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第九章「海神編」
現実は世界のごく一部に過ぎないのかもしれない
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夢と現実の狭間。
なんでそんな所にフーボーさんがいるのか?
と言うか、フーボー・カルム・ポーターは亡くなった筈ではなかったのか??
俺はそう聞いていたし、皆もそう言っていた。
ブラハムさんに至っては、今こそ彼の力がいるのにととても残念がっていた。
ナーバル議長だって、特にそれについては何も言わなかった。
まだ生きているとも、死んでいるとも、何も言わなかった。
「……ふふっ、私が本当にフーボーなのか、死んだはずの人間が何故精神世界とはいえ目の前にいるのか不思議かい?サーク?」
フーボーさん(仮)は、やはり意識を読んだ様にそう言った。
ここではどうせ隠し事などできないのだろう。
聞きたい事は山の様にあるが、まずは自分の心をフリーな状態にしなければずっと疑念を感じたまま話す事になる。
それは嘘の通用しないこの空間ではマイナスに働くだろう。
「はい。フーボーさんは亡くなられたと聞いていました。だからたとえ精神世界であっても、あなたがフーボーさんだという確信が持てません。」
「いい質問だね、サーク。」
「そうか?頭でっかちなだけだろ?!」
「そう言うな、ウニ。サークは肉体と精神の両方を持っていた私には会った事がない。だからこの状態の私をフーボーだと認識するのは難しいだろう。」
なるほど。
どうやらこれはフーボーさんなのかもしれないが、精神体のみなのだ。
肉体の方は皆の言うように、亡くなられているのだろう。
「……でも、そうするとおかしいですね……。」
多分、頭で考えていた事は、向こうも感じ取っているだろうと予測して、俺は話を先に進めた。
フーボーさんは静かに微笑んで俺の話を待っていた。
「俺の養父は東の国で神仕えをしています。今回、精霊の事も知る必要があったので、詳しく話を聞いたんです。」
俺は義父さんの荷物を王宮に届けた日、朝食を取っている義父さんと話して色々教えてもらったのだ。
精霊は精神体だ。
精霊が精霊という個別の種族であるとされるのは、精神体のみであるにも関わらず、存在を維持し続けられるからだ。
人間を始めとした肉体を持つ生物は、肉体と精神体のニつを持っている。
そのニつが合さった状態でのみ、精神も肉体も生存していられる。
ニつが完全に離れてしまった場合、肉体は精神体から生命力を得る事ができなくなり機能しなくなる。
つまり朽ちる、死体となるのだ。
すぐに朽ちる訳ではなく、精神体の離れる速度や距離などによって速度は変わるが、いずれ朽ちて細胞は死に絶え機能しなくなる。
だから今回、ライオネル殿下が肉体と精神を完全に切ろうとした事が大問題になっているのだ。
ライオネル殿下の場合、切り離すと言っても肉体の中に精神体があるので外要因で肉体を無理やり生かし続ける事が可能だが、外に向けて精神体が離れ切り離された場合、外要因でどれだけ肉体を生かそうとしても肉体は朽ちてしまう。
そして精神。
肉体と切り離されてしまった精神体は、やはり朽ちる。
存在を維持できず消滅してしまうのだ。
だからどんなに力があり意思や怨念の強い幽霊も、精霊とは違い、最高記録でも400年ぐらいで存在が消滅してしまう。
まぁ400年も維持できる様な幽霊はごく稀で、長くて50~100年、普通の人だったら数日から1ヶ月程ですぐに消えてしまう。
どんなに周囲に慕われ多くの人に毎日祈りを捧げられても、細々頑張っても長くて10年ぐらいだろう。
だから昔は精霊師なんかに頼んでそれを引き伸ばしてもらったり、ペットなどは簡単な守護精霊に変えたりしていた。
それぐらい肉体を失って外に出てしまった精神体は脆いのだ。
ライオネル殿下の様に内に向かって切り離したとしても、時間はかかるがいずれほぼ消滅してしまう。
生きているのに抜け殻になってしまった人間などはこういう状態だ。
精神体がほぼ消滅していまって、残りの欠片のおかげで辛うじて肉体は生きてはいるが、精神体、つまり本人たる自我が死んでいる。
