欠片の軌跡③〜長い夢

ねぎ(塩ダレ)

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第六章「副隊長編」

過去と現在

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「さて、今回呼び出した本来の問題について聞いて行きたいのだが、いいかね?」

進行役の言葉を遮り、陛下が直々にそう言った。
陛下の顔は明るく穏やかだ。
面倒な話に入っていくが状況は悪くない。
俺は離れた席から礼に服した。

「何なりと。」

「魔術本部から、以前、竜の血の呪いが起こったと報告を受けた。知っておるな?」

「存じております。」

俺の言葉に困惑と緊張が走った。
その話を知らない者が多かったのだろう。
無理もない。
被害が出ていない確証のない話だ。
表立って対策を検討したりはしなかっただろう。

だが確証が無かろうが、対応を考えなければならないほど竜の血の呪いは国にとって大きな驚異だ。
おそらく一部の人間のみが対応していたのだろう。
知らなかった人間も、その言葉の意味する被害を知っていれば恐怖を覚えるだろう。
王は続けた。

「そして先日、お主がそれを鎮めたと報告を受けた。間違いないか?」

重い沈黙と言い得ぬ視線が俺に全て向けられる。
2度目の正念場だ。
そしてこれは、さっきとは比べ物にならないほど重い。
言葉1つの誤りで、取り返しがつかなくなる。
様々な意味で慎重かつ巧妙に話を進めなければならない。
俺は動かなかった。
ただ、その時を待った。

「その事については、こちらからもお話しさせて頂いても構いませんか?」

とても穏やかな声が場に響いた。
俺の肩を誰かがぽんっと叩く。
視線を向けると、よく知った顔が優しく微笑んでいる。
穏やかな瞳が俺に頷いた。

「リロイっ!!リロイ・オズ・クウェンネルっ!!」

だが思いもよらない事が起きた。
その人の登場に、誰かが大声で叫んだ。
そして荒々しく立ち上がる。

俺は、いやその場にいた多くの人が驚いて固まった。
さっきの蛇のような男が、俺の肩に手を置いて立っているその人を、表現のしようのない顔で睨んでいた。
俺はちらりと目を向け、小声で聞いた。

「知り合いですか?」

「うん。昔の話だよ。」

その人、魔術本部資料管理担当長ことロイさんは、俺に穏やかに微笑んだ。
そして自分を睨む男に微笑みかける。

「久しぶりだね、ルーイ。まだ僕のフルネームを覚える人がいるなんて思わなかったから、びっくりしたよ。」

ロイさんは特に何も気にしていないようで、懐かしそうにくすりと笑っていた。
予想外の状況でよくわからないが、ここは黙っていた方が良さそうだ。

「リー、陛下の御前だ。元ロイヤルシールドとは言え、事前通達も無しにこの場に現れるとは、無礼が過ぎるぞ。……ルードビッヒ、お前も座れ。」

「やぁ、アーチー。元気そうだね?……突然、お邪魔しまして、大変、失礼致しました。陛下。ご無礼をお許し下さい。」

先ほど場を鎮めてくれた軍服の男が、重く言葉をつむぎ、また場を鎮めた。
彼の言葉にロイさんは静かに微笑む。
そして陛下に、深く礼を示した。

「リロイか!?久しいな!?」

「陛下もお変わりなく、私も安心しました。」

全く知らなかったが、どうやらロイさんはかつて陛下のロイヤルシールドをしていたようだ。
のどかな司書さんだと思っていたのに、森の町の面々は皆、一癖も二癖もあるから驚いてしまう。
普通なら魔術師とはいえ、いきなりこの場に現れたら大騒ぎになるだろうが、陛下とすら旧知のロイさんだから取り立てて何も言われないようだ。

「リロイはもう、こちらには戻らぬのか?」

「申し訳ございません。陛下。私に現世での暮らしは痛みを伴います。どうか常世で静かに暮らすことをお許し下さい。」

俺は緊迫した状況にも拘らず、思わず吹きそうになった。
待ってロイさん、森の町って常世なの?
確かに言い得て妙けど、その言い方は少し笑います。
俺は奥歯で、漏れそうになった笑いを噛み殺した。

「して?その常世のリロイが何故、浮世に顔を出したのだ?」

陛下もその例えに苦笑していた。
ロイさんは気に止めないようで、陛下の言葉をあっさり流してしまった。
ただ、穏やかに微笑んで陛下に答えた。

「はい。今お話に上がりました竜の血の呪いについて、魔術本部からの見解と報告をさせて頂いたく参上致しました。陛下。」

「申してみよ。」

「はい。我々が竜の血の呪いが起こったことを察知しましたのは、とても偶然でした。サークが西の砂漠の国に出向いた際、とある呪いを解除致しまして、その際、呪いを閉じ込めていた小瓶を持ち帰って来ました。我々がその小瓶を調べたところ、入っていた呪いとは別の呪いの痕跡を見つけました。」

「それが竜の血の呪いだったと?」

「はい。我々もとても驚きました。何しろ竜はすでに、多くの人々の記憶からは消え去った生き物です。我々魔術師であっても覚えているだけで、その姿を見た者はもうおりません。なのにここにその竜の血の呪いの痕跡がある。それはまだ真新しく、小さな痕跡に過ぎないのにとても禍々しく、恐怖を覚えました。」

