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第九章「海神編」
ボケてない老人
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サーニャのトレーニングでだいぶ感覚が掴めてきたウィルは、半日はサーニャとトレーニングをして半日はボーンと迷宮遺跡に潜るようになっていた。
それによって、魔力だと思われるものが自分の中で動いているのがわかるようになる。
「本当、魔術師か魔法師って言ってもいいくらい魔力のコントロールはできてるんですけどね??何でなんでしょう??」
「それがわかったら誰も苦労してねぇ。」
「すみません……。」
不思議そうにするサーニャと、困り果てて言葉少なくなるボーンにウィルは思わず謝る。
あれ以降、無自覚でも魔力は使えていない。
不活性型の魔力はある。
そしてそのコントロールもできる。
自分でもその力の感覚がわかるようになった。
けれど肝心な「使う」と言う部分には達していない。
「火種……火種って何なんだろう……。」
最終的にはそこだ。
魔法や魔術が使える人間が生まれつき持っているそれ。
それがウィルにはない。
だから魔力をコントロールできても結局使う事ができないのだ。
こればかりはさすがのボーンも教えようがない。
大人になってから魔力が使える様になる者も希にはいるが、それもやはり、自分に妙な事が起こる事や魔法や魔術を面白がって真似てできてしまったりして魔力を自覚するのだ。
魔力を使う者、全てが無自覚にできる事。
だから、不活性型の魔力を活性型に変えて力として使う方法を誰も知らないのだ。
なぜそこまで完全に自分には火種のかけらもないのかと悩んでいたが、自分の力が浄化に特化しすぎている上ありえないほど強い事から、世界のバランスを保つ為に相当特殊な状況下でないと使えないようになっているのではないかとボーンに言われた。
ならその特殊な状況下について考えてみる。
夜の宝石は、竜の血の呪いのような世界の広範囲を汚染してしまうような強力な呪いを浄化する為に存在しているらしい。
実際なんだかんだ力が出せたのは、ボーンとサークが減らしていたとはいえ、完全な呪いになった海竜の怨念を肩代わりしたサークを癒そうとしてであり、この前、不用意に力が出たのもその時の事を強く思い出していたからだ。
けれどボーン立ち合いで同じ事を試してみたのだが、やはり意識してしまったせいか浄化は起こらなかった。
何がきっかけなのだろう?
そしてやはり力は涙としてしか出せないのだろうか?
「ん~??特に異常はないですよ??先生~。」
「……そうだな……。」
ウィルは広々とした神殿の様な場所で壁を見つめていた。
壁には魔法陣の中に地竜のリアルな絵が描かれている。
ここはトート迷宮遺跡の最奥、トート神殿だ。
サークがロナンドと共に訪れ、長年の穢れでにゾンビ化した地竜を浄めた場所。
本来ならそれはボーンの役目だったのだが、精霊との間に生まれたらしいサークは、「血を分ける」と言う特殊な形で地竜を癒やしたらしい。
本人はいきなり血と魔力が奪われてぶっ倒れてしまって全く覚えていないので、伝え聞いたウィルも詳しい事は知らない。
「地竜って……本当に翼がないんだなぁ……。体つきも飛竜達と全然違う……。」
竜が身近だったウィルだが、ウィルにとって竜といえば飛竜だ。
だから他の種の竜を見るのは初めてで、まじまじとその絵となっている地竜を見つめた。
「……ちょっとずんぐりむっくりで可愛い……。」
どう見ても雄々しくゴツい地竜のリアルな絵だというのに、ウィルはとても可愛く愛おしく感じる。
