《完結》暴言と浮気を繰り返す婚約者

ヴァンドール

文字の大きさ
21 / 22

21話

しおりを挟む
 舞踏会の翌日。

 ランガーは、エクセラル子爵家のロイドの私室に呼ばれていた。
 いつもは執務室なのに今日はなぜか寝室と繋がっている私室だった。
 扉を開けると、ロイドはすでにソファに座っていた。

「報告があるということだが、昨夜はルシアンのために舞踏会に参加したとか」

「……はい」

 ランガーは、昨夜の出来事を簡潔に話した。
 舞踏会での会話。
 モントローズの動揺。
 男爵家嫡男との関係。
 そして、自分が告げた警告のこと。

 ロイドは、一言も口を挟まなかった。
 話し終えた後、しばらく沈黙が落ちる。

「やはり、直感は正しかった。思った通りだな。何か秘密があるとは感じたがまさかこのようなことだとは」

 ロイドはそう言った。

「見合いは、ここで終わらせる」

 迷いのない決断だった。

「しかし」

 ロイドは、ゆっくりと視線を上げる。

「その前に、君に聞きたいことがある」

 その目は、兄のものだった。

「君は、この先も自分の気持ちを、ルシアンに伝えることはしないのか?」

 ランガーの胸が、軋んだ。

「伝えても彼女を困らせるだけです。私では釣り合わない」

「何度も聞いた」

「だったら」

 ランガーは言葉が繋がらなかった。

「もうひとつ聞きたいことがある」

「何でしょう」

 ロイドは、何故か寝室を仕切っているカーテンに目をやった。

「実はルシアンが街に出た時に君の顧客の侯爵家の未亡人を見かけたそうだ」

「そうですか。? そう言えば何故、彼女がその未亡人の方を知っているのです?」

「前に私が頼んで、君の仕事場に書類を届けてもらった際に、見かけたそうだ。たまたま君がそのご婦人と話をしていたので、書類だけ隣室に置いて帰ってきたと言っていた。それに侯爵様の葬儀には私と参列したから、その時のご婦人だとわかったらしい」

「あーあの時。あの書類を持って来たのはロイド殿ではなかったのですか」

 ロイドは、大きな声で続ける。

「それでルシアンはその方がある貴族らしき者と親しげに話している姿を見かけたそうだ」

「あー、多分そちらはアルハンブラ伯だと思う」

「アルハンブラ伯爵のことか?」

「そうです。ご主人が亡くなられて、暫く経った頃、色々と相談に乗ってもらい、親しくなったそうで、そのうち一緒になられるらしい。だから領地経営の話も最近ではその方を交えて提案しているところですが、それが何か?」

 ロイドが急に立ち上がった。

「だ、そうだ。ルシアン」

 そう言って、ロイドは、寝室との仕切りのカーテンを開けた。

 カーテンの向こうにいたのは、ベッドの端に腰を下ろしたルシアンだった。

 彼女はすべてを聞いていたのか、潤んだ瞳でこちらを見ていたが、やがて意を決したように立ち上がると、私の目の前まで歩み寄ってきた。

 隠れて話を聞いていた気まずさよりも、もっと切実な想いがその表情に現れていた。

「本当なのですか?」

 彼女の声は震えていた。ランガーは、不意を突かれた衝撃で立ち尽くすことしかできなかった。

「未亡人の方とは、お仕事のお付き合いだけで、その……お付き合いしていたわけではないのですね?」

「ええ、勿論です。お伝えした通りです。私はあくまで、領地経営の相談役として」

 そこまで言って、ランガーは喉の奥が熱くなるのを感じた。
 あの日、彼女が書類を届けに来ていたことも、自分と未亡人の姿を見て誤解し、傷ついて立ち去ったことも、今の今まで知らなかったのだ。

「ルシアン嬢、私は」

 言葉は遮られた。

「ひどいです、ランガー様」

 ルシアンが一歩、詰め寄った。

「勝手に一人で思い込んで、勝手に身を引いて……。昨夜だって、私のためにあんなに無茶をしてくださったのに。どうして、私に直接言ってくださらないのですか?」

「それは……私のような者では、貴女に釣り合わないと」

「釣り合わないなんて、二度と言わないでください!」

 彼女の強い言葉に、ランガーは言葉を失った。
 いつもおっとりとしていたルシアンが、今は強い眼差しで、真っ直ぐに彼を見つめていた。

「私が誰を好きなのか。それを決めるのは他の誰でもない、私自身です」

 沈黙が流れた。
 部屋の隅で、ロイドが満足げに腕を組み、『やれやれ』と言わんばかりに窓の外を眺めた。その背中が『あとは自分で何とかしろ』と語っている。

 ランガーは、ゆっくりとルシアンに向き直る。
 そう、彼はただの一人の男として、ルシアンの手をそっと取った。

「私は……臆病でした」

 その指先は微かに震えている。

「貴女を傷つける者から守ることばかりを考えて、貴女の本当の気持ちを見ようとしなかった。そして、本当は、ルシアン嬢に拒まれることを、ただ恐れていただけなのかもしれません」

