2 / 77
第五章「さすらい編」
げんこつをくれる人
しおりを挟む
「うわ、酷いな、これは……。」
上がってきた班長が、部屋を見るなりそう言った。
俺は改めて部屋を見渡し笑った。
「あはは、すみません……。」
「すみませんじゃあない!」
暴風雨の中、窓を開け放った部屋。
なかなか絶望的な惨状となっている。
そんな部屋に苛立った班長からげんこつを食らう。
何だか懐かしくて笑えた。
「何で怒るんですか~!不可抗力なのに~!」
「これからこれをどうにかしなきゃならんと思うとムカつくんだよ!!」
自分で開けたとなると面倒な事になるのでその辺は伏せる。
この有り様は、窓が風で勝手に開いてしまってなった事にした。
そして俺は部屋の様子を見に来て、惨状を知って呆然としていたところだと班長に話した。
班長は特に疑うでもなく信じてくれたようだった。
「……と言うか、何で班長はここに?」
「マリーさんが嵐の中、お前んちの窓が開いてたって知らせに来たんだよ。お前、最近は基本はあっちに住んでるって言うし、この部屋の様子ぐらい見て知らせてやろうと思ってな。」
マリーさんとは向かいに住んでるおばあちゃんだ。
いつも家の前にロッキングチェアを出して、膝に猫を乗せて座っている可愛いおばあちゃん。
「鍵は?」
「お前、俺に1つ預けてただろ?俺も今日まで忘れてたんだけど。……返しとくな。」
そういえばそうだった。
俺が外壁警備の新人だった頃は寝坊はするわサボるわ、それはそれは世捨て人のように捻くれていて、怒った班長の命令で1つ預けだのだ。
でもそれは独り身で近くに身寄りもない俺に、何かあったら困るだろうという気遣いだったのを知っている。
それだけでも面倒みのいい人だと思うけど、俺が第三別宮警護部隊に移った今、わざわざ前の部下の家を見に来るなんて……。
本当、班長はぶっきらぼうなふりをして人がいい。
しかも俺がいる事がわかったからといって帰る訳でもなく、完全に掃除を手伝う気でいる。
「ほら!ぼさっとするな!働け!!」
「は~い。」
何故か自分の仕事だとばかりに俺に指示を出す。
この班長に尻を叩かれて動く感じは昔に戻ったようで少し楽しい。
何も知らない班長のぶっきらぼうな気遣いが、今の俺にはとてもありがたかった。
俺はとにかく散らばった書類を集め、班長は床の水を集めている。
「お前のそのエロ研究の装置とか大丈夫か?」
「ここまで奥には雨は吹き込まなかったので。」
「それ拾ったらお前、布団をどうにかしろ。1日干せば使えそうか?」
「多分。」
「寝る場所は向こうにあるんだろ?」
「はい。」
「なら今日寝る場所は大丈夫だな。」
「なかったら泊めてくれたんですか~?」
「最悪な。」
冗談で言ったのに、班長はサラリと答える。
思わず固まった後、本当に面倒見がいい人だなと笑ってしまった。
班長は魔術を使ってバケツに水を集めている。
「面倒だな、窓から捨てるか。」
「それやったらバケット夫妻に怒られるんで、やめて下さい。」
バケット夫妻は1階で雑貨屋を営む夫婦で、俺の部屋の大屋さんだ。
のんびりしたいい人達。
ちなみに賃貸的には俺だけで、2階の隣部分は倉庫になっている。
なので性欲研究で多少破廉恥な声が漏れても苦情は来ない、俺的には理想の物件だった。
面倒臭がりながら、班長は水を流しに捨てる。
「班長~バケツ~。」
「ほらよ。」
俺は杖で布団の水を絞り集め、バケツに入れた。
リレーのように班長がバケツを受け取ってくれる。
三回ほど繰り返すと水がとれなくなった。
掛け布団は窓に掛けて外に出して、マットレスは起こして立て掛けた。
「班長~。」
「何だよ。」
俺は粗方水のなくなった床に掃除がてらモップをかけ始めた班長に話しかけた。
思ったより自然と言葉が出た。
「俺、旅に出ます。」
「何だよ、いいご身分だな?そんなに給与がいいのか?」
「……恋人がいなくなりました。」
茶化していた班長は、俺の言葉に一瞬動きを止めた。
だが、何事もなかったように作業を続ける。
「恋人できたのか?お前に?」
「自分でも驚きです。」
「んで?いなくなったって?」
「探さないでってメモと、俺を忘れないってメッセージ残して。」
「ほ~う。ずいぶんドラマチックだな。」
「元々、ミステリアスな人だったんですけどね~。まさか、拐われたみたいに痕跡消されて消えるとは思いませんでした。」
雑巾で細かな所を拭きながら、俺は冗談のように言って自虐的に笑った。
