《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール

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9話(今日も夫は冷たかった)

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 リチャード様が去ったあと、アラン様は、ロイド様たちに向かい、丁寧に頭を下げた。

「本日は、姉をお守りいただきありがとうございました。お陰様で周囲の目が、ただの悲劇の女性を見る目ではなくなりました」

 いつもは無口なアラン様らしからぬ言葉だった。

 ロイド様は首を振りながら優しい眼差しを向けてくれる。

「いいえ、当然のことをしたまでです。かつての妹を思えば、同じ目に遭っているご令嬢を放っておくことなどできませんでした。ただ、少々やり過ぎてしまったのは、私の悪い癖ですが」

 そう言いながら苦笑していらっしゃった。

 その横で、ランガー様に手を取られたルシアン様も優しく微笑んでいる。

「それにしましてもイライザ様が取り乱さずに凛としていらしたのは素敵でした」

 ルシアン様の言葉にお義姉様は少しだけ頬を赤くして、ロイド様の方へ向き直った。

「本日は、本当にありがとうございました。おかげで、恥をかくだけで終わらずに済みました」

 そして、ほんの一瞬だけ迷っているようでしたが……。

「改めて、きちんとお礼に伺わせていただいてもご迷惑ではありませんか?」

 ロイド様は驚いたように目を瞬かせ、それから笑顔で答えられた。

「もちろん。こちらこそ、お待ちしております。お礼ではなく、気軽に気分転換のつもりでいらしてください」

 そのやり取りを、私は少しだけ期待を込めながら見守っていた。

 やがて陛下のお言葉も終わり、色々あった舞踏会もいよいよ幕を閉じようとしていた。

 その時、アラン様がお義姉様と私の隣にいらした。

「では、私は、このあと王宮の執務に戻ります」

 やはり、という気持ちと、どこか寂しい気持ちが胸をよぎる。
 するとお義姉様がアラン様に声をかけた。

「また仕事なの? こんな日くらい一緒に帰ればいいじゃない」

「火急の仕事が残ってますので」

 お義姉様は呆れた顔で見つめた。

「分かったわよ。今日は迷惑をかけたわね」

「それではこれで失礼する」

 短い言葉だけ残し、アラン様は去っていかれた。
 その後ろ姿を見送りながら、私は少しだけ胸の奥が冷たくなるのを感じた。

(あの時、一瞬だけ見せてくれた優しい眼差しは今はもう消えてしまったのね)

ーーーー

 王宮の広場を出た後、私とお義姉様は同じ馬車に乗り込んだ。
 扉が閉まり、馬車がゆっくりと動き出す。

 少しの沈黙が続いたあと、先に口を開いたのは、お義姉様だった。

「ねえ、アナスタシア」

「はい」

 窓の外を見ているお義姉様の横顔は、わずかに赤みがさしていた。

「わたくしね、ロイド様に、少し惹かれてしまったみたい」

 その言葉に、私は思わず目を見開く。
 だけど驚きはしなかった。期待する気持ちの方が大きかったから。

「とても、素敵でお優しい方でしたものね」

「優しいだけじゃないわ。ちゃんと、わたくしを一人の淑女として扱ってくれたわ。それに守るだけじゃなく、私の心を強くしてくれたの」

 お義姉様は少し笑った。

「だからね……リチャードとの婚約、解消するわ」

 それは迷いのない声だった。

「はい。それが、お義姉様にとって一番良いと思います」

 私がそう言うと、お義姉様はふっと表情を和らげた。だけど、そのあとすぐ、真剣な顔になった。

「それより……あなたとアランのことよ」

「私たち、ですか?」

「あの子、あなたに冷たいでしょう? なにか理由があるはずよ」

 胸が、少しだけ痛んだ。
 だけど、私は無理して笑顔を作った。

(理由なんてきっとないわ。アラン様は私に興味がないだけだから……。)それでもそんなことお義姉様に、言えるはずもなかった。

「アラン様はただ、お忙しいだけです」

「いいえ。忙しいだけじゃないわ」

 お義姉様の声が、胸に突き刺さる。

「あの子、きっと自分に自信がないのよ。あなたが思っている以上に」

 私は何も言えなかった。

(お義姉様それはたぶん違います)

「だから、あなたを避けているのよ。でもね、このままは良くないわ。お金のこともよ。きちんと二人で話し合いなさい」

 馬車が揺れる。
 窓の外の景色が、流れていく。

「……私は、ただ支えながらおそばにいられるだけで充分です」

 小さな声でそう呟くと、お義姉様は優しく私の手を握った。

「分かってるわ。でもね、支えるっていうのは、一人で背負うことじゃないの」

 その言葉が、胸の奥に音もなく落ちていく。
 そして落ちたところで波紋のように広がる。

「……あの子も、あなたも、不器用なのよ。だからこそ、ちゃんと向き合わないと」

 私は答えられず、ただ頷いた。

 夜の街を抜けながら、馬車はゆっくりと屋敷へ向かう。
 それぞれの想いを胸に抱えたまま、私たちは、静かな車内でこれから待ち受ける現実を考えていた。
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