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第九章「海神編」
それぞれの戦い
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ラニは一度意識を現実に戻すと、改めて状況を見た。
横でサークの父親である神仕えのおじさんは、自分と人形に手を縛られた状態で意識を失っている。
当然だ。
今、彼は仮想精神空間と言う所にいて、自分が海神をそちらに招くのを待っている。
「……大丈夫か?」
「うん、まだ何もしてないからね。」
自分の背に手を当てて肉体の管理をしてくれているアレックに尋ねられ、ラニは静かに笑った。
ぽんっと肩に手を置かれる。
振り向くと姉であるリアナがグッと何かを堪えて頷いた。
ああ、お姉ちゃんは怖いんだ。
そう思った。
何かあって弟である自分を失うのが怖い。
でも今の姉には何もできなくて、それが怖いのだ。
「大丈夫。お姉ちゃんがついてるから……っ!」
「うん。いつもありがとう。お姉ちゃん。」
「当然よ!私はアンタのお姉ちゃんなんだから!!」
そう、元気づけてくれる。
いつだってそうだ。
自分がどんなに怖くても、弱い姿を決して自分に見せずに叱咤してくれる。
ラニは肩に置かれた姉の手に、自由になる手を重ねた。
「ありがとう。僕、行ってくるよ。」
「わかった……。待ってるから……!ここで待ってるから!!」
「うん。」
強くなりたいと思った。
姉にこんな強がりをさせずに済むよう、強くなりたいと思った。
視線を王子様……ライオネル殿下に向けると、向かいで装置に繋がれて眠っているサークが目に入った。
この人のようになりたい。
全てはそこから始まった。
でも自分は自分だから、同じにはなれない。
それでいい。
だから自分は自分の強さを手に入れなければならない。
その為にみっともなくもがく事も、ラニは恥ずかしいとは思わなかった。
全部、お兄ちゃんが教えてくれたんだ。
サークとそこに惹き寄せられ、導かれた人達が教えてくれた。
そしてそれは今は自分の事も包んでくれている。
大丈夫、一人じゃない。
その言葉の意味を噛みしめる。
当然、戦う時はいつ如何なる戦いでも、己が一人にすぎない。
だから人は常に孤独を感じる。
けれど、だからこそ、自分は一人ではないという言葉の意味を知るのだ。
ラニは一度目を閉じ、そして開いた。
ゆっくりと決意を持ってライオネル殿下の額に触れる。
僕はやる。
今、自分にできる限りの事をする。
僕のやる事は僕にしかできない事。
でも、それでも手に負えない状況になっても、必ず周りがフォローしてくれる。
だから大丈夫。
僕は僕のできる限りを精一杯やればいい。
ラニは目を閉じた。
そしてライオネル殿下の精神に潜った。
「~~と、恐み恐み白す……。」
暗闇の中、義父さんの祝詞が終わった。
暗さに目が慣れ、下の様子が少し伺えた。
義父さんがその場に座り、深く頭を下げている。
「突然、この様な場に引き出してしまいました事、深くお詫び申し上げます。」
微動だにせず、淡々と義父さんは告げた。
その前に聳える巨大な何かは、狭そうにしながらもじっと様子を伺っていた。
その何かはやはり暗くてよく見えなかった。
『……主かえ?ここの所、我を鎮める唄を読んだ者は??』
「恐れながら私で御座います。」
『ふむ……腹立たしい事が多かった中、其方の唄は心地よかった。』
「身に余るお言葉、恐悦に御座います。」
『許す。面をあげよ。何者よ。』
義父さん腹立たしい事がそう言われ、深い一礼から軽い礼に改めた。
浄衣の擦れる微かな音が、痛いほどの静寂の中に響く。
「お初にお目にかかります。私は東の国の神仕えで御座います。」
『……東の……。なるほど、相分かった。』
そこに来て、空間がまた淡くチカチカと瞬き薄明るくなった。
恐らく海神が義父さんに対して、ある程度の信頼を示したせいだろう。
この仮想精神空間は俺達が作ってはいるが、場の支配は力の強いモノが持つようだ。
薄明るくなったので、俺は海神をよく見ようとした。
しかしそれをウニが引っ張って止める。
「あんま見んな!お前が見ると言う事は、相手も見るって事だ。完全に目があったら意識が繋がってお前、飲まれるぞ?!ただでさえ似ている存在なんだから!!親父さんを見てみろ!礼は尽しているが、見てないだろ?!」
言われてみれば、義父さんは一度もきちんと顔を上げて海神を見たりしていない。
なるほど、と納得する。
恐れ多いからそうしているって意味もあるのだろうが、同時に相手に入り込ませない為の防御でもあるようだ。
海神を見ないようにしながら義父さんの様子を伺うと、ふと何かに気づいたように顔を横に向けた。
「……ラニ??」
『……ごめんなさい。ちょっと……。』
か細い声……いや、意識が頭に流れ込む。
かなり弱っている。
やはり海神の眠る人の精神深部に降りるのは、相当、至難の業だったようだ。
大丈夫だろうかと心配になる。
「大丈夫かい?」
『僕は……。でも、王子様が……目覚めないんだ……どうしても……。』
「……そうか。わかった。」
義父さんは穏やかな声でラニにそう告げた。
優しい声でそう言ったのは、ラニを安心させるためだ。
状況が思った以上に悪い事は、ピリッと一瞬走った義父さんの緊張で俺に伝わった。
「目覚めないって……相当、ヤバイのか?」
「……ああ、ヤバいな……。本人がもう、硬い決意で精神を肉体から切り離そうとした後、長い間深く眠りすぎてる。自分がまだ存在している自覚がなく、自己を失い始めてるんだ……。」
「そんな……っ!!」
どういう事なのかウニに尋ねると、思った以上に厳しい状況だった。
これでは海神を海に還したとしても、ライオネル殿下は意識を取り戻すことはない。
精神魔術師であるラニが働きかけて目覚めないとなると、相当な事だと言う事だ。
「もう、己として呼びかけてもそれが認識できず、応じないんだろうな……。だからあの子がどんなに呼びかけても働きかけても反応が無いんだろうよ……。」
「だったらどうすれば?!」
俺が小部屋でウニと言い合っていると、下では少し考えた義父さんが穏やかな声でラニに言った。
「……これはもう、王子様に目覚めさせてもらうしかないだろうねぇ~。」
その声は少し笑っている。
王子様??
