財閥令嬢と伯爵令嬢の魂の入れ替わり

ヴァンドール

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8話(ステーシア《美優》)の思惑

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 数日後、従兄のジャンという名前のお兄様が隣国の留学先より帰って来た。彼はわたくしより五歳年上の二十三歳になる。
 お兄様はわたくしを見るなり話しかけた。

「久しぶりステーシア、元気にしてたかい?」

 わたくしは彼をじっと見つめた。

「貴方がわたくしの従兄のジャンお兄様なのね」

 何も知らないお兄様は口をポカンと開けて驚いている。

「ステーシア、どうしてしまったんだ」
 
 すると近くにいたお兄様の母である伯母様が今までの経緯を時間をかけてアンと共に説明し始めた。

 その間、わたくしは黙ってその会話を聞いていた。そしてその話の途中、わたくしが納屋に閉じ込められていた話を聞いたお兄様は激怒して、その都度、話は途切れたが、それでも話は最後まで続けられた。そして、お父様が亡くなってから、始まった虐待のせいでわたくしが、高熱を出し意識不明になった後、全ての記憶が失われてしまったことを聞いたお兄様は物凄い形相をした。

「あの継母の奴、絶対許さない、必ず仕返ししてやる!」

 すると伯母様がお兄様を宥めた。

「今、お父様が色々と手を尽くされているからジャンは暫く大人しくしていてちょうだい」

 その時のお兄様は怒りのあまり、握られていた拳が真っ赤になっていた。そして全ての話を聞き終えたお兄様に私はお願いをした。

「そういう訳なので、わたくしの話し方が前と大分違っていると皆さんから言われるけれど気になさらないで下さいね」 

 そして付け加えるように伯母様が言った。

「話し方だけではなく人格其の物も変わってしまったのでその事も頭に入れておいてね」

 そして伯母様はにっこり笑った。

「でもわたくしは今のステーシアの方が好ましくてよ。前の控えめ過ぎるステーシアは心配で見ていられなかったもの」

 するとお兄様は

「ステーシア、これからはここで一緒に暮らすことになるのだから一切の気を使わず好きに暮らすといい」

 それを聞いたわたくしはお礼を言った。

「ありがとうございます。それでは遠慮なくお世話になります。お兄様? とお呼びしても?」
 
「お兄様か、まあいい。前はもっと堅苦しくジャン様だったからな」
 
 そして早速わたくしは頼みごとをした。

「それではお兄様、一つお願いがありますの。このまま記憶が戻らないと不便ですので色々と学んでおきたいので何処かの図書館に案内して欲しいのですが」

「だったら王立図書館があるから案内するよ」
 
「お帰りになられたばかりでお疲れではないですか?」
 
「大丈夫だ、列車の中ではずっと寝ていたからな」

 それを側で聞いていた伯母様は言ってくださった。

「ステーシア、そんなに学びたいのなら誰か家庭教師でもつけたらいいわ」

 しかしわたくしは前の世界の知識を生かし、この侯爵邸のためになってみせますわと心の中で思っていた。ですから丁重にお断りをした。

「伯母様、お気持ちはありがたく頂きます。でも、わたくしなりに色々と学びたいので今はこのまま見守っていてください」

 すると伯母様は残念そうに仰った。

「そうね、ステーシアがそうしたいのなら貴女の好きなようにするといいわ。でも必要な時はいつでも言ってちょうだいね、遠慮は禁物よ」  

 その言葉に心がじんわりと温かくなった。
 

 その後、わたくし達はアンも連れて三人で馬車で図書館へと向かった。

 図書館に着くとそこは、わたくしが予想していたより遥かに大きく、思っていた以上に沢山の本が所狭しと並んでいた。そしてわたくしはこの国の歴史が分かる本を手にして、その場で読書をするスペースで読み耽っていた。 

 するとどうやらここは千九百年頃のヨーロッパだということが分かった。この国は千九百年代を 通じて平和主義的な外交政策 をとり、国際的な紛争には直接介入しない姿勢を貫いている国だった。
 そして他にも、今のこの国の現状や、貴族の常識などを調べ始めた。
 すると後ろからお兄様に声を掛けられた。

「何をそんなに真剣に読んでいるんだい?」
 
「この国の歴史や常識について色々です」

 わたくしは前にいた世界でこの時代の貴族のことはある程度学んだ時期もあり知っていることもあったので、この時代に自分の知識で役立つことはないのかと頭を巡らせていた。

 そんな時ふと、この時代に手に入るもので、自分に作り出せる物はないのか? と考えた時に、浴室にシャンプーらしき物はあったのだがトリートメントの様な物がなく、髪が乾くとパサついていていたので、その時にアンに聞いたことを思い出していた。

『洗髪した後は植物油を塗って艶を出すのです』

 しかし、それだけではごわつきは収まらなかった。
 そうだ、だったら自分でトリートメントを作ればいいと思った。

 わたくしは、前にいた世界で植物に興味を持っていた時に調べたことのある成分を思い出していた。
 そしてその中から、こちらの世界でも手に入る物をアンとお兄様に尋ねると、まずはオリーブオイルとローズマリー、カモミールは間違いなく手に入るとのこと。オリーブオイルは髪の艶出し、ローズマリーは血行促進効果でフケの抑制効果がある。それからカモミールは頭皮の炎症を抑えるハーブだ。香りは甘さと爽やかさが同居する心地よい香りだ。あとはそれらを撹拌(かくはん)して使い勝手を良くするためアラビアゴム末でとろみをつければ完成出だ。アラビアゴム末は、画材店にあるとお兄様が教えてくれた。

 わたくしは早速、図書館の帰り道にお兄様に頼んでそれらの買い物に付き合ってもらった。

 こうして侯爵邸に着いて買い物してきた物を全て調合した。
 アラビアゴム末は、マメ科のアカシア属の植物から採取されるアラビアゴムを粉末状にしたもので、医薬品や食品、工業製品などに幅広く利用される天然の水溶性高分子だ。乳化、懸濁、結合などの目的で賦形剤として調剤に用いられる。

 この時代では画材として絵の具に混ぜて使われていた。そして水に溶かして天然の接着剤としても使用できるので上手くすれば付箋の糊としても利用出来るかもしれないが、それはまたあとで考えることにした。
 取り敢えず、わたくしは、完成したこのトリートメントをすぐに伯母様に使ってもらった。
 すると伯母様は満足そうに仰った。

「言われた通り仕上げにほんの少し時間をおいたわ。どう? 見てちょうだい、髪に栄養が行き届いたみたいでとてもしっとりとしたわ」  

 とても満足気に話してくれた。わたくしはこれならいけると思い、侯爵様が帰られたら是非このトリートメントを商品化できないか相談してみようと考えていた。

 わたくしは前の世界で絵画に興味を持ち、その際に昔は高かった顔料について詳しく調べていた時にこのアラビアゴムの存在を知り、あまりの多様性に驚いたことを思い出していた。この偶然の幸運な発見にわたくしは興奮した。そしてその当時、調べていたことが、こんな形で役立つとは嬉しい限りだった。
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