とんでもない侯爵に嫁がされた女流作家の伯爵令嬢

ヴァンドール

文字の大きさ
69 / 85

69話

しおりを挟む
 翌朝、私はクリス様にいただいた殺菌剤の入った農薬をジョンに届けるため、伯爵邸へと向かった。
 継母に会いたくはないが、これもジョンや領民のためと思えば行かざるを得ない。 

 しかし伯爵邸に着くと、継母は、ブドウの木について私が心配しているとジョンから聞いていたらしく、意外にも今までのような嫌味な態度は取らなかった。 
 そしてジョンが私に挨拶をしに来た。

「姉上、お忙しい中わざわざ来てくださりありがとうございます」

 すると継母も隣に来て、何も言わずに私とジョンの会話を聞いていた。

 私はクリス様に言われた通りのことをジョンに説明した。 

 今回はフィロキセラという害虫ではなかったが、またいつフィロキセラにやられるかわからないので、先日農民たちと学んだ接ぎ木のやり方は覚えておくようにと。

 一通りの説明を終えた私は農薬をジョンに渡し、帰ろうとした時、継母から声をかけられた。

「今回は色々とジョンを助けてもらい、感謝します」

 驚いた私は言葉に詰まってしまった。

「あ、いえ、当然のことをしたまでです」

 そう返すだけで、精一杯だった。
 そして帰り際、ジョンは私にそっと耳打ちした。

「母上なりに色々と思うところがあったようです」
 
「どうやらそのようね。ジョン、この伯爵領は貴方に任せたわよ」
 
「勿論、僕に任せてください。姉上は安心して陛下に嫁いで幸せになってください」

 思わず、次の言葉が出てこなかった。
 いつの間にかそんな会話ができる年になっていたのね、と感慨深い気持ちに浸った。

 その後、私は馬車で公爵邸に戻りながら継母のことを考えていた。

 人を愛する気持ちが少しだけ分かってきたせいなのか、前のように継母をただ憎く感じるのではなく、ほんの少しだけ理解できる気がした。

 継母は私を育ててくれた父のことを本心から愛していたのかもしれない。だからこそ、その父が亡くなった妻を、いつまでも忘れられずにいて、そしてその妻が産んだ娘を見るたびにその妻のことを考えてしまい、私のことを憎いとは少し違う、そう、嫉妬のような感情になったのかもしれない。そう考えると今までとは違った感情が芽生えた。もっとも私は、本当はその妻が産んだ娘ではないのだけれど、そのことを継母は知らない。
 そんなことを考えていると、いつの間にかラミナさんのいる出版社の前を通り過ぎるところだったが、よく見るとそこには従者をひき連れたリリアーナ王女がその出版社の中へ入っていく姿が目に留まった。私は驚き何事かと思い、馬車を降りてその後を追った。
 そして入り口付近で何やら揉めている様子。

