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8話(子爵家嫡男の援護)
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「このまま陛下のお言葉を待たずして退出しては、失礼に当たります」
アラン様の冷静な判断で、私たちは休憩室を出た後、再び会場へと戻った。
広間は相変わらず賑わっていたが、私たちが現れると、周囲の視線が集まるのが分かる。
ちょうどその時、声が掛かった。
「失礼。少々、お時間をよろしいでしょうか」
突然、声を掛けられ振り向くと、そこに立っていたのは、三人連れの紳士、淑女だった。
「私はロイド・エクセラル。そして隣にいるのが妹のルシアンと、その夫のランガー・チェスター男爵です」
三人の間には、不思議なほどの信頼関係が感じられた。
自己紹介をされ、私たちは顔を見合わせた。確か、エクセラル子爵家といえば、領地を繁栄に導いているだけではなく、嫡男のロイド様は金融のお仕事でも有名な方だ。多くの貴族の資金運用や相談役として絶大な信頼を寄せられている方だと噂で聞いたことがあった。
何でも、決して無理な取り立てはしないということだ。そして彼の片腕というのが妹君のご主人、ランガー・チェスター男爵だ。
その方たちが何故私たちに? 不思議に思っていると、ルシアン様は、少しだけ躊躇してから話し始めた。
「余計なこととは存じております。ただ……先ほどの場面を拝見して、胸が締め付けられてしまって。実は私も、以前まったく同じ目に遭いましたの。社交界で、まさにああいう形で……」
隣で、ランガー男爵が何も言わず、そっと彼女の背に手を添える。
「だけど今は、こうして幸せに過ごしています」
ルシアン様は微笑んだ。
その笑顔は辛い境遇を乗り越えた者の自信のように思えた。
「ですから……イライザ様。このような時には気分転換でも。よろしければ」
その瞬間、彼女の視線が、兄君であるロイド様へと向く。
「お兄様と、一曲踊ってみてはいかがですか?」
ロイド様は驚いたように目を瞬かせ、それから、どこか覚悟を決めたようにお義姉様に手を差し出された。
「ご迷惑でなければ」
お義姉様はほんの少し迷いながらもその手を取った。
音楽が、ちょうど次の曲へと変わった。
踊り出した瞬間、周囲の視線が二人に集まった。
憧れ、驚嘆、そして、わずかな嫉妬。
しかし、ロイド様はお義姉様を気遣い、何か話しかけながらリードしていた。
ロイド様のリードは完璧で、お義姉様のドレスが美しく舞っていた。
先ほどまでの悲劇のヒロインではなく、一人の淑女として、いつしか周囲からの羨望の眼差しを集めていた。
それを見守るルシアン様とランガー様は、どこか遠い目をして話されている。
「あの日も、今日のような夜でしたね。初めて兄にランガー様を紹介され、一緒に踊った時のことを思い出します」
「ええ、あの時のルシアンの震える手を思わず強く握ってしまい、慌てたことがつい昨日のことのようです」
二人の睦まじい会話を聞きながら、私はふと思った。ロイド様はランガー様に出資し、二人で金融の仕事を軌道に乗せ、妹に真の幸せを掴ませた。その聡明な彼が、周囲を気にすることなく、これほどまでに優しくお義姉様をエスコートしている。
(もしかして、ロイド様もかつてのランガー様のように、お義姉様と……なんて、都合の良いことを考えてしまった)
華やかな音楽が流れる中、アラン様の隣で、私は新しい素敵な運命が動き出したらいいのにと勝手に胸を躍らせていた。
曲が終わり、ロイド様と戻られたお義姉様は、頬をほんのり薔薇色に染めていた。その晴れやかな表情に、私の胸も温かくなった。
しかし、そんな二人を切り裂くように、焦りを滲ませた顔のリチャード様が人混みを割って現れた。
