欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

ラブコメディは突然に

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アレックは「少し頭を冷やしたい」とか言って、外のウッドデッキのテーブルセットでぐで~っと伸びている。
それを家の中から窓越しにニヤニヤ眺める。

あのアレックがなぁ~。
いつもしてやられていたので、ちょっと小気味いい。

「いや~、僕、人が恋に落ちる瞬間とか、初めて見ましたよ~。」

「しかもあいつの場合、初恋だしな。」

「甘酸っぱいなぁ~。」

「本当、それな?」

サロンの中を確認するパスカルさんとヘーゼル医務官長、そしてブラハムさんについて、物を動かす力仕事要員として俺とイヴァンもサロンにいるのだが、呼ばれない間はもっぱらアレック観察を楽しんでいた。

呆けて心ここにあらず状態のアレックが理解できず、ピアが不思議そうにその頬をピチピチと小さな手で叩いていた。
普段のアレックだったら、ピアにあんな事されたら、両手で握りつぶしてゲラゲラ笑っていただろう。

するとどこから出たのか、ラニがてててっとアレックに近づいた。
途端、真っ赤になって慌てふためくアレック。
声は聞こえないが、メチャクチャ面白い。
ラニはそんなアレックを気にするでもなく、向かいに座る。
そしてピアに気がついて、不思議そうに首を傾げた。

「この子はなぁに??」(イヴァン、裏声)

「こ、これはピア!何かへんてこな精霊擬きで、神仕えさんから預かってる!!」(俺、アワアワと)

「そうなんだぁ~。可愛いねぇ~!!」(イヴァン以下略)

「……お前の方が可愛いよ……。」(俺以下略)

俺がアレックの心の声をアテレコすると、イヴァンがブホッと吹いた。

「いや!それはアレック君、言えないでしょう!!」

「心の声だからな。」

ニヤニヤと二人を見守り、勝手なアテレコを楽しむ大人二人。
俺達が見ているのに気づいたアレックが、キッと怒り狂った顔で睨んでくる。

「お~、睨んでる、睨んでる。」

「うわぁ~、真っ赤だなぁ~。」

ムキィ~ッ!!とばかりに怒っているが、ラニに声をかけられたのか、物凄い勢いでラニの方に向き直り、アワアワしている。
ラニの手にはピアが乗っかっているので、どうやらラニとピアは仲良くなったようだ。

ちなみにリアナはぷんすか怒ったまま、メイド長のバーバラさんをカレンがキッチンや洗濯室に案内するのにくっついて行ったから、そっちにいるのだろう。

「いや~それにしても、ラニ君にいきましたか~。」

「だよな?リアナもカレンもいて、ラニかぁ~って感じだよな??」

「元気な向日葵より、凛とした竜胆より、隠れて咲いていた小さなスミレに心を奪われる気持ちはわからなくもないんですけどね。まぁ、アレック君的にはカレンさんは年上過ぎたのかもしれませんけど。」

「おや??年上のお姉さん系好きとしては、そこんとこ、どうよ??」

「人生、損してますね。年上系の魅力がわからないなんてまだまだですよ。僕がアレック君の立ち位置なら、カレンさん狙いますね~。」

「お前ならな。でも、年上の魅力については少しだけ同意しとくわ。」

「年上は良いですよね~。安心感を得るのもよし、振り回されるのもよし。どのパターンも楽しいですよ。」

「相手にもよるけどな?」

と言うか、年上に拘らなくてもそのパターン楽しめるんだけどな。
こいつのここまで拘る強固な恋愛的偏食はいったい何なんだろう??

「お前って初恋はいつだ??」

何の気なしに流れで聞いた。
すぐに答えてくると思ったのに、イヴァンは答えなかった。
横を見ると、やたら難しい顔をしてグッと奥歯を噛み締め、遠くを見ている。

「イヴァン??」

「え?!あ……あれ?何ですか??」

「いや……初恋いつかって聞いてたんだけど……答えたくなきゃ言わんでいいんだけど……。」

「あ~、初恋ですか??早かったですね~。と言うか覚えてないんです。親が言うには、かなり小さい時から、身の回りの事をしてくれるメイドさんや可愛がってくれる人皆に片っ端からプロポーズしていたらしいので……。」

「……うわ~、お前の年上好きは……生まれつき備わった本能なのか……。そりゃ病的にもなるよな………。」

「ちょっと待ってください。サークさんは僕の年上っぽい人好きを病的だと思ってたんですか?!」

「思ってたというか、思ってる。」

「酷い!!」

思わずそう本音を言うと、イヴァンはあからさまにショックを受けた様だった。
何だよこいつ?自分の守備範囲の限定固定化が病的だって気づいてなかったのか??
おおっぴらに宣言する割に変な奴だな??