まだ飛べなくてぽってりしている赤ちゃん飛竜から翼を取ったみたいだと思った。
凄く可愛い。
思わず頬が緩んでしまう。
すると胸の中で何かが動いた。
「……ふふふっ、ヤキモチ??」
それがヴィオールが拗ねているのだと感じて、ウィルは笑ってしまった。
名前までつけて自分の中でこれ以上ないくらい一緒にいるのに、ちょっと他の竜を可愛いと思っただけでヤキモチを焼くなんて愛しい子だなぁと思う。
「他の子がどんなに可愛くても、ヴィオールが一番だよ??」
「……おい、ウィル。ここでそいつを出すんじゃねぇぞ?!地竜がびっくりしちまう。」
「やだな、出しませんよ。先生。」
何故、ウィルもといボーンとサーニャがこのトート神殿にいるかと言うと、トート神殿に異常が察知されたからだ。
その為、見回りという事でやってきた。
ウィルは地竜が見たかったのでついていきたいと頼み、ボーンも今後もし自分が今何かしらの事情で死ぬ事があった場合、ここを浄めるにはアレック一人では厳しいと思い、その能力に特化してしているウィルに見せておくのも良いだろうと思って連れてきたのだ。
「地竜さんの結界には特に問題点はないです~。先生~。」
「だな……。後は地獄の門の方を調べて異状がなければ、経過観察だな……。」
結界をくまなく調べていたサーニャの言葉に、全体を調査していたボーンは難しい顔をしたままそう答えた。
あまりいい反応ではない。
「……先生?どうかされたんですか?」
「あぁ、ワリィ……。」
問題ないとしながらも表情の硬いボーン。
その様子にウィルとサーニャは困惑気味に顔を見合わせた。
神殿の中をゆっくり見渡し、ボーンは難しい顔を崩さなかった。
「……ちいと面倒な事が起こりかねねぇから、ウィル、お前、一度、家に帰れ。問題なさそうなら、また連絡するからよ。」
「え?!」
「迷宮も念の為、しばらくメンテナンスっつって、閉鎖すっか……。」
「先生?!」
「そこまでの大事なんですか?!」
「ん~~。わからねぇ……。わからねぇから念の為、閉鎖するってだけだ。二人ともそんな顔すんじゃねえよ。」
ボーンはウィルとサーニャに困ったように笑いかけた。
だが、ウィルとサーニャからしてみればそうやって笑いかけてきた事からこれがただ事じゃないかもしれないと思ってしまった。
なぜならいつものボーンなら、「念の為ってだけだ!いちいちんな顔すんじゃねぇ!!」とキレてきそうなものなのだ。
二人は無言で顔を見合わせた。
そして小さく頷きあう。
何となく、次にボーンが言い出しそうな言葉が想像できたからだ。
「ま、そんな気にする事じゃねぇよ。俺はもうちっと見回ってから帰るから、お前ら二人は先に帰んな。」
ほら、とウィルとサーニャは思った。
器用なんだか不器用なんだか……。
やっぱりと言う思いと同時に、ちょっと怒りが湧いてくる二人。
ドワーフで小さいボーンの両脇をさっと埋めた。
「何でもないなら一緒でも構わないですよねぇ??先生?!」
「俺ももう少しトート遺跡の最奥を見学したいです、先生。地獄の門って何ですか?!」
とびきりの笑顔でそう言った。
二人があまりにも笑顔でそう言ったものだから、ボーンは一瞬呆気にとられ、キレるタイミングを逃した。
「お、お前らぁ~っ!!」
「どうしたんです??先生?何でもないんですよね??」
「どうしたんですか?先生??そんなに怖い顔をして??」
ニッコニコのウィルとサーニャにそう言われ、ボーンはタジタジだ。
何でもないと言ってしまった手前、今更、危ないかもしれないから帰れと素直に言えるボーンではない。
何より捕まった何かよろしく、自分より背の高い二人に両脇を固められてはどうにもならない。
どうする?!