「イライザ! 待ってくれ、先ほどのことは本当に誤解なんだ」
必死な形相で、お義姉様の腕を掴もうとしたリチャード様。しかし、その手がお義姉様に触れる直前、ロイド様がすかさずその間に割って入った。
「お言葉ですが」
ロイド様の声は低く、そして信じられないほど冷たい。先ほどまでお義姉様に向けられていた優しい微笑みは消え、そこには数々の業績を築いた実力者としての冷徹な姿があった。
「ここは神聖な王宮の舞踏会です。淑女の意思を無視して詰め寄るなど、あまりにも無作法ではありませんか?」
「ロイド・エクセラル殿、君には関係ないことだ。これは私と婚約者である彼女との問題だ」
リチャード様はひるみながらも食い下がろうとしたが、ロイド様はそれを鼻で笑った。
「婚約者、ですか。他の令嬢を堂々とエスコートし、大勢の前で正式な婚約者に恥をかかせた方が口にされる言葉とは思えませんな。それに領地経営の損失を埋めるための資金調達と同様、人間関係の扱いも随分と杜撰ときている」
「な、! なぜそれを!」
リチャード様の顔からみるみる血の気が引き、彼はただ呆然としている。
ロイド様は投資家としても有名だ。リチャード様の家の財政事情などすでに知っていたのかもしれない。
「貴殿の家が私の投資先でなかったことを、今ほど幸運に思ったことはありません。イライザ様にこれ以上、不快な思いをさせるのであれば、私にも考えがありますよ。貴殿の支援者たちに、今夜の常識のない振る舞いをなんと報告しましょうか」
それは、どうやらリチャード様にとって致命的なものらしい。
ロイド様の言葉によって、とても焦った様子のリチャード様。
「失、失礼する」
リチャード様はそれ以上、何も言えず、逃げるようにその場を去っていった。
その後ろ姿を見ながらロイド様は何事もなかったかのようにお義姉様に向き直った。
「お見苦しいものをお見せしました。ですが、あのような『不良債権』は、早めに処分をされることをお勧めいたします」
(さすが、金融のお仕事をなさっているだけあるわ)
その言葉の意味に一同、苦笑しながら頷いていた。
アラン様の冷静な判断で、私たちは休憩室を出た後、再び会場へと戻った。
広間は相変わらず賑わっていたが、私たちが現れると、周囲の視線が集まるのが分かる。
ちょうどその時、声が掛かった。
「失礼。少々、お時間をよろしいでしょうか」
突然、声を掛けられ振り向くと、そこに立っていたのは、三人連れの紳士、淑女だった。
「私はロイド・エクセラル。そして隣にいるのが妹のルシアンと、その夫のランガー・チェスター男爵です」
三人の間には、不思議なほどの信頼関係が感じられた。
自己紹介をされ、私たちは顔を見合わせた。確か、エクセラル子爵家といえば、領地を繁栄に導いているだけではなく、嫡男のロイド様は金融のお仕事でも有名な方だ。多くの貴族の資金運用や相談役として絶大な信頼を寄せられている方だと噂で聞いたことがあった。
何でも、決して無理な取り立てはしないということだ。そして彼の片腕というのが妹君のご主人、ランガー・チェスター男爵だ。
その方たちが何故私たちに? 不思議に思っていると、ルシアン様は、少しだけ躊躇してから話し始めた。
「余計なこととは存じております。ただ……先ほどの場面を拝見して、胸が締め付けられてしまって。実は私も、以前まったく同じ目に遭いましたの。社交界で、まさにああいう形で……」
隣で、ランガー男爵が何も言わず、そっと彼女の背に手を添える。
「だけど今は、こうして幸せに過ごしています」
ルシアン様は微笑んだ。
その笑顔は辛い境遇を乗り越えた者の自信のように思えた。
「ですから……イライザ様。このような時には気分転換でも。よろしければ」
その瞬間、彼女の視線が、兄君であるロイド様へと向く。
「お兄様と、一曲踊ってみてはいかがですか?」
