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98. 母さんと僕②
母さんは怪訝そうな顔で僕を見た。一気に心が縮こまる。でも、今日はちゃんと話さなくては、と思い呼吸を整えた。
「母さん、進路のことで相談があるんだけど。」
「進路……?」
母さんの眉がわずかに吊り上がった気がした。些細な変化にも敏感になって、いちいち悪い方向へと関連付けてしまう。ただ単に眉が動いただけで、それに意味なんてない、と自分に言い聞かせた。
僕は母さんのほうへ歩み寄り「座って。」と言った。
向かい合って食卓に座り改めて母さんの顔を見ると、怒ってはいなさそうで、ほんの少しほっとした。
「進路のことで……話したいことがあって。」
母さんはじっと僕の顔を見ている。
「実は……。」
緊張して声が詰まる。
「あっくん、どうしたの?」
「実は僕、本当は大学生になったら下宿したい。」
母はびっくりして小さく声を漏らした。そりゃそうだ、今まで一度もこんなことは言ったことがないのだから。
「あっくん、どうしたの急に。家から通える国公立に行くと言ってくれてたじゃない。」
母の目が鋭くなった気がした。
「それはそうだけど……本当は家を出たかった。」
言ってから、家を出たいなんて、まるで母さんを非難する言葉に思えて、はっとした。母さんは沈黙していた。
「ご、ごめんなさい!……僕は……。」
とっさに謝って気がついた。これも僕のいつものパターンだ。何か切り出しても、相手の反応ですぐに謝ってしまう。例え自分が悪いと思っていなくてもそうしてしまう。そして結局、自分の意見は通せなくなる。今日はそれではいけないんだ、となんとか気持ちを立て直す。
「ほら、母さんも僕がいないほうが、自由に彼氏を連れてこれるし。そのほうがいいでしょ、ね。」
僕は無理矢理、笑顔を作ってしゃべった。しかし、これはこれで暗に母さんが彼氏を連れてくるのを嫌だと言っているのに等しいと気がついた。
「あっくんは川合さんのこと嫌いなの?」
「いや、そんなことないよ。」
話の方向が進路からずれている。でも、僕が本当に言いたかったのはこっちなのかもしれない。
本当は川合さんなんて嫌いだ。いや、少し違うな。川合さんはどうでもいい。正確に言うと、彼氏を連れてくる母さんの、男に対する態度が嫌いだ。妙に川合さんの機嫌をとって、あんなのまるでホステスさんじゃないかと思う。母さんは働いて自分で稼いで自分で生きているのに、どうして彼氏にはあんな態度になるんだろう。川合さんだって僕からすれば横柄なんだ。見ているとムカつくから僕はさっさと自分の部屋に閉じこもることにしていた。この態度で母さんは僕の気持ちを薄々分かっていると思っていたけど違うのだろうか。
心の中だとこんなにもすらすら言葉があふれるのに、母さんに面と向かうと半分も言えない。でも、もう言ってしまおうか。言ったら楽になるだろうか、それとも後悔するだろうか。
佐藤君はお父さんにどうやって反抗したのだろう。もっと詳しく聞いておけばよかった。殴られたと言っていたよね。母さんは暴力は振るわないけど、心理的圧力はなかなかのものなんだ。でも、今日は、今日こそは。
「母さん、川合さんは嫌いじゃないけど……。」
どうしよう、喉も舌もからからで話しにくい。少し唾液を溜めて無理矢理飲み込み、仕切り直した。
「川合さんは嫌いじゃないけど、母さんが彼氏を連れてくると気まずいって言うか。」
「あっくん、そんなこと一言も言わなかったじゃない。」
僕は絶句してしまった。母さんは僕のことなんて見ていないのだろうか。いつも僕はサインを出していたのにな。急に何もかも馬鹿らしくなってきた。どうして母さんにこんなに気を遣っていたのだろう。
「言わなくても僕の態度見たら分かるじゃん。」
イライラして不貞腐れた感じで言った。でも、こうやってすぐイライラするのは母さん似なのかもと思うとすうと心が冷めた。こうやって態度で察してほしいと思うのも僕の悪い癖かもしれない。
いろいろと自分の悪いところは分かっているのに、ずっと僕は変われなかった。でも、今回はちょっと違うような気がするんだ。だって初めて友達ができたんだよ。だからちゃんと話さなくては。