どういう意味だろう??
ラニもわからないようで戸惑っている。
『え??王子様??』
「うん。昔から言うだろう??眠り姫は王子様の口づけで目を覚ますものなんだよ。」
『……え??どういう事ですか??』
ラニは困惑している。
しかし、義父さんは問題ないと言うように笑っていた。
「いいからいいから。ラニは少し力を使いすぎてバランスが乱れているから、今はひとまず自分のバランスを立て直しなさい。王子様の件と同じで、私達が想定していたよりも状況が悪い。この先、何が起こるかわからない。私達は常にその時できる限りの万全な体制をとっていなければならないよ。」
『……はい。』
「大丈夫。自分を整える事により、状況が変わってくる事もあります。今はその時に自分にできる最善を尽くしましょう。いいね?」
『はい……。』
義父さんはそう、話を締め括った。
俺は頭を抱える。
これって……もしかして……もしかするのか……?!
「なぁ……ウニ……。」
「あ~~、多分な……。」
俺達は目を合わせず、その予感に顔を強張らせる。
でも、何で?!
義父さんは俺がここにいて話を聞いている事を知らないはずなんだけど?!
「……と、言う訳で、本日一度目の出番だよ?サク??」
「!!」
義父さんはクスッと笑ってそう呟いた。
何でバレてんの……?!
俺とウニは顔を引きつらす。
「近くにいるね?おしめを替えてやった義父さんを誤魔化せると思ったら、百年早いと思いなさい。」
……マジか。
ウニの顔を見ると、ぶんぶん首を振っている。
「何でわかるかなんて俺にはわかんねぇよ?!」
「でも気づいてるじゃん……。」
「それはお前ら親子の絆が深いからだろ?!もしくは神仕えの技かなんかであって!!俺は空間を分けたんだ!できる限りの事をした!!その証拠に海神の方はまだお前に気づいてねぇだろ?!普通はわかんねえもんなんだよ!!」
言い訳の様に言ったウニの言葉。
その一つが胸に突き刺さる。
絆が深い、か……。
その言葉に不意に泣きそうになった。
義父さんと俺は血の繋がりなんかない。
ましてや俺は完全には人ですらないらしい。
なのに、義父さんはずっと俺を皆と変わらず育ててくれた。
多すぎる所は封じて、足りない所は時間をかけて補ってくれた。
俺が俺である事は、俺が自分を人間だと決められるのは、義父さんが与えてくれたものなのだ。
「そりゃ、そんじょそこらの血のつながりより、深くなる訳だよなぁ……。」
義父さんが俺を人間にしてくれた。
だから俺は皆と出会えたし、ウィルとも出会えた。
今の俺を決めているものの一つが義父さんだ。
半分精霊らしいとかそういうのは関係ない。
俺は何であれ俺であって、それ以外の何者でもないのだ。
パキンッと微かな音がした。
その音と同時に体が軽くなり、頭がはっきりした。
どうやら海神から受けている影響を完全に弾く事ができたようだった。
俺は顔を上げ、ウニをまっすぐ見つめる。
「ウニ、俺はどうすればライオネル殿下の所に行ける?」
「……多分だが、もう、正当法は通用しねぇ。それができるなら、あの子が何とかできたはずだ。だから王子様の精神に降りても意味ねぇよ。」
「なら、どこに行けばいい?」
「……危険だぞ?それでもやるか?!」
「ああ。ラニだって義父さんだって危険を侵してこの場で戦ってるんだ。俺だけのうのうと見てるだけなんて訳にはいかないだろ?どうしたらいい??」
「……王子は自分の内部で眠ってる。つまり自己の眠りの無意識層にいる。夢の無意識層ってのは、自分自身の精神空間からさらに奥に入った場所、つまり世界意識の精神世界に入り込んでるんだ。」
「……何かまたややこしい話になってきたな??」
「あ~もう!!本当、お前、使えねぇなぁ!!ここで説明してても仕方ねぇから!そういうもんだと思え!!個人個人、それぞれ自分の中に精神空間がある!眠りに落ちるってのは、精神体が肉体を離れ、自身の精神空間に入る事なんだよ!!で、個人個人として存在していても誰もが世界の一部だろ?!だから個人個人の精神空間も奥に行けば世界の精神世界に繋がってんだよ!!だから深い眠り、無意識層の眠りに入った時は世界意識の精神空間に入り込んでんだよ!!」
「……なるほど??」
よくわからないが、今はとにかくそう丸暗記するしかない。
レム睡眠とノンレム睡眠みたいなもんだと考えておけばいいだろう。
「要するに、自己の精神空間からさらに深い眠りに入ると世界意識の精神空間の中に入るって事で、自分の深層深部の中で眠りについているライオネル殿下は、世界意識の精神空間の方にいると??」
「そういう事だ!だから世界意識の中、夢の無意識が集まる場所のどこかに王子の精神体はいる。……そしてここは夢現。夢の世界への入り口だ。……何が言いてぇか、わかるな?!」
「……なるほど。そういう事か。」
俺は鍵を使い眠る事で、現実と精神の間にあるフーボーさんの図書館にくる。
今回は俺を通じ、その狭間から精神世界に接触し、仮想精神空間を作った。
だからここも、眠りに落ちる一瞬の間に通り過ぎる集団意識のすぐ側にあるのだ。
