1 / 22
1話
しおりを挟む
外の風は私の心のように弱く寂しく吹いていた。枯れた葉を落とす勢いもないほどに。
「ごめん、今日の観劇に行けなくなった。父上から急用を頼まれたんだ」
そう言って、彼はいつものように去って行った。
(どうせ嘘をつくならもっとマシな嘘にしたらいいのに。本当に芸のない男だわ)
私はいつものように心の中で言い返す。
私の名前はルシアン・エクセラル。子爵家の長女。とは言っても三つ上に、兄のロイドがいるので長子と言うわけではない。
私の婚約者は遊び人と噂されている伯爵家の嫡男、ピエール・スタンリー様。
私が十六才の時に婚約したのでもう五年間のお付き合いとなる。
その間に何度となく女性の噂が上がっている。
もう最近ではすっかり慣れてしまい、怒る気力もなくなった。
尤も、私が怒って問い詰めても逆ギレされ、挙句、何故か私が謝る羽目になる。とにかく怒り出すと止まらず、恐怖さえ感じることもしばしば。
そんなわけで、今では当たり障りのないお付き合いが継続中。
そんな彼、ピエール様は何度バレても最後は必ず私の元に帰って来る。いいえ、帰って来ていた。
何故なら今回ばかりはかなり、相手の方に本気のようだ。今までとは確実に違いを感じる。
いよいよ、私の長かった婚約期間に遂に終止符が打たれるのかもしれない。
「おかえり、ルシアン。随分と早いな」
「あら、お兄様。いらしたのですね」
「またピエール殿と喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩ですか。最近は、喧嘩をするほど一緒に過ごしていませんから」
兄のロイドは苦笑いをしながら困った顔をしている。
「まあ、いつものことだ。放っておけ、すぐに戻ってくるさ」
「いいえ、嬉しいことに今回は、いつもとは違うようです。私の女の直感が、そう告げています」
お兄様は呆れた顔で「はいはい」と言って出て行った。
私は何となく過去に思いを巡らせた。
最初の頃はピエール様のことが本当に好きだった。どこに惹かれたのか? 今ならわかる気がする。あの頃の私は幼かったということもあり、男性はピエール様しか知らなかった。男友達と呼べる人もいなかったから、男性とは皆このようなものだと思い込んでいた。
だからたまに言われる、ほんの少しの優しい言葉だけで舞い上がっていた。
今思えばなんて単純だったのかしら。
そんな私は、ピエール様の前だといつも萎縮してしまう。
とにかく彼の言葉が怖くて、ほんの些細な一言が、刃のように胸に突き刺さるのではないかと身構えてしまう。
気に障ることを言えば、またあの低い声で責め立てられる。
ピエール様の機嫌を損ねた時には、彼は、両掌でテーブルを叩く。その大きな音にビクリとして怯えてしまう。
とにかく私は彼のことが怖かった。
表向きは強気な態度をとっていても内心ではいつもビクついていた。
そんな日々が段々と辛く感じるようになっていた。
だから私は、黙ることを覚えた。
いつからだろう。
彼の機嫌を窺うことが、私の日常になったのは。
「……疲れたわ」
思わず零れた声は、自分でも驚くほど低かった。
その瞬間、私はこの関係が、もう限界なのだと感じていた。
「ごめん、今日の観劇に行けなくなった。父上から急用を頼まれたんだ」
そう言って、彼はいつものように去って行った。
(どうせ嘘をつくならもっとマシな嘘にしたらいいのに。本当に芸のない男だわ)
私はいつものように心の中で言い返す。
私の名前はルシアン・エクセラル。子爵家の長女。とは言っても三つ上に、兄のロイドがいるので長子と言うわけではない。
私の婚約者は遊び人と噂されている伯爵家の嫡男、ピエール・スタンリー様。
私が十六才の時に婚約したのでもう五年間のお付き合いとなる。
その間に何度となく女性の噂が上がっている。
もう最近ではすっかり慣れてしまい、怒る気力もなくなった。
尤も、私が怒って問い詰めても逆ギレされ、挙句、何故か私が謝る羽目になる。とにかく怒り出すと止まらず、恐怖さえ感じることもしばしば。
そんなわけで、今では当たり障りのないお付き合いが継続中。
そんな彼、ピエール様は何度バレても最後は必ず私の元に帰って来る。いいえ、帰って来ていた。
何故なら今回ばかりはかなり、相手の方に本気のようだ。今までとは確実に違いを感じる。
いよいよ、私の長かった婚約期間に遂に終止符が打たれるのかもしれない。
「おかえり、ルシアン。随分と早いな」
「あら、お兄様。いらしたのですね」
「またピエール殿と喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩ですか。最近は、喧嘩をするほど一緒に過ごしていませんから」
