欠片の軌跡③〜長い夢

ねぎ(塩ダレ)

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第六章「副隊長編」

謹慎明け

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謹慎処分の終わりの連絡が入り、俺は久しぶりに別宮に出向いた。
そしておとなしく、ギルの前に立って処分を待つ。

「3ヶ月の減俸だ。良かったな。」

少しの間をおいてギルが言った。
俺は拍子抜けしてしまった。
ずいぶん大したことのない処分だ。
それだけギルが動いてくれたのだろう。

「手を尽くしてくれてありがとな。その程度で済むとはあんま思ってなかった。」

「特別処置だな。お前は魔術本部との兼ね合いもある。」

ギルはため息をついて言った。
無理をさせたかな?何だか申し訳ない。

「最低でもどっか飛ばされると思ってたんだけどな。」

「シルクが頑張ったからな。お前を飛ばしたら、あいつはついて行く。あいつの実績からそれは防ぐ事ができた。」

確かに今やシルクの武術指導はそれなりに有名だ。
他の部隊からも申し込みがあり、試験的に受け入れを行っていると聞いた。

「他の王子とかの隊が、俺ごと欲しがったりしなかったのか?」

「したな。」

「それで?」

「……リオがそれを許すとでも?」

それを言われ硬直した。
ギルがリオと呼ぶのは、第三王子ライオネル殿下、つまり俺を騎士にした仕えるべき主だ。
さすがにそこまで考えていなかった。
俺は頭を抱えた。

「あ~。……そこまで迷惑かけたか~。」

「今回、お前にしては下手を打ったな。」

「仕方ないだろ。男にはそれでも行かなきゃならない時があんだよ。」

「男前だな。無鉄砲とも言うが。」

「悪かったな。」

王子の手を煩わせたのは痛手だ。
トップがその力を使えば出来ないことはほぼ無いが、その理由が明確でなければ汚点としてつつかれる危険がある。
だがあの王子も、のほほんとしながらそれなりの棘は持っているのですぐにどうこうなったりはしないだろうけれど、こちらも相応の対応を考えておかなければならない。
とは言え、シルクが頑張ってくれた事もあるが、処分がこの程度で済むとは思ってなかったので本当に拍子抜けした。

「クビになったら、ウィルと冒険者として生きていこうと思ってたのにな~。引退のタイミングを逃した。」

「冗談はやめてくれ。お前が旅に出るなら、次はシルクは必ずついていくぞ?」

「そうか!シルクもくるか!めちゃくちゃ強いパーティーが組めるじゃん!!」

「おいっ!!」

「何だ?ギルも一緒に来るか?」

俺はニヤッと笑った。
実際問題、出来ない話じゃないからな。
ギルはため息をついた。

「……お前ならやりかねないから心配だ。」

「やりかねないと言うか、俺、現に中級冒険者だぞ?ちなみにギルド商業資格持ち。」

「……は?お前、今度は何をしてきたんだ!?サーク!?」

「いや~どう転んでも生きていけるな~俺って~。」

「お前って奴は……。」

ギルは大きくため息をついた。
サークの言っている事は本当だろう。
そんなつまらない嘘をここで入れてくる訳がない。
サークを別宮もとい警護部隊に繋ぎ止めておくのは容易な事ではなさそうだ。
気を抜けばすぐにでも新しい世界に行ってしまうだろう。
ギルはサークをここにおいておきたいと願うが、それには相当苦労しそうだと実感する。

「俺の件はわかった。ウィルはどうなってる?」

ふざけた顔をしていたサークが、顔つきを変えてそう言った。
全てを投げ出して迎えに行った恋人だ。
真剣になるのも無理はない。

「……身分の事はあれが限界だ。あれでも少し危ない橋だった。ただ、あいつは騎馬隊員としての実績は高い。そして王族の逃走拠点の守護も担当していた。身分の回復は不可能だろうが、目の届くところにおいておきたいのが本音だろう。」

「だろうな~。手元に置くか殺すかだろうしな。」

サークはさも当たり前のように頷く。
それを聞きギルは思わず笑ってしまった。

「……殺すのは難しいだろうな。誰かがとんでもない精霊を守護につけたからな。」

「そこは抜かりないんで。人生かけて迎えに行ったってのに、関係ないやつらに殺させる訳にはいかないからな。」

にんまりと笑うサーク。
彼が婚約の証として恋人に贈った守護は、こいつの思惑の1つなんだとギルは思った。
純粋に嬉しそうにしていたウィリアムが少し気の毒になる。
とは言え問題はそのウィリアムだ。
ギルは考えていた事をサークに打ち明ける。