人は夢現の狭間を通ってまず、自己の精神空間に落ちる。
そしてさらに無意識層まで落ちると、そこは自己ではなく世界意識の精神空間に入っている。
つまり、この夢の入り口付近の個々の無意識が集まる場所のどこかにライオネル殿下の精神体がいるはずなのだ。
「行くなら通路を開いてやる事はできる。だがそこから先、どうやって王子の意識を見つけたらいいか俺にはわからねぇ。そしてそこで迷ってここに帰ってこれなくなったら、最悪、お前は目覚めなくなる可能性がある。」
「そりゃだいぶ無謀だな……。」
「正直、今のお前には進められない方法だ。」
「せめてパンくずでも落としていければ、帰りは迷わないのになぁ。」
「パンくずじゃ駄目だろ?!おとぎ話的にも?!」
「あはは、そうだな。」
状況はわかった。
ここからライオネル殿下のいる場所に向かうにはうってつけではあるが、一歩間違えたら取り返しがつかない事になる。
どうやってたくさんの人の夢の中からライオネル殿下を見つけ出し、どうやってここに戻ってくるか……。
俺は頭を悩ませた。
何しろここは精神世界。
俺の考えがまともに通用する場所じゃない。
『行きは僕が先導する。』
「?!」
突然、声が響いた。
それは仮想精神空間からではなく、この小さな個室に直接響いている気がした。
「ラニ?!」
俺は驚いた。
なぜ、ラニの意識がこっちにあるのかわからなかったからだ。
しかしラニの声は仮想精神空間にいた時より、少し余裕を持って小さく笑った。
『ふふっ、こんなところから見てたんだ。僕、全然気づかなかった。』
「え?え?!どういう事?!」
『おじさんに言われて考えたんだ。思ったより状況が悪い。それなら余計な事に力を使わず、僕は僕の役割、つまり全てを繋ぐ「道」である事に特化する事にしたんだ。』
ラニは相変わらず姿は見えない。
どうやら今回の自分の役割がそれぞれを導き繋ぎ合わせる役目である事から、一つ一つを繋ぐ「道」を開き、その「道」を繋ぎ、それぞれを目的の場所に導きく事。
そしてその「道」を保つという事に集中した事から、自分という自己を具現化するのではなく「動線」そのものである事を意識した為にそうなっているらしい。
正直、驚いた。
ここは精神世界。
そういった事も可能なのかもしれないが、「自己意識」がしっかりしていなければ自分が不安定になるこの世界で、目に見える「自分」と言う形がない状態で、「道」としてここまで平然と自己を保てるというのは凄い事だ。
なんの気なしにやっているらしいラニの精神魔術師としての力量に驚くしかない。
『海様の意識はもう大半がこちらにいらっしゃるし、王子様は呼びかけには応じないから主線を繋いでても僕にできる事はない……。主線を切っても、人形がハブになって王子様も仮想精神空間に繋がってるから海様との繋がりが切れることも無い。とにかく王子様の意識を取り戻さないとならないから、今、僕に何ができるのか考えてたら、おじさんがお兄ちゃんに呼びかけたんだ。だから一度外に出で、お兄ちゃんの中に降り直したんだよ。』
「道」としての役割を果たそうとするラニは、繋げた全ての「線」を保ちつつ、自分の意識を降ろしている「線」を主線として活動しているようだ。
そして海神を仮想精神空間に導き、切れかけているライオネル殿下の精神を呼び覚まし身体と繋ごうと意識に降りたラニは、状況を解決する為にそこを離れ、俺の中に降り直したらしい。
何かだいぶ複雑になってきた。
ラニが「道」としてしっかり管理してくれていなければ、訳がわからなくなりそうだ。
とにかくライオネル殿下の意識が目覚めない事が問題だ。
意識が呼びかけに応じる状況なら、ラニが表層部まで導き肉体との繋がりを回復できるのだが、何しろ反応が無い状態では手の打ち様がない。
想定していなかった事態だが、動揺していたラニも落ち着きを取り戻している。
海神と殿下の二人の精神があるとても不安定で危険な精神深層部に降り、海神を仮想精神空間に導くという大きな作業を終えたラニは、精神的にも魔力的にも疲弊してバランスがかなり乱れている。
けれど義父さんの言葉を受け、かなり立て直してくれたみたいだ。
小さなラニに負担をかけている事がやはり胸に痛い。
黙って話を聞いていたウニが、大体の状況を把握しラニに呼びかけた。
「おい、チビ。聞こえるか?!」
『うん。僕はラニ。君は?』
「ウニ・プネウマ。ウニでいい。訳あって精神世界に特化した精霊だ。それより精神魔術師が来てくれたとは話が早え。サークはこっちの事、何もわかっちゃいねぇからな。」
『それは仕方がないよ、ウニ。精神世界って特殊だし、いくら何でもできるお兄ちゃんでも、全部が全部できる訳じゃないから。』
「まぁそうなんだけどよ?!大事な局面で使い物になんねぇからよ~。」
「おい!ウニ!!そりゃあんまりだろ?!」
冷たい目で俺を蔑むウニに俺は文句を言った。
仕方ないだろ?!
ここは俺の本拠地じゃねぇ、アウェーだアウェー。
確かに俺はここではほぼ役立たずでむしろ足を引っ張ってるかもしれないけどさ?!
