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22話(エピローグ)
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春の王都は、柔らかな陽光に包まれていた。
《リチャード・アムール記念財団》の活動は順調に拡大し、戦災孤児の保護と教育支援は、ついに王室の後援を得るまでに至った。
開設から一年後の今日、私はその報告会の壇上に立っていた。
壇上の装花には、リチャードが愛した白い百合。
香りが微かに風に揺れ、胸の奥の記憶をそっと撫でていく。
壇の下では、クラーク卿が静かに見守っていた。
王国最年少の財務大臣補佐として、今では誰もがその名を知る存在だ。
けれど私にとって彼はそう、ただ一緒に歩んでくれる人。
だけど誰よりもかけがえのない人。
報告会の最後、国王陛下が立ち上がり、穏やかな声で告げた。
「本日をもって、アリーシャ・グランフィン嬢とクラーク・エドワード卿の婚約をここに認める」
会場に拍手が広がった。
けれど、その音が遠く霞んで聞こえたのは、胸の奥が熱くて、息が詰まったからかもしれない。
クラーク卿が壇上に上がり、私の手を取る。
彼の掌は温かく、揺るぎない。
まっすぐに見つめる瞳の奥に、未来の光があった。
「共に、この国を良くしていきましょう。
貴女となら、どんな困難も越えられる」
私は微笑んで頷いた。
「ええ。私たちの理想を、現実に」
その瞬間、胸の奥に確かに感じた。
遠いどこかで、あの人も微笑んでいる、と。
ーーーー同じ頃、遠く離れた国の港町。
海風の吹く小さな書斎で、リチャードは一通の新聞を手に取っていた。
王都から届いた紙面の一面には、《アリーシャ・グランフィン嬢とクラーク卿、婚約発表》の文字。
記事の隣には、柔らかく笑うアリーシャの姿が載っていた。
彼はしばらくその写真を見つめ、それからゆっくりと息を吐いた。
「……ようやく、貴女の春が来たのですね」
机の上には、古びた懐中時計。
アリーシャがかつて贈ってくれたものだった。
彼はそれを開き、静かに微笑む。
「あなたが選んだ道が、幸福でありますように」
窓の外では、群青の海が光を返していた。
潮風がカーテンを揺らし、白い紙片をふわりと舞い上げる。
その紙には、彼の新しい商会の名が記されていた。
《リラ・トレード》。
アリーシャがいつか語っていた、「再生の花」の名を冠した、新たな始まり。
リチャードはそっと窓辺に立ち、海の彼方を見つめた。
遠い王都の空を想いながら。
もう手を伸ばすことはない。けれど、心は確かに繋がっている。
そして彼は、静かに言葉を紡いだ。
「ありがとう、アリーシャ。……貴女がいてくれた日々が、今も私を支えている」
波が打ち寄せ、白い泡が消える。
海の向こうでは、春の鐘が鳴っていた。
アリーシャとクラーク卿、そしてリチャード
それぞれの道が、ようやく穏やかに交わらぬまま、光の下へと続いていく。
きっとその中にはウィルフォード侯爵の道もあるのだろう。
過去も、愛も、理想も、すべてが《現在》を形作る糧となって。
そして、物語は静かに幕を下ろした。
完
《リチャード・アムール記念財団》の活動は順調に拡大し、戦災孤児の保護と教育支援は、ついに王室の後援を得るまでに至った。
開設から一年後の今日、私はその報告会の壇上に立っていた。
壇上の装花には、リチャードが愛した白い百合。
香りが微かに風に揺れ、胸の奥の記憶をそっと撫でていく。
壇の下では、クラーク卿が静かに見守っていた。
王国最年少の財務大臣補佐として、今では誰もがその名を知る存在だ。
けれど私にとって彼はそう、ただ一緒に歩んでくれる人。
だけど誰よりもかけがえのない人。
報告会の最後、国王陛下が立ち上がり、穏やかな声で告げた。
「本日をもって、アリーシャ・グランフィン嬢とクラーク・エドワード卿の婚約をここに認める」
会場に拍手が広がった。
けれど、その音が遠く霞んで聞こえたのは、胸の奥が熱くて、息が詰まったからかもしれない。
クラーク卿が壇上に上がり、私の手を取る。
彼の掌は温かく、揺るぎない。
まっすぐに見つめる瞳の奥に、未来の光があった。
「共に、この国を良くしていきましょう。
貴女となら、どんな困難も越えられる」
私は微笑んで頷いた。
「ええ。私たちの理想を、現実に」
その瞬間、胸の奥に確かに感じた。
遠いどこかで、あの人も微笑んでいる、と。
ーーーー同じ頃、遠く離れた国の港町。
海風の吹く小さな書斎で、リチャードは一通の新聞を手に取っていた。
王都から届いた紙面の一面には、《アリーシャ・グランフィン嬢とクラーク卿、婚約発表》の文字。
記事の隣には、柔らかく笑うアリーシャの姿が載っていた。
彼はしばらくその写真を見つめ、それからゆっくりと息を吐いた。
「……ようやく、貴女の春が来たのですね」
机の上には、古びた懐中時計。
アリーシャがかつて贈ってくれたものだった。
彼はそれを開き、静かに微笑む。
「あなたが選んだ道が、幸福でありますように」
窓の外では、群青の海が光を返していた。
潮風がカーテンを揺らし、白い紙片をふわりと舞い上げる。
その紙には、彼の新しい商会の名が記されていた。
《リラ・トレード》。
アリーシャがいつか語っていた、「再生の花」の名を冠した、新たな始まり。
リチャードはそっと窓辺に立ち、海の彼方を見つめた。
遠い王都の空を想いながら。
もう手を伸ばすことはない。けれど、心は確かに繋がっている。
そして彼は、静かに言葉を紡いだ。
「ありがとう、アリーシャ。……貴女がいてくれた日々が、今も私を支えている」
波が打ち寄せ、白い泡が消える。
海の向こうでは、春の鐘が鳴っていた。
アリーシャとクラーク卿、そしてリチャード
それぞれの道が、ようやく穏やかに交わらぬまま、光の下へと続いていく。
きっとその中にはウィルフォード侯爵の道もあるのだろう。
過去も、愛も、理想も、すべてが《現在》を形作る糧となって。
そして、物語は静かに幕を下ろした。
完
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う~ん…リチャードと添い遂げる未来を見たかったなぁ…
お読みいただきありがとうございました。実は私もリチャードが悲しすぎて同感なんです。私が言うのもおかしいのですが笑。今回はハッピーエンドの中の切なさが書きたくて、でも仕上がって読み返すとやはりリチャードが悲しい。
ご感想感謝いたします!