希に精神体が仮死状態でそうなっている事もあるので、その場合は精神体が仮死状態から目覚めれば元に戻るが、たとえ肉体の中であっても切り離された状態が長く続けば精神体だって朽ちていってしまうので、目覚めずに終わってしまう事の方が多い。
あの時、ライオネル殿下はそれをした。
王族の立場なら肉体はどんな手を使っても維持される。
いずれ自分という自我が消滅しようとも、肉体が生きていれば海神を中に入れておける。
つまり、自身を本当に海神を納めておくだけの器にしようとしたのだ。
それだけ肉体と精神体の繋がりは、途切れてしまったらどちらも維持する事ができなくなるものなのだ。
ところが精霊は違う。
生まれた時から精神体のみで存在し続けている。
それはその核を精神体自体が持っているからなのだそうだ。
核というのが何かはよくわかっていないのだが、肉体を持つ生命体の場合、肉体がその核の役割をしている。
つまり、精神体と言うのは核というものがなければ存在できない。
だから肉体と精神体のニつで存在している生命体は、核である肉体を失った場合、精神体は存在し続けられないのだ。
「……なるほど。君はそちら側から学んだんだね。」
フーボーさんはやはり俺の頭で考えていた事を聞いていたようで、納得したように頷いた。
俺は黙って、フーボーさんの答えを待った。
「確かに私の肉体は滅んだ。だから肉体と言う核は持っていない。」
「なら何故……??」
「私はね、サーク。核を替えたんだよ。」
「核を替えた?!」
「ああ、だから私はフーボーであってフーボーではない。私にも私が何者なのか、よくわからないと言ったところだ……。」
フーボーさんは少し困ったような、悲しそうな顔で微笑んだ。
その瞬間、フーボーさんの腕の中にいたウニが苛立ったようにキーキー鳴いた。
「フー!!お前はお前だ!!じゃなきゃ俺が付いてる訳がねぇだろうが!!俺はお前の為に生み出された精霊なんだ!!お前以外にはつけねぇ!!」
「ふふふっ、そうだね、ウニ。」
フーボーさんはウニを落ち着かせるように手で包み込み、指でゆっくり撫でる。
プンスカ怒っているウニは、そうされて段々と落ち着きを取り戻していった。
俺はそれを見ながら唖然としていた。
核、それは精神体が拠り所とする最も重要な部分で、本人が本人たるを決め繋ぎ止めるまさに核なのだ。
それを替える……つまり、自分が自分である最も重要な証明の要を替えたという事になる。
「そんな事……可能なんですか?!」
そしてそれをして、その人はその人だと言えるのだろうか?!
俺にはわからない。
フーボーさん自身ですらわからないと言った。
この人は……いったいどうやって自分を保っているんだ?!
俺には訳がわからない。
もしも核をつげ替えてもその人だと言うのなら、その人がその人であると言うのは何をもってそう言えば良いのか?!
自分という存在の意識体が精神体なんだ。
その最も重要な自分が自分である要の礎を取り替えて、どうやってその人だと証明すればいい?!
だいたい、そんな自分が自分たる最も重要な証がそんな簡単につげ替えられるものなのか?!
「……ウニだよ、サーク……。」
「え?」
「私がつげ替えた核は、ウニなんだよ……。」
「…………………。」
「地の精霊の王が私の為に生み出した精霊、ハウスパートナー。私にのみにしか付くことができない特別な存在の精霊……だから可能だった。そしてウニだから、私は辛うじて私を保っているんだ……。」
言葉が出なかった。
だが核がウニだと聞いて、俺はどこかで納得していた。
だからそんな大元の根っこをすげ替えても、この人はかろうじてこの人のまま存在していられるのだと。
ハウスパートナーは他には存在しない、特殊な精霊だ。
その人個人の為に生み出され、その他の人間を受け入れない。
鍵が鍵の持ち主しか通さないのはその為だ。
たとえ同じ森の街の住人だったとしても、鍵は持ち主しか通さない。
その人が自分の鍵を持っていたとしても、一緒に扉をくぐる事はできない。
それぞれ自分の鍵で自分の家に帰らなければならないのだ。
何故そうなのか?
何故、鍵を使えばどこからでもハウスパートナーのいる場所に行けるのか?