その中でもできる限りの事を頑張ってるのに、その言い方はないだろう?!
『それより仮想精神空間作成装置の魔力電池が切れたら、ここが保てなくなるんでしょ?だとしたらあまりゆっくりしていられないよ。海様がここに入られた事で、場を保つ為に使用される魔力の必要量が増えたんだ。』
「あ~、なるほどな。さすがは精霊王が一人、海神だな。むしろこんなおもちゃみたいな空間がよく耐えてると思うぜ。」
『そうだね。それでさっき聞こえた話だけど、ウニの考えでは王子様の表層意識から潜って深部にアクセスするんじゃなくて、夢の世界……集団無意識の夢側から王子様の意識を探し出してアプローチするって事だよね?』
「そういう事だ。話が早えな?!ラニ。ちょうどここは夢の世界の入り口にある空間なんだ。自分の深層深部で王子様が眠ってんなら、夢の無意識層の集まる場所のどこかにいる。探せるか?!」
『多分。僕は精神魔術師だし、人形を通じて王子様の意識も微かだけど認識できているから、それを辿っていけばたくさんの人の無意識の中から王子様の夢を見つける事はできると思う。……でも、それを辿って王子様の夢を見つける事はできるけど、そこからお兄ちゃんを連れてここに戻るのは難しいと思う。集団無意識の中を探すって事は、戻る時も集団無意識の中を抜けてこないとならない。無意識、特に集団無意識は何が起こるかわからないから、確実にここに戻れるかはわからない……。ここ、凄く存在意義が弱い空間だから……。夢世界の集団無意識なら浅い方だし、いざとなったら自分の事はどうにかできるけど、お兄ちゃんの安全を確保できるか不安が残るよ。かと言って僕一人で行っても、多分同じ事になるから意味がないだろうし……。』
「あぁ、そこが難しいところだ。行きはよいよい帰りは怖いってな。ここは作った仮想精神空間のおまけみたいなもんだ。なくてもいいもんを騙し騙し作ったんだから存在感は無いに等しい。海神に気づかれないよう存在意義を弱く作ったのが仇になったな……。いくらラニが精神魔術師として優れていても、集団無意識に囲まれた状態で、存在意義のないここを見つけ出すのは難しいだろうな……。」
何かラニとウニが専門的な話をしている……。
なんとなくはわかるが、やはり俺には実感としてその重さを感じる事ができない。
悲しいかな、専門外だからちょっと蚊帳の外感を感じる。
でも俺にはここの知識がないのだ。
二人の出す結論に従うのが一番いいだろう。
しばらく考えた後、ウニがチラリと俺を見た。
「だが他に手っ取り早い方法がねぇ。表層意識から潜ってたらお前らも無駄に魔力と精神力を消耗する。だからサーク、これを持ってけ。パンくずよりはマシだ。」
ウニはそう言うと、自分の胸の中に手を突っ込んで何かを取り出した。
そのズボッと体の中に手が入ってズボッと出てくる様子に思わず声が出る。
「ひいぃぃぃっ?!何っ?!」
「いちいち現実的に考えんな!!うるせぇヤツだな?!」
いやごめん……俺、多分一生慣れないわ、精神世界……。
頭の中に手を突っ込まれたり、体に手を突っ込んで何か出したりとか、やっぱりどうやっても頭が受け付けない……。
「……それ、記憶??ウニのじゃないね……誰の??」
しかしラニはほとんど驚かなかった。
こう言うのが精神魔術を使えるか使えないかの耐性なのだろうか??
そんな事を話している間に、ウニはその胸から取り出したものを俺の手に乗せてくる。
俺は反射的に怖すぎて嫌がってしまったが、ラニの言葉に我に返った。
怯える俺の手に無理やり乗せられた、何かの欠片。
ラニはそれを記憶と言った。
ハッとしてウニを見る。
「……俺の大事な人の欠片だ。余ったやつをいくつか持ってる。俺と絆が深いから、迷いそうになったらそれの導く方に行け。そうすれば帰ってこれると思う。」
「……ウニ……。」
これは恐らくフーボーさんの欠片だ。
ウニにとったらかけがえのないもののはずだ。
そしてそれを使うという事は、それの持つ力を、情報を消費する事を意味する。
慌てて返そうとする俺の手をウニは強い意志で押し返した。
「迷うな、サーク。いざという時は使うんだ。良いな?!」
「でも!!」
「フーはお前に全てを託したんだ。だからここで失敗する訳には行かねぇんだよ!何に変えてもな!!」
「……わかった。」
そうだ。
フーボーさんとウニは、情報を残す為に自分達の存在を捻じ曲げてまでこの件に備えたのだ。
だからその想いを無下にしてはならないのだ。
奥歯を噛みしめる俺に、ウニはいつもの調子で笑って話す。
「……心配すんなって!欠片はまだあるし、何よりそんなものなくっても、俺はちゃんとフーを覚えてんだ。俺は絶対フーを忘れない。長生きさせんだからよ!!」
「うん……そうだな……。」
ウニの覚悟が胸に痛い。
俺達は失敗する訳にはいかないのだ。
何があっても。
俺はその小さな欠片をグッと握った。
受け取った想いのバトンは、手の中で少し熱く感じる。
「そいじゃ、準備はいいか?二人とも?」
ウニの言葉に俺は頷いた。
ラニも何も言わなかったが、頷いたような気がした。
覚悟はできた。
ウニがニョロリと動くと、さっき仮想精神空間に人形のドアができたように四角い亀裂が入る。
そのドアを見て、俺はここを出、果てしない精神世界の中に潜るのだと痛感しグッとフーボーさんの欠片を握り締めたのだった。
横でサークの父親である神仕えのおじさんは、自分と人形に手を縛られた状態で意識を失っている。
当然だ。
今、彼は仮想精神空間と言う所にいて、自分が海神をそちらに招くのを待っている。
「……大丈夫か?」
「うん、まだ何もしてないからね。」
