高飛車な侯爵令嬢と不器用な騎士団長

ヴァンドール

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1話

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 暖かな春の日差しがカーテンの隙間からこぼれ、わたくしが読み耽る恋愛小説を柔らかく照らしていた。

『まあ、殿下ったら、こんなところで急に抱きしめるなんて』

 誰にともなくわたくしは呟いた。
 しかし次の瞬間、廊下の向こうから侍女のアンが張りのある声で

「お嬢様、お仕度はお済みですか? 本日は公爵家からお客様がいらっしゃいます、どうかお早めにお願いします」

 ぱたん、と本が閉じられる音。現実が容赦なく物語の幕を下ろした。

「まったくアンたら、今ちょうどいいところだったのに。それにお客様と言っても伯父様よ」

 そう言って少し不機嫌そうなわたくしに、アンは呆れ気味に尋ねる。

「お嬢様、また主人公になりきっていたのですか?」

「あら失礼ね、またとは」

「はいはい、失礼いたしました」

 そう言いながら、アンはいつもの笑顔をわたくしに向けてくれる。

 わたくしはエクセター侯爵家のミリアン・セシル、二十歳。
 家族は、お父様とお兄様の二人だけ。お母様はわたくしが小さい時にご病気で亡くなられた。
 それからは寂しさを紛らすため、読書にのめり込んだ。
 今では王子様に憧れる恋愛小説愛好家。そんなわたくしのことを何故か伯父様はいつも心配して下さる。
 きっと伯父様には男のお子様しかいないので、わたくしのことを娘のように思っているのかもしれないわ。

「それにしても、伯父様ったら改まって何のお話かしら」

 アンはいつもの優しい眼差しで

「きっとお嬢様にお会いしたいだけなのかもしれませんね」

 と微笑んだ。

ーーーー

「おー、ミリアン元気そうだな。突然で、すまないね。実はお前に陛下より直々に縁談の話がきているのだよ」

「え? 陛下からですか?」

 わたくしが思わず身を乗り出すと、伯父様のエルドラン公爵は豪快に頷いた。

「そうだ。しかもただの縁談ではない。お相手は、例の北方戦線で大きな功績を立てた、あのエドガー・ウィルソン卿だ」

「エドガー・ウィルソン?」

 聞き覚えのある名に、わたくしは眉を寄せた。
確か以前、陛下が直々に叙勲されたという平民出身の将校。もとは辺境の傭兵隊にいたが、城塞戦で奇策を立てて敵軍を退け、今では叙爵され、男爵として領地と屋敷を賜ったと聞いたことがある。

「でも、その方は確か、平民のご出身では?」

「うむ。しかし陛下の信頼は厚い。今では王宮騎士団長もされておる」

 伯父様の声には、敬意とほんの少しの誇らしさが混じっていた。侯爵家の娘であるわたくしに、平民出身の叙爵による男爵。そんな釣り合いの取れぬ話を、伯父様が無下にするどころか、むしろ好意的に語るのには理由がある。
 それは伯父様の次男であり、わたくしの従兄弟でもあるロイドお兄様が、戦地に赴いた際、そのエドガー・ウィルソン卿に命を救われたと聞いていた。もしその方が助けに行かなかったなら間違いなく命を落とされていたという。
 でもだからといって何故わたくしが?

「伯父様、それは陛下のご命令、ということですの?」

「命令というより『お願い』だな。だが、陛下が『お願い』になる時は、たいていは決定事項だ」

「陛下というよりは寧ろ、伯父様の願いではありませんこと?」

 わたくしは伯父様の顔をジロリと見つめて、苦笑いを浮かべた。

「い、いやそんなことは決して無いぞ。とにかく、まずは会ってみることだ。陛下の信頼も厚く、誠実な青年だ。身分の差など気にするな。お前も二十歳、そろそろ《理想の王子様》ばかり読んでいられぬ年頃だろう?」

「べ、別に本の話を今ここでしなくても!」

 顔を真っ赤にして抗議するわたくしを見て、伯父様は愉快そうに笑っている。

「ははは、冗談だとも。だが、この話は本当に陛下に呼ばれ、頼まれたのは事実だ。では明日、彼がこの屋敷に挨拶に来る。くれぐれも失礼のないようにな。それからこの話は私の弟でもあるお前の父親にも伝えてある。弟は来週にも領地から戻るそうだ、ではな」

「お、伯父様ーそんな勝手にお話を進めないで下さい、伯父様ったら」

 もう、いつだって言いたいことだけ言って帰ってしまわれるのだから。はー、とわたくしは溜息をつく。何故わたくしなの? いい迷惑だわ。陛下のお願いだろうとわたくしは絶対、従わないのだから。そう思ってみたけれど……。
 やはりお父様に迷惑がかかるような気がしてどうしたらいいのか分からないわ。

『取り敢えず明日こちらにいらっしゃるなら会うしかないのよね。気が重たいわ』

 そう呟きながらお茶を一口飲んだけれど、何故かしら? 今日は何の味も感じられないわ。
 
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