それは鍵がハウスパートナーの分霊、つまり魂の一部だからだ。
鍵で移動するというのはおそらく、ハウスパートナーの中を通り本体のある場所に出ると言う事なのだと思う。
だからハウスパートナーとその人の波長が同じでなければならないのだ。
その為、森の街に住む為には地の王が一人一人に合わせてハウスパートナーを生み出してつけるのだ。
ハウスパートナーは、ただその人の生活を手助けする存在ではないのだ。
その人と地の王の中に存在する森の街とを繋ぐ、重要な役割を担っている精霊なのだ。
ハウスパートナーの力を借りない場合、森の街に入るには段取りを踏んで中に入れるしかない。
俺が初めて森の街に行った時と同様、魔術本部側から予め許可書を出され、それをその身に刻印され、案内係の監視の元、その人を受け入れる為に調整された指定の出入り口に通される。
まぁどういう理屈なのか俺はその指定の入り口ではなく森の深い場所に出てしまったのだが、本来は鍵以外ではそうやってしか入れない。
シルクを治療の為に連れて行った時はそうやって入ったのだ。
鍵があれば事前の許可証や入り口の調整などは要らない。
帰ってきたい時に森の街の自分の家に帰れる。
しかも自分の予定を教えてなくてもわかってくれるハウスパートナーがそこにはいて待っててくれる。
その人と森の街とを繋ぐ、その人たった一人の為に存在する精霊、ハウスパートナー。
自分の為だけに生まれたからなのか、それともその人に合わせて生み出されたからなのか、自分のハウスパートナーとは言葉では説明し難い特別な絆が生まれる。
そんな特殊な存在だからこそ、本人の肉体の代わりに核としてつげ替える事が可能だったのだろう。
本人との波長も完全に同じで、精霊という力を持った存在で、何より本人をよく知り決してその存在を否定しない。
だから、辛うじて肉体の代わりに本人の精神体の核の代わりが務まるのだろう。
だがいくら精霊であるハウスパートナーであっても、その負担は大きかったのだろう。
多分その負担を補う為にウニは姿を変えた。
自分をここに存在する為に必要最低限の大きさと機能だけにしたのだ。
ハウスパートナーなのに口の悪いハダカデバネズミだと思ったら、そんな事情があったのだ。
ウニは一言もそんな事は言わない。
どんなに身を削っても、フーボーさんに望まれる役割を担い一緒にいたいのだ。
それだけウニにとって、フーボーさんが大切なのだ。
俺はそれがわかってしまった。
フーボーさんもわかっているのだろう。
お互い言葉はなく、小さなウニを見つめる。
「違うっ!!フーはフーだっ!!」
事の重さを噛みしめる俺とフーボーさんとは異なり、ウニはまた怒り出した。
ウニにとって、フーボーさんは唯一の人。
自分が核になったのなら、おそらく誰よりもフーボーさんの変化には気づいているはずだ。
でもウニにはそれが認められない。
何故ならウニにとって、フーボーさんこそが自分の存在理由だからだ。
「すまない……ウニ……本当にすまない……。」
「フー!!フーはフーだ!!出会った時から何も変わってない!!フーはずっと俺の兄ちゃんじゃんか!!」
「………え??兄ちゃん……??」
小さな体でひしっとフーボーさんにしがみつき、ウニはそう訴えた。
フーボーさんもそれに答え、小さなウニを大切そうに抱きかかえている。
「……ウニに出会った時、私がウニに望んだ事だ……。可愛らしいウニを見て、私は幼くして亡くした弟を思い出した。だから私はウニを弟として育てた。」
「……そうだったんですね……。」
ウニとフーボーさんには二人だけの絆がある。
ロイさんとセヤにそれがある様に、俺とリリ・ムクにそれがある様に、フーボーさんとウニにもあるのだ。
そしてその絆が、良い事なのか悪い事なのかわからないが、ウニを肉体を失ったフーボーさんの核の替わりの役目をさせる事を可能にしてしまった。
どうしてそこまでしてフーボーさんはここにいるのだろう?
何故、肉体と別れる時、死ではなく核のつげ替えを行ったのだろう??
