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20話
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ランガーは、舞踏会というものが得意ではなかった。
華やかな音楽。
笑顔の裏で交わされる腹の探り合い。
ひっきりなしに囁かれる噂話。
必要でなければ、決して足を運ばない場所だ。それでも、この夜、彼は会場にいた。
(グラハム侯爵家嫡男、モントローズが出席する)
その情報を得た瞬間、迷いはなかった。
会場に入ると、すぐに彼の姿を探す。
幸い、今日の舞踏会の規模はあまり大きくはなかった。
『あれだな』
モントローズは、中央よりやや奥にいた。
数人の若い貴族に囲まれ、楽し気に笑みを浮かべている。
(確かに完璧な姿。だが)
ランガーは、グラスを手に取り、自然なふりをして近づいた。
声をかける前に、周囲を見渡す。
人は多いが、会話の内容までは聞こえない距離感。
「これはご挨拶が遅れました」
何食わぬ顔で話しかける。
「グラハム侯爵家のモントローズ様ですか?」
モントローズは振り返り、すぐに微笑んだ。
「確か、エクセラル子爵家ご令嬢の、お見合い相手でしたか」
極力、自然を装い、軽く頭を下げる。
「恐縮です」
「実は、私はエクセラル子爵家当主、ロイド殿と、仕事上の付き合いがありまして」
その一言で、相手は安心したようだった。
「なるほど。そうでしたか」
「ええ。今後のことも含め、一度きちんとご挨拶をと思いまして」
二人は並んで歩き、やや人の少ない場所へ移動する。
「舞踏会はお好きですか?」
モントローズが、社交辞令として尋ねた。
「いいえ」
ランガーは、正直に答えた。
「ですが、必要とあらば参加致します」
「そうですね。社交はどうしても貴族の義務が絡みますから」
無難な返答だった。
ランガーは、そこで話題を変えた。
「ところで」
そう言いながら、グラスを傾ける。
「そう言えば、エゼキュエル男爵家の嫡男様でしたか? ノーフォーク氏とかなりお親しいそうで」
彼はかなりの焦りを見せた。
「そ、そう、ですね。友人です」
モントローズの声が、わずかに変わる。
「貴族社会というのは狭い。誰が、どこで、誰と会っているか、案外、すぐに噂になる」
沈黙が流れた。そして
「何でもその男爵家によくお泊まりになられるとか」
その瞬間だった。
モントローズの指からグラスが滑った。
ガッシャン。
グラスの割れる音が響いた。
「お怪我はありませんか?」
「こ、これは失礼しました」
「私の話、何か気に障りましたか? 別に深い意味はありません」
ランガーは、それでも続ける。
「ただ、もし誤解を招くような噂が立てば、エクセラル子爵家としても、困るだろうと」
その言葉が、決定打だった。
モントローズの顔色が、目に見えて変わる。
「……待ってください」
小さな声で一歩近づいて来た。
「そのような噂が、もし、世間に出れば私は……」
これ以上は言葉が、続かないようだった。
完璧だったはずの仮面に、亀裂が入った。
ランガーは、淡々と続ける。
「噂ですか? 噂だけならいいのですが」
モントローズの目が、縋っている。
「ただ」
一歩、距離を詰める。
「真実を知っている者が、既にいるという事実を、伝えに来ただけです」
「真実?」
モントローズの声は、震えていた。
「このことが公になれば……私の立場は……」
同じ言葉を繰り返し、明らかに動揺をしている彼に、ランガーは、彼を見下ろしながら話しかける。
(やはりな)
「安心してください」
はっきりと告げる。
「私は、無闇に人を追い詰める趣味はありません。ですが、エクセラル子爵家に不利益が及ぶようなことがあれば話は別です」
それは決して脅しではない。
ランガーは、冷静に続ける。
「子爵家令嬢を傷つける可能性があるなら、直ちに身を引いて下さい。彼女を貴方の隠れ蓑にしようとしているなら私は噂を暴くだけです。これは警告です」
モントローズは黙ったまま頷いた。
彼の姿はもはや完璧ではなかった。
去って行く後ろ姿は、先ほどまでの優雅さが嘘のように消え、肩が微かに震えていた。
それきり彼はもう二度と、振り返ることはなかった。
その後ろ姿を見ながらふと思った。