「………。」

まるでとても上手い語り部のように、静かな声に抑揚をつけて話すロイさんの言葉に場が引き込まれていく。
魔術本部の面々がこの場に赴く役をロイさんにした理由は、陛下と顔見知りだったからだけではないようだ。

「ご存じの通り、竜の血の呪いが起これば一国など容易く滅んでしまいます。周辺国もただでは済まないでしょう。」

「しかし調べさせたが、その様な被害はどこにも見られなかったぞ?」

「はい。我々も手を尽くしましたが、その痕跡を探す事は出来ませんでした。しかし、竜の血の呪いが起こった事は確かなのです。我々は考え、そしてひとつの決断をしました。その呪いの究明と解決を、この小瓶を持ち帰り、まだ若く活動的な我々の新しい仲間にそれを託そうと。」

「アズマ・サークが長期休暇の後、長く無断欠勤を続けたのはその為か?」

「はい。我々も彼をはっきりとした名目でその任につける事が出来なかった為、こちらに一時離職等の理由を示す事ができず、彼に世捨てのような形を取らせてしまった事はとても申し訳なく思っています。それでも彼は仕事を受け、その任を果たしてくれました。」

そう、魔術本部で話し合い、こういう感じで纏まった。
流れ的には全く違うのだが、偶然的に出た結果は変わらない。
横に座るギルがちらりと俺を見て、鼻に息を引っ掛けた。
うん、わかってる。
わかっているから、突っ込むな。
俺だって恋人探しに飛び出した話が、こんな立派なストーリーになってて少し恥ずかしいんだから!

「では、竜の血の呪いは解けたと?」

「はい。もうこの世に竜の血の呪いは存在しません。」

「それはどこにあったのだ?」

「わかりません。この世とは切り離された異空間の中に隠されていたようです。」

「その中に入って、竜の血の呪いを解除したと?」

「そう聞いております。」

場にざわめきが響く。
おそらく半信半疑だろう。
無理もない。
実際あれを見た訳でも、魔力で探知できた訳でも、どこかに被害があった訳でもない。
俺自身、森の町の皆ですら見てもいないあの一連の出来事を何で信じてくれるんだろうと思うのに、魔術師でもない政治家達が何も被害もないのに信じろって言われても無理な事だと思う。

「それを信じろと言うのか?」

「はい、陛下。」

「虫が良すぎるだろう!?何の実害もない作り話だ!!」

「よさぬか。」

「申し訳ございません、陛下。」

陛下はふむと考え込んでいた。
ロイさんがにっこり笑って俺を見た。
圧巻だ。
このおとぎ話のような話を、ここまで真実味を持たせて話せる人はそう多くはない。
確かにぱっとでの若造の俺がこの話をしても、嘘だと一蹴されただろう。
森の町の話し合いで、ロイさんが出向いて話すと言い皆がそうすべきだと話が纏まった時、心強いと思う反面、そこまでする必要があるのかと思った。
だがこの場の状況を見ると、俺では歯が立たなかったのは明白だ。
例え俺が、証拠に変わるデカイ物証を持っていても、だ。

ちなみに竜の谷の話は出せないので、誰かが異空間を作ってそこに呪いが入っていたというファンタジーな形をとる事になった。
そんな話が通るのかと言うと、竜の谷があるって話の方が今の世の中、よほどファンタジーだろうと言われた。
その言葉は説得力がありすぎて、確かにそうだなと思ってしまった。
竜の谷は、異空間を作る事以上に現在ではその存在が空想的な認識なのだ。

「アズマ・サーク、そなたは呪いを見たのか?」

陛下が言った。
俺はあの時を思い出し、顔が固くなった。
ウィルに守護としてつけた事でヴィオールがいる事は日常の一部になってきたが、そのきっかけは思い出すだけで魘されそうな悪夢でしかない。
なんとか開いた俺の口から出た声は、あの日の恐怖と絶望にかさついていた。

「……はい、陛下。異空間の何重にも張られた結界の中に居たにも関わらず、あんなにも禍々しく恐ろしいものは見たことがありません……。正直、もう一度あれの前に立てと言われたら、私は断ります。」

あれを言葉にするのはとても難しい。
まとわりつくような、浸食してくるような強烈な何かだ。
ウィルの事で必死だったから躊躇しなかったが、そうでなかったらあの場に近づくのだって無理だろう。

言葉を発した後、重く口を閉ざした顔色を見て、陛下はそれ以上俺に何も問われなかった。
しかし難しい顔をして小さく唸る。

「う~む……。魔術本部の話を疑う事はないのだが、なにしろ何の被害も証拠もない。我々はどうこの件を判断したらいいと思う?」

陛下の言葉に全員が困惑している。
ロイさんもこれ以上、色々言えばかえって疑われるのが解っている為、何も言わない。
俺は大きく深呼吸した。

「発言をお許し頂けますか?」

俺は言った。
このまま場を膠着させていても仕方がない。
どうやら奥の手を使う時が来たようだと思った。
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