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第九章「海神編」
世界で一番、安全な場所
しおりを挟むな~~~っ!!
俺は心の中で叫び続けた。
何?!何アイツ?!
俺に騎士の誓いなんか立ててたの?!
そりゃ皆が、俺らが一緒にいると変な生暖かい目で見てくるよね?!
アイツまで独占すんなって睨まれるよね?!
「何か変だと思ったんだよ~!!目覚めたらウィルとシルクだけじゃなくて、アイツもいたから~!!しかもウィルはともかく、俺に対して嫉妬深くて独占欲の強いシルクが受け入れてるから!何か凄く違和感あったんだよ~っ!!なんで気づかなかったんだ~!!俺~っ!!」
考えてみれば、変だなと思うところは多々あった。
シルクとウィルと妙に仲が良くなっていたのもちょっと気になってはいた。
「でもだからって!知らんうちに騎士の誓いを立てられてるなんて誰が思うんだよぉ~っ!!」
そりゃ誰もガスパーが俺専属みたいな行動してても、何も言わないよな?!
どこの部署も引き抜こうとしないよな?!
そんな無粋な事したら、気品が疑われるから!!
「嘘だろ~!!待ってぇ~?!」
王宮から別宮に向かいながら俺は一人、悶絶していた。
何?!何だって言うんだ?!
こんなに考えなければいけない事がたくさんあるのに、何だってそんな爆弾がひょっこり出てくるんだよ?!
「あ~もう~。明日からどんな顔してガスパーと顔を合わせればいいんだよ~。」
あいつはそれを俺に隠してる。
俺には何も言わずに、自分の本意を全うするつもりなのだ。
元々、俺はあいつの気持ちに気づくのに時間がかかってしまった。
でも今は知ってる。
知っててもあいつはそれを言葉にした事はないから、俺もそう言う風に対応してきた。
だからこの件もそうやって対応するべきなのだろう。
「でもさぁ~……。騎士の誓いだよ?!しかも多くの人がそれを見てて、そういう事だって認識してるんだよ?!」
それはもう、ガスパーの言わない気持ちとそれを知っていてあえて触れないでいる俺、二人だけの問題ではなくなっている。
何しろ世間的に、ガスパーは俺の個人的な部下であると非公式ながら認めざる負えない状態になっているのだ。
それが爵位的にあべこべであろうと、仕事の役職的にそうなっていなかろうと、そんな事は関係ないのだ。
一人の騎士が、生涯を捧げてその者に仕えると誓ったのだ。
「待って~?!ねぇ、待ってよ~?!何でシルクもガスパーも俺の意思とかガン無視でそういう誓いを立ててくるの~?!」
もう本当、勘弁してください……。
しかもシルクの場合は拾った自覚があったし、他にもう帰れる場所もない事から、俺の方にも覚悟があった。
でもガスパーの場合、他に帰れる場所も自分を活かせる場所もたくさんあるのだ。
だから仲間としてこれからも一緒にいるだろうけれど、いつか立場は、俺みたいな奴の手の届かない場所に行くんだと思っていた。
あいつにはそれだけの才能があるのだから。
なのにあいつはあえて俺を選んだ。
他の場所に行く気はないと、大勢の人の前で示した。
自分は生涯をかけ、俺を支える駒になるのだと宣言した。
「……それがあいつの……俺に対する想いの形なんだろうなぁ……。」
ライオネル殿下の言葉が頭の中に響く。
これが自分の愛の形だと……。
何かウィルに散々、心配された理由がやっとわかった気がした。
俺はウィルみたいにモテる男じゃないけど、何か自分で自覚していたよりもモテるみたいだ。
そしてウィルみたいにものすごい数に言い寄られたりはしないが、俺を想ってくれる人は何だかんだかなり本気だ。
俺に想いが届かない事も含め、全部ひっくるめて俺を想ってくれる。
「何で~?!俺、そんないい男じゃないじゃん~。そこまでしてもらえるほど、いい男じゃないじゃん~。」
その想いにただただ申し訳なくなる。
そりゃ俺だって、自分がレオンハルドさんみたいに完璧な格好いい男だったらそういう事もあるかと思えるよ?!
でも俺だよ?!
