《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール

文字の大きさ
8 / 16

8話(子爵家嫡男の援護)

しおりを挟む
「このまま陛下のお言葉を待たずして退出しては、失礼に当たります」

 アラン様の冷静な判断で、私たちは休憩室を出た後、再び会場へと戻った。
 広間は相変わらず賑わっていたが、私たちが現れると、周囲の視線が集まるのが分かる。

 ちょうどその時、声が掛かった。

「失礼。少々、お時間をよろしいでしょうか」

 突然、声を掛けられ振り向くと、そこに立っていたのは、三人連れの紳士、淑女だった。

「私はロイド・エクセラル。そして隣にいるのが妹のルシアンと、その夫のランガー・チェスター男爵です」

 三人の間には、不思議なほどの信頼関係が感じられた。

 自己紹介をされ、私たちは顔を見合わせた。確か、エクセラル子爵家といえば、領地を繁栄に導いているだけではなく、嫡男のロイド様は金融のお仕事でも有名な方だ。多くの貴族の資金運用や相談役として絶大な信頼を寄せられている方だと噂で聞いたことがあった。 
 何でも、決して無理な取り立てはしないということだ。そして彼の片腕というのが妹君のご主人、ランガー・チェスター男爵だ。
 その方たちが何故私たちに? 不思議に思っていると、ルシアン様は、少しだけ躊躇してから話し始めた。

「余計なこととは存じております。ただ……先ほどの場面を拝見して、胸が締め付けられてしまって。実は私も、以前まったく同じ目に遭いましたの。社交界で、まさにああいう形で……」

 隣で、ランガー男爵が何も言わず、そっと彼女の背に手を添える。

「だけど今は、こうして幸せに過ごしています」

 ルシアン様は微笑んだ。
 その笑顔は辛い境遇を乗り越えた者の自信のように思えた。

「ですから……イライザ様。このような時には気分転換でも。よろしければ」

 その瞬間、彼女の視線が、兄君であるロイド様へと向く。

「お兄様と、一曲踊ってみてはいかがですか?」

 ロイド様は驚いたように目を瞬かせ、それから、どこか覚悟を決めたようにお義姉様に手を差し出された。

「ご迷惑でなければ」

 お義姉様はほんの少し迷いながらもその手を取った。
 音楽が、ちょうど次の曲へと変わった。

 踊り出した瞬間、周囲の視線が二人に集まった。
 憧れ、驚嘆、そして、わずかな嫉妬。 
 しかし、ロイド様はお義姉様を気遣い、何か話しかけながらリードしていた。

 ロイド様のリードは完璧で、お義姉様のドレスが美しく舞っていた。
 先ほどまでの悲劇のヒロインではなく、一人の淑女として、いつしか周囲からの羨望の眼差しを集めていた。

 それを見守るルシアン様とランガー様は、どこか遠い目をして話されている。

「あの日も、今日のような夜でしたね。初めて兄にランガー様を紹介され、一緒に踊った時のことを思い出します」

「ええ、あの時のルシアンの震える手を思わず強く握ってしまい、慌てたことがつい昨日のことのようです」

 二人の睦まじい会話を聞きながら、私はふと思った。ロイド様はランガー様に出資し、二人で金融の仕事を軌道に乗せ、妹に真の幸せを掴ませた。その聡明な彼が、周囲を気にすることなく、これほどまでに優しくお義姉様をエスコートしている。

(もしかして、ロイド様もかつてのランガー様のように、お義姉様と……なんて、都合の良いことを考えてしまった)

 華やかな音楽が流れる中、アラン様の隣で、私は新しい素敵な運命が動き出したらいいのにと勝手に胸を躍らせていた。

 曲が終わり、ロイド様と戻られたお義姉様は、頬をほんのり薔薇色に染めていた。その晴れやかな表情に、私の胸も温かくなった。
 しかし、そんな二人を切り裂くように、焦りを滲ませた顔のリチャード様が人混みを割って現れた。

「イライザ! 待ってくれ、先ほどのことは本当に誤解なんだ」 

 必死な形相で、お義姉様の腕を掴もうとしたリチャード様。しかし、その手がお義姉様に触れる直前、ロイド様がすかさずその間に割って入った。

「お言葉ですが」

 ロイド様の声は低く、そして信じられないほど冷たい。先ほどまでお義姉様に向けられていた優しい微笑みは消え、そこには数々の業績を築いた実力者としての冷徹な姿があった。