「……それは君だよ、サーク。」
また、静かにフーボーさんは言った。
俺は驚いて目を見張った。
意味がわからなかった。
「俺の……為……?!」
「無意識下には時間の概念がない。だからいずれ君が私の知識を必要とする事を知っていた。それが何故かまでは知らなかったけれども、必ず私がその知識を伝えなければならなかった。だが私の肉体はそれまで持たなかった……。」
「……だからフーは、精神世界に意識体として残る事にしたんだよ、バカ。」
「そんな……。」
「あぁ、気に病まないでいい。サーク。確かに君に伝える為に無茶な方法を私とウニは取った。でもそれは、君に伝えなければいずれ大きな災に繋がってしまうからだ。全ては時の流れ。一つの段取りが外れれば、後に大きな影響が出る事がある。だから私はどんな手段を使っても君に伝えなければならなかった。小さな躓きで、世界の人々に大きな災いを残す訳には行かなかった。それだけだよ。」
「……大きな災い……ですか?」
「オメェに全部掛かってんだからな?!しっかりしろよ?!サーク?!」
「こら、ウニ。それは今のサークが知らなくていい事だ。」
「……いや、そこまで言われたら逆に気になるんですけど?!」
夢の中でウニに出会った事。
ナーバル議長に貰った鍵で夢と現実の狭間に来た事。
そこで亡くなったはずのフーボーさんに出会った事。
フーボーさんが核のつげ替えを行って存在している事。
ウニがただ口の悪いハダカデバネズミな訳ではない事。
俺がここでフーボーさんに話を聞かなければ、巡り巡っていずれ大きな災いが起こる事。
とにかく全部が全部、びっくりを通り越して驚愕する。
なのに、だ。
その大きな災いに俺は関わっているらしい。
俺の行いがそれに影響するらしい。
何?!
何なのそれは?!
俺、何か悪い事しました?!
て言うか、何が起こるの?!それ?!
殿下の件もそうだったけど!
何でそうなるの?!
そして何でそれとわかってて教えてくれないの?!
「オメェは知らなくていいってよ~?サーク~。」
「いやいやいやいや?!教えて?!そこまで言ったんだから!教えてよ?!ウニっ?!」
「知らねぇ~。俺、何にも知らねぇ~。」
「ウニィ~っ?!」
からかうようにウニがシュルシュルと俺の周りをうろちょろする。
ニヤニヤ笑いやがって!!
この!ハダカデバネズミがぁ~っ!!
必死になって捕まえようとするが、精神世界初心者の俺がプロ級のウニに適う訳もない。
そんな風にジタバタもがく俺と余裕綽々でからかってくるウニを、フーボーさんはおかしそうに笑って見ていた。
なんでそんな所にフーボーさんがいるのか?
と言うか、フーボー・カルム・ポーターは亡くなった筈ではなかったのか??
俺はそう聞いていたし、皆もそう言っていた。
ブラハムさんに至っては、今こそ彼の力がいるのにととても残念がっていた。
ナーバル議長だって、特にそれについては何も言わなかった。
まだ生きているとも、死んでいるとも、何も言わなかった。
「……ふふっ、私が本当にフーボーなのか、死んだはずの人間が何故精神世界とはいえ目の前にいるのか不思議かい?サーク?」
フーボーさん(仮)は、やはり意識を読んだ様にそう言った。
ここではどうせ隠し事などできないのだろう。
聞きたい事は山の様にあるが、まずは自分の心をフリーな状態にしなければずっと疑念を感じたまま話す事になる。
それは嘘の通用しないこの空間ではマイナスに働くだろう。
「はい。フーボーさんは亡くなられたと聞いていました。だからたとえ精神世界であっても、あなたがフーボーさんだという確信が持てません。」
「いい質問だね、サーク。」
「そうか?頭でっかちなだけだろ?!」
「そう言うな、ウニ。サークは肉体と精神の両方を持っていた私には会った事がない。だからこの状態の私をフーボーだと認識するのは難しいだろう。」
なるほど。
どうやらこれはフーボーさんなのかもしれないが、精神体のみなのだ。
肉体の方は皆の言うように、亡くなられているのだろう。
「……でも、そうするとおかしいですね……。」
多分、頭で考えていた事は、向こうも感じ取っているだろうと予測して、俺は話を先に進めた。
フーボーさんは静かに微笑んで俺の話を待っていた。
「俺の養父は東の国で神仕えをしています。今回、精霊の事も知る必要があったので、詳しく話を聞いたんです。」
俺は義父さんの荷物を王宮に届けた日、朝食を取っている義父さんと話して色々教えてもらったのだ。
精霊は精神体だ。