ロイド様は驚いたように目を瞬かせ、それから、どこか覚悟を決めたようにお義姉様に手を差し出された。
「ご迷惑でなければ」
お義姉様はほんの少し迷いながらもその手を取った。
音楽が、ちょうど次の曲へと変わった。
踊り出した瞬間、周囲の視線が二人に集まった。
憧れ、驚嘆、そして、わずかな嫉妬。
しかし、ロイド様はお義姉様を気遣い、何か話しかけながらリードしていた。
ロイド様のリードは完璧で、お義姉様のドレスが美しく舞っていた。
先ほどまでの悲劇のヒロインではなく、一人の淑女として、いつしか周囲からの羨望の眼差しを集めていた。
それを見守るルシアン様とランガー様は、どこか遠い目をして話されている。
「あの日も、今日のような夜でしたね。初めて兄にランガー様を紹介され、一緒に踊った時のことを思い出します」
「ええ、あの時のルシアンの震える手を思わず強く握ってしまい、慌てたことがつい昨日のことのようです」
二人の睦まじい会話を聞きながら、私はふと思った。ロイド様はランガー様に出資し、二人で金融の仕事を軌道に乗せ、妹に真の幸せを掴ませた。その聡明な彼が、周囲を気にすることなく、これほどまでに優しくお義姉様をエスコートしている。
(もしかして、ロイド様もかつてのランガー様のように、お義姉様と……なんて、都合の良いことを考えてしまった)
華やかな音楽が流れる中、アラン様の隣で、私は新しい素敵な運命が動き出したらいいのにと勝手に胸を躍らせていた。
曲が終わり、ロイド様と戻られたお義姉様は、頬をほんのり薔薇色に染めていた。その晴れやかな表情に、私の胸も温かくなった。
しかし、そんな二人を切り裂くように、焦りを滲ませた顔のリチャード様が人混みを割って現れた。
「イライザ! 待ってくれ、先ほどのことは本当に誤解なんだ」
必死な形相で、お義姉様の腕を掴もうとしたリチャード様。しかし、その手がお義姉様に触れる直前、ロイド様がすかさずその間に割って入った。
「お言葉ですが」
ロイド様の声は低く、そして信じられないほど冷たい。先ほどまでお義姉様に向けられていた優しい微笑みは消え、そこには数々の業績を築いた実力者としての冷徹な姿があった。
「ここは神聖な王宮の舞踏会です。淑女の意思を無視して詰め寄るなど、あまりにも無作法ではありませんか?」
「ロイド・エクセラル殿、君には関係ないことだ。これは私と婚約者である彼女との問題だ」
リチャード様はひるみながらも食い下がろうとしたが、ロイド様はそれを鼻で笑った。
「婚約者、ですか。他の令嬢を堂々とエスコートし、大勢の前で正式な婚約者に恥をかかせた方が口にされる言葉とは思えませんな。それに領地経営の損失を埋めるための資金調達と同様、人間関係の扱いも随分と杜撰ときている」
「な、! なぜそれを!」
リチャード様の顔からみるみる血の気が引き、彼はただ呆然としている。
ロイド様は投資家としても有名だ。リチャード様の家の財政事情などすでに知っていたのかもしれない。
「貴殿の家が私の投資先でなかったことを、今ほど幸運に思ったことはありません。イライザ様にこれ以上、不快な思いをさせるのであれば、私にも考えがありますよ。貴殿の支援者たちに、今夜の常識のない振る舞いをなんと報告しましょうか」
それは、どうやらリチャード様にとって致命的なものらしい。
ロイド様の言葉によって、とても焦った様子のリチャード様。
「失、失礼する」
リチャード様はそれ以上、何も言えず、逃げるようにその場を去っていった。
その後ろ姿を見ながらロイド様は何事もなかったかのようにお義姉様に向き直った。
「お見苦しいものをお見せしました。ですが、あのような『不良債権』は、早めに処分をされることをお勧めいたします」
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