「ここは神聖な王宮の舞踏会です。淑女の意思を無視して詰め寄るなど、あまりにも無作法ではありませんか?」

「ロイド・エクセラル殿、君には関係ないことだ。これは私と婚約者である彼女との問題だ」

 リチャード様はひるみながらも食い下がろうとしたが、ロイド様はそれを鼻で笑った。

「婚約者、ですか。他の令嬢を堂々とエスコートし、大勢の前で正式な婚約者に恥をかかせた方が口にされる言葉とは思えませんな。それに領地経営の損失を埋めるための資金調達と同様、人間関係の扱いも随分と杜撰ずさんときている」

「な、! なぜそれを!」

 リチャード様の顔からみるみる血の気が引き、彼はただ呆然としている。
 ロイド様は投資家としても有名だ。リチャード様の家の財政事情などすでに知っていたのかもしれない。

「貴殿の家が私の投資先でなかったことを、今ほど幸運に思ったことはありません。イライザ様にこれ以上、不快な思いをさせるのであれば、私にも考えがありますよ。貴殿の支援者たちに、今夜の常識のない振る舞いをなんと報告しましょうか」

 それは、どうやらリチャード様にとって致命的なものらしい。
 ロイド様の言葉によって、とても焦った様子のリチャード様。

「失、失礼する」

 リチャード様はそれ以上、何も言えず、逃げるようにその場を去っていった。 
 その後ろ姿を見ながらロイド様は何事もなかったかのようにお義姉様に向き直った。

「お見苦しいものをお見せしました。ですが、あのような『不良債権』は、早めに処分をされることをお勧めいたします」

(さすが、金融のお仕事をなさっているだけあるわ)

 その言葉の意味に一同、苦笑しながら頷いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

愛してくれないのなら愛しません。

火野村志紀
恋愛
子爵令嬢オデットは、レーヌ伯爵家の当主カミーユと結婚した。 二人の初対面は最悪でオデットは容姿端麗のカミーユに酷く罵倒された。 案の定結婚生活は冷え切ったものだった。二人の会話は殆どなく、カミーユはオデットに冷たい態度を取るばかり。 そんなある日、ついに事件が起こる。 オデットと仲の良いメイドがカミーユの逆鱗に触れ、屋敷に追い出されそうになったのだ。 どうにか許してもらったオデットだが、ついに我慢の限界を迎え、カミーユとの離婚を決意。 一方、妻の計画など知らずにカミーユは……。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。

猫屋敷むぎ
恋愛
王都最古の大聖堂。 ついに幸せいっぱいの結婚式を迎えた、公女リシェル・クレイモア。 しかし、一年前。同じ場所での結婚式では―― 見知らぬ女を連れて現れたセドリック王子が、高らかに宣言した。 「俺は――愛を選ぶ! お前との婚約は……破棄だ!」 確かに愛のない政略結婚だったけれど。 ――やがて、仮面の執事クラウスと共に踏み込む、想像もできなかった真実。 「お嬢様、祝砲は芝居の終幕でと、相場は決まっております――」 仮面が落ちるとき、空を裂いて祝砲が鳴り響く。 シリアスもラブも笑いもまとめて撃ち抜く、“婚約破棄から始まる、公女と執事の逆転ロマンス劇場”、ここに開幕! ――ミステリ仕立ての愛と逆転の物語です。スッキリ逆転、ハピエン保証。 ※「小説家になろう」にも掲載。(異世界恋愛33位) ※ アルファポリス完結恋愛13位。応援ありがとうございます。

今まで尽してきた私に、妾になれと言うんですか…?

水垣するめ
恋愛
主人公伯爵家のメアリー・キングスレーは公爵家長男のロビン・ウィンターと婚約していた。 メアリーは幼い頃から公爵のロビンと釣り合うように厳しい教育を受けていた。 そして学園に通い始めてからもロビンのために、生徒会の仕事を請け負い、尽していた。 しかしある日突然、ロビンは平民の女性を連れてきて「彼女を正妻にする!」と宣言した。 そしえメアリーには「お前は妾にする」と言ってきて…。 メアリーはロビンに失望し、婚約破棄をする。 婚約破棄は面子に関わるとロビンは引き留めようとしたが、メアリーは婚約破棄を押し通す。 そしてその後、ロビンのメアリーに対する仕打ちを知った王子や、周囲の貴族はロビンを責め始める…。 ※小説家になろうでも掲載しています。

処理中です...