佐藤君のおませな冒険

円マリ子

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99. 母さんと僕③

 僕は勇気を出して母さんの顔を挑むように真っ直ぐに見た。母さんの顔はやや血の気が失せたように思えた。
「あっくんはずっと嫌だったの?」
 ああ、この人は本当に気がついていなかったのだ。僕は寒々とした、しかしすっきりとした、真冬の夜空のような心持ちになった。
「そうだよ。だいたい、親の恋人を手放しで歓迎する子供なんているのだろうかと思う。ふふ、母さんはずいぶんと鈍感なんだね。」
 僕は意識して、悪意を持って、言葉を発した。本当に性格が悪いと思う。でも今までの忍耐を思えばこれくらい当然だとも思う。
 母さんは涙目になっていた。母さんの涙を初めて見た。僕は母さんは泣かないとどこかで決め込んでいたから、少しひるんだ。それを振り払おうと僕はこう考えた。母さんは僕に責められて泣いている。自分かわいさに泣いている。決して僕のための涙ではない。
「先生にも相談してみたんだ。そしたら国立なら親の収入に応じて授業料が免除される制度があるし、寮も格安なんだって。それに家庭教師のバイトが高額だとも教えてくれた。母さんにはなるべく迷惑かけないつもりだよ。後生だから、ね。」
 驚くほどスラスラとセールストークのようにしゃべれたものだから、ふっと口の端に笑みまで浮かんだ。
「でも……。」
 母さんは小さく言った。でももクソもあるか。イライラする。
「なんだよ、僕が今まで母さんにわがまま言ったことある?ないよね?」
「ない。」
「でしょ、そりゃ高校は僕の希望を通させてもらったけれど、それだってちゃんと合格したんだし文句ないよね。だからたまには僕の言うことも聞いてくれたっていいじゃん。」
「ねえ、どうしたの。そんな言い方ないでしょ。あっくんは、ずっと、良い子、だわ。そうよね。」
 この人はまだ僕に呪いをかけるのか。あっくんは良い子ね、そう言われると僕は良い子でいるしか道がなくなってしまう。こんな場面を何度も何度も経験した。その度に僕は空気が薄くなったような苦しさを感じたものだ。
「僕だっていつまでも子供じゃないんだよ。僕って本当はものすごく不良だからさ。」
 何もかも言ってしまったら母さんはどんな顔をするだろうか。二十も歳上の男の教師と変態セックスしてます、同級生の男の子をたぶらかしました、ねえ、不良品でしょ。でも、どうせ母さんだって川合さんを連れ込んでセックスしてるんだろ。母さんは僕の母さんだから、母さんも変態セックスしてるのかも。そうだったら興奮するな。興奮し過ぎて吐きそうだ。
「でもお金が。」
 まだ言うか。本当に嫌になる。僕だってできるなら母さんの好きな良い子でいたかった。だから自宅から通える国公立としか考えていなかった。だけれど、ここまで僕の意思を端から退けようとされると、今までの自分が大変にお人好しで馬鹿みたいに母さんにとって都合の良い存在に過ぎなかったと、虚しさや憤りや悲しさが斑らになった。
「母さんは夜勤までしてるのに、そんなにお金がないはずないでしょ。」
 僕の冷静な声に、母さんはぎょっとして目を見開いた。僕がうっすらと勘付いていることにすら母さんは思いも及ばなかったみたいだ。鈍感もここまでくると天晴れだな。僕は母さんがもう少しだけ僕を優先してくれたならこのことは見ないふりを通すつもりだったのだ。でも、仕方ない。仕方のないことだ。
 母さんはどうやら川合さんに何度もお金を貸しているようなのだ。前に電話での会話を偶然聞いてしまった。そんな得体の知れない奴に貸す金があるくらいなら、僕のために使うべきじゃないか。そう思う僕は利己的なのだろうか。
「母さんは川合さんにお金を、……」
 僕がそこまで言うと母さんは号泣して僕の言葉を遮った。どうして泣くのだろう。泣きたいのはこちらのほうだ。ねえ、そうだろ。
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