欠片の軌跡③〜長い夢

ねぎ(塩ダレ)

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第五章「さすらい編」

月は見えなくとも

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「ちょっと!!なによこれっ!!」

ゆっくり温泉に浸かった後、俺は用意していた着替えをふたりに渡した。

「……何ってパンツじゃん。」

高々と広げて見せられ、俺は買う時の痛々しい苦痛を思い出した。
それを俺がどれだけの犠牲を払って買ってやったと思ってるんだ!?リアナ!?

「何なのよ!このダサイパンツは!!センスを疑うわっ!?」

「は?教会で一緒に暮らしてた子は皆、そのパンツだったぞ?」

リアナが文句をつけてきたのは、俗にいうカボチャパンツである。
何か間違っただろうか?

「こんなのじゃなくて!!セクシーで可愛いのが良かった!!」

「子供が何言ってんだ!?腹を壊すからとっととそれをはけ!!そしてそれを買うために犠牲になった俺に感謝しろ!!」

「サークのバカ!」

何故、こんな不毛な事で喧嘩をしないとならないんだ!?
世の娘を持つお父さんに同情してしまう。

リアナはぷりぷり怒ったが、それしかないのでちゃんと着替えたらしい。

俺は米を炊いて、捕まえてきたウサギを捌いた。
子供たちが引くといけないので目立たぬようにやったが、何故か覗き込まれ、お肉だ~と喜ばれた。
何なんだ?このふたりのたくましさは?

リアナとラニは、近くで遊んでいるのかと思ったら、ハーブや木の実等を取ってきて俺に渡した。
お陰でウサギは美味しい香草焼きになった。

「ふたりはどこの村から来たんだ?」

食事をしながら俺はふたりに聞いた。
これだけたくましいと、自給自足に近い小さな村にいたのだろうと予測はつく。
ふたりは顔を見合わせた。

「あっち?」

ラニが指差す。
北の方角だ。
確かに北の方は土地が貧しいので、たくましい子供がいそうだ。

「村の名前は?」 

「名前なんてないわよ?」

「あるだろ、普通。」

「……ないわよね?」

「ないよ??」

リアナとラニは顔を見合せ、不思議そうに言う。
小さい村で、本人たちは知らないのかもしれない。
俺は地図でそれらしい村を探したが、乗っていなかった。
地図にも乗らない、小さい集落のようだ。
これは行ってみないとわからないな~と頭を掻く。
すぐに送ってやりたいが東の国は目の前だ。

「う~ん。ふたりを送る前に、東の国に寄ってもいいか?」

北には竜の情報もあるので行くつもりでいたが、ここまで来て、という思いもある。
だがふたりが早く帰りたいのなら優先するつもりでいた。

「いいよ。」

「いいわよ。」

ふたりはあっさり言った。
むしろこっちが躊躇する。

「え?お父さんお母さん、心配してない?早く会いたいんじゃないのか?」

「お父さんお母さんはいないよ?」

「私たちは二人だけよ?」

「え!?その歳で二人だけで住んでるのか!?」

「そうだよ?」

「皆がいるし、別に困ることなんてないわよ?」

きょとんと言われ、何か胸が痛む。
でも村の人達には大事にされているようで安心する。
村の人達は心配しているだろう。
だが、幼くして頑張っているふたりに、俺は何かしてあげたかった。
かつて、俺が皆に大事にしてもらったように……。

「わかった。ならちょっと東の国に寄り道させて?ふたりは旅行に来たと思って楽しんでよ。俺一応、東の国出身だからさ。」

ふたりは顔を見合わせた。

「いいよ。僕、お兄ちゃんといるの好き。温泉も楽しかった!!」

「私もいいわよ。でも後でパンツは買い直して!こんなダサイの嫌よ!」

「パンツの文句は言うな!買うのがどれだけ恥ずかしかったと思ってるんだ!!」

「知らないわよ!!」

何だかんだで、リアナとラニとの旅は少し長くなりそうだ。

リリとムクとは違った、年の離れた兄弟のようなふたりとの関係は、少しくすぐったくて暖かかった。













俺は夢を見た。

今日は疲れもあって見張りには立てず、結界を張って俺も眠る事にした。
リアナとラニを簡易テントに寝かせ、近くに布を被って丸まる。


夢を見た。

夢の中で俺はまたあの夢だと思っていた。


真っ暗な中、俺はやはりあてどなく走る。

空は真っ暗だ。
星すら見えない。

月が無いんだ。

月が無い。
月が無いなら夜なんて来なくていい。

こんなに暗い夜じゃ眠れない。


どこに行ったんだよ……っ!!


俺を安心させていたはずの月夜はどこにもなく、あるのは星すらない暗い夜。

不安でたまらない。
怖くてたまらない。

俺は躓いてスッ転んだ。

そのまま立ち上がれなくて蹲る。


お前はどこにいる?
どうやってそこに行けばいい?


ふと、何か暖かいものが頭に触れた。

顔をあげても何も見えない。

でも温かかった。


「ウィル……。」


涙が溢れた。

ああ、そうだ。
月は見えなくてもそこにある。

空には月はなかったが、星は輝いていた。








ラニは涙を流すサークをじっと見ていた。
小さな手をサークの額に置いて、じっと見ていた。

「何してんのよ、ラニ。」

同じようにテントから抜け出してきたリアナが言う。

「お姉ちゃん、お兄ちゃんはお姉ちゃんをお嫁さんにはできないよ?」

「何でよ!!」

「お兄ちゃんの心には、凄く大事な人がもういるから。今、その人の夢を見てた。凄く悲しい夢だった。」

「……だから変えたの?」

「ちょっとだけだよ。お兄ちゃんが今日くらいは安心して眠れるように……。」

ラニのその言葉に、リアナは仕方なさげにふんとため息をついた。
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