班長は我関せずと言った感じで話を流しているが、ちゃんと聞いてくれているのを知っている。
少し間をおいて班長が言った。
「探すのか?」
「ええ。」
「まぁ、男にはそう言うのも必要だな。」
班長はあっけらかんと言った。
外壁警備の職場にある、この清濁合わせ飲む感じが俺は好きだ。
だから安心して班長には話ができたのかも知れない。
いいとか悪いとかではなく、全部引っくるめて受け止めてくれる。
責任さえきちんと取れば何も言わない。
そういう突き放したようで包み込んでくれる優しさ。
今回だけでなく、俺は何度もそれに救ってもらった。
床を拭き終えた班長が、だるそうにモップに寄りかかりながら俺を見た。
「ここの家賃は平気か?」
「はい。さっき半年分、先に払ってきました。」
「半年ね……。」
班長がそれを長いと思ったか、短いと思ったかはわからない。
だが、当分帰らない覚悟があるのは感じたらしい。
「リグには会ってくか?」
「……いえ、無駄な心配かけたくないんで。」
脳裏に、今後は絶対に死なないで下さいと言ったリグの泣き笑い顔が浮かぶ。
班長がため息をついた。
「確かに、お前は王子の警護を楽しくやってるって思わせといた方があいつは幸せかもな。」
「すみません。」
「と言うより、お前に恋人ができたって話の方が号泣されそうだがな。俺は面倒なんで黙ってる。言うなら自分で言え。」
「うわ~面倒くさそうだな~。」
俺は苦笑いした。
班長はそれ以上、何も聞かない。
俺の事なんか興味ないって素振りで作業を続ける。
そんな班長の優しさ。
何だか懐かしい。
3人で過ごしたあの日々から、俺はずいぶん遠くに来てしまった。
それでも俺は班長の部下で、リグの先輩魔術兵なのだ。
どれだけ月日が流れようとも、それは変わらずここにあるのだ。
「班長。」
「なんだ?」
「今日、会えて良かったです。」
俺はそうとだけ言った。
他にもいい方はあっただろうが、それが一番しっくりしていた。
そんな俺に班長はやれやれと言った調子でため息をつく。
「だろうな。掃除もひとりでやらずに済んだしな。」
「仰る通りで。」
ニヤッと笑う俺。
班長はまた、ガツンと俺にげんこつを食らわせたのだった。
上がってきた班長が、部屋を見るなりそう言った。
俺は改めて部屋を見渡し笑った。
「あはは、すみません……。」
「すみませんじゃあない!」
暴風雨の中、窓を開け放った部屋。
なかなか絶望的な惨状となっている。
そんな部屋に苛立った班長からげんこつを食らう。
何だか懐かしくて笑えた。
「何で怒るんですか~!不可抗力なのに~!」
「これからこれをどうにかしなきゃならんと思うとムカつくんだよ!!」
自分で開けたとなると面倒な事になるのでその辺は伏せる。
この有り様は、窓が風で勝手に開いてしまってなった事にした。
そして俺は部屋の様子を見に来て、惨状を知って呆然としていたところだと班長に話した。
班長は特に疑うでもなく信じてくれたようだった。
「……と言うか、何で班長はここに?」
「マリーさんが嵐の中、お前んちの窓が開いてたって知らせに来たんだよ。お前、最近は基本はあっちに住んでるって言うし、この部屋の様子ぐらい見て知らせてやろうと思ってな。」
マリーさんとは向かいに住んでるおばあちゃんだ。
いつも家の前にロッキングチェアを出して、膝に猫を乗せて座っている可愛いおばあちゃん。
「鍵は?」
「お前、俺に1つ預けてただろ?俺も今日まで忘れてたんだけど。……返しとくな。」
そういえばそうだった。
俺が外壁警備の新人だった頃は寝坊はするわサボるわ、それはそれは世捨て人のように捻くれていて、怒った班長の命令で1つ預けだのだ。
でもそれは独り身で近くに身寄りもない俺に、何かあったら困るだろうという気遣いだったのを知っている。
それだけでも面倒みのいい人だと思うけど、俺が第三別宮警護部隊に移った今、わざわざ前の部下の家を見に来るなんて……。
本当、班長はぶっきらぼうなふりをして人がいい。
しかも俺がいる事がわかったからといって帰る訳でもなく、完全に掃除を手伝う気でいる。
「ほら!ぼさっとするな!働け!!」
「は~い。」
何故か自分の仕事だとばかりに俺に指示を出す。
この班長に尻を叩かれて動く感じは昔に戻ったようで少し楽しい。
何も知らない班長のぶっきらぼうな気遣いが、今の俺にはとてもありがたかった。
俺はとにかく散らばった書類を集め、班長は床の水を集めている。
「お前のそのエロ研究の装置とか大丈夫か?」
「ここまで奥には雨は吹き込まなかったので。」
「それ拾ったらお前、布団をどうにかしろ。1日干せば使えそうか?」
「多分。」
「寝る場所は向こうにあるんだろ?」
「はい。」
「なら今日寝る場所は大丈夫だな。」
「なかったら泊めてくれたんですか~?」
「最悪な。」
冗談で言ったのに、班長はサラリと答える。
思わず固まった後、本当に面倒見がいい人だなと笑ってしまった。
班長は魔術を使ってバケツに水を集めている。
「面倒だな、窓から捨てるか。」
「それやったらバケット夫妻に怒られるんで、やめて下さい。」
バケット夫妻は1階で雑貨屋を営む夫婦で、俺の部屋の大屋さんだ。
のんびりしたいい人達。
ちなみに賃貸的には俺だけで、2階の隣部分は倉庫になっている。
なので性欲研究で多少破廉恥な声が漏れても苦情は来ない、俺的には理想の物件だった。
面倒臭がりながら、班長は水を流しに捨てる。
「班長~バケツ~。」
「ほらよ。」
俺は杖で布団の水を絞り集め、バケツに入れた。
リレーのように班長がバケツを受け取ってくれる。
三回ほど繰り返すと水がとれなくなった。
掛け布団は窓に掛けて外に出して、マットレスは起こして立て掛けた。
「班長~。」
「何だよ。」
俺は粗方水のなくなった床に掃除がてらモップをかけ始めた班長に話しかけた。
思ったより自然と言葉が出た。
「俺、旅に出ます。」
「何だよ、いいご身分だな?そんなに給与がいいのか?」
「……恋人がいなくなりました。」
茶化していた班長は、俺の言葉に一瞬動きを止めた。
だが、何事もなかったように作業を続ける。
「恋人できたのか?お前に?」
「自分でも驚きです。」
「んで?いなくなったって?」
「探さないでってメモと、俺を忘れないってメッセージ残して。」
「ほ~う。ずいぶんドラマチックだな。」
「元々、ミステリアスな人だったんですけどね~。まさか、拐われたみたいに痕跡消されて消えるとは思いませんでした。」
雑巾で細かな所を拭きながら、俺は冗談のように言って自虐的に笑った。
班長は我関せずと言った感じで話を流しているが、ちゃんと聞いてくれているのを知っている。
少し間をおいて班長が言った。
「探すのか?」
「ええ。」
「まぁ、男にはそう言うのも必要だな。」
班長はあっけらかんと言った。
外壁警備の職場にある、この清濁合わせ飲む感じが俺は好きだ。
だから安心して班長には話ができたのかも知れない。
いいとか悪いとかではなく、全部引っくるめて受け止めてくれる。
責任さえきちんと取れば何も言わない。
そういう突き放したようで包み込んでくれる優しさ。
今回だけでなく、俺は何度もそれに救ってもらった。
床を拭き終えた班長が、だるそうにモップに寄りかかりながら俺を見た。
「ここの家賃は平気か?」
「はい。さっき半年分、先に払ってきました。」
「半年ね……。」
班長がそれを長いと思ったか、短いと思ったかはわからない。
だが、当分帰らない覚悟があるのは感じたらしい。
「リグには会ってくか?」
「……いえ、無駄な心配かけたくないんで。」
脳裏に、今後は絶対に死なないで下さいと言ったリグの泣き笑い顔が浮かぶ。
班長がため息をついた。
「確かに、お前は王子の警護を楽しくやってるって思わせといた方があいつは幸せかもな。」
「すみません。」
「と言うより、お前に恋人ができたって話の方が号泣されそうだがな。俺は面倒なんで黙ってる。言うなら自分で言え。」
「うわ~面倒くさそうだな~。」
俺は苦笑いした。
班長はそれ以上、何も聞かない。
俺の事なんか興味ないって素振りで作業を続ける。
そんな班長の優しさ。
何だか懐かしい。
3人で過ごしたあの日々から、俺はずいぶん遠くに来てしまった。
それでも俺は班長の部下で、リグの先輩魔術兵なのだ。
どれだけ月日が流れようとも、それは変わらずここにあるのだ。
「班長。」
「なんだ?」
「今日、会えて良かったです。」
俺はそうとだけ言った。
他にもいい方はあっただろうが、それが一番しっくりしていた。
そんな俺に班長はやれやれと言った調子でため息をつく。
「だろうな。掃除もひとりでやらずに済んだしな。」
「仰る通りで。」
ニヤッと笑う俺。
班長はまた、ガツンと俺にげんこつを食らわせたのだった。
21
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる