情と言いたいが、この時ばかりはあからさまに憤慨した顔つきでそいつはそう言った。
庇われるように前に立たれ、俺は拍子抜けしてしまう。
毛を逆立てていたアレックも、突然しゃしゃり出てきた大きなまっくろくろすけに毒気を抜かれた様で呼吸が落ち着いてきた。
「……それは失礼。次期グラント侯爵。」
しかしアイビス子爵はフンッと鼻を鳴らすと、興醒めだと言いたげにギルを睨んだ。
爵位的には侯爵の方が上だが、立場的にはアイビス子爵の方が強いらしい。
まだ当主でないギルに対し、アイビス子爵は微妙な礼を尽くすに留める。
ニュアンス的に軽く嫌味が入っていたが、ギルは全くそれを気に留めなかった。
「私は生涯をライオネル殿下に捧げた身。故に私が次期当主になるかは決まっておりません。アイビス子爵。」
俺の後ろで、アレックが「お~っ!」と小さく声を上げた。
自分を困らせた男が、若造に簡単にあしらわれたのが小気味よかったようだ。
本当、アレックはちょっと小生意気な性格してるよなぁ。
あのサーニャさんの弟だとは思えない。
「だから何だ?私にそれが何の関係がある?」
だがアイビス子爵も、ギルの歯牙にもかけない態度を嫌味としてすら受け取らなかった。
素でそれが何だと返す。
う~ん、やっぱり変人だ。
本人は理解していないが、見ている周りの方があわあわしている。
「おや?これはどういう状況なんだ??」
そこにふとまた別の声が混ざった。
聞き覚えのある声に、俺は嬉々として振り返った。
「ブラハムさん!!」
この意味のわからない緊張が走っている殿下の寝室のドアが開き、中に入ってきたのはブラハムさんだった。
ブラハムさんは医療魔術の現在の第一人者でもあるので、時よりランスロット第二王子の治療でこちらに来ているのだ。
そこでライオネル殿下にが倒れたと聞いて、様子を見に来られたのだろう。
俺は嬉しくなってハグをした。
「サーク、元気だったかの?」
「はい。ブラハムさんもお変わりなく。シャンデリアありがとうございました!皆さん元気ですか?!」
「気に入ってくれて良かった。皆、元気にしとるよ。たまには魔術本部にも顔を出しておくれ。」
「はい、落ち着いたらお伺いします……と、言いたい所なのですが、殿下が倒れられまして……。」
「そうじゃった、そうじゃった。それで容態は?」
「俺も来たばかりで、まだ何も……。」
ブラハムさんとの会話で上手い事、場の流れを殿下の容態の方に持っていく事が出来た。
アイビス子爵に話を振ると面倒になるので、殿下の枕元に立っている医務官長に視線を向けた。
医務官長はちょっとビクッとしながらも、やっと話が殿下の容態に戻ったので安心したように話し始めた。
「今はお休みになられていますが、精神的疲弊がとても激しいです。アレックく……アレクセイ魔法師が強い精神回復をかけたので、今は落ち着いていますが……。」
「変なんだよ。あれだけの精神回復をかけたら普通はケロッと目を覚ますもんなんだ。魔王級の夢魔に囚われた奴だって、こんだけ回復させれば目ぐらい覚ますぞ?!なのに目を覚まさないどころかどんどん精神力が削られてってる。でも呪いがかかってたりする訳でもないんだ。ただ……確証はないけど、本人以外の何かがある。しかも相当大きなものだ。……何なんだよ??この人??」
医務官長の言葉に続けてアレックが言った。
アレックはどうやらライオネル殿下の中に海神がいる事は知らないようだ。
第二王子の治療の為にボーンさんがアレックを残していったのだから、当然と言えば当然なのだが。
何なんだと言う言葉に、俺は困ってギルを見た。
ギルが医務官長とパスカルさんを見る。
二人はどちらも、困ったように首を振るだけだ。
どうやらこの場の決定権が誰にあるのかわからない状態のようだ。
そうなれば迂闊にライオネル殿下の秘密を話す訳にもいかない。