兄のロイドは苦笑いをしながら困った顔をしている。
「まあ、いつものことだ。放っておけ、すぐに戻ってくるさ」
「いいえ、嬉しいことに今回は、いつもとは違うようです。私の女の直感が、そう告げています」
お兄様は呆れた顔で「はいはい」と言って出て行った。
私は何となく過去に思いを巡らせた。
最初の頃はピエール様のことが本当に好きだった。どこに惹かれたのか? 今ならわかる気がする。あの頃の私は幼かったということもあり、男性はピエール様しか知らなかった。男友達と呼べる人もいなかったから、男性とは皆このようなものだと思い込んでいた。
だからたまに言われる、ほんの少しの優しい言葉だけで舞い上がっていた。
今思えばなんて単純だったのかしら。
そんな私は、ピエール様の前だといつも萎縮してしまう。
とにかく彼の言葉が怖くて、ほんの些細な一言が、刃のように胸に突き刺さるのではないかと身構えてしまう。
気に障ることを言えば、またあの低い声で責め立てられる。
ピエール様の機嫌を損ねた時には、彼は、両掌でテーブルを叩く。その大きな音にビクリとして怯えてしまう。
とにかく私は彼のことが怖かった。
表向きは強気な態度をとっていても内心ではいつもビクついていた。
そんな日々が段々と辛く感じるようになっていた。
だから私は、黙ることを覚えた。
いつからだろう。
彼の機嫌を窺うことが、私の日常になったのは。
「……疲れたわ」
思わず零れた声は、自分でも驚くほど低かった。
その瞬間、私はこの関係が、もう限界なのだと感じていた。
38
あなたにおすすめの小説
どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
天然と言えば何でも許されると思っていませんか
今川幸乃
恋愛
ソフィアの婚約者、アルバートはクラスの天然女子セラフィナのことばかり気にしている。
アルバートはいつも転んだセラフィナを助けたり宿題を忘れたら見せてあげたりとセラフィナのために行動していた。
ソフィアがそれとなくやめて欲しいと言っても、「困っているクラスメイトを助けるのは当然だ」と言って聞かず、挙句「そんなことを言うなんてがっかりだ」などと言い出す。
あまり言い過ぎると自分が悪女のようになってしまうと思ったソフィアはずっともやもやを抱えていたが、同じくクラスメイトのマクシミリアンという男子が相談に乗ってくれる。
そんな時、ソフィアはたまたまセラフィナの天然が擬態であることを発見してしまい、マクシミリアンとともにそれを指摘するが……
婚約解消したら後悔しました
せいめ
恋愛
別に好きな人ができた私は、幼い頃からの婚約者と婚約解消した。
婚約解消したことで、ずっと後悔し続ける令息の話。
ご都合主義です。ゆるい設定です。
誤字脱字お許しください。
【完結】旦那に愛人がいると知ってから
よどら文鳥
恋愛
私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。
だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。
それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。
だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。
「……あの女、誰……!?」
この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。
だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。
※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました
ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」
政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。
妻カレンの反応は——
「それ、契約不履行ですよね?」
「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」
泣き落としは通じない。
そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。
逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。
これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる