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第九章「海神編」
別れ〜人は二度死ぬということ
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「………ここに来たのが、他でもない君で良かったよ、サーク……。」
唐突にポツリとフーボーさんはそう言った。
穏やかな笑み。
その顔はどこか悲しそうにも見えた。
「え??どういう事ですか??」
「うん。こんなにもウニも心を許しているし、君となら上手くやっていけるだろう。」
「……フーボーさん??」
俺は良くわからなくて困ってしまった。
だがウニの方はそれがどういう事なのか理解したようだった。
それまで俺とじゃれ合っていたのに、血相を変えてフーボーさんに詰め寄る。
「フーっ!!駄目だ!!こいつにはまだお前の知識が必要だ!!」
「わかっているよ。だが知識ならちゃんとここに残っているだろう?違うかい?ウニ?」
そう言ってフーボーさんはちょんっとウニの頭を突いた。
その指にガシリとウニがしがみつく。
「駄目だ!駄目だ!駄目だっ!!」
必死でフーボーさんに縋りつくウニ。
俺はそれを固唾を飲んで見ている事しかできない。
どういう事なのかわからないが、ただならぬ事なのはウニを見ていてわかった。
「……フーボー……さん……?」
何と表現していいのかわからない。
ただ、目に見えているものが、その存在が、どこがノイズが走るように希薄で粗雑になった気がした。
俺が呼びかけるとフーボーさんはちらりと俺を見、そしてウニを両手で包み込んで抱きしめた。
「ウニ……お前が一番良くわかっているはずだ……。私は私であって、もう、ずっと昔に私ではなくなっている事を……。」
「違う!違う!違う!フーはフーだ!!ずっとこれからもフーはフーだっ!!」
先程も聞いた会話。
あの時感じた緊張感と違和感が色を濃くして押し寄せる。
「ウニ……それは違う……。私は私であって、私ではない。フーボー・カルム・ポーターは1年以上前に死んでいる……。」
「俺に核を移した!!フーは生きてるっ!!」
「……それもしばらくの間だけだ……。精神体は脆い。生まれながらの精霊ならともかく、そうでない精神体は核をつげ替えて長く存在できるほど安定した存在ではない……。」
「違う!違う!フーは!フーは……っ!!」
その雰囲気と会話から、俺はおおよその事を把握した。
やはり核のつげ替えというのは無茶な事なのだ。
肉体という核を失い、それを自分に合わせて作られた精霊であるウニにつげ替えたとしても、フーボーさん自身の精神体は長くは持たなかった。
たとえここが時間の存在しない場所で変化が緩やかであっても、持ち堪えるには厳しいのだろう。
そんな俺にフーボーさんが穏やかな眼差しを向ける。
「……君は賢いね、サーク。そう、ここに時間は存在しなくとも、私は自分を維持する事が難しかった……。今は自分が誰なのか……何なのかすらわからない……。」
「……なら……あなたは誰なのですか?」
「恐らく、フーボー……その記憶だ……。ウニの中に残された……私の知識と…フーボーという記憶……それに縋りついている醜い意識体の残骸なのだよ……。」
俺は理解した。
フーボーさんはここにはいない。
俺の見ているフーボーさんは、ウニの中にあるフーボーさんの知識であり記憶なのだ。
「違う!違うっ!!フーはここにいるっ!!」
ウニがそう叫んで必死にフーボーさんにしがみついている。
俺には偉そうに威張り倒しているウニだが、フーボーさんの前では、ただ少しわがままがすぎる小さな弟にすぎない。
そんなウニが泣き叫んでいる。
俺は見ていられなくて視線を外した。
無理もない。
それを認めてしまえばウニは独りぼっちだ。
フーボーさんがいなくなってからずっと、この空間に一人でいた事を認めなければならなくなる。
いくらここに時間の概念がなかったとしても、いや、時間の概念がないからこそ、その確認する事もできない長い間、ウニは一人でここにいたのだ。
それはどんなに辛いことだっただろう?
