暴言と浮気を繰り返す婚約者

ヴァンドール

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7話

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 お兄様がお仕事の関係者の元に行ったので、私は一人でテラスへ出た。
 夜風が心地よく、張りつめていた肩の力が、抜けていく。

「冷えませんか」

 背後から、穏やかな声がした。

 振り返ると、そこに立っていたのはランガー様だった。
 先ほどまで挨拶回りをしていたはずなのに、いつの間にかこちらを気にかけてくれたらしい。

「大丈夫ですわ。少し、空気を吸いたくなっただけです」

「それなら、よかった」

 彼はそう言って、適度な距離を保ったまま、私の隣に立った。
 近すぎず、遠すぎず。
 その立ち位置だけで、この方の性格が伝わってくる気がする。

「舞踏会は、お好きですか?」

 唐突な問いに、私は少し考えてから答えた。

「正直に言えば、あまり得意ではありません。人が多くて、息が詰まってしまいます」

「同じです」

 即答だった。

「私には、数字と帳簿の方が性に合っているようです」

 そう言って、少し照れたように笑う。

「ですが、こうした場も必要だと分かってはいるんです。資金は、人と人との信頼で動きますから」

「難しいお仕事なのですね」

「ええ。ですが」

 彼はテラスの手すりに手を置き、遠くの夜空を見上げた。

「だからこそ、慎重でありたい。目立つ人より、本当に助けが必要な人の声を、大切にできる人間でありたいと思っています」

 その言葉に、胸の奥が、とても温かくなった。

 怒鳴らない。
 威圧しない。
 自分の力を、ひけらかさない。

 ああ、この人は、本当に穏やかな人なのだ。

「変なことを聞いても、よろしいですか?」

 私がそう切り出すと、ランガー様は少し驚いたように瞬きをした。

「はい。私でよければ」

「なぜ、その、貴族相手の融資という仕事を?」

 一歩間違えれば、恨まれ、踏み倒され、危険も多いはずだ。

 彼は少し考え、それから、言葉を選ぶように話し始めた。

「昔、父が事業に失敗しまして」

 淡々とした口調だった。

「その時、誰一人として手を差し伸べてはくれなかった。正確には、条件付きでしか、です」

 私は、黙って聞いていた。

「だから思ったんです。もし自分が力を持つ側になれたら、最低限の誠実さだけは、失わない人間でいようと」

 彼は、こちらを見て微笑んだ。

「綺麗事だと言われます。ですが、それでも続けていれば、ちゃんと返してくれる人は現れる。私は、そう信じています」

 その瞬間、はっきりと分かった。

 この人は、強い。
 声を荒げなくても、誰かを脅さなくても、揺るがない強さを持っている。

「とても、素敵なお考えだと思います」

 そう言うと、彼は嬉しそうに笑った。

「そう言っていただけると、救われます」

 そのとき、鋭い視線を感じた。
 誰かが、こちらを睨んでいる気配。

「そろそろ、戻りましょうか」

「はい」

 歩き出したそのとき、ふと気づいた。

 隣にいるのに、緊張しない。

 それは、今まで知らなかった感覚だった。

 会場へ戻る途中、視線の先で、こちらを睨むように見ていた人物は、ピエール様だ。先程からの鋭い視線は彼のものだった。

 その目に宿るのは、焦りと、苛立ち。

 けれど私は、もう怖くはなかった。

 ランガー様は、そんな視線に気づいた様子もなく、ゆっくりと進んだ。

(これが、大人の男性なのね)

 私は、確かに思った。

 スリルではなく、平穏を。
 恐怖ではなく、安心を。

 自分が何を求めているのか、ようやく分かり始めていた。
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