秀でて顔が良いなんて事もない平凡顔で、背が高くて人を惹きつけるようなスマートな外見をしている訳でもない。
何か特別に優れていて、人を魅了するような圧倒的な才能がある訳でもない。
いつだって生き汚くジタバタもがいてのたうち回っている様な奴なのだ。
自分を卑下するつもりはないが、彼らほどの人にそこまで想ってもらえる人間でもないのだ。
「ううぅ……。とは言え、今は目の前の問題を一歩ずつ一歩ずつ、何とかしていかないといけないんだけどさ~。」
そう、とんでもない爆弾を手にしてしまったが、今はそれに時間を取られている訳にはいかない。
答えを出さなければならない事ではあるが、今は殿下をお救いする事が先だ。
「……ひとまず、気持ちを切り替えて行こう。」
俺はそう呟きながら、別宮の門を潜った。
「お前……寝てないのか??」
隊長執務室に入るなり、いつもの無表情でギルがそう言った。
俺は頭を押さえ、がっくりと肩を落とした。
「……それについてはさっきイヴァンに散々、説教されたから何も言わんでくれ……。」
「いや……別に説教するつもりはないのだがな……。」
疲れたとばかりに俺は来客用のソファーにドカリと座った。
何か色々ありすぎたし、寝不足だし、座ってみたらぐったりしてしまった。
そんな俺を見て、ギルが小さくため息をつくとお茶を入れてくれる。
「悪りぃ……。ありがとな。」
「構わん……。話があるようだが、昼飯は食ったか??」
「ん??もうそんな時間か??」
「まだなら食いながら話そう。買ってくるから、お前は少し休んでおけ。」
「ごめん、ありがとう。ちょっと座ったらぐらぐらしたから助かる……。」
ギルは無表情のまま俺の頭をぽんぽんと叩くと、昼飯を買いに出て行った。
柔らかいソファーに埋もれ、目が開かなくなる。
ずっしりと体が重い。
徹夜して調べ物して色々考え、そんでもって思いもよらない爆弾手渡されて、寝不足のまま頭はパニックで。
朝から家から王宮、王宮から別宮と歩き回ったせいか、座った瞬間、重力が3割増しになったようにソファーに体が押し付けられた。
なのに頭は何も考えられずふわふわして、軽くぐるぐる目が回っている。
考えてみたら、いきなりライオネル殿下が倒れて、そんでもってリアナとラニが押しかけてきて。
次の日には殿下の中の海神が暴れて、義父さんがいたから何とかなったけど、本格的にどうにかするにはライオネル殿下の精神の中に義父さんが入らないといけなくて。
ラニが精神魔術を使えるのを知っていた俺は思い悩んで、でも幼いラニにそれはさせられないって思って、変わる方法を探さないといけないけど、そもそも精神魔術について俺はあまり理解していない訳で……。
そんなこんなで俺の頭は常にフル稼働していた。
そこにうっかり徹夜なんかしたもんだから、完全にオーバーヒートしてしまったのだと思う。
何か本当、偉そうにイヴァンに説教している場合じゃなかったよな……。
そりゃ、お前もなって返されるわな……。
体温調節も妙におかしくなっていたのか、ギルが出してくれた暖かいお茶が身にしみて、誰もいなくなった隊長執務室で俺の意識はだんだん白くなっていった。
「…………ハッ!!」
俺はいきなり覚醒した。
完全に意識が飛んでいた。
ガバッと背もたれから体を起こす。
口は半開きて涎が垂れていたので慌てて拭った。
「起きたか……?」
「ごめん!!寝てた!!」
「ああ、寝ていたな……。」
「え?!どれぐらい寝てた?!」
「俺がここを出て直ぐに眠ったとしても30~40分程度だ。そこまで長くはない。」
そう言われ、ホッとする。
物凄く深く眠ったので、もっと寝ていたかと思った。
いつの間にか戻ったギルは業務机で仕事をしている。
でも温かそうな食事の匂いからしても、そこまで長く寝ていた訳ではないだろう。
目をやると目の前のサイドテーブルには、ギルが買ってきたらしい昼食が並んでいた。
「……。何、コレ??」
「昼飯だが?」
「それはわかるんだが……量、多くないか??」
サイドテーブルには所狭しと言う量の食べ物が並んでいた。
何でこんなに買ってくるんだ??こいつは??
だが並んでいるものは、妙に消化に良さそうだったり、食欲がなくても食べやすそうなものばかりだった。
他にはビタミンやミネラルを取れるようにか、フルーツなんかがある。
何か、気を使わせたなと思った。
「悪い、いくら??」
「気にするな。大方、お前の事だ。精神魔術の件で徹夜をしたんだろう。昨日の詫びだ。」
「……俺もごめん。あんな言い方して……。」
「いい。お前が自分から話さなかったのだ。そこにはそれなりの理由があるはずなのに、頭に血が登って無理に話させた。それがお前の負担になったんだな……。」
「……考えたよ、あの後も。でもやっぱり、まだ自我のしっかりしていない子供にさせるべき事じゃないって思った。今回の件は、ただ人の精神の深層に降りるんしゃないからな……。」
「ああ……。」
ギルは表情を変えずにそう言ったが、その声には複雑な感情が混じっていた。
目を閉じ、大きく息を吐き出す。
「でも、俺だってライオネル殿下を助けたい。このままで良いなんて思ってない。だから必ず代わりになる人か方法を見つける。少しだけ時間をくれ、ギル。」