でもウニはここから逃げなかった。
大好きな兄であるフーボーさんの最期の願いを叶えるために、じっとここでフーボーさんの記憶と共に待ち続けたのだ。
恐らくだが、しばらくはフーボーさんとウニの考え通りウニを核としてフーボーさんの意識体は存在していたのだろう。
けれど人はそこまで強くない。
消えゆくさだめの中で輝く星だ。
核を移したとしても、精神体は肉体という鎧を失ってしまい、徐々に風化して行ったに違いない。
その変化は、核となったウニが一番強く感じていただろう。
「ソンジュ……私の為に姿を、存在を変えさせてしまったお前を残していく私を……どうか許しておくれ……。」
「フー!!ヤダ!ヤダ!!」
「愛しているよ、私の可愛いソンジュ。我が愛しきもう一人の弟よ……。」
「フー!!ヤダ!!フーはここにいる!!ちゃんとまだここにいる!!だから……っ!!」
「……真の名を忘れるな、ウニ。それがお前を守ってくれる……。そしてサークが導いてくれる……。」
「フー!!ヤダ!!俺を置いて行かないで!!一人はヤダ!!フーっ!!」
「一人ではない。私はずっとお前と共にある……。少し形が変わるだけだ。お前は一人ではない。私の全てが、ウニ、お前の中にある。ずっと一緒だ……。」
「ヤダ……ヤダよ……フー……寂しいよ……。」
慈しむように暴れるウニを包み続けたフーボーさん。
ウニだってわかっていた。
誰よりもわかっていた。
だから、フーボーさんの愛情に包まれ、暴れるのをやめた。
そしてただただ、小さな体にはそぐわない大粒の涙をこぼし続ける。
俺は黙って、二人を見守る事しかできなかった。
「サーク……。」
やがて、愛おしそうに小さなウニに頬を寄せた後、フーボーさんは声も出せずに泣くウニを両手で包み、俺に差し出した。
胸が詰まった。
目の奥がジンと痛んで、息苦しかった。
それでも、俺はそれをしなければならないのだと思った。
ゆっくりと手を伸ばし、フーボーさんの手からウニを受け取る。
ウニはしゃくり上げながらも、おとなしく俺の手の中に移った。
「フー……っ!!」
離れていくフーボーさんの指先を必死に握るが、それは離れてしまう。
ボロボロとこぼれる涙が俺の手のひらを濡らした。
「……私はいつでもここにいる。いつでもウニと共にある。わかるね?サーク?」
「……はい。」
フーボーさんははじめと変わらず、穏やかに笑ってそう言った。
フーボーさんは消える訳じゃない。
肉体を失って核をウニに移した事で、フーボーさんはすでに人の意識体とは違うものになってしまっていたのだ。
俺は理解した。
ここという空間を作る為に、持っていた知識の全てを使った。
フーボーさんはこの空間を作る情報そのものだ。
フーボーさんは自分という存在を全て情報化してしまった。
だからフーボーさんはいなくなる訳ではない。
情報になったのだ。
情報がここにある限り、フーボーさんはいなくならない。
だが情報に過ぎない。
情報には力はあっても、個としての意識や感情はない。
それを辛うじて保っていたのは、俺に自分という情報を渡さなければならないと言う使命感と、ウニへの愛情だ。
「フー……。」
「いつでも一緒だよ、ウニ。ただ、形が変わるだけだ。」
「大好きだよ……兄ちゃん……。俺は後悔してないよ。生まれ持った姿や役割でなくなった事、後悔してない。だって兄ちゃんと一緒に役目を果たしたんだ。後悔してない。ずっと一緒だ。これからも……。ここの情報は……兄ちゃんは……俺が守るよ、必ず……。」
「ありがとう、ソンジュ。……決して真の名を忘れてはいけないよ?」
「うん。わかってる。」
真の名。
どうやらウニと言うのは通り名だったようだ。
ソンジュと言うのがウニの本当の名前なのだろう。
何故ならウニもソンジュも、夢という意味の古い言葉だからだ。
何も言わない俺の顔を、フーボーさんは真っ直ぐに見つめた。
「……サーク。ウニの真の名を忘れないでおくれ。それはウニをここに存在させ続ける為に固定し、そして守っているものだ。簡単には明かしてはいけない。」
「承知しました。」
「いつか君が、ここの知識を渡すべきだと思う者に出会ったら、鍵と共にその名を教えなさい。そうすれば私とウニとつながる事ができる。」
「はい。」
「ありがとう、サーク。ここに来たのが君で、本当に良かったよ……。」
フーボーさんがそう言った時、俺は急に平衡感覚を失った。
いや、元々、ここはどこが上で下なのかわからない場所に浮いている感じなのだが、それでも真っ直ぐに立つ様な事はできていた。
なのにそれがいきなり失われて、グルンと俺は一回転した。
「うわっ?!」
ただでさえ不安定だったその場所がぐにゃぐにゃ躍動し、俺はその中で引っ張られたり圧縮されたりして、文字通りもみくちゃにされた。
「何?!どういう事?!」
「フーからお前に俺が移ってんだよ!!おとなしくしてろ!!」
さっきまで泣いていたウニがそう怒鳴った。
何なんだよ、ウニは!!