けれどそこを話さなければ、現状治療にならないのは明白だ。
「……国王陛下はライオネル殿下が倒れられた事はご存知なのですか??」
俺は仕方なく口を開いた。
ここでうだうだしていたって仕方がないからだ。
「知らせは行っていると思います。」
「そうですか……では、大変、申し訳ありませんが、パスカル執事長。今回の治療には陛下の決断が必要と思われます。治療は恐らくここにいる面子で行われると思うので、陛下の判断を仰いできて頂けますか??」
「そうですね。すぐ向かいましょう。」
パスカルさんはそう言って部屋を出て行った。
ギルと視線が合い、頷く。
「では、治療に関わる方でまだ殿下の様子を確認されていない方は確認して下さい。先入観を持たずにそれぞれが直感で受けた症状は、後々大きな意味を持つ事があります。なので意見交換は国王陛下の判断を聞いてから行いましょう。」
俺の言葉にアイビス子爵はフンッと鼻を鳴らしながらも殿下に近づき、状態を観察し始めた。
脈や結膜の色、呼吸音や匂いを確認している。
なるほど、アイビス子爵は魔法師とは言え医者なのだと思った。
それから魔法のかけられたら片眼鏡をつけ、観察を行う。
最後に何か口の中で唱えると、ぱっと一瞬、殿下の周りが輝いた。
「……これは……どういう事なのだ??」
そしてうむとばかりに考え込み、黙ってしまった。
アレックは異変が起きてすぐにライオネル殿下についていたらしく、特に様子を見ようとはしない。
変人にしつこく構われなくなったので、腕を組んで壁に寄りかかって暇そうにしている。
「サークも見るかい??」
ブラハムさんがそう声をかけてきた。
医療魔術の知識はそんなにはないが、殿下の状況は気になる。
俺は頷いて一緒に殿下の枕元に立った。
「ライオネル殿下……。」
顔色は少し白かった。
脈を測りながら体温を確認したが少し低い。
脈もゆっくりだが、眠っている事を考えればそこまで異常な事でもない。
他にできる事はなくて、俺は最後に魔力探査をした。
「……っ!!」
その瞬間、バチンッと音を立てて俺の魔力探査が弾かれた。
魔力のない周りの人が、その音にビクッとする。
「……大丈夫かい?サーク?」
「ええ……大丈夫です……。」
やはりと言うか、俺の探査は海神に弾かれてしまった。
どうやら海神はあまり御機嫌がよろしくないように感じた。
俺の肩をぽんぽんとブラハムさんが労うように叩く。
場所を変わると、ブラハムさんは杖を使ってゆっくりライオネル殿下の全身を調べた。
最後に常時回復の魔術をかけその場を離れる。
とても難しい顔をしていた。
「ブラハム……。」
「あぁ、久しいな。ファーガス……。」
そんなブラハムさんに、アイビス子爵が近づいて声をかけた。
どうやら知り合いだったみたいだ。
ちょっと意外で俺は目を丸くした。
「……師匠は今、どこに?」
「わしも先生の居場所はわからんよ。いてくれたら心強いんだがな……。」
難しい顔をした二人がひっそりと誰かの事を話していた。
師匠、先生、と二人が呼ぶのは誰の事なんだろう??
俺は聞こえてしまった呟きの事を、少しだけ考えていたのだった。
ライオネル殿下が眠っているせいか、部屋は控えめな明かりで照らされているのみだった。
なのだけれども……。
「触んなっ!!糞オヤジ!!あっちに行けよっ!!」
「耳を触った事は謝ろう。本物だとは思わなくてな。それはそうと、エアーデは今どこにいるのだ?!」
「教えるか!!ボケェっ!!」
俺とギル、固まる。
メチャクチャ深刻な状況なのかと思ったら、中では何故か、白衣の学者みたいな背の高い男とアレックが言い争っている。
アレックは完全に毛を逆立てていて、シャーシャー言ってる。
眼付きも獣化していて爪も伸び、メチャクチャ不機嫌な猫そのものだ。
尻尾なんて、いつもの倍以上に膨れ上がっている。
ほ~ん??