自分の背に手を当てて肉体の管理をしてくれているアレックに尋ねられ、ラニは静かに笑った。
ぽんっと肩に手を置かれる。
振り向くと姉であるリアナがグッと何かを堪えて頷いた。
ああ、お姉ちゃんは怖いんだ。
そう思った。
何かあって弟である自分を失うのが怖い。
でも今の姉には何もできなくて、それが怖いのだ。
「大丈夫。お姉ちゃんがついてるから……っ!」
「うん。いつもありがとう。お姉ちゃん。」
「当然よ!私はアンタのお姉ちゃんなんだから!!」
そう、元気づけてくれる。
いつだってそうだ。
自分がどんなに怖くても、弱い姿を決して自分に見せずに叱咤してくれる。
ラニは肩に置かれた姉の手に、自由になる手を重ねた。
「ありがとう。僕、行ってくるよ。」
「わかった……。待ってるから……!ここで待ってるから!!」
「うん。」
強くなりたいと思った。
姉にこんな強がりをさせずに済むよう、強くなりたいと思った。
視線を王子様……ライオネル殿下に向けると、向かいで装置に繋がれて眠っているサークが目に入った。
この人のようになりたい。
全てはそこから始まった。
でも自分は自分だから、同じにはなれない。
それでいい。
だから自分は自分の強さを手に入れなければならない。
その為にみっともなくもがく事も、ラニは恥ずかしいとは思わなかった。
全部、お兄ちゃんが教えてくれたんだ。
サークとそこに惹き寄せられ、導かれた人達が教えてくれた。
そしてそれは今は自分の事も包んでくれている。
大丈夫、一人じゃない。
その言葉の意味を噛みしめる。
当然、戦う時はいつ如何なる戦いでも、己が一人にすぎない。
だから人は常に孤独を感じる。
けれど、だからこそ、自分は一人ではないという言葉の意味を知るのだ。
ラニは一度目を閉じ、そして開いた。
ゆっくりと決意を持ってライオネル殿下の額に触れる。
僕はやる。
今、自分にできる限りの事をする。
僕のやる事は僕にしかできない事。
でも、それでも手に負えない状況になっても、必ず周りがフォローしてくれる。
だから大丈夫。
僕は僕のできる限りを精一杯やればいい。
ラニは目を閉じた。
そしてライオネル殿下の精神に潜った。
「~~と、恐み恐み白す……。」
暗闇の中、義父さんの祝詞が終わった。
暗さに目が慣れ、下の様子が少し伺えた。
義父さんがその場に座り、深く頭を下げている。
「突然、この様な場に引き出してしまいました事、深くお詫び申し上げます。」
微動だにせず、淡々と義父さんは告げた。
その前に聳える巨大な何かは、狭そうにしながらもじっと様子を伺っていた。
その何かはやはり暗くてよく見えなかった。
『……主かえ?ここの所、我を鎮める唄を読んだ者は??』
「恐れながら私で御座います。」
『ふむ……腹立たしい事が多かった中、其方の唄は心地よかった。』
「身に余るお言葉、恐悦に御座います。」
『許す。面をあげよ。何者よ。』
義父さん腹立たしい事がそう言われ、深い一礼から軽い礼に改めた。
浄衣の擦れる微かな音が、痛いほどの静寂の中に響く。
「お初にお目にかかります。私は東の国の神仕えで御座います。」
『……東の……。なるほど、相分かった。』
そこに来て、空間がまた淡くチカチカと瞬き薄明るくなった。
恐らく海神が義父さんに対して、ある程度の信頼を示したせいだろう。
この仮想精神空間は俺達が作ってはいるが、場の支配は力の強いモノが持つようだ。
薄明るくなったので、俺は海神をよく見ようとした。
しかしそれをウニが引っ張って止める。
「あんま見んな!お前が見ると言う事は、相手も見るって事だ。完全に目があったら意識が繋がってお前、飲まれるぞ?!ただでさえ似ている存在なんだから!!親父さんを見てみろ!礼は尽しているが、見てないだろ?!」
言われてみれば、義父さんは一度もきちんと顔を上げて海神を見たりしていない。
なるほど、と納得する。
恐れ多いからそうしているって意味もあるのだろうが、同時に相手に入り込ませない為の防御でもあるようだ。
海神を見ないようにしながら義父さんの様子を伺うと、ふと何かに気づいたように顔を横に向けた。
「……ラニ??」
『……ごめんなさい。ちょっと……。』
か細い声……いや、意識が頭に流れ込む。
かなり弱っている。
やはり海神の眠る人の精神深部に降りるのは、相当、至難の業だったようだ。
大丈夫だろうかと心配になる。
「大丈夫かい?」
『僕は……。でも、王子様が……目覚めないんだ……どうしても……。』
「……そうか。わかった。」
義父さんは穏やかな声でラニにそう告げた。
優しい声でそう言ったのは、ラニを安心させるためだ。
状況が思った以上に悪い事は、ピリッと一瞬走った義父さんの緊張で俺に伝わった。
「目覚めないって……相当、ヤバイのか?」
「……ああ、ヤバいな……。本人がもう、硬い決意で精神を肉体から切り離そうとした後、長い間深く眠りすぎてる。自分がまだ存在している自覚がなく、自己を失い始めてるんだ……。」
「そんな……っ!!」
どういう事なのかウニに尋ねると、思った以上に厳しい状況だった。
これでは海神を海に還したとしても、ライオネル殿下は意識を取り戻すことはない。
精神魔術師であるラニが働きかけて目覚めないとなると、相当な事だと言う事だ。
「もう、己として呼びかけてもそれが認識できず、応じないんだろうな……。だからあの子がどんなに呼びかけても働きかけても反応が無いんだろうよ……。」
「だったらどうすれば?!」
俺が小部屋でウニと言い合っていると、下では少し考えた義父さんが穏やかな声でラニに言った。
「……これはもう、王子様に目覚めさせてもらうしかないだろうねぇ~。」
その声は少し笑っている。
王子様??
