《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール

文字の大きさ
1 / 11

1話

しおりを挟む
 ある日、見知らぬ子供が屋敷を訪ねて来た。

「ここに……パパはいますか?」

 戸口でそう尋ねた少年に、執事のジョゼフは一瞬だけ眉をひそめ、すぐにいつもの礼儀正しい表情に戻った。

「奥様、いかがいたしましょうか?」

 ジョゼフが困ったようにわたくしへ振り返る。
 あまりにも旦那様に似ているその子供に、嫌な予感が働いた。

「そうね……だったら僕、ちょっとこちらに来てくれるかしら?」

「うん、いいよ」

 わたくしは少年を屋敷の廊下へ案内し、飾られている旦那様の肖像画を指し示した。

「あっ……パパだ!」

 少年の弾んだ声に、ジョゼフとわたくしは思わず目を合わせる。
 彼は気まずそうに視線を落とした。

ーーーー

 わたくしがこの屋敷の主人である侯爵様に嫁いで来たのは三カ月前。
 結婚式までわずか三日と迫ったその時、戦地の急激な情勢悪化により王命が下った。
 侯爵様は自領の兵を率いるよう命じられ、急遽、戦地へと出立されることになった。
 東の国境での戦況が劣勢を強いられているため、侯爵様ご自身が直接、軍の指揮を執ることになったという。

 きれいに飾りつけられた会場も、わたくしのウェディングドレスも、すべてが無意味になり、招待客へ急いで中止の連絡を取った。
 侯爵様は結婚の誓いを交わす間もなく軍服に着替え、『必ず帰る』と一言だけ残して、夜中に馬で駆けていった。

 結婚式を挙げることなく侯爵夫人になったわたくしは、広い屋敷にぽつんと取り残され、ただ夫の無事を祈る日々を送っていた。

 そんな状況の中、現れたのがあの少年だった。
 今年で十歳になるという。
 旦那様は現在二十八歳。
 つまり、わたくしが十八歳の今と同じ年頃に、旦那様は彼の父になっていたことになる。

 胸に冷たいものが落ちた。

ーーーー

「奥様……申し訳ございません。この件、旦那様から何も伺っておらず……」

 ジョゼフが深く頭を下げる。

「いいのよ、ジョゼフ。貴方が責任を感じることではありませんわ。貴方は何も知らなかったのですもの」

 わたくしは微笑み、少年に向き直った。

「あなたのお名前は?」

「ルカだよ。ママがね、お買い物が終わったらここに迎えに来るって……だから、それまで待っててもいい?」

 ジョゼフの表情がさらに曇る。

「とりあえず、少し待ってみましょうか」

 けれど、日が傾いても母親は来なかった。
 空が茜色に染まりきっても。

(……まさか、置き去りにするつもり?)

「やはり……来ないようね」

 わたくしの呟きに、ルカは不安げに袖をつかんだ。

「ママ、何かあったのかもしれない。きっと迎えに来るよね?」

 金色の瞳、旦那様とまったく同じ色。

「そうね。でも日が暮れてしまったわ。今夜はここに泊まりましょう。お腹は空いている?」

「うん! すごく空いてる!」

「ジョゼフ、厨房へ伝えて。この子に温かいスープと何か食べる物を。それからお部屋も整えさせて」

「かしこまりました、奥様」

ーーーー

 その夜も、翌日も、そのまた翌日も、母親は姿を見せなかった。

 (……困ったことになりましたわ)

 執務をしながら、静かに苦笑する。

 けれど同時に、確信も深まっていた。

 子供に話を聞けば、旦那様は戦場に向かう直前まで彼女のもとへ通っていたようだ。
 その女性が、わざとこの子を屋敷へ置き去りにした理由。

(わたくしを侯爵夫人の座から追い出すため……そういう魂胆でしょうね)

 それならば……。

 わたくしは静かな笑みを浮かべた。

(その思惑、すべて優雅にひっくり返して差し上げますわ)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?

白雲八鈴
恋愛
 我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。  離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?  あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。  私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?

二年間の花嫁

柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。 公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。 二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。 それでも構わなかった。 たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。 けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。 この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。 彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。 やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。 期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。 ――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?

ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。 ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。

黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。 その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。 王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。 だから、泣かない。縋らない。 私は自分から婚約破棄を願い出る。 選ばれなかった人生を終わらせるために。 そして、私自身の人生を始めるために。 短いお話です。 ※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。

その結婚は、白紙にしましょう

香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。 彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。 念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。 浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」 身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。 けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。 「分かりました。その提案を、受け入れ──」 全然受け入れられませんけど!? 形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。 武骨で不器用な王国騎士団長。 二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。

処理中です...