「おお~い、若手~。この机を動かしとくれ~。」

物の配置が決まったのか、ブラハムさんが呼んでいる。
俺とイヴァンはすぐにそれに答え、言われた通りに物を動かしていく。
なるほど、この辺に殿下のベッドを置くのか。
空いたスペースを見てそんな事を思った。

「そうだ、ブラハムさん。ブラハムさんとファーガスさんて知り合いなんですよね??」

「そうじゃが?」

「あの……申し訳ないのですが、ここに滞在する時、お二人を同室にしても大丈夫でしょうか??」

「ワシとファーガスを同室に?ふほほ、それは懐かしい!」

「懐かしい??」

「ああ、ワシとファーガスはな?昔、同じ先生について医学を学んでいた時期があっての。その時も同室だったんじゃよ。」

「え?!そうなんですか?!」

「ああ。ふふふっ、おそらくファーガスは渋い顔をするだろうが、気にせんでいいよ、サーク。あれはいつだってそうなのだから。それにおそらく今でもあれは一人では外泊できん。顔を洗う桶もタオルも用意してもらうようなお坊ちゃま育ちだからのう。多少、何かしら尻を叩くか世話を焼くものがおらんとな。そういう意味でもワシが一緒の方が良かろうて。」

「……そう、なんですか……。ではすみませんが、同室でお願い致します。」

貴族って身の回りの事をメイドさんや執事さんにやってもらうイメージだったけど、そんな基本的な部分までやってもらえないと動けなかったりするんだ……。
今まで貴族って言っても警護部隊の連中といたから、軍隊ほどでないにしろ規律があって自分で自分の事は動かなきゃ風呂も入りそこねるし飯だって食いっぱくれる感じだったからなぁ。
やはり完全に軍や部隊の所属経験のない場合は、そういう感じになるのかぁ、びっくりだ。

「ブラハムさんはいつからこっちに来ますか??」

「ふむ、そうじゃの。パスカル殿とヘーゼル医務官長殿は殿下と一緒に移動するからの、ワシが受け入れ体制を整えるかかりじゃて、明日から世話になっても大丈夫かのう?」

「わかりました。では後で部屋に案内しますね。」

そう言えば俺、ヘーゼル医務官長の部屋、忘れてたかも!!
うわぁ~こうなると、一人用のテント、もう一つ借りないとまずいなぁ。
でも警護部隊でも配分決まってるだろうし、どうしよう……。
とりあえずギルに相談してみるか……。
そんな事を思っていると、ラニがアレックの手を引っ張って中に走ってきた。

「お兄ちゃん!アレック君、一緒に部屋に泊めてもいい?!」

「へっ?!」

思わぬ言葉に俺は素っ頓狂な声を出してしまった。
アレックを子供部屋に泊める??
俺はラニに無理やり引っ張られてきたアレックの顔を見る。
俺と目の合ったアレックは必死に首を振っている。
恋に落ちたての少年は、とてもじゃないが想い人と同じ部屋で寝るなど心臓が持たないと言っている。

ほほ~う??
俺はニヤッと笑ってしまった。

それは物凄く面白いとは思うのだが、いかんせん、あそこはリアナの部屋でもある。
そしてリアナは女の子だ。
ラニとは姉弟だから別に一緒でも気にしないだろうが、アレックが一緒ってのはいくら何でも気にするだろう。

「ラニ、友達ができて嬉しい気持ちはわかるが、あそこはリアナの部屋でもあるだろ??ラニだけの部屋じゃないんだから……。」

「私は構わないわよ?!」

俺がそう言ってラニを止めようとしていると、強気な声がそう言った。
声の主、リアナはずんずんとこちらに歩いてくる。
どうやらバーバラさんへの一通りの説明が終わり、カレン達と共にこっちに来たようだ。
リアナの覚悟が凄くて俺はあっけに取られる。
どうも、自分の中の苛々に何か答えを出して吹っ切ったようだ。