精霊が精霊という個別の種族であるとされるのは、精神体のみであるにも関わらず、存在を維持し続けられるからだ。
人間を始めとした肉体を持つ生物は、肉体と精神体のニつを持っている。
そのニつが合さった状態でのみ、精神も肉体も生存していられる。
ニつが完全に離れてしまった場合、肉体は精神体から生命力を得る事ができなくなり機能しなくなる。
つまり朽ちる、死体となるのだ。
すぐに朽ちる訳ではなく、精神体の離れる速度や距離などによって速度は変わるが、いずれ朽ちて細胞は死に絶え機能しなくなる。
だから今回、ライオネル殿下が肉体と精神を完全に切ろうとした事が大問題になっているのだ。
ライオネル殿下の場合、切り離すと言っても肉体の中に精神体があるので外要因で肉体を無理やり生かし続ける事が可能だが、外に向けて精神体が離れ切り離された場合、外要因でどれだけ肉体を生かそうとしても肉体は朽ちてしまう。
そして精神。
肉体と切り離されてしまった精神体は、やはり朽ちる。
存在を維持できず消滅してしまうのだ。
だからどんなに力があり意思や怨念の強い幽霊も、精霊とは違い、最高記録でも400年ぐらいで存在が消滅してしまう。
まぁ400年も維持できる様な幽霊はごく稀で、長くて50~100年、普通の人だったら数日から1ヶ月程ですぐに消えてしまう。
どんなに周囲に慕われ多くの人に毎日祈りを捧げられても、細々頑張っても長くて10年ぐらいだろう。
だから昔は精霊師なんかに頼んでそれを引き伸ばしてもらったり、ペットなどは簡単な守護精霊に変えたりしていた。
それぐらい肉体を失って外に出てしまった精神体は脆いのだ。
ライオネル殿下の様に内に向かって切り離したとしても、時間はかかるがいずれほぼ消滅してしまう。
生きているのに抜け殻になってしまった人間などはこういう状態だ。
精神体がほぼ消滅していまって、残りの欠片のおかげで辛うじて肉体は生きてはいるが、精神体、つまり本人たる自我が死んでいる。
希に精神体が仮死状態でそうなっている事もあるので、その場合は精神体が仮死状態から目覚めれば元に戻るが、たとえ肉体の中であっても切り離された状態が長く続けば精神体だって朽ちていってしまうので、目覚めずに終わってしまう事の方が多い。
あの時、ライオネル殿下はそれをした。
王族の立場なら肉体はどんな手を使っても維持される。
いずれ自分という自我が消滅しようとも、肉体が生きていれば海神を中に入れておける。
つまり、自身を本当に海神を納めておくだけの器にしようとしたのだ。
それだけ肉体と精神体の繋がりは、途切れてしまったらどちらも維持する事ができなくなるものなのだ。
ところが精霊は違う。
生まれた時から精神体のみで存在し続けている。
それはその核を精神体自体が持っているからなのだそうだ。
核というのが何かはよくわかっていないのだが、肉体を持つ生命体の場合、肉体がその核の役割をしている。
つまり、精神体と言うのは核というものがなければ存在できない。
だから肉体と精神体のニつで存在している生命体は、核である肉体を失った場合、精神体は存在し続けられないのだ。
「……なるほど。君はそちら側から学んだんだね。」
フーボーさんはやはり俺の頭で考えていた事を聞いていたようで、納得したように頷いた。
俺は黙って、フーボーさんの答えを待った。
「確かに私の肉体は滅んだ。だから肉体と言う核は持っていない。」
「なら何故……??」
「私はね、サーク。核を替えたんだよ。」
「核を替えた?!」
「ああ、だから私はフーボーであってフーボーではない。私にも私が何者なのか、よくわからないと言ったところだ……。」
フーボーさんは少し困ったような、悲しそうな顔で微笑んだ。
その瞬間、フーボーさんの腕の中にいたウニが苛立ったようにキーキー鳴いた。
「フー!!お前はお前だ!!じゃなきゃ俺が付いてる訳がねぇだろうが!!俺はお前の為に生み出された精霊なんだ!!お前以外にはつけねぇ!!」
「ふふふっ、そうだね、ウニ。」
フーボーさんはウニを落ち着かせるように手で包み込み、指でゆっくり撫でる。
プンスカ怒っているウニは、そうされて段々と落ち着きを取り戻していった。
俺はそれを見ながら唖然としていた。
核、それは精神体が拠り所とする最も重要な部分で、本人が本人たるを決め繋ぎ止めるまさに核なのだ。
それを替える……つまり、自分が自分である最も重要な証明の要を替えたという事になる。
「そんな事……可能なんですか?!」
そしてそれをして、その人はその人だと言えるのだろうか?!