フーボーさんには従順な癖に、俺には横柄なんだから!!
ぐにゃぐにゃに自分という存在を空間ごともみくちゃにされて、俺は目眩なのか吐き気なのかよくわからない状態に陥った。
「ぎゃあぁぁぁ~っ!!」
雑巾のように絞られ、俺はとうとう目が回って勢い良くどこかに落ちていく。
そしてバンッと叩きつけられた。
「……イタタ……って……あれ??」
気づくと、俺ははじめにいた荘厳な雰囲気の図書館にいた。
その床に潰されたカエルか何かのようにへばりついていたのだ。
「いつまで寝てんだ~っ!!」
半身を起こして何となく埃を払っていると、スカーンっと何かが飛んできて俺の頭にクリーンヒットした。
何となく、もうそれが何かはわかっている。
「痛ってぇな!!ウニ!!何すんだよっ!!」
パチンコ玉の様に飛んできたウニは、俺の髪の毛の中に潜り込み、もぞもぞやっている。
追い払おうとしたが、コイツ、噛みつきやがった。
「痛ってぇ~っ!!何すんだ!!」
しかしウニは素知らぬフリだ。
俺の髪の毛をグシャグシャにした挙句、あんまり居心地が良くないと言って降りてきた。
何なんだよ、本当にもう!!
俺はぶつぶつ文句を言いつつ、腕にウニを抱きかかえた。
そして数え切れないほどの本が並んでいるのを見渡した。
「……これが……フーボーさん、そのものだったんだな……。」
俺はボソリとつぶやいた。
腕の中のウニは何も言わない。
恐らくさっきまでいた空間は、この情報を無理やりフーボーさんに戻した状態だったのだ。
だから空間も不安定だったし、フーボーさん自身も不安定だった。
それがここにあるべき形になった。
ウニはそれに納得しているのかいないのか、わからなかった。
俯いたまま黙っている。
俺はその小さな背中に言った。
「……人間はさ、ニ度死ぬんだってさ。」
「は……??」
「一度目は肉体の死。ニ度目は、誰の記憶からも消え去った時って言われてるよ。」
「…………。なら……フーは長生きだな……。だって俺……忘れねぇもん……絶対……。」
「うん、そうだな。すっげー長生きだな。」
手の中のウニがまた少しだけ泣いた。
でも俺は、本棚を見上げてそれに気づかないふりをした。
唐突にポツリとフーボーさんはそう言った。
穏やかな笑み。
その顔はどこか悲しそうにも見えた。
「え??どういう事ですか??」
「うん。こんなにもウニも心を許しているし、君となら上手くやっていけるだろう。」
「……フーボーさん??」
俺は良くわからなくて困ってしまった。
だがウニの方はそれがどういう事なのか理解したようだった。
それまで俺とじゃれ合っていたのに、血相を変えてフーボーさんに詰め寄る。
「フーっ!!駄目だ!!こいつにはまだお前の知識が必要だ!!」
「わかっているよ。だが知識ならちゃんとここに残っているだろう?違うかい?ウニ?」
そう言ってフーボーさんはちょんっとウニの頭を突いた。
その指にガシリとウニがしがみつく。
「駄目だ!駄目だ!駄目だっ!!」
必死でフーボーさんに縋りつくウニ。
俺はそれを固唾を飲んで見ている事しかできない。
どういう事なのかわからないが、ただならぬ事なのはウニを見ていてわかった。
「……フーボー……さん……?」
何と表現していいのかわからない。
ただ、目に見えているものが、その存在が、どこがノイズが走るように希薄で粗雑になった気がした。
俺が呼びかけるとフーボーさんはちらりと俺を見、そしてウニを両手で包み込んで抱きしめた。
「ウニ……お前が一番良くわかっているはずだ……。私は私であって、もう、ずっと昔に私ではなくなっている事を……。」
「違う!違う!違う!フーはフーだ!!ずっとこれからもフーはフーだっ!!」
先程も聞いた会話。
あの時感じた緊張感と違和感が色を濃くして押し寄せる。
「ウニ……それは違う……。私は私であって、私ではない。フーボー・カルム・ポーターは1年以上前に死んでいる……。」
「俺に核を移した!!フーは生きてるっ!!」
「……それもしばらくの間だけだ……。精神体は脆い。生まれながらの精霊ならともかく、そうでない精神体は核をつげ替えて長く存在できるほど安定した存在ではない……。」
「違う!違う!フーは!フーは……っ!!」
その雰囲気と会話から、俺はおおよその事を把握した。
やはり核のつげ替えというのは無茶な事なのだ。
肉体という核を失い、それを自分に合わせて作られた精霊であるウニにつげ替えたとしても、フーボーさん自身の精神体は長くは持たなかった。