「リアナ、アレックが同じ部屋で寝泊まりしても平気なのか??自分の部屋でもあるのに??」

不思議がる俺の言葉は無視して、リアナは二人の繋いでいる(一方的にラニが掴んでいる)手を引き離すと、ラニを自分の後ろに押した。
そしてアレックの前でふんぞり返る。

「ラニは私の弟よ!私が守るんだから!!」

「な?!何だよ?!」

「私が守るって言ってるの!!」

そう言われて敵対されたアレックはカチンと頭にも来たようだが、ラニが絡んでいるので若干アワアワしている。

「ま、守るって……!俺はラニに何もしない!!俺は危険からラニを守りたいだけだ!!」

「だから見張るのよ!私、ラニの側を離れないからね!!」

「俺はラニに何もしない!!」

妙な疑惑をかけられ、アレックは動揺している。
いつものキレと冷静さが出しきれず、見てるこっちとしては笑ってしまう。
こんなアレック、見た事がない。
二人の睨み合いをラニは不思議そうに眺める。

「お姉ちゃん??アレック君は友達だよ??」

「アンタにとってはね。いい、ラニ?!男は皆、ケダモノなの!!ちゃんと気をつけなさい?!」

「う、うん……??」

そこで俺はブホッと吹いた。

そうだ、リアナは前からこういう事には辛辣だ。
女の子だから警戒心が強いのはいい事だが、今日のところは悪いがツボにハマりまくりだ。

パスカルさんの指示で細かいものを動かしていたイヴァンも堪えきれなかったのか、水差しのサイドテーブルに手をつき肩を震わせている。

いやもう……面白すぎる……。

当のアレックはと言うと、顔を真っ赤にして混乱している。
いきなり落ちてしまった恋にすら頭が追いついていないのに、この展開になったらもう何がなんだかわからないだろう。
沸騰したように真っ赤な顔で頭を抱え、フラフラしている。
猫耳も尻尾も力が入っていなくてかなり面白い。

「俺は……俺はぁ……っ!!そんなんじゃないからぁ~……っ!!」

う~ん、そんなんてどんなん??
思わずニヤニヤしてしまう。

笑ってはいけないのだが、アレックは完全にキャパオーバーした。
ドカーンとばかりに目を回して、勢いに任せてそのまま外に走り去って行く。
リアナがフンッとばかりに胸を張った。

何なんだろう??
このコメディコントは??

面白すぎてずっと見ていたい。
リアナの役どころが痛快かつおかしすぎる。
ただ思考回路が先走りすぎだけど、まぁ、お姉ちゃんとしては確かに心配だよな??
今まで箱入りで守ってきた可愛い弟の事だもんな??

こりゃアレック、大変だ。
リアナの御眼鏡にかなわないうちは、たとえ両思いになれたとしたって、二人きりでデートとかさせてもらえないぞ!?

まぁ越えないといけない壁なら早めに超えるなり、挫折するなりした方が良いだろう。
部屋数も足りないからそうしてくれるとありがたいし、何より面白い……。

「ぷぷっ……で??リアナさん?本当にアレックが同じ部屋でも大丈夫なのか??」

「ん~、ちょっとは不便だけど少しの間でしょ?我慢するわよ、その程度。無意識に勢い余って既成事実を作られても困るしね??」

「………既成事実……っ!!」

「何よ?!絶対にないとは言い切れないでしょ?!無自覚にあんな告白したぐらいだし!!」

「ん~、まぁ。あれはびっくりしたよな?」

「ラニの方に自覚がないのにそういう事になっても困るのよ!後から理解して傷ついたらどうすんのよ?!」

「そうだけどさぁ~。ぷぷっ。」

絶対、そこまでできる知識も度胸もアレックにはない。
そう思ったが、面白いから黙っていた。
ラニの方は、姉が何を心配しているのかわからず、首を傾げている。

でも正直、助かる申し出だ。

ただやっぱり女の子だから、二段ベッドの上にカーテンをつけてあげたり仕切りを入れてちょっとした場所は用意してあげるべきだけど。

「ん、わかった。ならアレック用に簡易ベッドとか入れさせてもらうな?」

「ええ、受けて立つわ!!」

リアナの男前さが無駄にかっこいい。

そして呼吸困難になるほど笑っているイヴァン、いい加減にしろ。
面白いのはわかるが、そこの水でも飲んでちったぁ落ち着け。

それからラニ。
君はもう少し自覚を持とうな??

俺も言えた口じゃないかもしれんが、無自覚天然は危険だから。
アレックがいきなりそこまで成長する事はないにしろ、長い目で突き詰めて見れば君、貞操の危機とも言えるんだからな??

子供世代の面白コントに、俺は笑いながらそんな事を思っていた。
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