 ルシアンが、ふわりと微笑んだ。
 それは、今まで誰も見たことがないほどの笑顔だった。
 その顔は、兄、ロイドでは、決して引き出すことのできない、心からの輝きを放っていた。

「ルシアン、これで納得したか? 前に私が言った通りだろ? たまには兄を信じなさい。それから二人共、くれぐれもここは私の部屋だからな。それを忘れずに」

 ロイドはそう言って、片手を上げ、笑顔で一人部屋を出ていった。

 残された二人は照れながら、顔を見合わせ、笑い合った。

(お兄様、いつもありがとう……)


 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

大切にされないなら、大切にしてくれる人を選びます

南部
恋愛
大切にされず関係を改善できる見込みもない。 それならいっそのこと、関係を終わらせてしまえばいい。

愛人の生活費も、お願いします 〜ATM様、本日もよろしくてよ〜【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
政略結婚で結ばれた王子ザコットと、氷のように美しい公爵令嬢ビアンカ。だが、ザコットにはすでに愛する男爵令嬢エイミーがいた。 結婚初夜、彼はビアンカに冷酷な宣言を突きつける。 「お前を愛することはない。俺には愛する人がいる。このエイミーだ」 だが、ビアンカは静かに微笑み、こう返す。 「では、私の愛人の生活費も、お願いします」 ──始まったのは、王子と王子妃の熾烈な政略バトル。 愛人を連れて食卓に現れるビアンカ。次々と辞表を出す重臣たち、そしてエイミーの暴走と破滅……。 果たして、王子ザコットの運命やいかに!? 氷の王子妃と炎の愛人が織りなす、痛快逆転宮廷劇! ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。 コメディーです。

「10歳の頃の想いなど熱病と同じ」と婚約者は言いました──さようなら【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王太子フリードリヒの婚約者として、幼い頃から王妃教育を受けてきたアメリア・エレファウント公爵令嬢。 誰もが羨む未来を約束された彼女の世界は、ある日突然1人の少女の登場によって揺らぎ始める。 無邪気な笑顔で距離を(意図的に)間違える編入生ベルティーユは、男爵の庶子で平民出身。 ベルティーユに出会ってから、悪い方へ変わっていくフリードリヒ。 「ベルが可哀想だろ」「たかがダンスくらい」と話が通じない。 アメリアの積み上げてきた7年の努力と誇りが崩れていく。 そしてフリードリヒを見限り、婚約解消を口にするが話は進まず、学園の卒業パーティーで断罪されてしまう……?! ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています

【完結】六歳下の幼馴染に溺れた夫。白い結婚を理由に離縁を申し立てたら、義弟(溺愛)に全力で求婚されました

恋せよ恋
恋愛
夫が愛でるのは、守ってあげたくなるような「可憐な少女」。 夫が疎むのは、正論で自分を追い詰める「完璧な妻」。 「シンシア、君はしっかりしているから、大丈夫だろう?」 六歳年下の幼馴染ジェニファー子爵令嬢を気遣う貴方。 私たちは、新婚初夜さえ済ませていないのよ? 完璧な家政、完璧な社交。私が支えてきたこの家から、 ニコラス、貴方って私がいなくなったらどうなるか……。 考えたこともないのかしら? 義弟シモンは、学生時代の先輩でもあるシンシアを慕い 兄ニコラスの態度と、幼馴染ジェニファーを嫌悪する。 泣いて縋るあざとい少女と、救世主気取りの愚かな夫。 そして、義姉であるシンシアを慕うシモン。 これは、誇り高き伯爵夫人、シンシアの物語である。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

断罪された薔薇の話

倉真朔
恋愛
悪名高きロザリンドの断罪後、奇妙な病気にかかってしまった第二王子のルカ。そんなこと知るよしもなく、皇太子カイルと彼の婚約者のマーガレットはルカに元気になってもらおうと奮闘する。  ルカの切ない想いを誰が受け止めてくれるだろうか。  とても切ない物語です。  この作品は、カクヨム、小説家になろうにも掲載中。   

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

罠に嵌められたのは一体誰?

チカフジ ユキ
恋愛
卒業前夜祭とも言われる盛大なパーティーで、王太子の婚約者が多くの人の前で婚約破棄された。   誰もが冤罪だと思いながらも、破棄された令嬢は背筋を伸ばし、それを認め国を去ることを誓った。 そして、その一部始終すべてを見ていた僕もまた、その日に婚約が白紙になり、仕方がないかぁと思いながら、実家のある隣国へと帰って行った。 しかし帰宅した家で、なんと婚約破棄された元王太子殿下の婚約者様が僕を出迎えてた。

処理中です...