「こちらの出版社の責任者の方を呼んでくださる?」

 私はそっと後ろから様子を伺っていると、ラミナさんがちょうど対応をしていた。

「編集長はただ今外出中ですので、代わりに私がご用件を伺います」
 
「アリーシャ・ポートランドという名の作家に会いたいのだけれど」
 
「それは無理です。彼女は原稿だけを送ってきて、私たち出版社の人間は誰一人として彼女に会ったことはありません」

 ラミナさんはそう返した。それでも王女様は諦めない。

「ではどこに住んでいるかだけでも教えてくださる?」

「だから私たちも彼女に関しては一切の情報がないのです」
 
「だったらどうやって印税を渡しているのかしら?」
 
「それは銀行への振り込みです」
 
「ということは彼女はそれなりの身分の人ということよね。でなければ銀行に口座は開設できないのだから」

 そう言われてラミナさんは疲れたようにため息を吐きながら返す。

「とにかく私はそれ以上は存じ上げません」
 
「わたくしを誰だと思っているの? 東の国の第一王女なのよ」

 と今度は権力を振りかざした。

 その会話を聞いていた私はラミナさんに申し訳なく思い、思わず前に飛び出してしまった。そしてリリアーナ王女に告げた。

「アリーシャ・ポートランドは私です」

 私は開き直り、今さら隠す理由はないので堂々と立ちはだかった。すると王女様は不思議そうに私を見つめた。

「は? なぜ貴方がここにいるのよ」

「だから私がそのアリーシャ・ポートランドだからです」

 王女様は少し混乱しているようだったので説明をした。

「アリーシャ・ポートランドというペンネームは私の亡くなった母の名前からとったんです」

 そう言うと、やっと理解した。

「な、ならこの本にサインをなさい」

 私の初期に出した小説を差し出した。私は心の中で『一応私の本の読者みたいね』と思い、本の裏表紙をめくり、初めてのサインをした。

 そしてその様子を呆気に取られて見ていたラミナさんが心配そうに尋ねた。

「正体を明かしてよろしかったんですか?」
 
「もう隠す必要はなくなりましたので、心配には及びません」

 と答えた。王女様を見ると口元が少し笑っているようで嬉しさを隠しているのがわかり、なんだか可愛らしく感じてしまった。

 そしてラミナさんはリリアーナ王女ににっこりと微笑んだ。

「王女様はアリーシャ・ポートランド先生の初めてのサインをいただいた方になりますね」

 すると彼女はとっても嬉しそうにしていた。

「そ、そうね、わたくしが一番ということね」

 そして納得したのか、あっという間に去っていかれた。
 残された私たちは顔を見合わせて吹き出してしまった。

「これからは堂々と顔を隠さず、表に出てもいいかなと思っています」

「何か心境の変化でもありましたか?」

「冷静に考えれば、もう隠す理由がなくなったな
と感じただけです」

 するとラミナさんは感心したように頷いた。

「なんだか強くなられましたね」
 
「そうでしょうか」
 
「これからは強さも必要とされますから」

「もう充分にお強いですよ。こんな言い方、王妃様には失礼ですね」

「未だ王妃ではないし、私たちだけの時は今まで通りとお願いしましたよね」
 
「そうでした」

 そう言って、笑っでくれた。
 その後、私は公爵邸へと帰っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虐げられた私が姉の策略で結婚させられたら、スパダリ夫に溺愛され人生大逆転しました。

専業プウタ
恋愛
ミリア・カルマンは帝国唯一の公爵家の次女。高貴な皇族の血を引く紫色の瞳を持って生まれたワガママな姉の陰謀で、帝国一裕福でイケメンのレナード・アーデン侯爵と婚約することになる。父親であるカルマン公爵の指示のもと後継者としてアカデミーで必死に勉強してきて首席で卒業した。アカデミー時代からの恋人、サイラスもいる。公爵になる夢も恋人も諦められない。私の人生は私が決めるんだから、イケメンの婚約者になど屈しない。地位も名誉も美しさも備えた婚約者の弱みを握り、婚約を破棄する。そして、大好きな恋人と結婚してみせる。そう決意して婚約者と接しても、この婚約者一筋縄ではいかない。初対面のはずなのに、まるで自分を知っていたかのような振る舞い。ミリアは恋人を裏切りたくない、姉の思い通りになりたくないと思いつつも彼に惹かれてく気持ちが抑えられなくなっていく。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

愛する旦那様が妻(わたし)の嫁ぎ先を探しています。でも、離縁なんてしてあげません。

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
【清い関係のまま結婚して十年……彼は私を別の男へと引き渡す】 幼い頃、大国の国王へ献上品として連れて来られリゼット。だが余りに幼く扱いに困った国王は末の弟のクロヴィスに下賜した。その為、王弟クロヴィスと結婚をする事になったリゼット。歳の差が9歳とあり、旦那のクロヴィスとは夫婦と言うよりは歳の離れた仲の良い兄妹の様に過ごして来た。 そんな中、結婚から10年が経ちリゼットが15歳という結婚適齢期に差し掛かると、クロヴィスはリゼットの嫁ぎ先を探し始めた。すると社交界は、その噂で持ちきりとなり必然的にリゼットの耳にも入る事となった。噂を聞いたリゼットはショックを受ける。 クロヴィスはリゼットの幸せの為だと話すが、リゼットは大好きなクロヴィスと離れたくなくて……。

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

王妃候補は、留守番中

里中一叶
恋愛
貧乏伯爵の娘セリーナは、ひょんなことから王太子の花嫁候補の身代りに王宮へ行くことに。 花嫁候補バトルに参加せずに期間満了での帰宅目指してがんばるつもりが、王太子に気に入られて困ってます。

病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで

あだち
恋愛
ペルラ伯爵家の跡取り娘・フェリータの婚約者が、王女様に横取りされた。どうやら、伯爵家の天敵たるカヴァリエリ家の当主にして王女の側近・ロレンツィオが、裏で糸を引いたという。 怒り狂うフェリータは、大事な婚約者を取り返したい一心で、祝祭の日に捨て身の行動に出た。 ……それが結果的に、にっくきロレンツィオ本人と結婚することに結びつくとも知らず。 *** 『……いやホントに許せん。今更言えるか、実は前から好きだったなんて』  

処理中です...