アレックは魔法師とは言え、やはり生物的には獣人なんだなぁ。
そして獣人ってやっぱり、戦闘モードに入ると獣化するんだなぁとちょっと上の空に考えていた。
「………これは??」
ギルは相変わらずの無表情でパスカルさんに訪ねた。
パスカルさんも半ば頭を抱えて、苦しげに答える。
「状況が状況だけに、アイビス子爵に見て頂こうとお呼びしたのは良かったのだが……その……ボーン・マディソンと旧知の仲だった様で……アレクセイ・マディソンがその養子であり愛弟子で、先の裁判で美しい忘却魔法を使った事もあって、来るなりあの調子で……。」
獣化するほどアレックに拒絶されているにも関わらず、アイビス子爵はそれを意図も返さず目を爛々と輝かせ詰め寄っている。
口調や態度は物静かで威厳を持っているが、とにかく圧が怖い……。
よくわからないが、ボーンさんに対する熱意が凄いみたいだ。
何だろう……。
グレイさんといい、ボーンさんて変人に好かれやすいのかなぁ……。
俺は初めて会った無涙のヴァーダーこと、アイビス子爵をげんなりと見つめた。
感覚でわかる。
この人、変人だ。
学者肌の人の多くは変人気質だが、この人は絵に描いたようにそれに当てはまる。
そして学者肌の変人の多くがそうであるように、自分が変人である事に無自覚だ。
グレイさんは変人だが、自覚のある変人だ。
だから世間的には上手く自分を偽っていて、パッと見、変人だとは気づけない。
向こうがそれを見せても良いと思わない限り、変人の片理を見る事すらないだろう。
しかし、学者肌タイプの変人は違う。
自分を変人だとは思っていない。
自分はまともだと、むしろ自分は人より優れていると思っている。
だから変人である事に無自覚だし、それを隠そうともしない。
優れた天才だから、凡人達とは話が合わないのだとさえ思っている。
ある意味それは正しいのだが、そうでない部分もある。
人とは違う領域にいるから、他の人が思いもつかないような発想をいとも容易く生み出すのだが、正直、それが専門分野以外で発揮されるのは端から見ていてただの変人でしかない。
カオスだ……。
俺は部屋の隅でその様子を見守りそう思った。
この場は皆、ライオネル殿下の為に集まっている筈なのに、アイビス子爵の変態ワールドに飲み込まれ、全員どうしていいのかわからなくなっている状態だった。
ふと、獣化して見開いたアレックの猫目が俺を見た。
次の瞬間、本当に猫のように俊敏にシュッとアレックが動いて俺の所に来た。
散々シルクを猫みたいだと思っていたが、実際の猫はその上を行っている。
「お前ぇ~っ!!いるなら助けろよっ!!」
そう言われ、何故か俺までシャーッと威嚇された。
そんな事、言われてもなぁ??
仕方ないのでぽんぽんと頭を撫でる。
「撫でるなっ!!」
「あいたっ!!」
撫でた手がパシリと弾かれ、その拍子に爪で引っ切れる。
しかしアレックは謝るどころか、するりと俺の後ろに回り込みシャーシャー言い始めた。
前を向くと、アイビス子爵が気持ち悪いくらい真面目な顔でずんずんとこちらに歩いてきていた。
「……何だ、貴様は??」
威圧的に見下されながらそう聞かれた。
アレックが俺を頼ったのが気に食わないんだろうけど、初対面でそれはないだろう……。
正直この人に関わりたくないなぁと思ったが、俺は仕方なく口を開いた。
「初めまして、無涙のヴァーダーこと、アイビス子爵。」
「フンッ。ヴァーダーを口にするという事は、ギルドの息がかかった奴だな?!」
「申し遅れました。私はアズマ・サーク。フライハイトのギルドに所属する者です。」
「マダムの……は?!アズマ・サーク?!貴様がアズマ・サークか?!破壊すると言う常識を逸脱した呪い解除を行う異端者とは?!」
「ええと……異端者と言われるのは心外ですし、何も好きで行っている訳ではないのですが……呪いを壊して解き放ったのは私です、アイビス子爵。」