どういう意味だろう??
ラニもわからないようで戸惑っている。
『え??王子様??』
「うん。昔から言うだろう??眠り姫は王子様の口づけで目を覚ますものなんだよ。」
『……え??どういう事ですか??』
ラニは困惑している。
しかし、義父さんは問題ないと言うように笑っていた。
「いいからいいから。ラニは少し力を使いすぎてバランスが乱れているから、今はひとまず自分のバランスを立て直しなさい。王子様の件と同じで、私達が想定していたよりも状況が悪い。この先、何が起こるかわからない。私達は常にその時できる限りの万全な体制をとっていなければならないよ。」
『……はい。』
「大丈夫。自分を整える事により、状況が変わってくる事もあります。今はその時に自分にできる最善を尽くしましょう。いいね?」
『はい……。』
義父さんはそう、話を締め括った。
俺は頭を抱える。
これって……もしかして……もしかするのか……?!
「なぁ……ウニ……。」
「あ~~、多分な……。」
俺達は目を合わせず、その予感に顔を強張らせる。
でも、何で?!
義父さんは俺がここにいて話を聞いている事を知らないはずなんだけど?!
「……と、言う訳で、本日一度目の出番だよ?サク??」
「!!」
義父さんはクスッと笑ってそう呟いた。
何でバレてんの……?!
俺とウニは顔を引きつらす。
「近くにいるね?おしめを替えてやった義父さんを誤魔化せると思ったら、百年早いと思いなさい。」
……マジか。
ウニの顔を見ると、ぶんぶん首を振っている。
「何でわかるかなんて俺にはわかんねぇよ?!」
「でも気づいてるじゃん……。」
「それはお前ら親子の絆が深いからだろ?!もしくは神仕えの技かなんかであって!!俺は空間を分けたんだ!できる限りの事をした!!その証拠に海神の方はまだお前に気づいてねぇだろ?!普通はわかんねえもんなんだよ!!」
言い訳の様に言ったウニの言葉。
その一つが胸に突き刺さる。
絆が深い、か……。
その言葉に不意に泣きそうになった。
義父さんと俺は血の繋がりなんかない。
ましてや俺は完全には人ですらないらしい。
なのに、義父さんはずっと俺を皆と変わらず育ててくれた。
多すぎる所は封じて、足りない所は時間をかけて補ってくれた。
俺が俺である事は、俺が自分を人間だと決められるのは、義父さんが与えてくれたものなのだ。
「そりゃ、そんじょそこらの血のつながりより、深くなる訳だよなぁ……。」
義父さんが俺を人間にしてくれた。
だから俺は皆と出会えたし、ウィルとも出会えた。
今の俺を決めているものの一つが義父さんだ。
半分精霊らしいとかそういうのは関係ない。
俺は何であれ俺であって、それ以外の何者でもないのだ。
パキンッと微かな音がした。
その音と同時に体が軽くなり、頭がはっきりした。
どうやら海神から受けている影響を完全に弾く事ができたようだった。
俺は顔を上げ、ウニをまっすぐ見つめる。
「ウニ、俺はどうすればライオネル殿下の所に行ける?」
「……多分だが、もう、正当法は通用しねぇ。それができるなら、あの子が何とかできたはずだ。だから王子様の精神に降りても意味ねぇよ。」
「なら、どこに行けばいい?」
「……危険だぞ?それでもやるか?!」
「ああ。ラニだって義父さんだって危険を侵してこの場で戦ってるんだ。俺だけのうのうと見てるだけなんて訳にはいかないだろ?どうしたらいい??」
「……王子は自分の内部で眠ってる。つまり自己の眠りの無意識層にいる。夢の無意識層ってのは、自分自身の精神空間からさらに奥に入った場所、つまり世界意識の精神世界に入り込んでるんだ。」
「……何かまたややこしい話になってきたな??」
「あ~もう!!本当、お前、使えねぇなぁ!!ここで説明してても仕方ねぇから!そういうもんだと思え!!個人個人、それぞれ自分の中に精神空間がある!眠りに落ちるってのは、精神体が肉体を離れ、自身の精神空間に入る事なんだよ!!で、個人個人として存在していても誰もが世界の一部だろ?!だから個人個人の精神空間も奥に行けば世界の精神世界に繋がってんだよ!!だから深い眠り、無意識層の眠りに入った時は世界意識の精神空間に入り込んでんだよ!!」
「……なるほど??」
よくわからないが、今はとにかくそう丸暗記するしかない。
レム睡眠とノンレム睡眠みたいなもんだと考えておけばいいだろう。
「要するに、自己の精神空間からさらに深い眠りに入ると世界意識の精神空間の中に入るって事で、自分の深層深部の中で眠りについているライオネル殿下は、世界意識の精神空間の方にいると??」
「そういう事だ!だから世界意識の中、夢の無意識が集まる場所のどこかに王子の精神体はいる。……そしてここは夢現。夢の世界への入り口だ。……何が言いてぇか、わかるな?!」
「……なるほど。そういう事か。」
俺は鍵を使い眠る事で、現実と精神の間にあるフーボーさんの図書館にくる。
今回は俺を通じ、その狭間から精神世界に接触し、仮想精神空間を作った。
だからここも、眠りに落ちる一瞬の間に通り過ぎる集団意識のすぐ側にあるのだ。
