欠片の軌跡③〜長い夢

ねぎ(塩ダレ)

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第六章「副隊長編」

風を操る人

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出掛けにわちゃわちゃした俺とウィルは、送迎の馬車に乗り遅れた。

「ごめん……。」

ウィルが責任を感じたのか、赤くなって謝ってきた。
普通に馬車を頼めば済む話だし、そんなに気にしなくていいのに。

「……いや、かえって都合がいい。」

俺はニヤッと笑ってそう言った。
せっかくだしな。
一度やってみたい事があった。
俺の含み笑いに、ウィルが不思議そうな顔をする。

「どうするんだ?」

「とりあえず、町外れの丘まで行こう。」

俺はウィルの手を引いて丘に向かった。
訳がわからない顔をするウィルを、いいからいいからと連れていく。

ちなみにシルクがどうしているかと言うと、多分、ギルに拉致られてると思う。
俺がシルクの服も買わないとと言っていたら、ギルが自分が用意するからいいと言われ、昨日、朝に迎えに行くとシルクに言っていた。
どこかで支度をさせて会場に一緒に行くつもりのようだ。
だからシルクがどんな格好で来るか俺は知らない。
踊り子のドレスとか着せられてたらどうしよう……。
変態ならやりかねないので少し心配だ。

「サーク、どうするんだ?こんなところに来て?」

丘に着くとウィルが心配そうに言った。
俺はにっこり笑った。

「ヴィオール出して。」

「えっ!?ヴィオールで行く気か!?」

「うん。ウィル、操れるでしょ?」

「出来るけど……。」

ウィルは渋い顔をした。
精霊になったとはいえ、竜を人前に出すのはやはり気が引けるのだろう。

「大丈夫。姿隠しを使うから。」

「う~ん。なら良いけど……。」

ウィルはそう言って、ヴィオールを出した。
ヴィオールは久しぶりに素の大きさで出してもらえて、嬉しそうに顔を擦り付けてウィルに甘えている。
甘噛みはしないでよ?ヴィオール?
俺は動きやすいように、着物の裾を捲った。

「ちょっと待てっ!!何してるんだ!?サーク!?」

「は?動きやすいように、裾をまとめてるんだけど?」

「なんで足をさらすんだっ!!」

「え?でも、着物で走ったり、用を足したりする時はこうするんだぞ?」

「だからって……っ!!」

裾を順番に捲り上げて帯に挟んだ俺を、ウィルが真っ赤になって見ている。
まぁ文化の差だから仕方ないけど、別に卑猥な事をしている訳じゃないんだけどな~。

「サーク……俺…今日、結構、ギリギリで我慢してるんだ……。これ以上、惑わせないでくれ……。」

「う~ん、そう言われてもな~。」

「もういい!早く乗ってくれっ!!」

めちゃくちゃ照れてるウィルにそう言われ、俺はヴィオールに近づいた。
ヴィオールは何をしようとしているかわかっているらしく、前足を畳んで地面に首を伸ばし、乗りやすいようにしてくれた。

「凄いな、ヴィオール。お利口さん。」

俺は首を撫でながらひょいと跨がった。
その後ろにウィルが身軽に飛び乗る。

「さすが!馬上の貴公子!」

「おだてても許さないからな。」

「まあまあ。帰ってから何でも叶えてあげるから。」

「覚えてろよ、サーク。」

ウィルは今日は口が悪い。
物凄く照れているのだ。
俺は姿隠しの術を使い、ウィルはヴィオールに指示を出す。
ヴィオールが翼を広げ、助走をつけ出した。

「わっ!わっ!……うわあぁっ!!」

不安定なヴィオールの背中で、ドシドシ歩く振動に俺は叫んだ。
おっかなくて、その首にしがみつく。
考えてみたら、前は飛んでいるところに乗ったのであって、飛び立つ背中に乗ったのは初めてだ。
羽ばたく翼の風も強く、俺は悲鳴を上げた。

「ぎゃあああぁぁ~っ!!」

「サーク!しっかり!飛べば安定するからっ!!」

ウィルはこの状況なのに、竜の骨格の一部をつかんでヴィオールの背で中腰になっている。
何、その体幹の強さ??
ヴィオールは斜面を駆け下りる。
俺は怖くてただしがみついていた。
ふわり、とその振動が消えた。

「サーク!風が足りない!!上昇気流を起こせるか!?」

「わかったっ!!」

俺はヴィオールにしがみついたまま、公式を解した。
ぶわっと下から風が吹き上げる。

「ぎゃあああぁぁっ!!」

ヴィオールが不安定に揺れ、翼をはためかす筋肉の動きがその巨体を揺らす。
何が何だかわからなくて、俺は目を固く閉じていた。

「サーク、もう大丈夫だよ。」

しばらくすると振動はなくなり、とても静かになった。
ウィルの声に目を開けると、一面が雲と空に変わっていた。

「うへぇ~。怖かった……。」

「そうか?慣れれば何て事ないぞ?」

「何か……ウィルが何であんなに上手に馬を操るかわかった気がする……。」

「ん~、でも、馬は馬でまた違うんだけどね。」

「そうなの!?」

「うん。竜は飛んでしまえば安定してるけど、馬は常に振動しているし、筋肉も動いてるだろ?」

「わかるようかわからないような……。」

「まぁいいだろ?そんなことより、空を楽しめばいい。」

そう言ったウィルは、懐かしそうに目を細めていた。
安定したからなのか、座って俺を後ろから抱き締める。
風がウィルの髪を鋤いていた。

「ウィル……綺麗だ…。」

「は!?何をいきなり!?」

「空に帰ったウィルは、凄く自由で、凄く綺麗だ。」

「………ありがとう。」

ウィルは恥ずかしそうにそう言うと、俺の肩に顔を埋めた。
俺たちは、ほんの短い空の旅を楽しむ。

町の奥にある大聖堂が見えてきた。
鐘が鳴っているので、教会での誓いの式は無事に終わったのだろう。
誓いの式は家族だけで行われ、俺達は披露宴からの参加だ。
魔力で教会を見ると、ちょうどサムとライルさん達が教会から出てきたところだった。

「ウィル、近づいて少し教会の上を旋回できる?」

「いいよ。やってみる。」

俺が何かしたいのだと気づいたウィルは、クスッと笑って、ヴィオールを操ってくれた。
俺は公式を解した。
たくさんの花びらが、ヴィオールから下に落ちていく。
下で歓声が上がるのが聞こえた。

「……綺麗だな。」

「ウィルと俺からのサプライズプレゼントって事で。」

「俺は何もしてないぞ?」

「ヴィオールをウィルが操ってくれたから出来たんだよ。ふたりの初めての共同作業って事だな。」

「何だよ、それ……。」

ニッと笑った俺に、ウィルがそっと口付けた。
ちょっと不意打ちを食らってしまったが、ヴィオールも安定していたので、俺も応えた。
空の上でキスしたのは、初めての経験だった。
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