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21話
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舞踏会の翌日。
ランガーは、エクセラル子爵家のロイドの私室に呼ばれていた。
いつもは執務室なのに今日はなぜか寝室と繋がっている私室だった。
扉を開けると、ロイドはすでにソファに座っていた。
「報告があるということだが、昨夜はルシアンのために舞踏会に参加したとか」
「……はい」
ランガーは、昨夜の出来事を簡潔に話した。
舞踏会での会話。
モントローズの動揺。
男爵家嫡男との関係。
そして、自分が告げた警告のこと。
ロイドは、一言も口を挟まなかった。
話し終えた後、しばらく沈黙が落ちる。
「やはり、直感は正しかった。思った通りだな。何か秘密があるとは感じたがまさかこのようなことだとは」
ロイドはそう言った。
「見合いは、ここで終わらせる」
迷いのない決断だった。
「しかし」
ロイドは、ゆっくりと視線を上げる。
「その前に、君に聞きたいことがある」
その目は、兄のものだった。
「君は、この先も自分の気持ちを、ルシアンに伝えることはしないのか?」
ランガーの胸が、軋んだ。
「伝えても彼女を困らせるだけです。私では釣り合わない」
「何度も聞いた」
「だったら」
ランガーは言葉が繋がらなかった。
「もうひとつ聞きたいことがある」
「何でしょう」
ロイドは、何故か寝室を仕切っているカーテンに目をやった。
「実はルシアンが街に出た時に君の顧客の侯爵家の未亡人を見かけたそうだ」
「そうですか。? そう言えば何故、彼女がその未亡人の方を知っているのです?」
「前に私が頼んで、君の仕事場に書類を届けてもらった際に、見かけたそうだ。たまたま君がそのご婦人と話をしていたので、書類だけ隣室に置いて帰ってきたと言っていた。それに侯爵様の葬儀には私と参列したから、その時のご婦人だとわかったらしい」
「あーあの時。あの書類を持って来たのはロイド殿ではなかったのですか」
ロイドは、大きな声で続ける。
「それでルシアンはその方がある貴族らしき者と親しげに話している姿を見かけたそうだ」
「あー、多分そちらはアルハンブラ伯だと思う」
「アルハンブラ伯爵のことか?」
「そうです。ご主人が亡くなられて、暫く経った頃、色々と相談に乗ってもらい、親しくなったそうで、そのうち一緒になられるらしい。だから領地経営の話も最近ではその方を交えて提案しているところですが、それが何か?」
ロイドが急に立ち上がった。
「だ、そうだ。ルシアン」
そう言って、ロイドは、寝室との仕切りのカーテンを開けた。
カーテンの向こうにいたのは、ベッドの端に腰を下ろしたルシアンだった。
彼女はすべてを聞いていたのか、潤んだ瞳でこちらを見ていたが、やがて意を決したように立ち上がると、私の目の前まで歩み寄ってきた。
隠れて話を聞いていた気まずさよりも、もっと切実な想いがその表情に現れていた。
「本当なのですか?」
彼女の声は震えていた。ランガーは、不意を突かれた衝撃で立ち尽くすことしかできなかった。
「未亡人の方とは、お仕事のお付き合いだけで、その……お付き合いしていたわけではないのですね?」
「ええ、勿論です。お伝えした通りです。私はあくまで、領地経営の相談役として」
そこまで言って、ランガーは喉の奥が熱くなるのを感じた。
あの日、彼女が書類を届けに来ていたことも、自分と未亡人の姿を見て誤解し、傷ついて立ち去ったことも、今の今まで知らなかったのだ。
「ルシアン嬢、私は」
言葉は遮られた。
「ひどいです、ランガー様」
ルシアンが一歩、詰め寄った。
「勝手に一人で思い込んで、勝手に身を引いて……。昨夜だって、私のためにあんなに無茶をしてくださったのに。どうして、私に直接言ってくださらないのですか?」
「それは……私のような者では、貴女に釣り合わないと」
「釣り合わないなんて、二度と言わないでください!」
彼女の強い言葉に、ランガーは言葉を失った。
いつもおっとりとしていたルシアンが、今は強い眼差しで、真っ直ぐに彼を見つめていた。
「私が誰を好きなのか。それを決めるのは他の誰でもない、私自身です」
沈黙が流れた。
部屋の隅で、ロイドが満足げに腕を組み、『やれやれ』と言わんばかりに窓の外を眺めた。その背中が『あとは自分で何とかしろ』と語っている。
ランガーは、ゆっくりとルシアンに向き直る。
そう、彼はただの一人の男として、ルシアンの手をそっと取った。
「私は……臆病でした」
その指先は微かに震えている。
「貴女を傷つける者から守ることばかりを考えて、貴女の本当の気持ちを見ようとしなかった。そして、本当は、ルシアン嬢に拒まれることを、ただ恐れていただけなのかもしれません」
ルシアンが、ふわりと微笑んだ。
それは、今まで誰も見たことがないほどの笑顔だった。
その顔は、兄、ロイドでは、決して引き出すことのできない、心からの輝きを放っていた。
「ルシアン、これで納得したか? 前に私が言った通りだろ? たまには兄を信じなさい。それから二人共、くれぐれもここは私の部屋だからな。それを忘れずに」
ロイドはそう言って、片手を上げ、笑顔で一人部屋を出ていった。