人は夢現の狭間を通ってまず、自己の精神空間に落ちる。
そしてさらに無意識層まで落ちると、そこは自己ではなく世界意識の精神空間に入っている。
つまり、この夢の入り口付近の個々の無意識が集まる場所のどこかにライオネル殿下の精神体がいるはずなのだ。
「行くなら通路を開いてやる事はできる。だがそこから先、どうやって王子の意識を見つけたらいいか俺にはわからねぇ。そしてそこで迷ってここに帰ってこれなくなったら、最悪、お前は目覚めなくなる可能性がある。」
「そりゃだいぶ無謀だな……。」
「正直、今のお前には進められない方法だ。」
「せめてパンくずでも落としていければ、帰りは迷わないのになぁ。」
「パンくずじゃ駄目だろ?!おとぎ話的にも?!」
「あはは、そうだな。」
状況はわかった。
ここからライオネル殿下のいる場所に向かうにはうってつけではあるが、一歩間違えたら取り返しがつかない事になる。
どうやってたくさんの人の夢の中からライオネル殿下を見つけ出し、どうやってここに戻ってくるか……。
俺は頭を悩ませた。
何しろここは精神世界。
俺の考えがまともに通用する場所じゃない。
『行きは僕が先導する。』
「?!」
突然、声が響いた。
それは仮想精神空間からではなく、この小さな個室に直接響いている気がした。
「ラニ?!」
俺は驚いた。
なぜ、ラニの意識がこっちにあるのかわからなかったからだ。
しかしラニの声は仮想精神空間にいた時より、少し余裕を持って小さく笑った。
『ふふっ、こんなところから見てたんだ。僕、全然気づかなかった。』
「え?え?!どういう事?!」
『おじさんに言われて考えたんだ。思ったより状況が悪い。それなら余計な事に力を使わず、僕は僕の役割、つまり全てを繋ぐ「道」である事に特化する事にしたんだ。』
ラニは相変わらず姿は見えない。
どうやら今回の自分の役割がそれぞれを導き繋ぎ合わせる役目である事から、一つ一つを繋ぐ「道」を開き、その「道」を繋ぎ、それぞれを目的の場所に導きく事。
そしてその「道」を保つという事に集中した事から、自分という自己を具現化するのではなく「動線」そのものである事を意識した為にそうなっているらしい。
正直、驚いた。
ここは精神世界。
そういった事も可能なのかもしれないが、「自己意識」がしっかりしていなければ自分が不安定になるこの世界で、目に見える「自分」と言う形がない状態で、「道」としてここまで平然と自己を保てるというのは凄い事だ。
なんの気なしにやっているらしいラニの精神魔術師としての力量に驚くしかない。
『海様の意識はもう大半がこちらにいらっしゃるし、王子様は呼びかけには応じないから主線を繋いでても僕にできる事はない……。主線を切っても、人形がハブになって王子様も仮想精神空間に繋がってるから海様との繋がりが切れることも無い。とにかく王子様の意識を取り戻さないとならないから、今、僕に何ができるのか考えてたら、おじさんがお兄ちゃんに呼びかけたんだ。だから一度外に出で、お兄ちゃんの中に降り直したんだよ。』
「道」としての役割を果たそうとするラニは、繋げた全ての「線」を保ちつつ、自分の意識を降ろしている「線」を主線として活動しているようだ。
そして海神を仮想精神空間に導き、切れかけているライオネル殿下の精神を呼び覚まし身体と繋ごうと意識に降りたラニは、状況を解決する為にそこを離れ、俺の中に降り直したらしい。
何かだいぶ複雑になってきた。
ラニが「道」としてしっかり管理してくれていなければ、訳がわからなくなりそうだ。
とにかくライオネル殿下の意識が目覚めない事が問題だ。
意識が呼びかけに応じる状況なら、ラニが表層部まで導き肉体との繋がりを回復できるのだが、何しろ反応が無い状態では手の打ち様がない。
想定していなかった事態だが、動揺していたラニも落ち着きを取り戻している。
海神と殿下の二人の精神があるとても不安定で危険な精神深層部に降り、海神を仮想精神空間に導くという大きな作業を終えたラニは、精神的にも魔力的にも疲弊してバランスがかなり乱れている。
けれど義父さんの言葉を受け、かなり立て直してくれたみたいだ。
小さなラニに負担をかけている事がやはり胸に痛い。
黙って話を聞いていたウニが、大体の状況を把握しラニに呼びかけた。
「おい、チビ。聞こえるか?!」
『うん。僕はラニ。君は?』
「ウニ・プネウマ。ウニでいい。訳あって精神世界に特化した精霊だ。それより精神魔術師が来てくれたとは話が早え。サークはこっちの事、何もわかっちゃいねぇからな。」
『それは仕方がないよ、ウニ。精神世界って特殊だし、いくら何でもできるお兄ちゃんでも、全部が全部できる訳じゃないから。』
「まぁそうなんだけどよ?!大事な局面で使い物になんねぇからよ~。」
「おい!ウニ!!そりゃあんまりだろ?!」
冷たい目で俺を蔑むウニに俺は文句を言った。
仕方ないだろ?!
ここは俺の本拠地じゃねぇ、アウェーだアウェー。
確かに俺はここではほぼ役立たずでむしろ足を引っ張ってるかもしれないけどさ?!