たとえここが時間の存在しない場所で変化が緩やかであっても、持ち堪えるには厳しいのだろう。
そんな俺にフーボーさんが穏やかな眼差しを向ける。
「……君は賢いね、サーク。そう、ここに時間は存在しなくとも、私は自分を維持する事が難しかった……。今は自分が誰なのか……何なのかすらわからない……。」
「……なら……あなたは誰なのですか?」
「恐らく、フーボー……その記憶だ……。ウニの中に残された……私の知識と…フーボーという記憶……それに縋りついている醜い意識体の残骸なのだよ……。」
俺は理解した。
フーボーさんはここにはいない。
俺の見ているフーボーさんは、ウニの中にあるフーボーさんの知識であり記憶なのだ。
「違う!違うっ!!フーはここにいるっ!!」
ウニがそう叫んで必死にフーボーさんにしがみついている。
俺には偉そうに威張り倒しているウニだが、フーボーさんの前では、ただ少しわがままがすぎる小さな弟にすぎない。
そんなウニが泣き叫んでいる。
俺は見ていられなくて視線を外した。
無理もない。
それを認めてしまえばウニは独りぼっちだ。
フーボーさんがいなくなってからずっと、この空間に一人でいた事を認めなければならなくなる。
いくらここに時間の概念がなかったとしても、いや、時間の概念がないからこそ、その確認する事もできない長い間、ウニは一人でここにいたのだ。
それはどんなに辛いことだっただろう?
でもウニはここから逃げなかった。
大好きな兄であるフーボーさんの最期の願いを叶えるために、じっとここでフーボーさんの記憶と共に待ち続けたのだ。
恐らくだが、しばらくはフーボーさんとウニの考え通りウニを核としてフーボーさんの意識体は存在していたのだろう。
けれど人はそこまで強くない。
消えゆくさだめの中で輝く星だ。
核を移したとしても、精神体は肉体という鎧を失ってしまい、徐々に風化して行ったに違いない。
その変化は、核となったウニが一番強く感じていただろう。
「ソンジュ……私の為に姿を、存在を変えさせてしまったお前を残していく私を……どうか許しておくれ……。」
「フー!!ヤダ!ヤダ!!」
「愛しているよ、私の可愛いソンジュ。我が愛しきもう一人の弟よ……。」
「フー!!ヤダ!!フーはここにいる!!ちゃんとまだここにいる!!だから……っ!!」
「……真の名を忘れるな、ウニ。それがお前を守ってくれる……。そしてサークが導いてくれる……。」
「フー!!ヤダ!!俺を置いて行かないで!!一人はヤダ!!フーっ!!」
「一人ではない。私はずっとお前と共にある……。少し形が変わるだけだ。お前は一人ではない。私の全てが、ウニ、お前の中にある。ずっと一緒だ……。」
「ヤダ……ヤダよ……フー……寂しいよ……。」
慈しむように暴れるウニを包み続けたフーボーさん。
ウニだってわかっていた。
誰よりもわかっていた。
だから、フーボーさんの愛情に包まれ、暴れるのをやめた。
そしてただただ、小さな体にはそぐわない大粒の涙をこぼし続ける。
俺は黙って、二人を見守る事しかできなかった。
「サーク……。」
やがて、愛おしそうに小さなウニに頬を寄せた後、フーボーさんは声も出せずに泣くウニを両手で包み、俺に差し出した。
胸が詰まった。
目の奥がジンと痛んで、息苦しかった。
それでも、俺はそれをしなければならないのだと思った。
ゆっくりと手を伸ばし、フーボーさんの手からウニを受け取る。
ウニはしゃくり上げながらも、おとなしく俺の手の中に移った。
「フー……っ!!」
離れていくフーボーさんの指先を必死に握るが、それは離れてしまう。
ボロボロとこぼれる涙が俺の手のひらを濡らした。
「……私はいつでもここにいる。いつでもウニと共にある。わかるね?サーク?」
「……はい。」
フーボーさんははじめと変わらず、穏やかに笑ってそう言った。
フーボーさんは消える訳じゃない。
肉体を失って核をウニに移した事で、フーボーさんはすでに人の意識体とは違うものになってしまっていたのだ。
俺は理解した。
ここという空間を作る為に、持っていた知識の全てを使った。
フーボーさんはこの空間を作る情報そのものだ。
フーボーさんは自分という存在を全て情報化してしまった。
だからフーボーさんはいなくなる訳ではない。
情報になったのだ。
情報がここにある限り、フーボーさんはいなくならない。