「貴様が……口止めの魔法のせいで魔力の減ったエアーデが……解除しきれなかった呪いを託した男と言うのは……。」
アイビス子爵は不機嫌そうに顔を顰めながら、俺を上から下まで値踏みするように見てきた。
ノルもそうなんだけど学者肌の人は駆け引きが下手というか裏表がなくて、思ったままを行動で示す人が多い。
だがここまであからさまに敵意を持って値踏みされると、正直こちらもイラッとする。
俺の後ろに張り付いたアレックもフーッフーッってお怒りモードなのもちょっと伝染してたんだと思う。
何か言い返してやろうかと口を開きかけたその時、黒い影が俺の前にそびえ立った。
「……うちの有能な副隊長代理を値踏みするような真似は控えて頂きたい。アイビス子爵。」
いつもの無表情と言いたいが、この時ばかりはあからさまに憤慨した顔つきでそいつはそう言った。
庇われるように前に立たれ、俺は拍子抜けしてしまう。
毛を逆立てていたアレックも、突然しゃしゃり出てきた大きなまっくろくろすけに毒気を抜かれた様で呼吸が落ち着いてきた。
「……それは失礼。次期グラント侯爵。」
しかしアイビス子爵はフンッと鼻を鳴らすと、興醒めだと言いたげにギルを睨んだ。
爵位的には侯爵の方が上だが、立場的にはアイビス子爵の方が強いらしい。
まだ当主でないギルに対し、アイビス子爵は微妙な礼を尽くすに留める。
ニュアンス的に軽く嫌味が入っていたが、ギルは全くそれを気に留めなかった。
「私は生涯をライオネル殿下に捧げた身。故に私が次期当主になるかは決まっておりません。アイビス子爵。」
俺の後ろで、アレックが「お~っ!」と小さく声を上げた。
自分を困らせた男が、若造に簡単にあしらわれたのが小気味よかったようだ。
本当、アレックはちょっと小生意気な性格してるよなぁ。
あのサーニャさんの弟だとは思えない。
「だから何だ?私にそれが何の関係がある?」
だがアイビス子爵も、ギルの歯牙にもかけない態度を嫌味としてすら受け取らなかった。
素でそれが何だと返す。
う~ん、やっぱり変人だ。
本人は理解していないが、見ている周りの方があわあわしている。
「おや?これはどういう状況なんだ??」
そこにふとまた別の声が混ざった。
聞き覚えのある声に、俺は嬉々として振り返った。
「ブラハムさん!!」
この意味のわからない緊張が走っている殿下の寝室のドアが開き、中に入ってきたのはブラハムさんだった。
ブラハムさんは医療魔術の現在の第一人者でもあるので、時よりランスロット第二王子の治療でこちらに来ているのだ。
そこでライオネル殿下にが倒れたと聞いて、様子を見に来られたのだろう。
俺は嬉しくなってハグをした。
「サーク、元気だったかの?」
「はい。ブラハムさんもお変わりなく。シャンデリアありがとうございました!皆さん元気ですか?!」
「気に入ってくれて良かった。皆、元気にしとるよ。たまには魔術本部にも顔を出しておくれ。」
「はい、落ち着いたらお伺いします……と、言いたい所なのですが、殿下が倒れられまして……。」
「そうじゃった、そうじゃった。それで容態は?」
「俺も来たばかりで、まだ何も……。」
ブラハムさんとの会話で上手い事、場の流れを殿下の容態の方に持っていく事が出来た。
アイビス子爵に話を振ると面倒になるので、殿下の枕元に立っている医務官長に視線を向けた。
医務官長はちょっとビクッとしながらも、やっと話が殿下の容態に戻ったので安心したように話し始めた。
「今はお休みになられていますが、精神的疲弊がとても激しいです。アレックく……アレクセイ魔法師が強い精神回復をかけたので、今は落ち着いていますが……。」
「変なんだよ。あれだけの精神回復をかけたら普通はケロッと目を覚ますもんなんだ。魔王級の夢魔に囚われた奴だって、こんだけ回復させれば目ぐらい覚ますぞ?!なのに目を覚まさないどころかどんどん精神力が削られてってる。でも呪いがかかってたりする訳でもないんだ。ただ……確証はないけど、本人以外の何かがある。しかも相当大きなものだ。……何なんだよ??この人??」