その中でもできる限りの事を頑張ってるのに、その言い方はないだろう?!
『それより仮想精神空間作成装置の魔力電池が切れたら、ここが保てなくなるんでしょ?だとしたらあまりゆっくりしていられないよ。海様がここに入られた事で、場を保つ為に使用される魔力の必要量が増えたんだ。』
「あ~、なるほどな。さすがは精霊王が一人、海神だな。むしろこんなおもちゃみたいな空間がよく耐えてると思うぜ。」
『そうだね。それでさっき聞こえた話だけど、ウニの考えでは王子様の表層意識から潜って深部にアクセスするんじゃなくて、夢の世界……集団無意識の夢側から王子様の意識を探し出してアプローチするって事だよね?』
「そういう事だ。話が早えな?!ラニ。ちょうどここは夢の世界の入り口にある空間なんだ。自分の深層深部で王子様が眠ってんなら、夢の無意識層の集まる場所のどこかにいる。探せるか?!」
『多分。僕は精神魔術師だし、人形を通じて王子様の意識も微かだけど認識できているから、それを辿っていけばたくさんの人の無意識の中から王子様の夢を見つける事はできると思う。……でも、それを辿って王子様の夢を見つける事はできるけど、そこからお兄ちゃんを連れてここに戻るのは難しいと思う。集団無意識の中を探すって事は、戻る時も集団無意識の中を抜けてこないとならない。無意識、特に集団無意識は何が起こるかわからないから、確実にここに戻れるかはわからない……。ここ、凄く存在意義が弱い空間だから……。夢世界の集団無意識なら浅い方だし、いざとなったら自分の事はどうにかできるけど、お兄ちゃんの安全を確保できるか不安が残るよ。かと言って僕一人で行っても、多分同じ事になるから意味がないだろうし……。』
「あぁ、そこが難しいところだ。行きはよいよい帰りは怖いってな。ここは作った仮想精神空間のおまけみたいなもんだ。なくてもいいもんを騙し騙し作ったんだから存在感は無いに等しい。海神に気づかれないよう存在意義を弱く作ったのが仇になったな……。いくらラニが精神魔術師として優れていても、集団無意識に囲まれた状態で、存在意義のないここを見つけ出すのは難しいだろうな……。」
何かラニとウニが専門的な話をしている……。
なんとなくはわかるが、やはり俺には実感としてその重さを感じる事ができない。
悲しいかな、専門外だからちょっと蚊帳の外感を感じる。
でも俺にはここの知識がないのだ。
二人の出す結論に従うのが一番いいだろう。
しばらく考えた後、ウニがチラリと俺を見た。
「だが他に手っ取り早い方法がねぇ。表層意識から潜ってたらお前らも無駄に魔力と精神力を消耗する。だからサーク、これを持ってけ。パンくずよりはマシだ。」
ウニはそう言うと、自分の胸の中に手を突っ込んで何かを取り出した。
そのズボッと体の中に手が入ってズボッと出てくる様子に思わず声が出る。
「ひいぃぃぃっ?!何っ?!」
「いちいち現実的に考えんな!!うるせぇヤツだな?!」
いやごめん……俺、多分一生慣れないわ、精神世界……。
頭の中に手を突っ込まれたり、体に手を突っ込んで何か出したりとか、やっぱりどうやっても頭が受け付けない……。
「……それ、記憶??ウニのじゃないね……誰の??」
しかしラニはほとんど驚かなかった。
こう言うのが精神魔術を使えるか使えないかの耐性なのだろうか??
そんな事を話している間に、ウニはその胸から取り出したものを俺の手に乗せてくる。
俺は反射的に怖すぎて嫌がってしまったが、ラニの言葉に我に返った。
怯える俺の手に無理やり乗せられた、何かの欠片。
ラニはそれを記憶と言った。
ハッとしてウニを見る。
「……俺の大事な人の欠片だ。余ったやつをいくつか持ってる。俺と絆が深いから、迷いそうになったらそれの導く方に行け。そうすれば帰ってこれると思う。」
「……ウニ……。」
これは恐らくフーボーさんの欠片だ。
ウニにとったらかけがえのないもののはずだ。
そしてそれを使うという事は、それの持つ力を、情報を消費する事を意味する。
慌てて返そうとする俺の手をウニは強い意志で押し返した。
「迷うな、サーク。いざという時は使うんだ。良いな?!」
「でも!!」
「フーはお前に全てを託したんだ。だからここで失敗する訳には行かねぇんだよ!何に変えてもな!!」
「……わかった。」
そうだ。
フーボーさんとウニは、情報を残す為に自分達の存在を捻じ曲げてまでこの件に備えたのだ。
だからその想いを無下にしてはならないのだ。
奥歯を噛みしめる俺に、ウニはいつもの調子で笑って話す。
「……心配すんなって!欠片はまだあるし、何よりそんなものなくっても、俺はちゃんとフーを覚えてんだ。俺は絶対フーを忘れない。長生きさせんだからよ!!」
「うん……そうだな……。」
ウニの覚悟が胸に痛い。
俺達は失敗する訳にはいかないのだ。
何があっても。
俺はその小さな欠片をグッと握った。
受け取った想いのバトンは、手の中で少し熱く感じる。
「そいじゃ、準備はいいか?二人とも?」
ウニの言葉に俺は頷いた。
ラニも何も言わなかったが、頷いたような気がした。
覚悟はできた。
ウニがニョロリと動くと、さっき仮想精神空間に人形のドアができたように四角い亀裂が入る。
そのドアを見て、俺はここを出、果てしない精神世界の中に潜るのだと痛感しグッとフーボーさんの欠片を握り締めたのだった。
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