「母さん、進路のことで相談があるんだけど。」
「進路……?」
母さんの眉がわずかに吊り上がった気がした。些細な変化にも敏感になって、いちいち悪い方向へと関連付けてしまう。ただ単に眉が動いただけで、それに意味なんてない、と自分に言い聞かせた。
僕は母さんのほうへ歩み寄り「座って。」と言った。
向かい合って食卓に座り改めて母さんの顔を見ると、怒ってはいなさそうで、ほんの少しほっとした。
「進路のことで……話したいことがあって。」
母さんはじっと僕の顔を見ている。
「実は……。」
緊張して声が詰まる。
「あっくん、どうしたの?」
「実は僕、本当は大学生になったら下宿したい。」
母はびっくりして小さく声を漏らした。そりゃそうだ、今まで一度もこんなことは言ったことがないのだから。
「あっくん、どうしたの急に。家から通える国公立に行くと言ってくれてたじゃない。」
母の目が鋭くなった気がした。
「それはそうだけど……本当は家を出たかった。」
言ってから、家を出たいなんて、まるで母さんを非難する言葉に思えて、はっとした。母さんは沈黙していた。
「ご、ごめんなさい!……僕は……。」
とっさに謝って気がついた。これも僕のいつものパターンだ。何か切り出しても、相手の反応ですぐに謝ってしまう。例え自分が悪いと思っていなくてもそうしてしまう。そして結局、自分の意見は通せなくなる。今日はそれではいけないんだ、となんとか気持ちを立て直す。
「ほら、母さんも僕がいないほうが、自由に彼氏を連れてこれるし。そのほうがいいでしょ、ね。」
僕は無理矢理、笑顔を作ってしゃべった。しかし、これはこれで暗に母さんが彼氏を連れてくるのを嫌だと言っているのに等しいと気がついた。
「あっくんは川合さんのこと嫌いなの?」
「いや、そんなことないよ。」
話の方向が進路からずれている。でも、僕が本当に言いたかったのはこっちなのかもしれない。
本当は川合さんなんて嫌いだ。いや、少し違うな。川合さんはどうでもいい。正確に言うと、彼氏を連れてくる母さんの、男に対する態度が嫌いだ。妙に川合さんの機嫌をとって、あんなのまるでホステスさんじゃないかと思う。母さんは働いて自分で稼いで自分で生きているのに、どうして彼氏にはあんな態度になるんだろう。川合さんだって僕からすれば横柄なんだ。見ているとムカつくから僕はさっさと自分の部屋に閉じこもることにしていた。この態度で母さんは僕の気持ちを薄々分かっていると思っていたけど違うのだろうか。
心の中だとこんなにもすらすら言葉があふれるのに、母さんに面と向かうと半分も言えない。でも、もう言ってしまおうか。言ったら楽になるだろうか、それとも後悔するだろうか。
佐藤君はお父さんにどうやって反抗したのだろう。もっと詳しく聞いておけばよかった。殴られたと言っていたよね。母さんは暴力は振るわないけど、心理的圧力はなかなかのものなんだ。でも、今日は、今日こそは。
「母さん、川合さんは嫌いじゃないけど……。」
どうしよう、喉も舌もからからで話しにくい。少し唾液を溜めて無理矢理飲み込み、仕切り直した。
「川合さんは嫌いじゃないけど、母さんが彼氏を連れてくると気まずいって言うか。」
「あっくん、そんなこと一言も言わなかったじゃない。」
僕は絶句してしまった。母さんは僕のことなんて見ていないのだろうか。いつも僕はサインを出していたのにな。急に何もかも馬鹿らしくなってきた。どうして母さんにこんなに気を遣っていたのだろう。
「言わなくても僕の態度見たら分かるじゃん。」
イライラして不貞腐れた感じで言った。でも、こうやってすぐイライラするのは母さん似なのかもと思うとすうと心が冷めた。こうやって態度で察してほしいと思うのも僕の悪い癖かもしれない。
いろいろと自分の悪いところは分かっているのに、ずっと僕は変われなかった。でも、今回はちょっと違うような気がするんだ。だって初めて友達ができたんだよ。だからちゃんと話さなくては。
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