理不尽な必然―黄昏時と銀の鈴

mimahi686

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心配

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ユリは美緒の様子が随分変わったと感じていた。
二人はいつも一緒に下校していた。
「用があるから、先に帰って」
 ある日、突然美緒が言った。
「え、どうしたの。私、待っていようか」
「ううん、いいの。また明日ね」
 美緒は踵を返すと走って行った。
「あ、待って」
 止める間もなく立ち去る美緒の後ろ姿をユリは呆然と見送った。
次の日の放課後も美緒は1人でいなくなった。そして、一緒に下校することはなくなった。美緒は部活も休みがちになっていった。ただ、昼ごはんは相変わらず一緒で、休み時間も今までと変わらず一緒に過ごした。放課後急ぎ足でどこかに行ってしまうほかは、目に見えた変化はなかった。けれど、いつの間にか美緒は痩せて顔色も悪くなっていった。

 痩せて顔色が悪くなった美緒をユリは心配していた。一緒に下校しなくなって話をする時間が減ったことも気になっていた。ユリは思い切って美緒を放課後の練習に誘った。
――いつも一緒にいたのに.ユリに悪いかな。
 美緒は一緒に下校しなくなったことや部活を休みがちになったことをすまなく思っていた。
――せっかく誘ってくれたんだもの。
美緒は久し振りに放課後の部活に参加した。梅雨の時期が過ぎ、中間テストも終わった。もう少し経つと期末テストが始まる。期末テストが終わると受験を控えた三年生は部活に参加しなくなる。
――信一も生きていれば三年生になったはずだ。
そう思いながら、三年の男子部員の姿を見た時だった。バックハンドで打ち返した手が目に入ってきた。
 手首のあたり左手の薬指の延長上のほくろ。
――あ、この人だ。
 それは陰気な感じで苦手な先輩、野田だった。ちょっと爬虫類の様なざらっとした雰囲気でつり上がった細い眼は何を考えているかわからない不気味さがあった。
 美緒はめまいがした。ユリは崩れ落ちるように座り込んだ美緒に気づいた。ユリは美緒を更衣室まで連れて行くと、椅子に座らせて汗を拭いてくれた。
「少し休んでいるといいよ。先輩に許可をとって来るね。今日はもう帰ろう」
 そういって駆けだす後ユリの姿を美緒はぼんやり眺めた。
 心配したのはユリだけではなかった。
「大丈夫か」
 信一が眉をひそめて美緒の顔を覗き込んだ。黄昏時には少し早い時間だからか、信一の姿間いつもより薄く頼りなく感じられた。
「最近少し疲れやすくて。きっと忙しすぎるんですね。あ、ここ女子更衣室ですよ」
 そういって美緒は力なく笑った。
「え、そうか。どこにでもいけるから、つい。今度から気をつけるよ」
 信一は照れたように笑うと姿を消した。ユリがもどってきた。美緒はやっと着替えて外に出た。
 美緒とユリの姿を見つけて浩二が声をかけてきた。
「西原さん、大丈夫」
心配そうにのぞき込む様子はやはり信一に似ている。山口が無神経に声をかけてきた。
「随分、痩せたんじゃない。それに顔色が悪いよ」
「来いよ」
 と浩二は山口の手を引っ張った。
「無理しないほうが良いよ。部活はいつでもできるから」
 そう言い残すと浩二は山口に何か言いながら立ち去った。
「無理に誘ってごめんね。帰ろう。一緒に帰ろう」
「大丈夫,独りで返れるから。ありがとう」
「一人では心配。ね、一緒に帰ろう」
「一人で帰れると思ってたんだけど。ありがとう。練習中断させてしまってごめんね」
「やっぱり心配だもの」結局ユリは家まで送ってくれた。
 家に帰りつくと、すぐに祖母が出迎えてくれた。父も母も帰って来るには早い時間だった。
「頑張りすぎてるのかね。少し、休んだ方がいいね」
 心配そうな祖母の顔があった。
「うん、大丈夫だよ。心配させてごめんね」
 祖母への挨拶もそこそこに美緒はすぐ部屋に閉じこもった。
――そんなに体調が悪そうに見えるかしら。
美緒は鏡をのぞき込んだ。頬がこけて目の下にはくまができている。自分とも思えないような眉をひそめた青白い顔が鏡に映っている。
――いつの間にこんなに痩せたのかしら。
 それより、顔色が真っ青で血の気がないようにみえた。
――さっき野田の手首のほくろに気付いて急に気分が悪くなったせいかな。きっとそうだわ。
 美緒は痩せたことには目をつぶって顔色が悪いのを犯人を見つけたせいだと思い込もうとしていた。
 少しして母がもどっていつも通り静かに三人で食卓を囲んだ。美緒は食欲がなかった。やっと六割くらいを飲み込んで食事を済ました。
「美緒、少しやせたのかしら」
 遠慮がちに母が言った。
 このところ学校に向かう坂道が急に辛くなってきた。半分ほど来ると息切れするようになっている。ユリにも顔色が悪いと言われたばかりだった。なにより、さっき見た鏡の中の自分はずいぶん様変わりしている。
――信一と話をしているせいだろうか。
そう思い始めた時だった。
「そういえば、お守り持ってるのかしら」
 食器を洗いながら何でもないような口調で母が聞いた。
きっと母はずいぶん前から気にしているに違いなかった。そして美緒から何か言うのを待っていたに違いない。
「もしかして、私の部屋に勝手に入ったの」
大きな声で怒鳴るように言って美緒は後悔した。母は心配しているのだ。母の心配する様子で美緒はとうとう現実に立ち向かわなければならないと思った。
もう信一と過ごす時間が寿命を縮めている可能性に目をつぶることはできなかった。そして周りのみんなを心配させている自分が腹立たしかった。
 これ以上母を心配させるわけにはいかないと思った瞬間、心とは裏腹に母に嘘をついてしまった。
「あ、ごめん。勝手に部屋に入ったことないよね。お守り、ちゃんと持って行ってるよ」
 分かっているけど信一をこのままにしておくことはできない。美緒はすまない気持ちで当惑したような母の横顔を見つめていた。そして本当に母が自分の事を気遣ってくれていることを初めて知った。
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