ボーンは考えた。
トート遺跡、いやトート神殿は死神を封じている。
死神と言うと何か一つのものを封印している様だが、そういった何かを封じている訳ではない。
この世界と対を成すもう一つの世界、陰と陽で言うならば陰。
つまり冥界。
トート神殿はそこにに通じる不必要な通路を封じているのだ。
二つの世界は陰と陽、切っても切れない対だ。
決して交わる事はないが、お互いがあるから世界は存在している。
だから自然とそこに繋がりができるものだが、封じられた通路は自然発生したものではない。
世界に混沌を呼ぶ為に意図的に作られた大穴だ。
それがこちら側が作ったものなのか、あちら側が作ったものなのかはわかっていないが、とにかく自然的な繋がりではないこの大穴から冥界の陰が大量に流れ込めば、世界は混沌に満ちてしまう。
それを封じているのがトート神殿なのだ。
トート遺跡のトート、つまり死神は冥界の事を指し、その王クルを暗示している。
今までも神殿であり遺跡に異変が現れる事は度々あった。
段々と地竜が穢を背負う事で、結界に異常がなくても、その隙間をこじ開け抜けてくる魔物がたまにいたのだ。
その度、ボーンが始末していた。
元々ガチガチと完全に閉めてしまうと、かえって結界と言うのは脆くなる。
その為ある程度のガス抜きはできるように、このトート遺跡の結界は空気穴のように網目を模していて、さして問題ない程度の魔物ならこちら側に出れる仕組みになっている。
そして迷宮になっているのは、段階的に結界を張って、強いモノは上に上がれないような設計になっているのだ。
そして魔物というのは自己顕示欲の強い存在だ。
だからたとえどれだけ協力的な関係であっても、個々のパーソナルスペース的なものがしっかりしていて、一定のスペースに対して存在できる魔物の種類や数というのは決まってくる。
それを侵す場合は魔物同士で縄張り争い的な事が起こるので、自然と地上へのストッパーの役目を果たしてくれるのだ。
だから冒険者がいくら探索をしたってトート遺跡の魔物が尽きる事はないし、また、自己調節によって溢れ返ることもない。
だが、それは通常の場合だ。
トート遺跡の魔物は野良の魔物だ。
だから互いに牽制し合う。
けれどそこに統率力のある魔物が出てきた場合は違う。
自分より強すぎて従うしかない魔物がそこにいた場合、一つの群れと化す。
パーソナルスペース等は関係なく、統率力のあるその魔物に従うようになる為、頭となる魔物が弱い魔物を大量に呼び寄せ群れとして行動したら、トート遺跡全体の制御システムが崩れてしまうのだ。
だから、この遺跡には守人がいる。
頭となる強い魔物を呼び込む為、前段階としてこちらに押し入ってくる魔物を始末し全体の安定を測り、地竜の穢が限界に来た時に浄化する守人が必要になる。
ボーンがここの守人になったのは現国王ジョシュアが王になる前、彼により中西戦争の幕引きがされ、全体が落ち着いた頃だった。
ボーン自身もうジジイの年齢とはいえ、他の生物に比べれば寿命の長いドワーフだ。
前守人から最期にまた世界を見てきたいと頼まれ、請け負った。
自分も同じように後を任せられる者が見つかったら任せれば良いと思っていた。
しかしやってみれば、そう簡単にこの仕事が任せられる相手がいない事がわかった。
何しろ本人はその気はないが、ボーンは大魔法師の一人なのだ。
それに変わる人材など簡単には出てくる訳がない。
そんなこんなでボーンは結局、この遺跡に居着く事になったのだ。
その間、何度かこう言った事はあった。
大きな頭となり得る魔物をこちら側に送る為の前段階、結界の網目を少し破いて出てくる普段出てくる魔物よりも強力な魔物。
ボーンにとったら、骨は折れるが大したことではなかった。
地竜もだいぶ穢が溜まっているから、仕方のない事だと思っていた。
だが今回の異変に、ボーンは言い得ぬものを感じていた。
何故なら地竜はサークに血を分けられ、単に浄化されただけではなく若返ったかと思うほど力が戻っているのだ。
その地竜の結界に異常がないというのに、遺跡に異変が現れ危険を察知したのだ。
今回のはちょっとまずいかもしれない。
それがボーンの考えだった。
だが神殿に来てみてもそこまで異常を感知できない。
出てこようとして出れなかったというのならそれでいい。
だが出てこれているのにこの状況だったなら、かなりまずい。
地竜の力が完全なのに出てきた上、ボーンに異常を察知させない程、高度な見隠しの術を持っているモノがこちらに出てきている事になる。
そうとしたらかなりまずい状況だ。
チラリとボーンはウィルとサーニャを見上げた。
ウィルはサークから預かった大事な嫁さんだ。
これに何かあればサークの要の一つが失われる事になる。
それは避けなくてはならない。
本人に自覚はないが、サークはとても大きな運命と共にある存在だ。
誰かに言われた訳ではなく、ボーン自身の本能がそう感じるのだ。
ジョシュアに出会った時そう思ったように、サークにもそう言ったモノを感じるのだ。
どう見ても世間知らずのぼんぼんでお花畑に暮らすジョシュアだったのに、ボーンは運命を持つ者だと感じた。
同じように今はただ生意気なだけの若造だが、サークはどんどん様々な力を自分の周りに集めている。
出会った時は平民に毛が生えただけだった彼も、今や小さな領土を持つ貴族の一人だ。
本人はそれを嫌がっているが、あれはそういう運命に引っ張られている存在。
サークがどんなに嫌がろうと、そうやって色々な力を集めていく。
たまたま恋人にしたウィルが竜の谷の民で、おまけに夜の宝石だったのだって、そう言った流れの中にある事だ。
だから、その存在を決めている要となる相手を失わせる訳にはいかない。
それによって、運命とは大きく変わってしまうものなのだから。
そういう点では、サーニャは大きな運命の側にはいない。
だがサーニャにはサーニャの運命、人生があるのだ。
まだ若い、年頃の娘だ。
これから恋をしたり何なり、一番華やかで美しい時間が待っている筈なのだ。
なのにこんな死にかけのジジイに付き合わせてその時間を奪ってはならない。
「……おい!!お前ら!!俺をジジイ扱いすんな!!」
二人を振り払い、ボーンは声を荒げた。
何かあってからでは遅い。
どうあっても二人は安全な場所に戻さなくてはと思った。
自分が癇癪を起こす事など、いつもの事だ。
二人とも素直なタイプ。
困って呆れながらも言う通りにすると思っていた。
しかし……。
「……何、言っているんです??先生??」
「そうですよ??いつも自分の事を『死にかけのジジイ』って言っているのに、今更、ジジイ扱いするなと言われましても……、ねぇ?」
「そうですよ??それともとうとうボケちゃったんですか??先生??だったら尚更、側を離れる訳にはいかないです!!」
「ボケてねぇ!!いいから言う通り!さっさと先に帰れ!!」
真顔でそう言って来る二人。
ボーンは唖然とした後、憤慨した。
色々思うところはあったが口で二人を言い負かす事がボーンには不可能だと察して、もうどう説得すればいいのかわからないので地団駄を踏むしかなかった。
忘れていた。
この二人、普段はおとなしくて聞き分けのいいタイプだが、物凄く芯が強い。
核心近くなれば、頑として言う事を聞かなくなるタイプだ。
普段聞き分けが良い分、その領域に達したら、梃子でも動かないのだ。
「ほら、先生。早く見回りに行きますよ??」
「何もないなら何もない事を確認しないといけませんからね。」
「お……お前らぁ……っ!!」