医務官長の言葉に続けてアレックが言った。
アレックはどうやらライオネル殿下の中に海神がいる事は知らないようだ。
第二王子の治療の為にボーンさんがアレックを残していったのだから、当然と言えば当然なのだが。
何なんだと言う言葉に、俺は困ってギルを見た。
ギルが医務官長とパスカルさんを見る。
二人はどちらも、困ったように首を振るだけだ。
どうやらこの場の決定権が誰にあるのかわからない状態のようだ。
そうなれば迂闊にライオネル殿下の秘密を話す訳にもいかない。
けれどそこを話さなければ、現状治療にならないのは明白だ。
「……国王陛下はライオネル殿下が倒れられた事はご存知なのですか??」
俺は仕方なく口を開いた。
ここでうだうだしていたって仕方がないからだ。
「知らせは行っていると思います。」
「そうですか……では、大変、申し訳ありませんが、パスカル執事長。今回の治療には陛下の決断が必要と思われます。治療は恐らくここにいる面子で行われると思うので、陛下の判断を仰いできて頂けますか??」
「そうですね。すぐ向かいましょう。」
パスカルさんはそう言って部屋を出て行った。
ギルと視線が合い、頷く。
「では、治療に関わる方でまだ殿下の様子を確認されていない方は確認して下さい。先入観を持たずにそれぞれが直感で受けた症状は、後々大きな意味を持つ事があります。なので意見交換は国王陛下の判断を聞いてから行いましょう。」
俺の言葉にアイビス子爵はフンッと鼻を鳴らしながらも殿下に近づき、状態を観察し始めた。
脈や結膜の色、呼吸音や匂いを確認している。
なるほど、アイビス子爵は魔法師とは言え医者なのだと思った。
それから魔法のかけられたら片眼鏡をつけ、観察を行う。
最後に何か口の中で唱えると、ぱっと一瞬、殿下の周りが輝いた。
「……これは……どういう事なのだ??」
そしてうむとばかりに考え込み、黙ってしまった。
アレックは異変が起きてすぐにライオネル殿下についていたらしく、特に様子を見ようとはしない。
変人にしつこく構われなくなったので、腕を組んで壁に寄りかかって暇そうにしている。
「サークも見るかい??」
ブラハムさんがそう声をかけてきた。
医療魔術の知識はそんなにはないが、殿下の状況は気になる。
俺は頷いて一緒に殿下の枕元に立った。
「ライオネル殿下……。」
顔色は少し白かった。
脈を測りながら体温を確認したが少し低い。
脈もゆっくりだが、眠っている事を考えればそこまで異常な事でもない。
他にできる事はなくて、俺は最後に魔力探査をした。
「……っ!!」
その瞬間、バチンッと音を立てて俺の魔力探査が弾かれた。
魔力のない周りの人が、その音にビクッとする。
「……大丈夫かい?サーク?」
「ええ……大丈夫です……。」
やはりと言うか、俺の探査は海神に弾かれてしまった。
どうやら海神はあまり御機嫌がよろしくないように感じた。
俺の肩をぽんぽんとブラハムさんが労うように叩く。
場所を変わると、ブラハムさんは杖を使ってゆっくりライオネル殿下の全身を調べた。
最後に常時回復の魔術をかけその場を離れる。
とても難しい顔をしていた。
「ブラハム……。」
「あぁ、久しいな。ファーガス……。」
そんなブラハムさんに、アイビス子爵が近づいて声をかけた。
どうやら知り合いだったみたいだ。
ちょっと意外で俺は目を丸くした。
「……師匠は今、どこに?」
「わしも先生の居場所はわからんよ。いてくれたら心強いんだがな……。」
難しい顔をした二人がひっそりと誰かの事を話していた。
師匠、先生、と二人が呼ぶのは誰の事なんだろう??
俺は聞こえてしまった呟きの事を、少しだけ考えていたのだった。
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