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探し求めていた女性に出会えたそうです。

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昼間の晴れやかな空の下、王都の端にある王立学園では、 卒業式が滞りなく行われ。
夜の星々が輝く頃、無事に卒業を迎えた事を祝して、舞踏会が開かれた。
卒業生達は、学園で過ごす最後の時間を満喫し、在校生は卒業生を祝うと同時に、自分達が祝われる側になる日を夢見、憧れる。

煌びやかな会場には優雅な音楽が流れ、それに合わせて、会場の中央では美しいドレス達が舞い、壁際では談笑に花を咲かせつつ、別れを惜しむ。

卒業生達にとって、今日という日が人生の大きな転換点となる日。
在校生にとっては、頼りになり、憧れであった先輩たちとの別れの日。

そんな大切な日に・・・突然、男性の大きな声が響き渡った。

「レイラ聞いてくれ、私は・・・私はようやく探し求めていた女性に出会えたのだ。」

端正な顔立ちの青年が、満面の笑みを浮かべ、目の前の少女に向かって声を張り上げている。
一方で、張り上げられた少女は、感情の抜け落ちた顔で、自分よりも背の高い青年の顔を見ていた。

この会場に、二人の事を知らない者はいない。
青年は、この国の第一王子であり王太子であるユドルフ・フィルベイム・アルケデス王子。
少女の方は、ユドルフ王子の婚約者であり、上位貴族である公爵家の令嬢、レイラ・リンジエル・ハシルデス公爵令嬢。

二人はその産まれ、その地位のおかげでとても有名であったが、それ以外の事でもとても有名だった。

「そうですか・・・それは、私と婚約破棄をしたいと言う事でしょうか?」

「何を言う。レイラは私にとってとても大切な人だ、婚約破棄などしない。」

「では、どうされるのでうか?」

「レイラには悪いと思うが、彼女を王宮に迎え入れたい。」

会場に居た者達は、ユドルフの言葉に一様に同じ言葉を思いついてしまった。

『馬鹿だ・・・』と。

王族、貴族、そのほとんどが政略結婚で、家と家との繋がりをより深める為に行われる。勿論それだけとは限らないけれど、様々な意図が絡みあい成立するのが婚約だ。そこに本人の意思が含まれていない事は多い。
だからこそ、暗黙の了解として、結婚後に愛人をもつ事を許されている。
しかし、愛人は愛人だ。隠されるべき者であり、例えそれが周知の事実であろうとも、それを口にする者はいない。ましてや大勢の前で『王宮に迎え入れたい。』などと宣言するなど、ありえない。

普通の婚約者ならば、怒るか泣き崩れた後、早々にその場を離れ両親に報告に行く事だろう。
けれど、レイラは怒りも泣きも、その場を離れる事もしなかった。

「ユドルフ様のおっしゃりたい事は、分かりましたわ。」

「そうか、さすがレイラだな。分かってくれて感謝するぞ、これで正式に王城へと迎えられる。」

まだレイラは、何も了承してはいない。言いたい事を理解したと言っただけ、認めたわけではない。
けれどユドルフは何故か目をキラキラと輝かせ、王城へ迎える気でいる。
隠すべき愛人を、王城へ迎えるなどありえない。ましてや、それを大勢の前で宣言するなど、自分が愚鈍だと言っている様なもの。
それに、愛人に対する暗黙の了解は結婚後、互いの間に跡取りとなる子供を儲けた後の話だ。
結婚前の婚約という関係の時に、愛人を迎えると宣言する事は、婚約者であるレイラを軽んじているとしか見えないだろう。

そして、それを聞いていた会場の者達は、あまりの出来事に一瞬押し黙り、次の瞬間には騒めきが広がっていく。

騒ぎだした会場で、当事者であるはずのレイラは、悲しむでも怒るでもなく真っ直ぐに立っていた。

「既に相手の方は了承されている、という事でよろしいからしら。」

「まだだ、しかし必ずや受け入れてくれると信じている。」

会場全体が、呆気に取られている。
大勢の前で、愛人を迎えると言っていたのだ、勿論相手の了解も取っているのだろうと、皆が思っていた。

静まり返る会場の中、ユドルフは辺りを見回しはじめる。
まるで何かを・・・誰かを探しているかの様に。

会場にいる者達は、この場で告白する気なのかと驚愕し、それと同時に万が一にでも、自分達の愛する妻や恋人、娘達が巻き込まれる事の無い様に、男性達は自分の背や物陰へ女性達を隠す。

ユドルフとレイラの間に子供が出来た後であれば、どんな形でも王家と繋がりが持てる事に、喜ぶのだろうが、いかんせん状況が悪い。
この会場で、この空気の中で、ユドルフに『愛人になってほしい』と言われ、断ったとしてもユドルフの心を弄んだ悪女だと言われかねない。
それは、受け入れたとしても同じ事。どちらに転んでも、いい事は一つもない。

そうして、ユドルフの視界から女性達の姿が消える。
それでもユドルフは、目当ての相手を見つけたらしく、一点を見つめ、花が咲き誇る様な笑みを浮かべると、ゆっくりと視線の先へと歩きだした。

人々は少しでも巻き込まれるのは御免だと、ユドルフが一歩進むたび、息を殺し、目を合わさず、避けていく。
目の前に自然と道ができていく姿は、この様な状況でなければ、神々しく王位にふさわしい風格に見えた事だろう。
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