「……俺としては、ひとまず馬術指導員として、ここに置けないかと思ってる。」

「そんなこと出来るのか?」

サークはその可能性を考えていなかったようで、少し驚いた顔をした。
あれだけの無茶をかましてシルクを置いたのに、ウィリアムの場合は考えていなかった事に少し驚く。
そこまで考えている時間がなかったのか、恋人に対しては盲目的なのかよくわからない。
ギルは言った。

「お前がシルクの武術指導員の前例と実績を残したからな。話は通りやすいと思ってる。向こうもウィリアムを目の届くところに置きたいし、何よりウィリアムは騎馬隊きってのエースだった。指導員の名目の裏付けはいらない。」

なるほど、とサークは呟く。
こんなところでシルクの件が役立って来るとは思わなかったからだ。
確かにそれなら、自分もウィルの側にいることができて安心なのだが……。

「良い案なんだけどさ~。なんかその、向こうの目の届くところに置きたいって思惑に乗るってのが嫌だよな~。」

「今は仕方がないだろう。そう思われているのなら、逆に利用した方が早い。」

「う~ん……。」

サークは納得はしているようだが、少し不満そうに顔を顰める。
それ以上の案は直ぐには思いつかないが、気に入らないのだろう。
そんなサークにギルは小さくため息をつく。

ギルにはサークに対して心配な点があった。
サークはこれからも、本人の意思、または意思でなくとも、大きな事をしていく。
だが組織というのは、ある種の政治的な部分から抜け出せない。
サークのような破天荒な人間は、どれだけ実力や可能性を持っていても組織の中ではやっやいな存在でしかない。
そういう人物は、その凝り固まった保守的な思考の中、厄介者として弾き出されてしまう事が多い。
そしてサークはそういった政治的な部分に興味がない。
故に、そこを上手くすり抜けたりあしらったりする「政治的」意識が希薄なのだ。
このままこいつを守ってここに置いていけるのか、ギルは正直、不安を持っていた。
だというのに、彼の心配などどこ吹く風、当のサークはあっけらかんとしている。

「ま、なるようになるさ。ありがとな、ギル。色々力になってくれて。」

「……タダで、とはいってない。」

これだけ心を砕いているのに、サークは飄々としている。
掴み所がなくて、本当にこちらがちょっと目を離せば、一瞬でどこかに消えてしまうだろう。
それがとても気に食わず、ギルは意地の悪いことを思わず言ってしまった。

「え?何だよ?減俸だから金ないぞ?嫁さんも養ってかなきゃなんないし。」

「……お前はすでに既婚者か?」

「だって婚約はしたぞ。正式じゃないけどさ。少なくても俺的にはそういうつもりで付き合ってる恋人だ。」

そしてこちらの気も知らないで、平気でこう言うことを言うのだ。
ジクジクと体の奥の方が痛む。
こいつの回りの人間は、少なからずみんなこういう思いをする。
サークの前では常に笑顔で明るく接しているシルクだって、祝福しながらも本当は胸を痛めている。
ただ、それを見せないだけだ。
サークを本当に思うからこそ見せないだけだ。
ギルは深くため息をついた。

「……ウィリアムが妻になることを承諾したとは思えんがな。」

「う~ん、そこなんだよなぁ~。婚約は喜んでくれたけど、花嫁衣装が嫌だから嫁になるかは保留って言われてる。まぁ俺としては別に一緒にいられるなら形なんて何でもいいんだけど。」

「のろけるな。」

「それで?ギルは何を俺にして欲しいわけ?」

さんざん惚気た後、サークが意味ありげな笑みを浮かべ、ギルをからかってきた。
サークにとってギルとの事は既に過去の事なのだろう。
それが無性に腹立たしい。
何よりそれがあるからなのか、自分に対してサークは妙に強気な部分があるとギルは思った。
けれどそれを甘受している事も事実だった。
それを認めてため息をつく。

何をして欲しい?
そう言われて考え込む。

単なる売り言葉に買い言葉だ。
腹立たしかったので、タダだと思うなと釘を刺したことに対する意趣返しにすぎない。
こちらの気も知らずにふわふわしているサークが気に入らなかっただけで、何を欲求するつもりもなかった。