そう言ってギルを見た。
書類から顔を上げ、ギルもまっすぐ俺を見た。
その漆黒の双眸に今日は怒りを含んでいなかった。
「……わかっている。無茶をするなど言いたいが、話はそこか?」
「ああ。食べながら話すんだろ?座れよ。」
俺に促され、ギルはソファーに移動してきた。
俺はありがたく昼飯を食いながら、今、考えている事をギルに話したのだった。
精神に作用する魔術・魔法は、他の魔術等と少し様々な点が異なる。
俺は精神魔術・魔法に変わるものを見つけようとしていたのに、精神魔術がなんたるかをきちんと理解していなかった。
それはオーブンの原理がわかっていないのに、同じ様に調理できるものを闇雲に探しているようなものだ。
たとえ似たようなものが見つかっても、その原理をわかっていなければ、本当に代わりに使えるか判断する事もままならないのだ。
だいたい精神系魔術・魔法には、以前ボーンさんが使った口止めの魔法の様な対外的なものと、今回探している人の精神の深層部に入り込む対内的なもののニ種類がある。
そこだけ考えても大きな違いだ。
「あの時、ナーバル議長に会えて良かったよ……本当……。」
俺はそう思いながら、家で魔術本部から持ち帰った本を読んでいた。
ギルと話した後、少し事務仕事をして俺は早上がりさせてもらった。
そうギルにも言われていたし、仕事の事で訪ねてきた奴や見かねて手伝ってくれた奴らに、仕事中ずっとアライグマもしくはタヌキ副隊長代理と呼ばれ、最後の方は否定するのも疲れてはいはいと返事をしていたら帰った方が良いと言われた。
あいつら、からかってくる癖に反抗しなくなると優しくなるのが面白いよな。
そんな事を考えていると、部屋のドアがノックされた。
「旦那様、カレンです。お茶をお持ちしました。」
「あ、ありがとう。入って。」
一番狭かった一人用の客室を改造した俺の仕事部屋に、カレンがお茶を持ってきてくれた。
お茶請けについてきたものを見て、自然と頬が緩む。
「これ、三人で作ったの?」
マグカップのコーヒーに添えられていたのは、ちょっと不格好なクッキーだった。
抜き型とかないから、手で千切ったり丸めたりした物のようだ。
カレンが嬉しそうに笑った。
「はい!今日は三人でお庭の散策と水やりと、クッキーを作って過ごしました!」
「そっかー。クッキーとか作るなら、今度抜き型とか買ってくるよ。」
「はい!その際はぜひ、リアナお嬢様とラニお坊ちゃまに選んで頂いて下さい!」
「そうだね、いつまでも敷地から出るなって言ってても仕方ないしね。一度、街を案内して、行ってもいい範囲を決めないとな。」
とはいえ竜の谷の事は気になる。
今の所、何かに見張られている感じはない。
敷地内なら俺の結界もあるし、家守りであるカレンもいるからさほど心配はいらないが、敷地の外に出てしまえばそうもいかない。
「どうすっかなぁ~。」
まぁリアナもラニも魔術師ではある。
特にリアナは、あの歳で宮廷魔術師と同等ぐらいの実力がある優れた魔女だ。
ラニは精神魔術が使える分、他の魔術が上手く扱えないが、杖を持たせれば中級魔術兵ぐらいの魔術は使える。
谷の民はとても魔術に長けているようだが、地理的優位に立てれば、本人たちの魔術もあるので逃げる隙を作れるはずだ。
何とか家まで帰ってこれれば俺の結界とカレンがいるから、有無を言わさず無理矢理連れて帰る事はできないだろう。
何しろ家守りの精霊は、家を守る際にはかなりの力を発揮するらしいからね。
とにかく街での行動範囲を決めると同時に、非常時の対応方法を話し合っておいた方がいいだろう。
「………カレンてさ?」
「はい?」
「家守りの精霊なんだよね?」
「はい。」
「家を守る為にはどんな事ができるの?どの程度まで守りきれる??」
俺は谷の民から魔術等で攻撃を受けた際を想定する為に、カレンの力について聞いた。
カレンは「ん~」と考えている。
どうやら彼女がママと呼ぶこの家の意志と話しているようだった。
「……旦那様が改築の際、ママ自体を強化して下さったので……私達の力を含め、この街が一瞬で火の海になる様な物理攻撃並びに魔力攻撃を受けましても、屋敷内でしたらお守りできると思います。そこまでの攻撃になってしまうと、お庭などは守りきれないと思います。申し訳ございません。」
すまなそうに眉を下げカレンは謝った。
だが俺の方はそれを聞いて顎が外れそうになった。
確かに改築の状況を魔力探査で調べた時、何なんだこの小さな要塞みたいな魔改造はと思ったが、そこに家守りの精霊がついた事で、鉄壁の武陣が出来上がってしまったようだ。
「……マジで??」
「はい、マジでございます。」
カレンは任せてくださいとばかりに胸を張ってそう言った。
俺の頭の中に、穏やかなナレーションが響く。
『何ということでしょう?あの古くて淋しげだった中古別荘が、世界一強固な要塞に様変わりしているではありませんか?』
いや、そんなナレーションはいらないんだけど。
俺は自分で自分にツッコミを入れた。
何はともあれ、どうやら俺の家は、おそらく王宮なんかよりも守りが硬い世界一安全な場所になってしまった様だった。
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