俺にはわからない。
フーボーさん自身ですらわからないと言った。
この人は……いったいどうやって自分を保っているんだ?!
俺には訳がわからない。
もしも核をつげ替えてもその人だと言うのなら、その人がその人であると言うのは何をもってそう言えば良いのか?!
自分という存在の意識体が精神体なんだ。
その最も重要な自分が自分である要の礎を取り替えて、どうやってその人だと証明すればいい?!
だいたい、そんな自分が自分たる最も重要な証がそんな簡単につげ替えられるものなのか?!
「……ウニだよ、サーク……。」
「え?」
「私がつげ替えた核は、ウニなんだよ……。」
「…………………。」
「地の精霊の王が私の為に生み出した精霊、ハウスパートナー。私にのみにしか付くことができない特別な存在の精霊……だから可能だった。そしてウニだから、私は辛うじて私を保っているんだ……。」
言葉が出なかった。
だが核がウニだと聞いて、俺はどこかで納得していた。
だからそんな大元の根っこをすげ替えても、この人はかろうじてこの人のまま存在していられるのだと。
ハウスパートナーは他には存在しない、特殊な精霊だ。
その人個人の為に生み出され、その他の人間を受け入れない。
鍵が鍵の持ち主しか通さないのはその為だ。
たとえ同じ森の街の住人だったとしても、鍵は持ち主しか通さない。
その人が自分の鍵を持っていたとしても、一緒に扉をくぐる事はできない。
それぞれ自分の鍵で自分の家に帰らなければならないのだ。
何故そうなのか?
何故、鍵を使えばどこからでもハウスパートナーのいる場所に行けるのか?
それは鍵がハウスパートナーの分霊、つまり魂の一部だからだ。
鍵で移動するというのはおそらく、ハウスパートナーの中を通り本体のある場所に出ると言う事なのだと思う。
だからハウスパートナーとその人の波長が同じでなければならないのだ。
その為、森の街に住む為には地の王が一人一人に合わせてハウスパートナーを生み出してつけるのだ。
ハウスパートナーは、ただその人の生活を手助けする存在ではないのだ。
その人と地の王の中に存在する森の街とを繋ぐ、重要な役割を担っている精霊なのだ。
ハウスパートナーの力を借りない場合、森の街に入るには段取りを踏んで中に入れるしかない。
俺が初めて森の街に行った時と同様、魔術本部側から予め許可書を出され、それをその身に刻印され、案内係の監視の元、その人を受け入れる為に調整された指定の出入り口に通される。
まぁどういう理屈なのか俺はその指定の入り口ではなく森の深い場所に出てしまったのだが、本来は鍵以外ではそうやってしか入れない。
シルクを治療の為に連れて行った時はそうやって入ったのだ。
鍵があれば事前の許可証や入り口の調整などは要らない。
帰ってきたい時に森の街の自分の家に帰れる。
しかも自分の予定を教えてなくてもわかってくれるハウスパートナーがそこにはいて待っててくれる。
その人と森の街とを繋ぐ、その人たった一人の為に存在する精霊、ハウスパートナー。
自分の為だけに生まれたからなのか、それともその人に合わせて生み出されたからなのか、自分のハウスパートナーとは言葉では説明し難い特別な絆が生まれる。
そんな特殊な存在だからこそ、本人の肉体の代わりに核としてつげ替える事が可能だったのだろう。
本人との波長も完全に同じで、精霊という力を持った存在で、何より本人をよく知り決してその存在を否定しない。
だから、辛うじて肉体の代わりに本人の精神体の核の代わりが務まるのだろう。
だがいくら精霊であるハウスパートナーであっても、その負担は大きかったのだろう。
多分その負担を補う為にウニは姿を変えた。
自分をここに存在する為に必要最低限の大きさと機能だけにしたのだ。
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ウニは一言もそんな事は言わない。
どんなに身を削っても、フーボーさんに望まれる役割を担い一緒にいたいのだ。
それだけウニにとって、フーボーさんが大切なのだ。
俺はそれがわかってしまった。
フーボーさんもわかっているのだろう。
お互い言葉はなく、小さなウニを見つめる。