だが面白いかもしれない。
ギルは内心、ニヤッと笑った。

「……ひとまず保留だな。」

「うわ~やだな~。」

「お前に何をさせるか考えるだけで、しばらくは楽しめそうだ。」

「……言っとくが、変態的な事は断るぞ?」

サークが若干顔をひきつらせた。
これまでの関わりの中で何を思い浮かべてその顔になったのだろう?
第一、そんな顔をするならはじめからからかって来なければ良いのに、よくわからないヤツだとギルは思う。
何も答えずに無言でいると、サークはさらに変な顔をし始めたので、ギルはククッと喉の奥で笑った。
笑われた事で、からかわれたとわかったサークは苦々しい顔で頭を掻く。
そして切り替えるように話を始めた。

「それで、謹慎明け早々悪い。少し魔術本部にも行かないと不味いんだけど、すぐ行っても平気か?」

「……明後日には帰れるか?」

「帰れるよ。」

「なら構わない。ただサーク。お前は王宮会議に出る事になりそうだから覚悟しておいてくれ。」

仕事の話になり、隊長の顔に戻ったギルの言葉を聞き、サークの顔色が変わった。
少し間を置き、低い声で呟く。

「……減俸と謹慎処分で終わりって訳じゃなかったんだな。」

「今回の事……と言うか、お前は目立ち過ぎる。魔術の事も、シルクの事も、色々とな。」

できればギルとしても避けたい事だった。
だが、これだけ立て続けに悪目立ちを続ければ、もう押さえてはおけない状況だ。
これ以上、王宮からの登城要請を有耶無耶にはできない。
しかしサーク自身はさほど驚いた感じではなかった。

「う~ん。ま、いずれそうなるとは思ってたし、わかったよ。準備する。」 

「何か俺に出来るか?」

「お前は俺の知らないところで十分やってくれただろ?大丈夫だ。ありがとな。」

「……そうか。」

「うん。」

この事はどうやらサークの中で想定内だったようだ。
おそらくそれなりの準備はしてあるのだろう。
サークの様子からそう思った。

そして気づかれないように行っていた事もサークは理解していた。
礼を言われた事に僅かなむず痒さを感じる。
あのハグの後から、サークはギルに対して砕けた態度を一貫していた。
苦労はそれなりに身を結んだのかという想いに至った。

「なら、もう行くな?」

一通りの話は終わったので、サークはそろそろ部屋を出ようと考えていた。
ここでこうしていてもどうもならない。
色々と状況をまとめて態度を考えなければと思う。
するとギルがおもむろに立ち上がった。
机を回り、サークの前に立つ。

「……何だよ?ギル?」

「これがまだだ、サーク。」

ギルはそう言って腕を広げだ。
それがどういう事なのかは一目瞭然だ。
サークは一歩引いて目を逸らし、ばつが悪そうに頭を掻く。

「……やんなきゃ駄目?それ?」

「お前から出掛けにやっていった癖に、戻ったら拒むのか?お前は?」

「……わかったよ。くそっ。」

サークは妙に気恥ずかしさを感じながら、ギルとハグした。
軽く済ませるつもりが、ぎゅっと抱き締められる。

「これ、ハグじゃなくね?」

「ハグだろ?」

「……そういうことにしとく。」

サークは仕方なくギルの背中に腕を回してバンバンと2回叩いた。
それでもギルは離さなかったので、サークはため息をついてそのままにさせた。

何なんだろうな?
これは?

振りほどく事もせず身を任せ、サークはそんな事を思う。
思えば妙な関係なのだ、コイツと自分は。
それを言葉ではどう表現していいのかよくわからなかった。

「……気をつけろ、サーク。組織とは、面倒な政治が絡んでいる。」

「わかってる。ありがとな。」

忠告の言葉は脅しではない。
心配されているのだとわかっていた。

旅の途中、ひとりで抱え込むなとトムに言われた事を少し思い出す。
サークはそれが自分にはとても難しいことを理解していた。
こうして手を差し伸べられても、どうしていいのかわからないのだ。

「……なら明日、魔術本部に行ってくる。明後日の午後には戻る。」

「わかった。王宮会議の日程が決まったらこちらから連絡する。」

体を離せば後は何でもない。
その時だけ気恥ずかしいだけだ。

そう言葉を交わすと、サークは部屋を出ていった。
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