欠片の軌跡③〜長い夢

ねぎ(塩ダレ)

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第五章「さすらい編」

長い夢

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俺ははっとして目が覚めた。
全身汗だくで、うなされていたのがわかる。

雷鳴が鳴り響き、雷が暗い部屋を照らした。
外は激しく暗い雨が降っていた。

1人になりたかった俺は、独身寮ではなく研究室の部屋に帰ってきていた。
ベッドから起き上がり、窓を開けた。
暴風雨が部屋の中に飛び込んできた。
研究の書類が風で部屋中を舞う。

雨が滝のように打ち付け、俺は頭から水浸しになった。

じっと、暗い雲を見上げる。


「竜の谷……。」


ウィル……。

お前はどこにいるんだ?








俺は隊長の返事を待たなかった。

有給の事を伝えると、すぐに踵を返した。
急いでやらなければならないことがたくさんある。

少しでもその痕跡が残っているうちに……!

時間がたてば薄れてしまう。
どんな小さな事でもいい。
情報が必要だ。

俺は歩いていられなくて、走り出した。








「………………。」

俺はウィルの家に来た。
家財が残っていれば、じきに帰ってくると思えただろう。
だが家は空き部屋になっていた。

まるでそこには、元々誰も住んでいなかったように。

家財だけじゃない。
魔力を使っても、何の痕跡もない。
腕のいい魔術師が掃除したんだ。
ずいぶん綺麗にしてくれたもんだ。

俺は無言で小刀を手に取った。
掌を深く刺し、たくさん血が出るようにえぐった。
足元に小さな血溜まりができる。


「探してくれ。どんな小さな痕跡でもいい。」


血溜まりがもぞもぞ動き出す。
それは大量の蟻となり、部屋の中に散っていく。

探すな、とメモにはあった。

だが、あれだけ手の込んだやり方で、おそらく危険を侵して、殴り書きのメモを俺に託した。

探すな。

本心だろう。
でもその行動に、もうひとつの本心があるように思えてならない。

ふと、何か引っ掛かった。
蟻が何かを見つけたようだ。

例えどれだけ掃除をしようとも、蟻の入る隙間まで綺麗にできはしない。
俺はその場所に向かった。
ある場所に蟻が集まっている。


「……………。」


俺はその場所に立ち、しばらく動けなかった。
胸が張り裂けそうだった。

そこはベッドのあった場所。
俺たちが、俺たちの形で愛し合った場所。


なのにお前がいない。


俺はしゃがみこんでその場所を調べた。
蟻たちは床板裏の僅かな隙間に入り込んでいる。
小刀を使って、ベリッと床板を剥がした。


「………………っ!!」


床板の下、基礎板の方に、小さく文字が彫られていた。


〈ここで愛する人と結ばれた事を忘れない。
たとえ竜の谷の風になろうとも、決して。〉


名前はない。
だがウィルの文字だった。

涙が溢れた。


「何で、何でだよ……ウィル……。」


俺に探すなとメモを残したのに、この隠されたメッセージは何なんだよ!?

必ず戻るって何だよ!?

俺はしばらく、その場で泣き崩れた。










俺は嵐が入り込んでぐちゃぐちゃになった部屋で、じっとメモを見つめた。
窓際のベッドは死んでいるので、椅子に座っている。
外は台風一過でよく晴れていた。

しばらく会えない
探さないでくれ
必ず戻る

走り書きのこのメモをあんな風に俺に届けた。
ウィルは本気だろう。
本当に探さず、待っていろと言いたかったのだろう。

けれどそれなら、戻ってくるなら何も言わなくったていい。
戻れるような状況なら、落ち着いてから手紙をくれればいい。

だが、そうじゃない。

ああいう形でしか俺に伝える術が、チャンスがなかったのだ。
あの時、あの方法しかウィルには残されていなかったのだ。

そこまでして俺に伝えたかったのは、本当にメモの通りなのだろうか?

その行動にウィルのもうひとつの本心がある。


「ウィル……。」


だから行くよ。
お前のところに。

会って怒られるのはいつもの事だ。







ぼんやりとメモを見つめていると、ドンドンと下の玄関ドアを叩かれた。
面倒なので居留守を使おうと思っていたら、ガチャガチャドアを開ける音がした。

俺はぎょっとして、2階の内ドアから階段下の玄関を覗き込んだ。
この家は玄関が1階の階段下にあり、内階段を登った2階部分が居住スペースになっている。

とはいえ下のドアはこの部屋専用の玄関ドアだ。
他の人が開ける事などありえない。

え?何?強盗??

様子を伺っていた俺の目に、懐かしい顔が飛び込んできた。


「え!?班長っ!?なんで?!」

「……何だよ、サーク!いるならはじめから出てこい!バカ野郎!!」


そこには前と変わらず、不機嫌そうなザクス班長がいた。
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