ボーンの横をがっしり固め、ウィルとサーニャは微笑んだ。
一人で勝手に危険な真似なんかさせないぞ、という強い意志がそこにはあった。
さすがのボーンも頭を抱えた。
だが抱えた所でどうにかする方法が全く思いつかない。
ここは諦めて、見回りに連れていくしかないのだろう……。
とりあえずさっと見てすぐに地上に帰って、二人が寝てからまた見にくればいい。
そうだ、それがいい。
ボーンはそう結論を出した。
そして後々、とりあえずとばかりにそう判断してしまった事を深く後悔する事になった……。
それによって、魔力だと思われるものが自分の中で動いているのがわかるようになる。
「本当、魔術師か魔法師って言ってもいいくらい魔力のコントロールはできてるんですけどね??何でなんでしょう??」
「それがわかったら誰も苦労してねぇ。」
「すみません……。」
不思議そうにするサーニャと、困り果てて言葉少なくなるボーンにウィルは思わず謝る。
あれ以降、無自覚でも魔力は使えていない。
不活性型の魔力はある。
そしてそのコントロールもできる。
自分でもその力の感覚がわかるようになった。
けれど肝心な「使う」と言う部分には達していない。
「火種……火種って何なんだろう……。」
最終的にはそこだ。
魔法や魔術が使える人間が生まれつき持っているそれ。
それがウィルにはない。
だから魔力をコントロールできても結局使う事ができないのだ。
こればかりはさすがのボーンも教えようがない。
大人になってから魔力が使える様になる者も希にはいるが、それもやはり、自分に妙な事が起こる事や魔法や魔術を面白がって真似てできてしまったりして魔力を自覚するのだ。
魔力を使う者、全てが無自覚にできる事。
だから、不活性型の魔力を活性型に変えて力として使う方法を誰も知らないのだ。
なぜそこまで完全に自分には火種のかけらもないのかと悩んでいたが、自分の力が浄化に特化しすぎている上ありえないほど強い事から、世界のバランスを保つ為に相当特殊な状況下でないと使えないようになっているのではないかとボーンに言われた。
ならその特殊な状況下について考えてみる。
夜の宝石は、竜の血の呪いのような世界の広範囲を汚染してしまうような強力な呪いを浄化する為に存在しているらしい。
実際なんだかんだ力が出せたのは、ボーンとサークが減らしていたとはいえ、完全な呪いになった海竜の怨念を肩代わりしたサークを癒そうとしてであり、この前、不用意に力が出たのもその時の事を強く思い出していたからだ。
けれどボーン立ち合いで同じ事を試してみたのだが、やはり意識してしまったせいか浄化は起こらなかった。
何がきっかけなのだろう?
そしてやはり力は涙としてしか出せないのだろうか?
「ん~??特に異常はないですよ??先生~。」
「……そうだな……。」
ウィルは広々とした神殿の様な場所で壁を見つめていた。
壁には魔法陣の中に地竜のリアルな絵が描かれている。
ここはトート迷宮遺跡の最奥、トート神殿だ。
サークがロナンドと共に訪れ、長年の穢れでにゾンビ化した地竜を浄めた場所。
本来ならそれはボーンの役目だったのだが、精霊との間に生まれたらしいサークは、「血を分ける」と言う特殊な形で地竜を癒やしたらしい。
本人はいきなり血と魔力が奪われてぶっ倒れてしまって全く覚えていないので、伝え聞いたウィルも詳しい事は知らない。
「地竜って……本当に翼がないんだなぁ……。体つきも飛竜達と全然違う……。」
竜が身近だったウィルだが、ウィルにとって竜といえば飛竜だ。
だから他の種の竜を見るのは初めてで、まじまじとその絵となっている地竜を見つめた。
「……ちょっとずんぐりむっくりで可愛い……。」
どう見ても雄々しくゴツい地竜のリアルな絵だというのに、ウィルはとても可愛く愛おしく感じる。
まだ飛べなくてぽってりしている赤ちゃん飛竜から翼を取ったみたいだと思った。
凄く可愛い。
思わず頬が緩んでしまう。
すると胸の中で何かが動いた。
「……ふふふっ、ヤキモチ??」
それがヴィオールが拗ねているのだと感じて、ウィルは笑ってしまった。
名前までつけて自分の中でこれ以上ないくらい一緒にいるのに、ちょっと他の竜を可愛いと思っただけでヤキモチを焼くなんて愛しい子だなぁと思う。
「他の子がどんなに可愛くても、ヴィオールが一番だよ??」
「……おい、ウィル。ここでそいつを出すんじゃねぇぞ?!地竜がびっくりしちまう。」
「やだな、出しませんよ。先生。」
何故、ウィルもといボーンとサーニャがこのトート神殿にいるかと言うと、トート神殿に異常が察知されたからだ。
その為、見回りという事でやってきた。
ウィルは地竜が見たかったのでついていきたいと頼み、ボーンも今後もし自分が今何かしらの事情で死ぬ事があった場合、ここを浄めるにはアレック一人では厳しいと思い、その能力に特化してしているウィルに見せておくのも良いだろうと思って連れてきたのだ。
「地竜さんの結界には特に問題点はないです~。先生~。」
「だな……。後は地獄の門の方を調べて異状がなければ、経過観察だな……。」
結界をくまなく調べていたサーニャの言葉に、全体を調査していたボーンは難しい顔をしたままそう答えた。
あまりいい反応ではない。
「……先生?どうかされたんですか?」
「あぁ、ワリィ……。」
問題ないとしながらも表情の硬いボーン。
その様子にウィルとサーニャは困惑気味に顔を見合わせた。
神殿の中をゆっくり見渡し、ボーンは難しい顔を崩さなかった。
「……ちいと面倒な事が起こりかねねぇから、ウィル、お前、一度、家に帰れ。問題なさそうなら、また連絡するからよ。」
「え?!」
「迷宮も念の為、しばらくメンテナンスっつって、閉鎖すっか……。」
「先生?!」
「そこまでの大事なんですか?!」
「ん~~。わからねぇ……。わからねぇから念の為、閉鎖するってだけだ。二人ともそんな顔すんじゃねえよ。」
ボーンはウィルとサーニャに困ったように笑いかけた。
だが、ウィルとサーニャからしてみればそうやって笑いかけてきた事からこれがただ事じゃないかもしれないと思ってしまった。
なぜならいつものボーンなら、「念の為ってだけだ!いちいちんな顔すんじゃねぇ!!」とキレてきそうなものなのだ。
二人は無言で顔を見合わせた。
そして小さく頷きあう。
何となく、次にボーンが言い出しそうな言葉が想像できたからだ。
「ま、そんな気にする事じゃねぇよ。俺はもうちっと見回ってから帰るから、お前ら二人は先に帰んな。」
ほら、とウィルとサーニャは思った。
器用なんだか不器用なんだか……。
やっぱりと言う思いと同時に、ちょっと怒りが湧いてくる二人。
ドワーフで小さいボーンの両脇をさっと埋めた。
「何でもないなら一緒でも構わないですよねぇ??先生?!」
「俺ももう少しトート遺跡の最奥を見学したいです、先生。地獄の門って何ですか?!」
とびきりの笑顔でそう言った。
二人があまりにも笑顔でそう言ったものだから、ボーンは一瞬呆気にとられ、キレるタイミングを逃した。
「お、お前らぁ~っ!!」
「どうしたんです??先生?何でもないんですよね??」
「どうしたんですか?先生??そんなに怖い顔をして??」
ニッコニコのウィルとサーニャにそう言われ、ボーンはタジタジだ。
何でもないと言ってしまった手前、今更、危ないかもしれないから帰れと素直に言えるボーンではない。
何より捕まった何かよろしく、自分より背の高い二人に両脇を固められてはどうにもならない。
どうする?!