だが情報に過ぎない。
情報には力はあっても、個としての意識や感情はない。
それを辛うじて保っていたのは、俺に自分という情報を渡さなければならないと言う使命感と、ウニへの愛情だ。
「フー……。」
「いつでも一緒だよ、ウニ。ただ、形が変わるだけだ。」
「大好きだよ……兄ちゃん……。俺は後悔してないよ。生まれ持った姿や役割でなくなった事、後悔してない。だって兄ちゃんと一緒に役目を果たしたんだ。後悔してない。ずっと一緒だ。これからも……。ここの情報は……兄ちゃんは……俺が守るよ、必ず……。」
「ありがとう、ソンジュ。……決して真の名を忘れてはいけないよ?」
「うん。わかってる。」
真の名。
どうやらウニと言うのは通り名だったようだ。
ソンジュと言うのがウニの本当の名前なのだろう。
何故ならウニもソンジュも、夢という意味の古い言葉だからだ。
何も言わない俺の顔を、フーボーさんは真っ直ぐに見つめた。
「……サーク。ウニの真の名を忘れないでおくれ。それはウニをここに存在させ続ける為に固定し、そして守っているものだ。簡単には明かしてはいけない。」
「承知しました。」
「いつか君が、ここの知識を渡すべきだと思う者に出会ったら、鍵と共にその名を教えなさい。そうすれば私とウニとつながる事ができる。」
「はい。」
「ありがとう、サーク。ここに来たのが君で、本当に良かったよ……。」
フーボーさんがそう言った時、俺は急に平衡感覚を失った。
いや、元々、ここはどこが上で下なのかわからない場所に浮いている感じなのだが、それでも真っ直ぐに立つ様な事はできていた。
なのにそれがいきなり失われて、グルンと俺は一回転した。
「うわっ?!」
ただでさえ不安定だったその場所がぐにゃぐにゃ躍動し、俺はその中で引っ張られたり圧縮されたりして、文字通りもみくちゃにされた。
「何?!どういう事?!」
「フーからお前に俺が移ってんだよ!!おとなしくしてろ!!」
さっきまで泣いていたウニがそう怒鳴った。
何なんだよ、ウニは!!
フーボーさんには従順な癖に、俺には横柄なんだから!!
ぐにゃぐにゃに自分という存在を空間ごともみくちゃにされて、俺は目眩なのか吐き気なのかよくわからない状態に陥った。
「ぎゃあぁぁぁ~っ!!」
雑巾のように絞られ、俺はとうとう目が回って勢い良くどこかに落ちていく。
そしてバンッと叩きつけられた。
「……イタタ……って……あれ??」
気づくと、俺ははじめにいた荘厳な雰囲気の図書館にいた。
その床に潰されたカエルか何かのようにへばりついていたのだ。
「いつまで寝てんだ~っ!!」
半身を起こして何となく埃を払っていると、スカーンっと何かが飛んできて俺の頭にクリーンヒットした。
何となく、もうそれが何かはわかっている。
「痛ってぇな!!ウニ!!何すんだよっ!!」
パチンコ玉の様に飛んできたウニは、俺の髪の毛の中に潜り込み、もぞもぞやっている。
追い払おうとしたが、コイツ、噛みつきやがった。
「痛ってぇ~っ!!何すんだ!!」
しかしウニは素知らぬフリだ。
俺の髪の毛をグシャグシャにした挙句、あんまり居心地が良くないと言って降りてきた。
何なんだよ、本当にもう!!
俺はぶつぶつ文句を言いつつ、腕にウニを抱きかかえた。
そして数え切れないほどの本が並んでいるのを見渡した。
「……これが……フーボーさん、そのものだったんだな……。」
俺はボソリとつぶやいた。
腕の中のウニは何も言わない。
恐らくさっきまでいた空間は、この情報を無理やりフーボーさんに戻した状態だったのだ。
だから空間も不安定だったし、フーボーさん自身も不安定だった。
それがここにあるべき形になった。
ウニはそれに納得しているのかいないのか、わからなかった。
俯いたまま黙っている。
俺はその小さな背中に言った。
「……人間はさ、ニ度死ぬんだってさ。」
「は……??」
「一度目は肉体の死。ニ度目は、誰の記憶からも消え去った時って言われてるよ。」
「…………。なら……フーは長生きだな……。だって俺……忘れねぇもん……絶対……。」
「うん、そうだな。すっげー長生きだな。」
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でも俺は、本棚を見上げてそれに気づかないふりをした。
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