残された二人は照れながら、顔を見合わせ、笑い合った。
(お兄様、いつもありがとう……)
ランガーは、エクセラル子爵家のロイドの私室に呼ばれていた。
いつもは執務室なのに今日はなぜか寝室と繋がっている私室だった。
扉を開けると、ロイドはすでにソファに座っていた。
「報告があるということだが、昨夜はルシアンのために舞踏会に参加したとか」
「……はい」
ランガーは、昨夜の出来事を簡潔に話した。
舞踏会での会話。
モントローズの動揺。
男爵家嫡男との関係。
そして、自分が告げた警告のこと。
ロイドは、一言も口を挟まなかった。
話し終えた後、しばらく沈黙が落ちる。
「やはり、直感は正しかった。思った通りだな。何か秘密があるとは感じたがまさかこのようなことだとは」
ロイドはそう言った。
「見合いは、ここで終わらせる」
迷いのない決断だった。
「しかし」
ロイドは、ゆっくりと視線を上げる。
「その前に、君に聞きたいことがある」
その目は、兄のものだった。
「君は、この先も自分の気持ちを、ルシアンに伝えることはしないのか?」
ランガーの胸が、軋んだ。
「伝えても彼女を困らせるだけです。私では釣り合わない」
「何度も聞いた」
「だったら」
ランガーは言葉が繋がらなかった。
「もうひとつ聞きたいことがある」
「何でしょう」
ロイドは、何故か寝室を仕切っているカーテンに目をやった。
「実はルシアンが街に出た時に君の顧客の侯爵家の未亡人を見かけたそうだ」
「そうですか。? そう言えば何故、彼女がその未亡人の方を知っているのです?」
「前に私が頼んで、君の仕事場に書類を届けてもらった際に、見かけたそうだ。たまたま君がそのご婦人と話をしていたので、書類だけ隣室に置いて帰ってきたと言っていた。それに侯爵様の葬儀には私と参列したから、その時のご婦人だとわかったらしい」
「あーあの時。あの書類を持って来たのはロイド殿ではなかったのですか」
ロイドは、大きな声で続ける。
「それでルシアンはその方がある貴族らしき者と親しげに話している姿を見かけたそうだ」
「あー、多分そちらはアルハンブラ伯だと思う」
「アルハンブラ伯爵のことか?」
「そうです。ご主人が亡くなられて、暫く経った頃、色々と相談に乗ってもらい、親しくなったそうで、そのうち一緒になられるらしい。だから領地経営の話も最近ではその方を交えて提案しているところですが、それが何か?」
ロイドが急に立ち上がった。
「だ、そうだ。ルシアン」
そう言って、ロイドは、寝室との仕切りのカーテンを開けた。
カーテンの向こうにいたのは、ベッドの端に腰を下ろしたルシアンだった。
彼女はすべてを聞いていたのか、潤んだ瞳でこちらを見ていたが、やがて意を決したように立ち上がると、私の目の前まで歩み寄ってきた。
隠れて話を聞いていた気まずさよりも、もっと切実な想いがその表情に現れていた。
「本当なのですか?」
彼女の声は震えていた。ランガーは、不意を突かれた衝撃で立ち尽くすことしかできなかった。
「未亡人の方とは、お仕事のお付き合いだけで、その……お付き合いしていたわけではないのですね?」
「ええ、勿論です。お伝えした通りです。私はあくまで、領地経営の相談役として」
そこまで言って、ランガーは喉の奥が熱くなるのを感じた。
あの日、彼女が書類を届けに来ていたことも、自分と未亡人の姿を見て誤解し、傷ついて立ち去ったことも、今の今まで知らなかったのだ。
「ルシアン嬢、私は」
言葉は遮られた。
「ひどいです、ランガー様」
ルシアンが一歩、詰め寄った。
「勝手に一人で思い込んで、勝手に身を引いて……。昨夜だって、私のためにあんなに無茶をしてくださったのに。どうして、私に直接言ってくださらないのですか?」
「それは……私のような者では、貴女に釣り合わないと」
「釣り合わないなんて、二度と言わないでください!」
彼女の強い言葉に、ランガーは言葉を失った。
いつもおっとりとしていたルシアンが、今は強い眼差しで、真っ直ぐに彼を見つめていた。
「私が誰を好きなのか。それを決めるのは他の誰でもない、私自身です」
沈黙が流れた。
部屋の隅で、ロイドが満足げに腕を組み、『やれやれ』と言わんばかりに窓の外を眺めた。その背中が『あとは自分で何とかしろ』と語っている。
ランガーは、ゆっくりとルシアンに向き直る。
そう、彼はただの一人の男として、ルシアンの手をそっと取った。
「私は……臆病でした」
その指先は微かに震えている。
「貴女を傷つける者から守ることばかりを考えて、貴女の本当の気持ちを見ようとしなかった。そして、本当は、ルシアン嬢に拒まれることを、ただ恐れていただけなのかもしれません」
ルシアンが、ふわりと微笑んだ。
それは、今まで誰も見たことがないほどの笑顔だった。
その顔は、兄、ロイドでは、決して引き出すことのできない、心からの輝きを放っていた。
「ルシアン、これで納得したか? 前に私が言った通りだろ? たまには兄を信じなさい。それから二人共、くれぐれもここは私の部屋だからな。それを忘れずに」
ロイドはそう言って、片手を上げ、笑顔で一人部屋を出ていった。
残された二人は照れながら、顔を見合わせ、笑い合った。
(お兄様、いつもありがとう……)
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