ボーンは考えた。
トート遺跡、いやトート神殿は死神を封じている。
死神と言うと何か一つのものを封印している様だが、そういった何かを封じている訳ではない。
この世界と対を成すもう一つの世界、陰と陽で言うならば陰。
つまり冥界。
トート神殿はそこにに通じる不必要な通路を封じているのだ。
二つの世界は陰と陽、切っても切れない対だ。
決して交わる事はないが、お互いがあるから世界は存在している。
だから自然とそこに繋がりができるものだが、封じられた通路は自然発生したものではない。
世界に混沌を呼ぶ為に意図的に作られた大穴だ。
それがこちら側が作ったものなのか、あちら側が作ったものなのかはわかっていないが、とにかく自然的な繋がりではないこの大穴から冥界の陰が大量に流れ込めば、世界は混沌に満ちてしまう。
それを封じているのがトート神殿なのだ。
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段々と地竜が穢を背負う事で、結界に異常がなくても、その隙間をこじ開け抜けてくる魔物がたまにいたのだ。
その度、ボーンが始末していた。
元々ガチガチと完全に閉めてしまうと、かえって結界と言うのは脆くなる。
その為ある程度のガス抜きはできるように、このトート遺跡の結界は空気穴のように網目を模していて、さして問題ない程度の魔物ならこちら側に出れる仕組みになっている。
そして迷宮になっているのは、段階的に結界を張って、強いモノは上に上がれないような設計になっているのだ。
そして魔物というのは自己顕示欲の強い存在だ。
だからたとえどれだけ協力的な関係であっても、個々のパーソナルスペース的なものがしっかりしていて、一定のスペースに対して存在できる魔物の種類や数というのは決まってくる。
それを侵す場合は魔物同士で縄張り争い的な事が起こるので、自然と地上へのストッパーの役目を果たしてくれるのだ。
だから冒険者がいくら探索をしたってトート遺跡の魔物が尽きる事はないし、また、自己調節によって溢れ返ることもない。
だが、それは通常の場合だ。
トート遺跡の魔物は野良の魔物だ。
だから互いに牽制し合う。
けれどそこに統率力のある魔物が出てきた場合は違う。
自分より強すぎて従うしかない魔物がそこにいた場合、一つの群れと化す。
パーソナルスペース等は関係なく、統率力のあるその魔物に従うようになる為、頭となる魔物が弱い魔物を大量に呼び寄せ群れとして行動したら、トート遺跡全体の制御システムが崩れてしまうのだ。
だから、この遺跡には守人がいる。
頭となる強い魔物を呼び込む為、前段階としてこちらに押し入ってくる魔物を始末し全体の安定を測り、地竜の穢が限界に来た時に浄化する守人が必要になる。
ボーンがここの守人になったのは現国王ジョシュアが王になる前、彼により中西戦争の幕引きがされ、全体が落ち着いた頃だった。
ボーン自身もうジジイの年齢とはいえ、他の生物に比べれば寿命の長いドワーフだ。
前守人から最期にまた世界を見てきたいと頼まれ、請け負った。
自分も同じように後を任せられる者が見つかったら任せれば良いと思っていた。
しかしやってみれば、そう簡単にこの仕事が任せられる相手がいない事がわかった。
何しろ本人はその気はないが、ボーンは大魔法師の一人なのだ。
それに変わる人材など簡単には出てくる訳がない。
そんなこんなでボーンは結局、この遺跡に居着く事になったのだ。
その間、何度かこう言った事はあった。
大きな頭となり得る魔物をこちら側に送る為の前段階、結界の網目を少し破いて出てくる普段出てくる魔物よりも強力な魔物。
ボーンにとったら、骨は折れるが大したことではなかった。
地竜もだいぶ穢が溜まっているから、仕方のない事だと思っていた。
だが今回の異変に、ボーンは言い得ぬものを感じていた。
何故なら地竜はサークに血を分けられ、単に浄化されただけではなく若返ったかと思うほど力が戻っているのだ。
その地竜の結界に異常がないというのに、遺跡に異変が現れ危険を察知したのだ。
今回のはちょっとまずいかもしれない。
それがボーンの考えだった。
だが神殿に来てみてもそこまで異常を感知できない。
出てこようとして出れなかったというのならそれでいい。
だが出てこれているのにこの状況だったなら、かなりまずい。
地竜の力が完全なのに出てきた上、ボーンに異常を察知させない程、高度な見隠しの術を持っているモノがこちらに出てきている事になる。
そうとしたらかなりまずい状況だ。
チラリとボーンはウィルとサーニャを見上げた。
ウィルはサークから預かった大事な嫁さんだ。
これに何かあればサークの要の一つが失われる事になる。
それは避けなくてはならない。
本人に自覚はないが、サークはとても大きな運命と共にある存在だ。
誰かに言われた訳ではなく、ボーン自身の本能がそう感じるのだ。
ジョシュアに出会った時そう思ったように、サークにもそう言ったモノを感じるのだ。
どう見ても世間知らずのぼんぼんでお花畑に暮らすジョシュアだったのに、ボーンは運命を持つ者だと感じた。
同じように今はただ生意気なだけの若造だが、サークはどんどん様々な力を自分の周りに集めている。
出会った時は平民に毛が生えただけだった彼も、今や小さな領土を持つ貴族の一人だ。
本人はそれを嫌がっているが、あれはそういう運命に引っ張られている存在。
サークがどんなに嫌がろうと、そうやって色々な力を集めていく。
たまたま恋人にしたウィルが竜の谷の民で、おまけに夜の宝石だったのだって、そう言った流れの中にある事だ。
だから、その存在を決めている要となる相手を失わせる訳にはいかない。
それによって、運命とは大きく変わってしまうものなのだから。
そういう点では、サーニャは大きな運命の側にはいない。
だがサーニャにはサーニャの運命、人生があるのだ。
まだ若い、年頃の娘だ。
これから恋をしたり何なり、一番華やかで美しい時間が待っている筈なのだ。
なのにこんな死にかけのジジイに付き合わせてその時間を奪ってはならない。
「……おい!!お前ら!!俺をジジイ扱いすんな!!」
二人を振り払い、ボーンは声を荒げた。
何かあってからでは遅い。
どうあっても二人は安全な場所に戻さなくてはと思った。
自分が癇癪を起こす事など、いつもの事だ。
二人とも素直なタイプ。
困って呆れながらも言う通りにすると思っていた。
しかし……。
「……何、言っているんです??先生??」
「そうですよ??いつも自分の事を『死にかけのジジイ』って言っているのに、今更、ジジイ扱いするなと言われましても……、ねぇ?」
「そうですよ??それともとうとうボケちゃったんですか??先生??だったら尚更、側を離れる訳にはいかないです!!」
「ボケてねぇ!!いいから言う通り!さっさと先に帰れ!!」
真顔でそう言って来る二人。
ボーンは唖然とした後、憤慨した。
色々思うところはあったが口で二人を言い負かす事がボーンには不可能だと察して、もうどう説得すればいいのかわからないので地団駄を踏むしかなかった。
忘れていた。
この二人、普段はおとなしくて聞き分けのいいタイプだが、物凄く芯が強い。
核心近くなれば、頑として言う事を聞かなくなるタイプだ。
普段聞き分けが良い分、その領域に達したら、梃子でも動かないのだ。
「ほら、先生。早く見回りに行きますよ??」
「何もないなら何もない事を確認しないといけませんからね。」
「お……お前らぁ……っ!!」
ボーンの横をがっしり固め、ウィルとサーニャは微笑んだ。
一人で勝手に危険な真似なんかさせないぞ、という強い意志がそこにはあった。
さすがのボーンも頭を抱えた。
だが抱えた所でどうにかする方法が全く思いつかない。
ここは諦めて、見回りに連れていくしかないのだろう……。
とりあえずさっと見てすぐに地上に帰って、二人が寝てからまた見にくればいい。
そうだ、それがいい。
ボーンはそう結論を出した。
そして後々、とりあえずとばかりにそう判断してしまった事を深く後悔する事になった……。
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これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
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