「違うっ!!フーはフーだっ!!」
事の重さを噛みしめる俺とフーボーさんとは異なり、ウニはまた怒り出した。
ウニにとって、フーボーさんは唯一の人。
自分が核になったのなら、おそらく誰よりもフーボーさんの変化には気づいているはずだ。
でもウニにはそれが認められない。
何故ならウニにとって、フーボーさんこそが自分の存在理由だからだ。
「すまない……ウニ……本当にすまない……。」
「フー!!フーはフーだ!!出会った時から何も変わってない!!フーはずっと俺の兄ちゃんじゃんか!!」
「………え??兄ちゃん……??」
小さな体でひしっとフーボーさんにしがみつき、ウニはそう訴えた。
フーボーさんもそれに答え、小さなウニを大切そうに抱きかかえている。
「……ウニに出会った時、私がウニに望んだ事だ……。可愛らしいウニを見て、私は幼くして亡くした弟を思い出した。だから私はウニを弟として育てた。」
「……そうだったんですね……。」
ウニとフーボーさんには二人だけの絆がある。
ロイさんとセヤにそれがある様に、俺とリリ・ムクにそれがある様に、フーボーさんとウニにもあるのだ。
そしてその絆が、良い事なのか悪い事なのかわからないが、ウニを肉体を失ったフーボーさんの核の替わりの役目をさせる事を可能にしてしまった。
どうしてそこまでしてフーボーさんはここにいるのだろう?
何故、肉体と別れる時、死ではなく核のつげ替えを行ったのだろう??
「……それは君だよ、サーク。」
また、静かにフーボーさんは言った。
俺は驚いて目を見張った。
意味がわからなかった。
「俺の……為……?!」
「無意識下には時間の概念がない。だからいずれ君が私の知識を必要とする事を知っていた。それが何故かまでは知らなかったけれども、必ず私がその知識を伝えなければならなかった。だが私の肉体はそれまで持たなかった……。」
「……だからフーは、精神世界に意識体として残る事にしたんだよ、バカ。」
「そんな……。」
「あぁ、気に病まないでいい。サーク。確かに君に伝える為に無茶な方法を私とウニは取った。でもそれは、君に伝えなければいずれ大きな災に繋がってしまうからだ。全ては時の流れ。一つの段取りが外れれば、後に大きな影響が出る事がある。だから私はどんな手段を使っても君に伝えなければならなかった。小さな躓きで、世界の人々に大きな災いを残す訳には行かなかった。それだけだよ。」
「……大きな災い……ですか?」
「オメェに全部掛かってんだからな?!しっかりしろよ?!サーク?!」
「こら、ウニ。それは今のサークが知らなくていい事だ。」
「……いや、そこまで言われたら逆に気になるんですけど?!」
夢の中でウニに出会った事。
ナーバル議長に貰った鍵で夢と現実の狭間に来た事。
そこで亡くなったはずのフーボーさんに出会った事。
フーボーさんが核のつげ替えを行って存在している事。
ウニがただ口の悪いハダカデバネズミな訳ではない事。
俺がここでフーボーさんに話を聞かなければ、巡り巡っていずれ大きな災いが起こる事。
とにかく全部が全部、びっくりを通り越して驚愕する。
なのに、だ。
その大きな災いに俺は関わっているらしい。
俺の行いがそれに影響するらしい。
何?!
何なのそれは?!
俺、何か悪い事しました?!
て言うか、何が起こるの?!それ?!
殿下の件もそうだったけど!
何でそうなるの?!
そして何でそれとわかってて教えてくれないの?!
「オメェは知らなくていいってよ~?サーク~。」
「いやいやいやいや?!教えて?!そこまで言ったんだから!教えてよ?!ウニっ?!」
「知らねぇ~。俺、何にも知らねぇ~。」
「ウニィ~っ?!」
からかうようにウニがシュルシュルと俺の周りをうろちょろする。
ニヤニヤ笑いやがって!!
この!ハダカデバネズミがぁ~っ!!
必死になって捕まえようとするが、精神世界初心者の俺がプロ級のウニに適う訳もない。
そんな風にジタバタもがく俺と余裕綽々でからかってくるウニを、フーボーさんはおかしそうに笑って見ていた。
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