財閥令嬢と伯爵令嬢の魂の入れ替わり

ヴァンドール

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34話(新しい生活)

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 いよいよ来週はお兄様の住まいへの引越しだった。私は浮き足立つ気持ちを抑えながら少しずつ荷物の整理をしていた。すると丁度そこにラインがきた。それはお兄様からで『今夜、一緒に食事でもしないか?』というものだった。私はすぐに『では寮の前に着いたら連絡して下さい』と返信した。すると『では楽しみにしている』と、また返信が来た。それを見ながら私はとても幸せに感じていた。最近ではお兄様の前でも素直になれている自分に嬉しく思いながら『ああ、こんな日がいつまでも続けばいいのに』と思っていた。それでいて私を一人の女性として見てもらいたいという欲とも戦っていた。でも今はこれで充分幸せなのだと納得もしていた。私はもう前のように焦ることはなかった。そのせいで全てが空回りをしていたのだから。あの日以来私は自然に身を任せることにしたのだった。

 
 今日、美優にラインをするとすぐに返信が来た。私が美優を食事に誘うとすぐに『寮の前に着いたら連絡してください』と返ってきた。
 あのギクシャクした状況から今のこの幸せな状況になるまでどれほどの時間を費やしたことか。私は今のこの関係を壊さないように慎重に美優と向き合っている。今はこれで充分だと納得をしているので無理はしない。それに来週には一緒に住めるのだからこれからの時間を大事にしたい。そう思いながら今日も美優と一緒の食事だ。今はいい、これで充分だ。

 寮の前に着き、美優に連絡をするとすぐに美優はやって来た。 
「お兄様、お仕事はもう終わられたのですか?」
 と、そして今日一日の出来事を話してくれた。それを聞きながら店に入り、また楽しく会話をしながら食事をする。そんな普通のことが嬉しくて私は美優に
「いつも付き合ってくれてありがとう」
 と言うと美優は
「私のほうこそいつもありがとうございます」
 と返してくれる。そして私は美優に
「実は美優のためにグランドピアノを用意したんだ」
 と言うと
「え、あれほど高いお部屋へどうやって入れたのですか? だってエレベータに入る大きさではないはずですが」
 と質問されて
「どうしたと思う?」
 と思わせぶりをしながら目を輝かせている美優に
「実は全て、バラせるだけバラせて、中で組み立ててもらったんだ」
 と言うと
「そんなことできるんですか?」
 と言うので
「それが出来るピアノがあるんだよ」
 と教えると
「すごいです。驚きました」
 と喜んでくれた。私はピアノを用意して大正解だと思い
「そんなに喜んでもらえて入れた甲斐があったよ」
 と返すと
「私のためにそこまでしてくれて本当に嬉しいです」
 と言ってくれた。私は
「早く美優のピアノがまた聞きたい」
 と言うと
「でも前に弾いていた曲は思い出せないかもしれない」
 とか細い声で言われ私は
「別に昔、弾いていた曲にこだわることは無いよ。弾ける曲でいいんだ」
 と言ってから
「いつだったか、こちらに来てすぐに弾いていた曲があっただろう? あの曲は初めて聴いた曲だったが素晴らしかったよ」
 と言うと
「私もいつあの曲を覚えたのか思い出せなくて」
 と言われた。それを聞いて
「無理に思い出すことはない。自由に弾きたいものを弾けばいいんだ」
 と伝えた。
 美優は依然として前の記憶を取り戻せないでいる。さぞかし不安だろうと思い、なんとかその負担を取り除きたくて言ったのだが何処まで伝わるかはわからない。だけど私は本心から伝えたい
「美優、このままずっと過去を思い出せなくてもいいと私は思っているよ。今のままの美優で充分だよ」
 と言った。すると美優は
「お兄様、ありがとう。少し気が楽になりました」
 と言ってくれた。それを聞き、私も少し安堵した。
 美優はいつも戻らない記憶に対して罪悪感を感じているように見えていたからその気持ちを楽にしてあげたいと思っていた。だからそれは私が一番欲しかった言葉だった。

 
 それからようやく美優が寮からこちらに引越してきた。そして部屋へと入った瞬間
「お兄様、すごいです。このピアノ、早く弾いてみたい」
 と言ってくれた。私は
「これからは自由に好きな時に好きなだけ弾けばいい」
 と言った。それを美優は嬉しそうに聞いていた。
 そしてその後マーサーが買い物から戻って来て
「お嬢様、これから宜しくお願いします」 
 と挨拶をすると美優はこちらの言葉で
「こちらこそ、これからよろしくお願いしますマーサーさん」
 と返していた。そしてマーサーが
「今夜はお嬢様のためにご馳走を作りますね」
 と言うと美優は嬉しそうに
「ありがとうマーサーさん」
 と言うとマーサーが
「さんはいりません、マーサーとお呼びください」
 と言った。美優は
「分かりました。ではマーサー宜しくお願いします」
 と返した。こうして私たちの新しい生活が始まった。




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