私は彼女を守ったことになるのか? もしかしたら、新たな悲しみを与えることにならないのか? その問いの答えは見つからなかった。
華やかな音楽。
笑顔の裏で交わされる腹の探り合い。
ひっきりなしに囁かれる噂話。
必要でなければ、決して足を運ばない場所だ。それでも、この夜、彼は会場にいた。
(グラハム侯爵家嫡男、モントローズが出席する)
その情報を得た瞬間、迷いはなかった。
会場に入ると、すぐに彼の姿を探す。
幸い、今日の舞踏会の規模はあまり大きくはなかった。
『あれだな』
モントローズは、中央よりやや奥にいた。
数人の若い貴族に囲まれ、楽し気に笑みを浮かべている。
(確かに完璧な姿。だが)
ランガーは、グラスを手に取り、自然なふりをして近づいた。
声をかける前に、周囲を見渡す。
人は多いが、会話の内容までは聞こえない距離感。
「これはご挨拶が遅れました」
何食わぬ顔で話しかける。
「グラハム侯爵家のモントローズ様ですか?」
モントローズは振り返り、すぐに微笑んだ。
「確か、エクセラル子爵家ご令嬢の、お見合い相手でしたか」
極力、自然を装い、軽く頭を下げる。
「恐縮です」
「実は、私はエクセラル子爵家当主、ロイド殿と、仕事上の付き合いがありまして」
その一言で、相手は安心したようだった。
「なるほど。そうでしたか」
「ええ。今後のことも含め、一度きちんとご挨拶をと思いまして」
二人は並んで歩き、やや人の少ない場所へ移動する。
「舞踏会はお好きですか?」
モントローズが、社交辞令として尋ねた。
「いいえ」
ランガーは、正直に答えた。
「ですが、必要とあらば参加致します」
「そうですね。社交はどうしても貴族の義務が絡みますから」
無難な返答だった。
ランガーは、そこで話題を変えた。
「ところで」
そう言いながら、グラスを傾ける。
「そう言えば、エゼキュエル男爵家の嫡男様でしたか? ノーフォーク氏とかなりお親しいそうで」
彼はかなりの焦りを見せた。
「そ、そう、ですね。友人です」
モントローズの声が、わずかに変わる。
「貴族社会というのは狭い。誰が、どこで、誰と会っているか、案外、すぐに噂になる」
沈黙が流れた。そして
「何でもその男爵家によくお泊まりになられるとか」
その瞬間だった。
モントローズの指からグラスが滑った。
ガッシャン。
グラスの割れる音が響いた。
「お怪我はありませんか?」
「こ、これは失礼しました」
「私の話、何か気に障りましたか? 別に深い意味はありません」
ランガーは、それでも続ける。
「ただ、もし誤解を招くような噂が立てば、エクセラル子爵家としても、困るだろうと」
その言葉が、決定打だった。
モントローズの顔色が、目に見えて変わる。
「……待ってください」
小さな声で一歩近づいて来た。
「そのような噂が、もし、世間に出れば私は……」
これ以上は言葉が、続かないようだった。
完璧だったはずの仮面に、亀裂が入った。
ランガーは、淡々と続ける。
「噂ですか? 噂だけならいいのですが」
モントローズの目が、縋っている。
「ただ」
一歩、距離を詰める。
「真実を知っている者が、既にいるという事実を、伝えに来ただけです」
「真実?」
モントローズの声は、震えていた。
「このことが公になれば……私の立場は……」
同じ言葉を繰り返し、明らかに動揺をしている彼に、ランガーは、彼を見下ろしながら話しかける。
(やはりな)
「安心してください」
はっきりと告げる。
「私は、無闇に人を追い詰める趣味はありません。ですが、エクセラル子爵家に不利益が及ぶようなことがあれば話は別です」
それは決して脅しではない。
ランガーは、冷静に続ける。
「子爵家令嬢を傷つける可能性があるなら、直ちに身を引いて下さい。彼女を貴方の隠れ蓑にしようとしているなら私は噂を暴くだけです。これは警告です」
モントローズは黙ったまま頷いた。
彼の姿はもはや完璧ではなかった。
去って行く後ろ姿は、先ほどまでの優雅さが嘘のように消え、肩が微かに震えていた。
それきり彼はもう二度と、振り返ることはなかった。
その後ろ姿を見ながらふと思った。
私は彼女を守ったことになるのか? もしかしたら、新たな悲しみを与えることにならないのか? その問いの答えは見つからなかった。
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